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2010年12月

2010年12月29日 (水)

よいお年を

暗い日記が続いているが、誤解のないように言うと、長女の産後のひだちが悪いので、助太刀に行った女房が帰れないだけである。
それが長いのでボクはそろそろ頭にきているのだ。

女房とはメールや電話もしているし、子どもたちとも年末の打ち合わせ済みだ。

はちべえどのは、このブログが職場の女性にバレタことを気づかって?リンクをカットされたようだが、バレタ範囲は狭小で、広がる気配もないのでご安心を。いつものように書きます。


さて、たてつづけに映画を見た。
「トロン」と「ハリーポッター」

トロンは面白いが、3Dはどうもみにくい。
あのめがねがダメだ。
広がりが視覚をデジタル化した違和感がある。

ハリーポッターは、ポイントがたまったので見たのだが論評しないほうがいいだろう。

明日から実家に帰って、裏山の続きを少しやって大晦日を迎える。
先週、氏神様の掃除をしたので、例年よりはきれいになった。

よいお年を お迎えください。

2010年12月28日 (火)

夫婦の絆

どうも女房が帰ってこれぬ…状態が続くと、こっちはすっかり頭にきて、はたと困り果てる。

思うに、そばにいると相手の心情が察することができるのだが、離れてしまうと難しい。

ボクなんかは、すでに、
「もう未来永劫帰ってこんでもええ!」
という心境なのだが、妻もボクと孫のはざまで困っているのかな?と察すれば、少しは感情も和らぐのだが、最近の生活環境だとこれはしんどい。

メールでやりとりはしているが、相手の気持ちがつかめない。
なんと冷たくて感情の見えない道具だろう。
しかし、こっちも意地になっているのでメールしかしない。


さっき、テレビで、雪で孤立した集落のじいさんがインタビューで、
「電気がないから飯も炊けない」
と嘆いていたが、あんな山奥で電気が切れたら、ちょっと前までの生活を思い出せば、倉庫のカベ板をはいで焚き火を作ればいい。

『甘えは最後の手段。その前に自分で生きる』
のが鉄則だが、目の前に優しいものがあると甘えてしまう。

人間はとても弱い動物だが、たったひとりになると色々な知恵が湧く。
それが人が人間たるゆえんだ。
その弱さを補ってくれるのが、伴侶であり、歌や詩のような芸術、そして最たるものが宗教である。

逃げた女房の話に戻る。
「バカたれ!もう帰ってこんでいい!」
といいたいのが山々だ。

メールで少しやりとりをしているのだが、とにかくメールは冷たい。
手紙をやりとりした方がよっぽどか、感情が伝わる。
それはなぜか?

それは相手が自分の手で書いているから、そこには何かが残っているのだろう。


それにしても、今日離婚が多いのもうなづける。
すれ違いが続いて、それを補う会話がなかったら、どうにもならないような気がする。

「子&孫と俺のどっちが大事なんだ!」
…は、まあ年明けまで待ってやることにしよう。

何事も寛容、寛容、寛容…。
それにしても、世の中の単身赴任の人たちの忍耐力と包容力には感服する。
ボクにはとうていマネできない。

※追伸
 今宵は、『縁の下の力持ち』や、『人それぞれの苦労をおもんばかる』…ことを書こうと思ったのですが、ついつい本音ではなく本性が出ました。修文する気も起きないのでこのまま置いておきましょうかねぇ…。やれやれ。

2010年12月27日 (月)

久し振りの日記

事件があったわけではないのだが、ブログを書く元気がなかった。

長女がすっかり母親に甘えているので、妻はまだ帰れないらしい。
早く自分が二児の母親らしくなればいいのに、少し疲れがたまっていたようだ。

ボクの単身生活も徐々に慣れてきた…とは言いがたいが、それでも二日に一度は洗濯をしているし、遅刻することもない立派な生活をしている。

金曜日もミニ忘年会だったのだが、その時に、
「湯田温泉にお惣菜屋のいいのがある」と聞いたので、夕方、買い出しにいった。

なるほど、お総菜のバイキングみたいな店で、色々な種類のお総菜があった。
容器も弁当用のものから数種類のおかず用、大人数用のパックなど様々で、それに盛り付けてレジで精算する仕組みである。

