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2010年7月

2010年7月29日 (木)

参鶏湯(サンゲタン)

一昨日書いた先輩との暑気払いの番外編である。

場所は、山口市湯田温泉にある「Bang」(バン)という韓国料理の店。
我々三人は、ママが以前スナックをやっていたときからの馴染み客で、年に数回、この店で呑むことにしている。

数年前、藤原紀香がこの店の「参鶏湯」をブログかHPで紹介したところ、全国から注文が殺到したので、暫くの間は店を閉めて、バイトを雇って通信販売の仕込みと発送ばかりしていた店である。

ブームは今でもそこそこ続いているようで、ママは、
「リピーターが結構多いのよ」
「九州大の医者が、ガンの手術をした患者に勧めたのよ!」
と喜んでいたが、突っ込んで話を聞いてみると、
医者は参鶏湯を勧めたのであって、Bangのそれを勧めたわけではないことが分かって大笑いした。

ボクたちは、いつもチジミ、ホルモン、チゲ鍋ばかりを頼んでいるのだが、今回は、
「たまには人気の参鶏湯を食べてみようか?」
と注文したら、奥から出てきたママが、
「あんたらぁ~のような大酒飲みのアテにはどうかねぇ。
 コラーゲンたっぷりで美肌にいい健康食だから、
 家に持って帰って奥さんに食べさせてあげんさい!」
と言うので、(売り上げに協力して)土産に持って帰った。

翌日、女房が、
「飲み屋で、ええ恰好してから…」
とぶつぶつ言いながら説明書を片手に調理を始めた。

スープがついていて、長州どりのもも肉の間に米や朝鮮人参、松の実などが挟んである。
肉はトロトロに近く、スープもいける味だった。
美肌と滋養強壮にうってつけと聞いていたが、
まさに薬湯そのもので、何となく体には良さそうな風味だった。

妻も、
「案外いいわね」とつぶやいたので、「相当いい」のだろう。

…というわけで、興味のある方はホームページをどうぞ。

http://www.bang-sn.jp/index.html/

なお、「ヤブ山の紹介」といっても安くはなりません。
ママにはヤブ山のことは内緒にしています。

2010年7月27日 (火)

おじさんたちの宴会

今日は先輩二人と呑む会があった。
なぜか気の合う三人で、年に数回呑んでいる。

呑み始めて暫くたった頃、
「このままいつまで…この調子で呑めますかねえ」
とボクが言ったら、
「そうだな…もう五年もしたらあぶないな…」
という返事というか、ため息が帰ってきた。

そのうちに老人の会話になってきた。
「年寄りになると、頑固おやじか…逆に、丸くなるとなったと言われるが、どっちもホントだな」
「そうそう…人の話はよく聞こえなくなるし、ぐずぐすした話を聞いていると頭に来るし、そのうち怒っているのか、諭しているのか、とにかく分からなくなるのよねぇ!」
「何かを言おうとした頃には…何を言おうとしたのか忘れてしまうので、厭になるのよねぇ…」

「そういえば、女房に『あれをもってこい』と言っても、最近は、『あれ…はいはい』と言いながら全然違うものを持ってくる!」
「そうそう!『それはちがう!○○だろ!』と言いたいのに、それが出なくて、
『バカかお前は!死んでしまえ…いやごめんなさい…』になって、おしまいだ!」

「あと五年もしたら、この吞み会も大変です」
…ここでママが来たのでからかう。

「あのね、ボクたちはあと五年もしたら、誰と呑んでるか分からなくなるから、その時はそっと教えてね」
「いいか…三人のうち誰かがトイレに行ったら、あれは誰だったかそっと教えるんだぞ!」

