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2010年11月

2010年11月30日 (火)

ことわざの論理(外山滋比古著)

ことわざの解釈の変遷についての記述があったので、面白かったものを数点引用しておく。

【転石、苔を生ぜず】
そもそもは、
「一箇所に長く腰を落ち着けていられないで、
たえず商売変えをするような人間に成功はおぼつかない。
そういう人間には金がたまらない」
という意味だった。

これがアメリカでは、
「優秀な人間であれば引く手あまた。
スカウトされてすぐに次の会社へ引き抜かれる。
だから、苔がつくひまもない」
と解釈される例が多いらしい。

アメリカが流動社会であるのに対し、
イギリスは定着社会であることに起因するという。

【鶏口となるも牛後となるなかれ】
解説するまでもなく、
「牛は大きいが、その尻尾にとまって享受する価値よりも、小さな鶏の頭になった方がよい」
と、いう価値観を示すことわざである。

いつの世にも牛後タイプの方が多数派であり、鶏口タイプは少し変わっていると見られている。

社会には、鶏口タイプと牛後タイプの両方がそろっていなければ成り立たない。
片方だけではまずく、牛後タイプをなくそうとすることを考えてはいけない。

【話半分、腹八分】
 30分の健康法というのがあるそうだ。
 腹 八分。仕事 10分。睡眠 12分。計30分。

《引用終わり》

ボクも終わります。おやすみなさい。


2010年11月29日 (月)

こども

東京にいる長女夫婦は共稼ぎなので、子供は延長保育に預けている。
迎えに行くのはどうしても夜になるので、いつも最後の方になるらしい。

先日、妻が滞在したときに、早めに迎えに行ったら、
「わたし いちばん!」
と言いながら飛びついてきたそうだ。

その話を聞いただけで、目がウルウルした。

下関で幼児殺害事件が発生した。

母一人、子供三人で暮らす家庭は、家族一人ひとりにとってどんな精神状態におかれているのか、想像だにできないが、きっと、少しでも楽しいことを見つけながら、日々生きていたのだろうと思うと、やるせない気持ちで一杯になった。

ボクは、山に行ったり、野良仕事をする中でのちょっとしたカタルシスが、数少ないエネルギーの源になっている。

弱いもの、小さなものを大事にするのが成熟した社会だ。

どうやったら正義はいつも勝てるのだろうか。

2010年11月28日 (日)

日曜日の日記

今日も連絡待機モードでまったりと過ごす。

昼過ぎになって、ようやく実家から持ってきた草刈り機で、社宅の草刈りにかかった。

四世帯用だが、家族がそろっているのは一世帯だけ。一軒は空き家。あとは僕達夫婦と単身赴任しかいない。

時代の流れとともに社宅に入る人も減ってきたので、剪定をしたり、草刈りなどが大変だ。

それにしても腰の調子が悪い。寒くなるにつれてひどくなってきた。歳だ。

2010年11月27日 (土)

土曜日の日記

仕事で、いつでも連絡が取れる「連絡待機モード」になったので、山には行けずに、実家で山仕事に精を出した。

再び目立ちはじめた竹を切った。

ヤブツバキやヤブニッケイなどの照葉樹が多い。

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これが自慢の山桜。
周囲は3メートル近い。

H221127_burogu005

山の中は明るい。
ようやく竹も生えなくなってきた。
さっきのヤマザクラより少し下がって、山道の全体を撮った。
この右手奥にヤブ山家の氏神様がある。

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冬は山仕事に限る。
山の中は風もなくて温かい。

2010年11月25日 (木)

ジョウビタキ

一昨日、実家で草刈りをしている合間にベランダで休んでいると、
一羽のジョウビタキが庭木にやってきて、「チキチキ」と鳴き始めた。

数年前、母屋の裏山の竹を切っているとき、近くの切り株にやってきて何やらしゃべっていたことを思い出した。

シベリヤからやってくるらしいが、あの時の子供だろうか。黄土色と黒のコントラストがとてもきれいだ。

ボクに向かって、しきりになにか言っている。
以前調べたら、縄張り意識が強いと書いてあったので、人なつっこいのではなく、
「お前はどこかへ行け」と言っているのかもしれない。