清算方法も、何でも100グラム210円だった。
出し巻き卵、ほうれんそうのおひたし、ポテトサラダ、鶏の唐揚げ、煮しめを少しづつ入れて、しめて570円だった。

微妙な値段だが、好きなものを好きな量だけとれるのがいい。
近くのスーパーのお総菜は、二人前ぐらいあるので、ひじきを食べたら頭が真黒になるぐらい厭きる。

精算時に、レジのおばさんに聞かれた。
「箸をお入れしましょうね。ポイントカードをおつくりしますか?」

そこでいつものように、ちょっとの間妻がいないもので…ふうに、
「あっ…お願いします。カードは…いいです」
と見栄を張った。


昨日も両方の実家を巡回したのだが、どうも、あっちもこっちも大変だ。
妻もそろそろくたびれかけているようだし、さすがにボクもストレスがたまってきた。

おい!娘よ!早く元気になってくれんかのう…。


2010年12月23日 (木)

祝日の日記

義父が数日前に検査入院したので見舞いに行く。

その前に、天気がいいので布団を干して、全部屋の窓を開けて実家に向かう。

こんなときに夫婦の実家が近いと助かる。
我が家から女房の実家まで車で五分。歩いても20分だ。

幸い義父は元気で、経過が良ければ年内には退院できそうだ。
ベッドの角度を調節したり、ひい孫の写真を見せながらいろいろな話をした。

その後、女房の実家を覗いてみると、義母が庭の掃除をしていた。
「あれ?ちょうどよかった。ストーブの灯油が切れてどうしようかと思っていたの」
…いつか女房に聞いたことがあるが、ホントに灯油を入れたことがないそうだ。

義父はとてもこまめな人で、料理洗濯以外は全部されているので、義母は相当楽?をしている。
「灯油をお願いね。苦手なの。…あと掛け軸が届かないので、掛け替えもらえないかね」
と頼まれた。
何もしないボクでも結構役に立った。

灯油のストックも少なかったので買ってきた。
「これは数日はもつので、土日には帰りますから大丈夫ですよ」
と言っておいたが、途中で切れたらどうやって注ぐのだろうか。

実の母は、公民館で老人会の集まりがあると聞いていたが、念のために、実家に帰って家の中の様子に変わりがないかどうかを確認した。

義父は80を超えたし、両方の母親も来年はそれに続く。
いよいよ介護エイジ到来だ。

このことを女房にメールで送ったら、わざわざ電話をかけてきた。
「実家のことはありがとう。ところで、○○子の体調がいまいちなので、もうちょっといてもいいかしら?」
と言うので、
「どうぞ…正月を越しても大丈夫」
と言ったら、
「○○子は一月半ばまでいるんでしょ?と言うから、どうしようかと思っているの」
とほざくので、
「○○子が、安心するまでどうぞ」
と言っておいた。

…どうしましょ。

2010年12月22日 (水)

見栄張るおじさん

今日は少し遠くのスーパーに行って、「もつ鍋セット」と「きんぴらごぼう」を買った。

近くのスーパーでもそうだが、ボクがそんなものを買って、レジに行くと必ず、
「割り箸をお付けしましょうか?」
と聞かれる。

きっとレジ係の人は、ボクが独身なのか、女房に逃げられたのか、
ひょっとして奥さんが病気で買い物に来たのか、と吟味しているはずだから、
「あっ!お願いします」
と答えるようにした。

箸が要らないと言ったら、
きっとずっと独身か、最近、女房に逃げられたに違いないと思うはずだ。

だから、
「おっと…慣れないことで済みません…そんなことに気が付いていただいてありがとう」
という雰囲気を出しながら、「あっ!お願いします」と、できるだけ…さりげなく答えるようにしている。

…そんな自分が情けない。
もっと正々堂々とレジに並ぶべきである。
大切な客の一人である。
恥ずべきことはなにもない。
でも恥ずかしい。

初めのころは、スーツを脱いでジャンバーをはおって買い出しに行っていたが、このところはスーツのままで、
「今日はちょっとした理由があって、とりあえずお総菜を買うのです」
というオーラを出しながら買い物をしている。

それにしても情けない。
もっと堂々としたい。

2010年12月20日 (月)

節食・節水

今日は日帰りの県外出張。
よれよれのカッターシャツではまずいので、昨夜は念入りにアイロンかけをしたが、初日の何もしない方がシワガ少なかったので、そっちを選んだ。

昔はアイロン台なるものがあって、鍛冶屋の牛の角みたいな…枕のような自由自在に曲線にアイロンが掛けられた記憶があるが、我が家は断熱シート一枚だけなので始末に悪い。

表をピシッと伸ばしたら、裏にきっちり二枚しわが寄っている。

これは腕のせいではないと思うので、アイロンマットに向かって、
「お前は役に立たない奴だ」
と言っておいた。


さて、出張先に単身赴任をしている後輩がいて、別れ際に、
「夕方になると、今夜はなにを食べようか…外に出ようか…いつもの鍋セットにしようかと迷うんだよな」
と愚痴ったら、
「そんな散財をしてはいけません。夜は湯豆腐に限りますよ」

