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2010年8月29日 (日)

屋久島(登山編~その2)

小花之江河から一度アップダウンを抜けると見事な花之江河へ。
063

シャクナゲに囲まれながら木道を歩く。
038


タクシーの運転手さんから聞いた黒味岳の分岐があった。
「ここで待て。空荷で往復するから」
という元気はなく、そのまま投石平へ。
女房は自分のリュックを投げ捨てた。
040

安房岳から翁岳の巻道になると、一面タケが広がる。
このあたりには面白い岩が点在している。
これはモヤイ像そっくりさん。
044

もうすぐ宮之浦岳のはずだが、なかなか着かない。
048

12時45分に山頂に着いた。
歩き始めてすでに五時間半経過。
049

予定では、宮之浦岳から新高塚小屋まで約三時間かかる。
午後4時までには着きたいので、妻をせかして歩き始める。
目の前には永田岳。永田方面と高塚方面にそれぞれ一グループが向かっているのが見える。
050


ここからが疲れとの戦いだった。
アップダウンが結構あって、距離も長い。
妻が突然、
「どうしましょう」と声を出した。
靴のソールの前側がかなり口を開けている。
後ろのほうはまだしっかりしているので、非常品袋からロープを出して靴の先にぐるぐる巻き付けた。
「あと一日ちょっともちますように!」
とおなじまいを唱えて小屋を目指した。

新高塚小屋についたのは午後3時40分。
歩き始めたのが午前7時なので、お姫様はよくがんばった。
小屋には先客が4グループ20人ぐらいだった。
二階が空いていたので、妻からも
「これならテントは張らなくていいわ」
と大変難いおことばがあったので小屋泊となった。

夕食は粗末なラーメンやレトルトスープなど。
妻はすぐに横になったので、ボクはテラスに出てウィスキーをちびちびやる。
妻はサマーシェラフ、ボクはシェラフカバーで寝たが、
妻は「暑かった」
ボクはフリースを着たが「寒かった」

よく寝れぬまま朝を迎えた。
雑炊を食べて、朝6時、いよいよ縄文杉へのくだりだ。
膝がガクガクする。
小さい高塚小屋を過ぎると縄文杉。朝早いので写真では見えにくい。
057

少し休んで更に下る。
大王杉、夫婦杉を見てウィルソン株へ。
このあたりで、一番バスで上がってきた観光客と鉢合わせになった。
062

株の中に入って、最近流行っているハート形の構図を探す。
ウロウロしていたら見知らぬガイドさんがそっと教えてくれた。
06


そこから大株入口までは離合に苦労した。
観光客が途切れることなく次から次へとやってくるのだ。
もう30分ほど早く出ていればと悔やむ。

9時半に大株入口に降り立つと、ものすごい観光客でごった返していた。
トイレ待ちの長い列を尻目にトロッコ道を歩く。
まだまだ観光客が上がってくる。ガイドがついているグループが多い。

1時間歩いて楠川分れ。
多くの人はここから荒川口に向かうのだが、僕たちは屋久島の名勝の一つ「白谷雲水峡」へ向かう。
昨晩、小屋で見かけた外人夫婦もこっちのルートに入ってきた。

しかし、ここからの辻峠越えが長くて辛かった。
峠を越すと、またまた観光客の大群に出くわした。
この一帯を周遊するコースも有名らしい。
ようやくバス停のある管理棟に着いたのは、午後1時20分。
ガイドブック通り2時間40分かかっている。
全行程は午前6時からなので、7時間20分。お姫様は頑張った。

2時のバスに間に合ってほっとする。なにせ次の便は午後4時だ。
東屋でラーメンをつくる。例の外人夫婦も降りてきた。

バスで宮之浦まで降りたが、海岸通りのバスが当分ないのでタクシーで宿まで戻る。
シャワーを浴びて妻は夕寝。
ボクは缶ビールを片手に港を散策。
070


釣り客がいたが、みんな観光客の素人ばかりだった。
逆にリールの使い方をおしえてあげた。
ちゃんと釣った雑子を食べればいいが…。
翌朝7時。
今度は高速艇トッピー。

066


種子島に寄港して鹿児島まで2時間半。
港で待っていた新しい愛車は桜島の火山灰で哀れな姿になっていた。
きれいに洗車して山口に向けて出発した。

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コメント

山頂も森かと思っていましたが岩ですね。

何となく、男尊女卑のヤブ山殿を掌の上で転がしている姫の様子が伺えます。

今後の展開の予想
もう、この靴だめだから山はやめましょう→あなたも歳だからヤブ山を辞めなさい→しぶしぶ姫の登山靴を買う

いずれにしろ、相当、山馬力がありそうですね。家族登山を卒業し、初老夫婦の登山日記がはじまるのでしょうか

今、誤字脱字、写真を入れながら少し添削しました。
大体これで完了です。

あとで番外編を書きます。
女房の靴も含めて、感想や出来事などを書くつもりですが…、
昨夜のように寝てしまうかもしれません。

山とは関係ありませんが

山本小鉄氏逝去

ますます、昭和とプロレスは遠くになりにけり

山本小鉄の逝去、今ネットで見ました。
引退後の方が貫録も出て、解説も濃厚で重量感が漂っていましたね。

ところで、ヤマハブラザーズの星野勘太郎はどうしているのでしょうか。

>ところで、ヤマハブラザーズの星野勘太郎はどうしているのでしょうか。

昨年、脳梗塞で倒れ、その後の情報はありません。

そういえば、ヘーシンクも大麒麟も亡くなったのか

ますます、昭和は遠くになりにけり


  やぶやまさん

 いつだったでしょうか  
「久しぶりに 魔法の黄色い靴 を 歌った。 年のせいか 高音が出なかった。」
と いうような日記を書かれていたという 記憶があります。
やぶやまさん  財津一夫の「急行の停まる街」という曲を ご存知でしょうか。
先日 B・Sで 財津さんのコンサートを見ました。白髪交じりの
財津さんが 切々と唄われているこの曲を 聞いていると 封印していた 心の奥底にある琴線に触れた様な 感覚に捉われました。
何度も何度も 聞き返し自分なりに解釈した 詩の情景を 思い描いています。
中年になっても こういう感情というものは 心の奥の方にずっと在り続けるものなのだなあと感じました。
抱き合った優しさがもう一度と迷わせる 
抱き合った激しさが戻れないと教えてる

いつの間にか 時は 移ろいゆき肉体は衰えようとも  この詩に限らず 人は詩情を求め それを よすがと するのでしょうか・・・。

  

「急行の停まる街」ですか。
ボクはチューリップの初期のアルバムしか知らないので、知りません。

「青春の影」ならば当時からありました。
財津氏はけっして声量があるタイプではないし、ビジュアルも大したことはないのですが、不思議な魅力があります。
それは、曲を作っている芸人の匂いでしょう。

ご期待には添えませんが…。

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