「はいはい!奥さんにそう言われないようにねっ!」
「は~い、気をつけまぁ~す~」

…と笑ったが、みんな身に覚えがあるので…ママも含めて四人ともマジメな会話なのです。

月火の日記

このところずっと忙しかったので、昨日と今日、ようやく代休をとった。

昨日は「アイアンマン2」を観に行った。
前作が面白かったので期待していたのだが、大したことはなかった。
戦闘シーンが少なかったからだろう。

今日は、西京スタジアムで高校野球の決勝戦。
南陽工高が地力でまさっているのだが、序盤に防府高がこれでしか点が取れないという展開で2点先取したので試合がもつれた。

エースの岩本投手は2点取られたものの安定していたので、問題はいつ南陽工高の猛打が爆発するかであったが、なかなか防府の左腕をとらえきれなくて、終盤にようやく追いついて延長戦に突入した。
10回の表にようやく1点勝ち越してみごとに優勝。
ワケあって南陽工高を応援しているのだが、今年の甲子園は期待できそうだ。

それにしてもシード校だった光高は早々と負けてしまった。
母が、
「今年のチームはよく打つわ。休耕している畑にしょっちゅう球を探しにくるし、下の○○さんちは、今年はもう3枚も瓦が割れたっていってたわ。むかし甲子園に行ったチームと同じぐらい球が飛んでくるみたいだね」
と言っていたので随分期待していたのだが残念!

この夏の甲子園はしっかり南陽工高を応援しましょう。


2010年7月22日 (木)

幸運の女神

給料日の翌日。

経理部門の女の子がうつむいてやってきた。

「申し訳ございません。
 今月の給料から、○○会費を2月分いっぺんに引き落としてしまいました。
 申し訳ありません。
 お返しに参りました」

「んんん?
 なに!そうか!ありがとう!
 現金で持ってきてくれたのか!
 ありがとう ありがとう!
 こういうことなら毎月間違えてもいいよ。
…でも、けっして銀行口座には振り込まないようにね!」

「あのぅ…ヤブ山さんのようなことをおっしゃる方がほかに二人ほどおられましたが…」


「あいつらは目先の現金に目がくらんでいるだけ!
 それにひきかえ、ボクは君のミスをオブラートに包んであげたい一心でこう言っているのだ!」
…と言いたくはなかったが、ホントにそう言ってしまったのです。

 

2010年7月21日 (水)

他人とは直角に交わる

養老孟司氏の「養老訓」を読んだ。

その中に、「他人とは直角に交わるべし」というのがあった。
それは、物理的な位置関係と、それに関する人間の心理状態からきた理論らしい。

面と向かうと意見がぶつかるだけだし、同じ向きだと同じ方向に向かうだけなので、二人でいる意味がない。
直角に座っていると、ベクトルはお互いの合力~つまりy=xのグラフになるので、それなりの方向に進む…という理論である。

さらに、剣道の奥義について、
「はじめから斜めを覚えようとしてはいけない。縦と横の基本を覚えれば、その応用として斜め切りが生まれる」
とあった。

そういえば、我が家の食卓は、今やボクと女房の二人きりだが、直角に座っている。
僕の正面にはテレビが鎮座し、女房は向かって右が指定席だ。
だから妻と面と向かって話をしたことがない。
いつも横から話かけられて、
「ふ~ん」とか、「へぇ~」と言っているだけだ。
決して仲のよい夫婦ではないが、何とか納まっているのはそのせいかも知れない。

このことは、裁判の配席でもうかがえる。
裁判官と被告、検事と弁護士はそれぞれ対面している。
裁判官は、最終的には左右の意見を聞き、はじめと最後に正面の被告の意見を聞いて最終結論を下す。

対面するもの同士が意見を戦わしても、ぶつかりあうだけだ。
裁定は横から見ているものが下す。

一方、「斜に構える」という言葉がある。
意味合いは微妙である。
正面からではなく、ずれた対応と、十分に身構える、という相反する意味がある。

謝るときは正面から行くが、密談やヒソヒソ話は横からやるのが常だ。

山登りだって、つづら折と直登がある。
ボクは直登は嫌いだが、ややもすると直線的に登って早く休みたくなる。

「急がば回れ」とか「基本に忠実」は分かっているがやめられない。
歳をとっても浅い考えが浮んでくるのが情けない。

早く楽になりたい。

2010年7月20日 (火)

復帰しました

バタバタの仕事からようやく解放された。

子どもたちは夏休みだというのに、還暦世代のおじさんはなぜこうしてあくせく働かねばならないのだろうか。

我が家はとうとう三人の子供たちも出て行って、じいさんばあさんの世界になった。

ガン!と書きたいことは山ほどあるので、また明日。

徹夜明けで飲む酒がこんなに効かないとは思わなかった。

しかし、なぜこんなに眠気が来ないのだ?