裏山もかつては猛烈に竹が繁茂していたが、今や雑木がすっかり元気になって里山らしくなった。
真っ赤なハゼノキは半分落葉したが、大きなクヌギの木はもうすぐ明るいヤマブキ色に変身する。

春のヤマザクラとフジの花が咲くのが待ち遠しい。
やっぱり山はいい。

2010年11月23日 (火)

火曜日の日記

しばらく帰っていなかった道を帰る。
今日はチューリップとPPMが仲間だ。

思い切りハーモニーを歌う。
かなしいが裏声がでない。

実家で「畔の波板」を積み込む。
この春、全部はがして張り替えた残物だ。

この規模になると、一般廃棄物ではなく、産業廃棄物扱いである。
10キロが標準…と母が言うのでヒトモメする。

出荷する前に、それぞれの波板に荷札が必要らしい。
JAに行く前に、近くのコンビニに寄った。

「荷札ある?」
「ニフダ…ですか?」

「うん、荷札!」

「ニフダ?ってあります?」
…ここで切れずに、レジのおばちゃんを見た。

「すみません!おいていないので、お許しください!」

…「あんたは ニフダ ハ シラヌカ?」

モウネマス。

2010年11月21日 (日)

天狗石山~高杉山(広島県北広島町才乙)

紅葉は終わっているが、なんとなく妻を誘って西中国山地に出かけた。
先月、北広島町の中野冠山から一兵山家山を縦走して下った「来尾峠」に、天狗石山への立派な縦走路があったので、再び才乙を訪れた。
いずれにしても山口から中国道経由で二時間である。

来尾峠には10台くらい停められる駐車場がある。
立派な登山道に入ると、広島・島根県境をそのまま直登していた。

何度も立ち止まっては妻を待つ。
痩せてガリガリになるよりはいいが、たぶん体重オーバーだ。

きつい直登だが、周囲は栗林とササ原が広がっているので何とかなる。
40分で急登が終わると、天狗石山が見えてきた。

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ここからはなだらかな稜線をゆっくり歩く。
やがて高杉分れとなり、天狗石山の山頂を目指すが、ブナやコナラ林の中はすっかり落葉してとても明るい。
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天狗石山の山頂には、やっぱり天狗がいるような岩があって、朽ちかけたテラスもあったが寂しい所だった。
誰もいない山頂で妻とラーメンをすする。
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食べ終わると、高杉山への縦走開始。
サイオトスキー場のピークになる。
これが高杉分れからみた高杉山。
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ホン峠までは急坂を転げ落ちる。
高杉山への登りはなだらかで、ブナやコナラの森が続くが、妻の足取りは重い。
何度も立ち止まる。それでも峠から30分で高杉山山頂に着いた。
縦走路は山頂手前で伸びていたが、ここからゲレンデを直接下って降りることにした。

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猛烈な急坂だが、カヤトが刈ってあるのでぐんぐん下る。
そういえばずっとスキー場から音楽が流れていた。
何かのイベントでも開催しているのかと思っていたが、すでに人工雪でスキー場が開設されいるのだ。
スノーボーダーがガンガン滑っている。その脇を歩いて下った。
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係りの人に見つからないようにゲレンデ脇をこそこそ下った。
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スキー場のハウスの横を抜けて、県道に戻った。
リュックと妻を道路端に置いて、20分かけて来尾峠まで車を取りに戻る。

道路脇で立っている妻を見て、そのまま置いて帰ろうかと思ったが、登山道具が惜しかったので拾って帰る。
「そのまま置いて帰ろうかと思ったが、まあ情けで拾ってやった」
「タクシー代ぐらい払うといえば、だれでも乗せてくれるわ」
「あのな!はっきり言うが!、遠目で、どう見ても、おばさんだから誰も乗せてはくれま・せ・ん!」