とうとう焼きが回ったようだ。ついに。いよいよ。やはりね。たぶん。

2010年7月16日 (金)

仕事

しばらく仕事が続ます。

ほとぼりがさめたら書きます。

…がんばります。


2010年7月14日 (水)

夫婦善哉(その1)

「ちょっと話があるんだけど…」
と言って妻が横に座った。

「あれ?…おかしいな…」と冷静を装いながら、
「どうしたの…なに?」と聴いた。

妻がポツリとこう言った。
「こどもも一応かたがついたし、そろそろパートをやめようと思うんだけど」

「もういいよ…それより何かあったの?」
「ええ…まあ…」

「もう無理せんでもええど」
「じゃあ…そうするわ」
「なんかぁ…そんな話じゃったんかぁ…そんならもうええけぇ…やめえやぁ」
で会話は終わった。

こんなに絆の深い夫婦である。
…あ~えかった。

2010年7月13日 (火)

智元谷の様子

手ブレばかりでアップできなかった写真の中から見つけた写真。

智元谷は次の写真のとおりの絶品だった。


Chigen011


遊歩道もない

踏み跡もない

テープもない

ところを歩くのは…カタルシスです。

2010年7月12日 (月)

筋肉痛

突撃の後遺症がひどい。

足はまあまあだが、腕の筋肉痛がひどい。

体を引き上げるのとヤブこぎの運動が堪えた。

Chigen002


上の写真は、 登り始めのT隊長の雄姿である。

背筋もまだすくっと伸びている。

服もまだ白いが、ものの40分後にはドロドロになる。

ミノコシ峠からの縦走路はハイウェイのはずだったが、僅かな登りでも年寄りには堪えた。

そこから100分の下りは…まいった。

下山時の写真をアップしようと思ったが、あまりにもみじめなのでやめた。

2010年7月10日 (土)

寂地峡(智元の丸子975m~縦走路~竜ヶ岳)

土曜日の朝7時10分。玄関のチャイムが鳴った。
たまたま早起きしていた妻が、「こんな時間にいったい誰かしら」と言いながら玄関へ。

「Tさんという人が来られたけど?」
「なに!!!隊長?まさか…」
と言いながらパジャマ姿のままで玄関に出てみると、そこにはばっちり山行きの格好をしたT隊長がいた。
「いつもの集合場所にいなかったから…あれ?その格好は今日はキャンセルだったの?」

「え?流したつもりでしたが…Iさんも集合場所にいました?」
「いや誰もいなかったから…、やっぱり間違いか…じゃあ帰るからね…」

「ちょっと待ってください。10分で用意しますから行きましょう」
このところ2週連続で突撃を順延していたのだが、今回は中止の連絡をしていなかったため、隊長は突撃決行と思い込んでいたのだった。

…五分後に、T隊長車で出発。
ボクは途中のコンビニで買ったおむすびをほうばりながら非礼を詫びた。

Iさんには申し訳ないが、これ以上遅れると周回が困難になるので、黙って突撃することにした。(Iさん、ごめんなさい)

「それでは、ボクの念願だった寂地峡からタイコ谷手前の智元谷から這い上がって、みのこし峠経由で縦走路から竜ヶ岳への尾根を降りてみましょう」

いよいよ寂地峡から上がる。
寂地峡の駐車場はたった一台。
支度をしていると、横にとまった夫婦連れから声をかけられた。
「あのう…スパッツはいつもつけるものですか?」