その後の会話はここには書けません。
おしまい。

場所はこのあたりです。
「tengu.index.html」をダウンロード


(追記)
鹿野SAで、チューリップとppmのCDを見つけた。
これで、車に乗りさえすれば、いつでも青春時代に戻ることができる。
よく見ると、おじさんおばさん相手のCDばかりとおもわれるのだが、
昔は演歌やポップスが年寄り向きだったが、
今やキャンデーズ、井上陽水なんかがおじさん向けに売られているのだ。

妻に買わせようとしたが、
「財布は車に置いているので、欲しかったら…自分で買えば…」
と冷たく言われたので、
「ワシが死んだらこのCDと一緒に棺桶に入れてくれ」
と言いながら金を払ったが、後ろを向いても妻はすでに外だった。

2010年11月20日 (土)

土曜日の日記

木曜日、県外出張のため電車に乗ったとたんに、
「○○さんが亡くなりました」
という連絡があった。

前日まで、ワイワイ仕事をしていた仲間である。
仕事先はキャンセルできないので粛々とこなさざるをえなかった。

今日、葬儀に行ってきた。

やっぱり、生きているうちにやりたいことをしておこう。


2010年11月16日 (火)

ジョシノキビレから広見山へ(敗退編~ルート図)

GPSがないので、かなりラフではあるがルート図を描いた。

「jyosi.html」をダウンロード

※参考タイム
 8:00 林道車止め→8:20亀井谷奥橋→8:35ジョシ谷分岐→9:30谷から尾根へ
→9:50ジョシノキビレ10:00→10:301090ピーク→10:55敗退地点→11:15ジョシノキビレ11:45→林道車止め13:20

※ルート概要
亀井谷奥橋からの踏み跡は明瞭で、亀井谷に行く人が増えて、登山道に近い状況になっている。
沢を数回渡渉し、左岸(下流に向かって左)の道を進めば、すぐに滝のビューポイントがある。
これを過ぎるとすぐに「広見入口」の木彫りがあるので、右の沢を渡って狭いジョシ谷に入る。

ここから踏み跡は急に薄くなるが、谷をそのまま詰めればよい。
やがて出合いに至る。
地形図の破線道は左の谷に向かっているが、ここは右の広い方の谷を進む。
踏み跡はなく心細くなるが、まっすぐ進むとそのうち少し広くなったところで右手に懸崖が見えてくる。
山歩きさんはこの懸崖を越えているが、さらに谷をまっすぐ進むと、右手に明瞭な巻き道が取り付いている。

ここからはしっかりした道がジョシノキビレまで続く。
素晴らしい森を満喫しながら、ゆっくりとつづら折やトラバースしながら歩くと、栃の巨木に出会う。

やがて谷の突き上げと合流し、右前方にジョシノキビレの鞍部が見える。
それを目指して、やや右のササヤブを10分漕げば鞍部(ジョシノキビレ)に上がることができるが、周囲を見回すと、ササの刈り払い道は、左の尾根を少し直登し(赤テープを巻いておいた)、ゆっくりと右にトラバースしながらジョシノキビレに続いている。

ジョシノキビレは、巨木が立っており、わずかな裸地しかない。
標識類はなく、テープと境界柱があるだけだ。

旧恐羅漢山には1090ピーク方面に向かう必要があるが、ずっとササ藪が続いており、時間と気力・体力が要求されるので、生半可な計画では突破できないと思われる。
逆コースの方が成功の可能性が高いと思われるが、還暦ステージのヤブ山突撃隊には荷が重そうだ。

そこで、ジョシノキビレから広見山へ登るルートを紹介しておく。
広見山に行くには、ジョシノキビレの目の前の杉林に入り、ゆっくりと右の低いほうに下れば、10分で林道に合流する。
そのまま進むと林道は登山道になり、40分で広見山山頂に着く。

これらをまとめると、亀井谷奥橋からジョシノキビレ経由で広見山まで約3時間の計算となる。
休憩を含めて往復7時間とすれば、朝8時に亀井谷奥橋を出発すれば、午後3時には戻ることができる。朝8時までに出発できなければやめたほうがいいだろう。

※お願い
これ以上テープを増やす必要はないので、どうか今の状態をキープするようにしましょう。
そして、ササを刈り払われた「広島山稜会」の皆さんに感謝を込めて、ジョシ谷の自然を満喫しましょう。


2010年11月15日 (月)

ジョシノキビレから旧羅漢山へ(敗退編~完全版)

平成14年5月に、亀井谷~恐羅漢山~旧羅漢山~カマノキビレ~ジョシノキビレ~亀井谷の周回コースに挑戦したが敢え無く敗退し、広見林道から国道488号を下ったときに、がけ崩れによる通行止めに遭遇し、未曾有の大ピンチに陥った。
このことは、ヤブ山突撃隊の奮戦記(恐羅漢のタタリ)に書いているが、今回はそのリベンジ突撃である。

旧羅漢山からカマノキビレは全体がなだらかで、主尾根を外しやすいので、今回は、ジョシノキビレからカマノキビレ~旧羅漢山に逆走する計画である。
ジョシ谷からジョシノキビレまでは、平成17年6月の「ジョシノキビレから広見山」の突撃 の際に、地図にない踏み跡を見つけているし、山口山の会のY代表によると、その後、広島山稜会の皆さんが、猛烈にはびこるササ藪を刈り払われたそうなので、あとは、「ジョシノキビレ~カマノキビレ~旧恐羅漢山のササ藪がどの程度なのか」が成功の鍵である。

朝6時、懐中電灯で照らしながら集合場所まで歩いていった。
ライトをつけて停車している車を見つけたら、やる気まんまんのT隊長が出てきた。
すぐにIクマ対策特殊部隊長も駆けつけ、国道9号経由で亀井谷林道を目指した。

林道の車止めまで行ってみると、ネット情報のとおり林道脇の空き地にはロープが張られ、「不法駐車は警察に通報します」という標識が架かっていた。
テレビやパソコンのディスプレイが放置されていたので、
「亀井谷に行く人が増えて不法駐車が増えたのかなぁ。それとも不当投棄が増えたからかな」と言いながら林道脇に駐車する。

林道を20分歩いて、そのまま亀井谷に入る。
滝を過ぎると、まもなく「広見入口」の木彫りに出会う。ここから右手のジョシ谷に入る。
昔に比べて少しテープが増えているが、相変わらず踏み跡は薄い。

広見山入口の木彫り。ジョシ谷は狭くて道はない。
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やがてジョシ谷に直接突き上げている谷が見えてきた。
「前回、あの懸崖が突破できずに、左の支尾根を這いがったらつづら折の道を見つけたんですよ」
「よくこれを這い上がったなぁ…元気だったんだなぁ」
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狭くなっていく谷を詰めていくと、右の尾根に上がる踏み跡が見えてきた。
「以前よりも踏み跡が少し濃くなっています。広島山稜会の人たちが何回も歩いたんでしょうね」
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ジョシ谷から右の尾根へ上がる。
ちょっと滑りやす所があるが、ここを乗り越えればあとは楽勝
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ここからジョシノキビレまでは、素晴らしい森が続いている。
今回は、紅葉の終わりかけだが、それでも見事な森が広がっている。
「いいなぁ…すばらしい…来た甲斐があった」
「すごい!」
「これですよ…匹見の山は!」

これがジョシ谷の森
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広い支尾根をトラバースしながら、つづら折に高度を稼ぐ。
周囲が素晴らしいから苦しさは感じない。
広島山稜会の皆さんが笹を刈られて立派な登山道になっている。
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ジョシノキビレ直前にある栃の巨木
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よく見ると、木肌がはげて、木目が浮き出している。
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やがてジョシノキビレに突き上げている谷と合流した。
「ここで山歩きさんと出会ったんです」
「そうだろうな…まさかこんな谷を人間が一人で歩くとは想像もつかんな」
ジョシノキビレと思われる鞍部が見えるが、ササが刈られた道がなくなった。
「前回もここからこのヤブを漕いで這い上がりました」