隊長と顔を見合わせて、ボクから言うことにした。
「この辺はマムシも多いし、ズボンの下が汚れるので、つける人が多いみたいですよ」
奥さんが旦那にそのことを告げると、今度は旦那が
「どちらに登られるのですか」と聞いてきた。
隊長が何やら説明していたが、その夫妻はミノコシ峠経由で寂地山に上がって林道を降りるそうだ。
無事を祈って僕たちは出発。

滝の横を上がり、木馬トンネルをくぐる。
水車小屋を過ぎたところのベンチでチゲン谷を確認する。
もう少し進んだ地点のようだ。
やがて谷の入り口が見えてきた。

Chigen001

川を渡って谷に入ると立派な滝がみえてきた。

Chigen004

「右から巻いてみましょうか」
と言いながら取り付いたが、意外と簡単に滝の上部に出た。

Chigen006

そこは滑滝になっており、梅雨時期にもかかわらず登山靴でも歩けそうなので、
「尾根に上がって智元の丸子に上がります?それともこのままチゲン谷を詰めますか?」
「沢の雰囲気がいいから、このまま沢を上がってみよう」
ということで沢歩きにする。

Chigen007

濡れた岩が連続するが、特に危険なところもなく谷の奥へと進む。
30分ぐらい上がるとチゲン谷との出合に到達した。
チゲン谷のほうが小さく、沢も次第に荒れてきた。
「どうします?あっちのチゲン谷は最後の突き上げがきつそうですが…」
「そうだね。この本流を詰めて鞍部から錦ヶ岳への尾根を上がろうか…」

沢は大きく右に振ると、水量はぐっと減り、ササが目立ってきた。
やがて目指す支尾根が見えてきたが、ササの勢いが増してきた。

Chigen015

黙々とササをかき分け、鞍部まで這い上がった。
汗とササのすすで二人とも泥んこ状態だ。
出会いからたったの15分だったが、
「安蔵寺山の時ほどササはすごくはないけど、歳をとった分だけきつかったな」
「さあ行きますか」
「おいおい、そっちに行くの?」
「ここまで来たら智元の丸子に行かないと…」
「…そうだね…」
どうもT隊長は丸子に寄らずに進もうと考えていたようだ。

尾根を南に下がって、登り返すと看板が見えてきた。
山頂の目印かと思ったがどうも違うようだ。

Chigen018

少し先にもうひとつのピークが見えたのでそこまで進む。
「これ以上高いところはないので、ここを山頂と認定します」
「そういえばこのルートには赤テープが見当たらないな」
「そうですね。全く見当たりません。踏み跡もほとんどないし」

支尾根を戻りいよいよ錦ヶ岳への尾根を上がる。
尾根の勾配はきついが、ヤブは大したことはないし、ブナ林が一帯に広がっているので、何度も休みながら森を満喫する。

Chigen021

しかし、行けども行けども縦走路に出ない。
「だいぶ視界が開けてきたけど…」
「おっ?赤テープが見えます」
と言いながら這い上がると、縦走路に出た。

Chigen028

「やれやれ…智元の丸子から1時間でした」
「なかなかの登りだったね」
ミノコシ峠まで10分。ようやく昼飯にありつく。
「9時発で12時20分。ほぼ想定タイムどおりです」

夫婦連れと単行者が通り過ぎる。
天気はあまり良くないが、依然として人気が高い縦走路だ。
すぐに寂地山方面に向かう。1235ピークの少し先の分岐が見つけられるかどうか心配だったが、案内板のところに派手なテープが付いていた。
Chigen029

「これなら大丈夫」
ササがうるさいが、下りなのでどんどん進む。
「ここのブナもいいですね。ここも縦走コースにしたらいいのに」
Chigen031

と誉めていたら、左側が植林帯になった。
右の焼山谷側にはきれいなブナ林が残っているが、これでは興ざめだ。
「前言撤回!これじゃ面白くない。右谷山の南尾根と一緒で、はじめはブナ林があるけど、そのうち雑木林になって退屈な尾根歩きです」
「そうだね、これじゃ~ねぇ…」
Chigen033