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「ではいきますか」
で右前方のササ藪に突撃した。
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※帰途、分かったが、刈り払い道は左の尾根を直登し、右にトラバースしてジョシノキビレに続いていた。
左の尾根の取り付き地点に赤テープをつけておいたが、最短ルートは我々が這い上がったササ藪である。

ジョシノキビレは、笹が少し刈り払われた寂しい鞍部である。
「とりあえずジョシノキビレまで来ました」

これがジョシノキビレ
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「あとはこのササがどうなるかだな」
「1090ピークよりも反対側の方がササが優しそうだな」
「ぐるっと左に巻きながら広見山に行けそうですね」
小休憩して、カマノキビレを目指し、とりあえず1090ピークまで行くことにした。

「おいおい!このササはなんだ!」
「こりゃ~すごいぞ!」
「早く薄くなりませんかね」
ともがくが、ササの勢いはすごい。
かすかに人か動物が掻き分けた痕跡は伺えるが、全く踏み跡はない。
昔人の色あせたテープをたまに見かけるが、とにかくササを掻き分け、足を引き上げながら、背丈を越えるササ藪を突進する。
「ゴキブリホイホイにつかまったゴキブリみたいだな」
そう…手足をもがいてもほとんど進まないのである。
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1090ピークが見えてきたが、その前にはずっとササ藪が続いている。
「おい!このペースで旧羅漢山までいけるか?」
「赤土山から安蔵寺山のササ藪を思い出すなぁ」
「あれはすっかり刈り払われてスイスイ歩けるそうですよ」
「ヤブ山突撃隊は王道を行くのだ!」

やっと1090ピークに這い上がった。
ジョシノキビレから30分もかかっている。
山頂付近もササ藪だらけで、証拠写真を撮ろうとしてもササに邪魔される。

「おい、どう考えても旧羅漢は無理だろう」
「カマノキビレまで頑張って広見林道を下って、ジョシノキビレに上がってから同じ道を戻りますか?」
「カマノキビレで旧羅漢への登山道にうまく出会えるかどうかだな」
「この藪の勢いだと、カマノキビレまであと2時間以上はかかりそうです」
「とりあえず、もうちょっと先まで行ってみてササの勢いを確かめてみるか」
「恐羅漢と旧羅漢の写真を撮って帰りますか」
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再びササ藪に突撃する。
ササの勢いは収まるどころか、ますます密集してきた。
10分もがいて、ボクの動きが止まった。
「帰りましょう!」
「よし、撤収!」というT隊長の声が響いた。

広見山と半四郎山
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これが1090ピークからジョシノキビレに戻った写真
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ササ藪を20分かけてジョシノキビレまで戻ると、三人ともその場にへたり込む。
「台所原から立派な道で山頂まで1時間だから、カマノキビレから旧羅漢まで藪を漕げば3時間以上かかる。
今日の調子だと、カマノキビレまで3時間はかかるだろうから、ジョシノキビレを朝6時頃に出ないと、昼までに山頂には着けないな」
「やっぱり逆コースが正解ですかねぇ」
「雪の上を歩いたんじゃあヤブ山突撃隊の精神に反しますし…」
「ヤブを漕いでのヤブ山突撃隊ですから」
「それにしてもここのヤブは手強いというか…したからの征服はほとんど困難」
「こんなヤブだったら、クマさんだって敬遠するでしょう」
「そういえば、今日もクマの気配がなかった」
「みんな里に下りているんでしょう」
「クマがこの稜線を歩いて獣道をつけてくれたらいいのに」

完全に戦意を喪失した三人は、再び紅葉の森の中をトボトボ歩いてジョシ谷を下った。
それにしてもきれいな森。
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刈り払われた登山道は快適そのものなので、少し山慣れた人ならジョシノキビレまで上がって、広見山を目指されるといいだろう。
半四郎山~広見山の縦走路が面白くないので、ジョシ谷を満喫しながら広見山まで足を延ばしたら、最高のコースになるだろう。

2010年11月14日 (日)

ジョシノキビレから恐羅漢山へ(敗退編~新着情報)