と悪口を言っていたら、途中で2箇所迷ってしまった。
テープをよく見ておけば大丈夫なのだが、数か所間違えやすいところがあった。
「ここのルートは見通しが利かないと見つけにくいな」
「ホント、ここの尾根は見通しがない季節はテープ頼りです」
大岩の隙間を乗り越えたり、回り込んだりしてようやく竜ヶ岳の遊歩道に出た。
Chigen041

縦走路の分岐から1時間40分も立っていた。
「長かったね」
「ここを登る人がいるんですかね。寂地という感じがしませんね」
Cコースで下ってみたが、崩落しているところはあるし、全体が急だし、だいいち寂地峡らしい景色がないコースだった。
「誰も歩かないのにわざわざ復旧工事をしてもったいない」

焼肉をしているテントサイトを抜け駐車場へ着いた。かなり車が増えている。
飲み物を買いに売店に行くと、店のおばちゃんがいきなりこう言った。
「山仕事をしてきたの?」
続いてやってきた隊長の格好をみるとおばちゃんがそういうのも無理はない。
どうみても登山者の風ではなかった。
それにしてもお互い泥んこだった。

さて、今回の突撃の総括である。
チゲン谷は素晴らしい。難しいところもなく、体力さえあれば自然を満喫できる。
竜ヶ岳の尾根はつまらない。
全行程は小休憩だけで6時間。

なお、今回の突撃に当たっては、「ぼっちさん」と「山歩きさん」のサイトを参考にさせていただきました。お礼申し上げます。

※大体のコースは下記を参照してください。

「index.html」をダウンロード

2010年7月 9日 (金)

明日もダメ

少々の雨はいいのだが、雷注意報が残っているので、ヤブ山は敢え無く突撃中止。

せっせと草刈りに専念しよう。

この時期は地道な努力が、盆前の激務を少し和らげてくれるのだが、それにしても雑草は毎週毎週イヤになるほど伸びてくる。

いつもの土日のパターンになりそうだ。


屋久島用のレトルト食料を調達しておきたいのだが面倒くさい。ボクだけならどうでもいいのだが、お姫様登山となると大変だ。三食ともラーメンとソーセージとパンで許してくれないかな。焼酎は多めに。ビールは初日に冷たいのを運び上げるつもり。

2010年7月 7日 (水)

同じであり続けることの難しさ

〈最近、ブログがぱっとしないので書きとめておいたことを推敲しながら書いてみる〉


「不易流行」
…よく引用される言葉だが、この歳になってようやくその意味が分かりかけてきた。

一般的には、
不易…いつまでも変わらないこと
流行…時代時代に応じて変化すること
と、矛盾した言葉の組み合わせであり、「新しきを求めて変化を重ねていく流行性こそ不易の本質」と解説されているが、どうも分かりにくかった。

数年前、次のような説明に出会った。
「不易流行…いつの時代にあっても同じポジション、同じ役割を果たすためには、絶えず自分が変わっていかなければ、それを維持することはできない」

…そういえば、スポーツ選手を例にすると分かりやすい。
プロ野球選手やプロゴルファーが、わざわざスイングや肉体の改造に取り組むことがあるが、トップ選手であり続けるためには、その時々の自分の肉体レベルや競技レベルの発達に応じた「進化」が必要とされているのだ。

どんどん時代が動いていく中で、自分が同じ地位を維持していくためには、自分が時代に対応していく、つまり変化する必要がある。それができなければ落ちこぼれてしまう。

陸上の為末選手のブログを時々読むのだが、陸上界においてもずっとトップを維持し続けることはとても難しいことらしい。中学、高校生の頃にトップだった人が社会人になってもトップで居続ける事はむしろ珍しいぐらいで、彼はそのためにあらゆる努力と変化を追っているそうだ。