夕方、匹見から帰ってきた。
結果は、敗退である。

ジョシノキビレから1090ピークまでヤブを漕ぎ、カマノキビレまでササ藪を漕ごうと、ヤブ山突撃隊の総力を挙げて頑張った(ホントはちょっと…)が、行く手を阻む猛烈なササヤブにあえなく撤退した。

帰宅後、すでにハイボールを四杯呑んで精神は元気ハツラツだが、頭はバクハツしているので、報告編はまた後日にする。

とりあえず、ジョシ谷の様子をアップしておきます。

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これが1090ピークの標柱

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1090ピークで座り込んだヤブ山突撃隊

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2010年11月13日 (土)

突撃前夜

明日は、ヤブ山突撃隊で、
島根県の匹見の亀井谷から入って、ジョシ谷~ジョシノキビレから恐羅漢山に這い上がるつもりだ。

天気ははっきりしないが、この時期に行くしかない。
紅葉はおまけだし、天気は気紛れだだが、
雨さえ降らねば決行。

朝六時集合。
早すぎるので、ベロンベロンになってもう就寝する。

夜八時。
妻はバレーの試合を観戦中。
雨さえ降らねば…これで、リベンジ突撃の仕上げになる。

2010年11月10日 (水)

女子バレーから墓穴

今まで女子バレーを見ていたが、
江畑と江口の区別がつかなくて、女房から刺された。

アナハタ バレーヲ マジメニ ミテイルノカ?
センシュヲ ミテイルノ バカリデハナイカ?
と詰問されたので、以下のように答えた。

ワタシハ ナニモ シリマシェーン
ヨッタノデ ナニモ ワカリマシェーン
モウスグネマス
ダカラ ジャマハ シナイデクダサイ

モシモ ホンネヲ キキタカッタラ

モウ ニゴウ ノ アツカン ト
ヤサシク カタライナガラ 
ソシテ ホホエミヲ ウカベテ
ヤサシク ツイデクレル

…ソンナヒト ガ イタラ ハナシニ オウジテモイイデス

自分でも気持ち悪くなってきたので、今宵はこれにておしまいです。

2010年11月 9日 (火)

犯人はお前だ!

先日のブログで、妻にパソコン画面の不具合について詰問したが、「よく分からない」と全面否認されたことを書いた。
確証はあったが、状況証拠だけで詰め切れていなかった。

昨晩、あるサイトにログインしようとしたら、パスワードの入力を求められた。
ランダムに求められるので、いつものように入力していたら、画面がビクンと動いたような気がした。
おまけに「パスワードが違います」という表示が出た。
「あれ?」と思いながら、画面をよく見ると少し拡大していた。

パスワードの一部にシフトキーを押さなければならないところがあるのだが、どうもコントロールキーを押したような気がする。
そこで、コントロールキーを押したままキーを叩いてみると、なんと!画面がビクンと拡大するではないか!
…不正操作の犯人はボクだったのである。
酔っ払って、シフトキーとコントロールキーを押し間違えていたのだ。

Fnキーで、画面の照度やボリュームをコントロールすることはやったことがあるが、コントロールキーで画面表示を変えることができることを知らなかった。
別のキーを押したら縮小できることも確かめてみた。

そうなると、犯人と決め付けた妻になんと言うかが問題である。

ホントのことを話したら大変なことになるのは必至だから、良心の呵責はあるが、
「男は黙って」おくことにした。
…すみませぬ。

2010年11月 7日 (日)

日曜日の日記

ボクは格闘技と陸上のイベントがある時は、テレビにかじりついている。

今日は、大学駅伝をせっせと観戦したのだが、どうも自分の思うような展開にならなかった。

昔は、エリート選手は、大学生と社会人の壁が大きな問題だったが、
今は、高校時代が最盛期で、大学時代になると箱根駅伝だけになって、あとはおしまいだ。

かつて、女子体操が、少女の体操になって出場資格や採点が問題になったが、
少し前の、女子長距離や今の男子長距離の大会を見ると、少し考えてしまう。

とにかく、いっぱい栄養があって、きちんとトレーニングをすれば早熟するのだろうか。
早熟は、ただ速いだけで、あとはどうやって過ごすのだろうか。

競技の種目を変えないと、子どものサーカスに興じた昔に戻ってしまう。
アテナイの競技場で人々を興奮させたあの狂気は、こんな人間の限界だったのだろうか。

低年齢化してきた大学駅伝と去年の都道府県対抗駅伝を見て、寿命の計算が狂ってきた。

2010年11月 6日 (土)

取調べ

昨夜、飲んで帰ってからブログを見ると、はちべえどのコメントがあったので、それを公開しようとしているときに気づいた。

画面表示が最大を超えていて、右の8分の1ぐらいが切れて見えなくなっていた。
コントロールを開けてみたが、どれをやってもいまくいかない。

今日は、一人で光の実家に帰って、田んぼのあぜの最後の草刈りをした。
これで年は越せる。
四月になるまで草ともおさらばだ。

10時から4時まで休まず頑張った。
田んぼは終わったので、あとは屋敷まわりを刈るのに二日かかる。
正月までにはきれいにする。

午後6時過ぎに山口に帰る。
そこから晩酌をして、昨夜のパソコン画面を思い浮かべながら、たぶん酔っ払ったせいと思って、いろいろいじってみたがだめだった。

そこで妻に尋問した。
「昨日ボクが帰るまでに、パソコンを使ったか?」
「○○子に携帯の契約内容を変えるようにアドレスを教えた」

「画面がおかしい。使う時にいつもと違う表示が出なかったか?」
「なんか右下の方に出だけど、カナではなくて、ひらがなに変えようと思って少し触っただけよ!」

「あちこち触っただろう?」
「少しは…」

「小さな画面がいっぱい出てこなかった?」
「出たけど、ちょっと押したら消えたわ」

「バカたれ! やっぱり、お前が犯人だ!
 普通に使っていたら、その表示が出るわけがない。どこかのキーに触ったに違いない!」
「知らないもん。間違って触ったかもしれないけど、わざとじゃないもん」

「いいか、どこに触ったか!それだけ…を聞いているんだ」
「ドコニ サワッタカ ヨク ワカリマセン
 ダカラ ワタシハ ワルクナイノデス
 ワタシニハ トニカク ナニヲイワレテモ シリマセン
 ワタシハ ナニモ ワルイ コトハ シテイマセン
 ダカラ アナタノ イウコトハ ワカリマセン…オシマイ!!」

…全て否認である。、
 真犯人を目の前にして、とうとうゲロさせることができなかった。

…結局、パソコンの表示の不具合はシステムの復元で戻したが、真犯人はこたつに入ってゴーゴーと寝ているのです。

 

2010年11月 4日 (木)

この期に及んでカルチャーショック

昨日、いつものようにボクの実家から帰る途中、妻の実家をのぞいたのだが、
義母が、しきりに、
「そろそろオール電化にしようと思うけど、どうかね」
と、女房に聞いていた。

「灯油やガスはすぐに燃えるから、オール電化にしようと思う」
と言われる意味はよく分かるのだが、
結構な歳になってIHに替えるのもどうか…と思って聞いていたので、家に戻って、妻にその理由を尋ねた。

「どうして、おかあさんはオール電化にこだわっていたのか?」
「お父さんが、そろそろ動けなくなってきているから困っているのよ」

「それがどうしてオール電化につながるのか?」
「石油ストーブで困っているのよ」

「灯油が燃えやすいから? IHでも同じようなものだ」
「できないの…お母さんは灯油を入れることができないの…ていうか、いつもお父さんが入れてくれているから、灯油を入れたことがないの」

「??? 灯油が入れたことがないって…結婚してから?」
「そうよ。母は、ストーブに灯油を入れたことがないの。火がぼっとつくのがコワらしいの。だから、お父さんがアルツハイマーになって、灯油を注げなくなったら困るので、そろそろオール電化にしようと考えているんだって!」

「ウソつけ!お前のお母さんは、この歳になるまで石油ストーブに灯油を入れたことがないのか?」
「だって、ずっとお父さんが入れてくれたもん!」

「だったら、お前も(ボクと結婚するまで)石油ストーブに灯油を入れたことがなかったのか?!」
「うん…」

「なに? そんならお前はどうして入れることができるようになったのか?」
「あなたのお母様が入れていらっしゃるのを見て…なんとなく…」

「えええっっ!!…ウソつけ!!」

…言葉づかいや生活習慣をかなり脚色していますが、私はここで卒倒しました。

普通のサラリーマンの家庭でこんなことがあるのでしょうか?