職場では、若い連中に、
「不易流行という言葉があるが、これからの自分のポジションに応じて自分から変わっていかないと、将来、今の自分の立場はなくなるぞ!」
と、えらそうに言っているが、自分のことを何一つ変えられないのにがっかりする。

このブログは、不易流行には程遠いが、まあ…適当にやります。

2010年7月 6日 (火)

健康診断(確定編)

健康診断の結果が帰ってきた。

就職以来ずっと肝機能検査で引っかかっているが、今年はそれがない。

おかしい…絶対におかしい。

もうダメかもしれない。

2010年7月 5日 (月)

ハイボール

小雪がCMで、ハイボールを初めてから、とうとう最近になって角瓶が品薄になったらしい。

小雪は色気があって好きなのだが、まさか角瓶にまでライバルが押し寄せているとは思いもしなかった。

角瓶は、レッドとオールドの間の中途半端なウィースキーである。
昔の学生は、ジンか、頑張ってもレッドだった。

ジンは臭くて頭が爆発しそうになるが、
酔ってしまえば足腰が立たなくなって、それはそれで平和なトニックであった。

オールドは社会人の酒で、学生には呑めるわけがない。

さて、角瓶に戻る。

角瓶は安い酒だが、右手に紫煙をくゆらせながら、左手にグラスを持って、
「ばかやろう!」と叫ぶのが、貧乏学生の最高の贅沢であった。

ところが、今やハイボールは、あの角瓶が主役である。
あの頃の連中はいったいどこに行ったのか!
あの小雪に任せておいていいのか!
あのジンとレッドを忘れたのか!
…と言いたい。

情けないが、ボクはいま、昔ならハワイに行けた 「トリス!」の愛飲者である。
角瓶の1.8㍑はガラス製で重くてリサイクルに困っていたのだが、今のトリスの2.7㍑のペットボトル製になったので妻は怒らなくなった。

でも、安い酒は頭からしびれてくる。
角瓶がほしい。
オールドでもいい。

ついでに酒ならなんでもいい。


…トリスは角瓶ではないが、炭酸さえあれば小雪になる。


2010年7月 4日 (日)

土日の日記

昨日は実家で草刈りをした。
小雨交じりのなかで頑張ったが、昼すぎから雷が鳴りだしたので終了。
山口に帰って早めの晩酌をしていたらすっかり酔っ払ってしまった。
よってブログも書かずに就寝…いや撃沈。

今日は曇り空の中、東ほうべん山へトレーニング。
最近ウォーキングをしていないが、階段歩きをしているせいか割と足が軽い。
小雨の中にもかかわらず6~7組のパーティーに出会う。
すぐに下山したが、麓は大雨。

昼からは3Dのタイタンの戦いを見に行く。
3Dはまだ進化の途上か。
200円多めに払ってあれでは意味がない。

今日も酔いが回ってブツブツの文章しか書けぬ。

2010年7月 2日 (金)

やれやれ

明日の突撃がまた延期になったので、次の映画が来ないかなと思って、スカラ座のタイムテーブルを見てみたがどうもしゃんとしない。

そこへはちべえどののコメントが…。

しかしねぇ…青春記の映画は苦手だし、せっかくのタイタンは3Dで威張っている。

早く…山口にも「アイアンマン2」が来ないかなぁ。
とにかくこの手の映画が大好きだ。

ついでに書いておくと、ボクは推理モノが大嫌いだ。
途中までしか…しかもテレビでしか観ていないが、シックスセンスとか…レオナルドダビンチの話とか…天使と悪魔とかの類がダメだ。

この手の映画は威張っている。
必要以上に登場人物を多くして、めったやたらにわき道に入って、普通人をあざけっている。
その根性が嫌いだ。

ハリーポッターもそうだ。
子供から本を取り上げて読んでみたが、すぐに訳がわからなくなって放りだした。
原作を読んで映画を観る人の気がしれぬ。

推理小説もSFも読む気がしなくなった。
登場人物がカタカナばかりで、だれがどこへどうしたのか全く分からなくなる。

あすは困った…防府まで行くしかないか。

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