たまげました。…くわばらくわばら。

2010年11月 3日 (水)

冬支度

ぐっと冷え込んできた。

いつもは惰眠をむさぶる妻が、実家の冬時支度のために一緒に帰るというので、朝8時半まで待ったが、ぐずぐずして出て来ないのでやめた!

まあ29分後に再出発したが、頭に来ているので、きょうはおしまい。

…ばかばかばかばかです。

2010年11月 2日 (火)

プレゼンテーション

今日は、急に立場が変わって、いつもやっているプレゼンの審査員になった。
いきなりすごいおじいちゃんが出てきて、自分が特許出願している理論をまくしたてた。
その勢いに押されて、こっちは何が常識なのかよく分からなくなった。

しかし、そのうちに、どう考えても「エネルギーの法則」は、人類が越えられない合理性なのだが、そのおじいちゃんは一気に越えたまま話をしていることに気がついた。

話は無限運動に関する新たな発見だったのだが、特許出願に至った経緯を切々と語っていた。
今の特許は、3年で審査請求をしなければ何も残らないのだが、
このおじいちゃんは自分の理論の正当性について延々と語ろうとするので、みんなで目配せをした。

ボクは高校3年まで物理をやったが、ここまですごい理論を聴いたことはなかった。
まるで微分方程式を因数分解して、足して四で割るような切れ味だった。

…まいりました。

2010年11月 1日 (月)

自立に向けて

ボクが台湾に行っている間に、妻は東京の長女のところに押しかけた。

12月に第二子が生まれる予定なので、その準備を確認するため…と言いながらも、孫を手なづけるために、いち早く乗り込んだ…とボクは見ている。

第一子の時は山口に帰省したが、今回は東京で産むつもりらしい。
このあたりになると父親というか、おじいちゃんはハネノケになる。
どうやら産前産後の2~3週間になるようだ。

第一子出産の時はあれだけ世話になったのに、妻と長女はいきなりおじいちゃん外しを企んでいるらしい。
それが見え見えなのだが、先日転がり込んできた長男は全く加勢する気はない。

むしろすっかり妻に懐柔されて、
「おねえちゃんはお母さんが来てくれたら、どうにかなる…ってよ」
「ふ~ん」
「で、お母さんは?」
「おとうさんがなんとかなるなら 行きたいって」
「さっさと行けばいい!」
「ふ~ん」
とうそぶいていた。
とにかく男はあてにならない。
脅されたらすぐに改心する。

台湾から帰った夜のこと。
一週間ぶりに出会った妻が、いきなりこう言った。
「あなたは大丈夫? 二・三週間いなくて大丈夫?」
「ずっと おらんでも 生きる… I will be ist」

「朝ご飯と昼は職場で食べられるわね?」
「うん」

「夜はどうするの?」
「呑みには出ない。炊飯器のスイッチは分かった。飯は鍋で炊く。真面目に生活する」

「洗濯は?」
「洗濯機が言うことをきかなかったら、風呂場で洗うか…捨てる」

「アイロンは…」
「やかましい! コンセントをつないで押せば、しわがすぐにとれる!」

「ちゃんと…できるの?」
「うるさい!できる!俺はあと半年ぐらいは生きる
…でもダメかもしれぬ…
 頭がキレても、目は生きている。
 早く東京に行って、○○ちゃんにおじいちゃんは酒ばっかりくらっているが元気だと話してこい!」

…まあ、このあたりで会話は打ち切り。…めでたし、めでたし。

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