「??湯豆腐は昆布を入れたり、なかなか難しんだろう?」
と聞いたら、
「そんな難しいことをしてはいけません。予めチンして、あとは鍋でもう一度茹でたら出来上がりです」

「食えるか?」
「そんなことを考えてはいけません。食べるのです。豆腐一丁だから安いのです。食べられます」
「ほぉ~、それは安上がりだ」
「けして侮ってはいけません。長丁場はこれです」

早速、近くのスーパーで、豆腐と、ほうれんそうの白和え、朝用ののり巻を買った。
しめて五〇〇円以内であった。

チンができないので、鍋に入れてグツグツ煮たら灰汁が出てきたので火を消した。
ホウレンソウの白和えのラップを取って、こたつまで運ぼうとしたら携帯が鳴ったので、あわててとろうとしたら白和えを床にばっさりとひっくり返してしまった。

電話の相手は孫だったので、
「おじいちゃんでちゅよ! おばあちゃんのバカ!…と言ってみて!」
と教唆したら、いきなり、
「なんなの!」
と鬼婆が出てきたので、
「うるさい!}
とだけ告げて、あとは孫と会話にならない話をした。

散乱した白和えを拾い集めて、鍋に入った豆腐を眺めてみたが、どうみてもうまそうにないので、冷蔵庫からポン酢を探してきて、ついでに鰹節をあさってみたがどこにもなかった。

ようやく、いま完食したところだが、もう豆腐はいらない。
料理の世界において、まずくて量が多いのは最低とされる。

いままさにそれを体験した。
たった一斤と見くびっていたが、もぅいらない。
豆腐は豆腐だ。

頭にきた…豆腐で腹がはち切れそうなので、節水は忘れなければまた明日。

…それにしても、あいつは毎晩豆腐を一丁食べているのかなぁ?そういえば、心なしか痩せていたなぁ…。安いのは安いが、心まで痩せそうな気がする。

2010年12月19日 (日)

土日の日記

先週来、母が携帯電話を買いたいと言っていたので、実家の近くの携帯ショップに行った。

新規加入なので、ゼロ円の機種にしたが、ボクが欲しくなるぐらい老人向きの簡単操作だ。

家族割の手続きをして持ち帰ってからの説明が大変だった。

家族の携帯と固定電話を入力して、手始めに女房の携帯にかけさせる。

すぐに女房が出たが、母が長々と話をするので、
「まだ家族割が適用されていないので、携帯電話は高くつく」
と言ったが、ひい孫が出たので再び長話に突入。
結局、女房とは話さずじまいだった。


そのまま実家に泊って、家の裏の雑木を切った。
倒しても屋根には被さらないが、撥ねるといけないのでロープで固定しながら倒す。

おおまかにはチェーンソーで切れ目を入れるが、倒れる直前は足場が悪いので鋸に変える。
三本切ったが、後始末が大変だ。

足場の悪い斜面で大まかに切っては下に落とす。
落としたら、もっと裁断して空き地に運ぶ。

風呂を薪で炊く時代なら、そのまま置いて乾燥させて薪にするのだが、今は宝の持ち腐れだ。
定年後は薪ストーブにするつもりだ。
ぜったいに勿体ない。

いつものように見送ってくれる母をバックミラーで見ながら、早めに下水道を引いて、ガス風呂にした甲斐があったと思った。

寒い冬に、風呂を焚いて、飯を炊いて、肥をかえて、離れと母屋をつっかけを履いて行き来する生活はできなくなる。
もうボクでさえ無理だ。

とても不経済な生活をしているが、母もボクも妻も子も孫も、それなりに距離を置きながら、なんとか生きているから…まあいいか。

2010年12月17日 (金)

なべ

今日も鍋。ホルモン鍋。

少し遠くのスーパーに行ったら、ようやく違う種類の鍋があった。
近所のスーパーは、一週間(正確には三日)通ってみると、うどん鍋とちゃんこ鍋しか置いていないことに気付いた。

なんたる怠慢だ。
せめて焼肉セットでも置けばいいのに。
あんなものを買うのは特定の人だから、日替わりで替えた方が売れる。

今日のつきだしは、タコの刺身。
なんで、ナマコがないのか。
そろそろシーズンのはずだ。

スーパーは怠けている。
やる気がない。
おじさんを相手にしていない。
おばさんばかりが買い手ではない。
あれではコンビニに客をさらわれる。

でも、コンビニの品物はもっと画一的なので、おじさんは、食べ物類はもう買わない。
きっと、天気と周辺の行事と売れ筋しか考えていない。
いついっても同じものばかりだ。

時々、おからやキュウリの塩もみあたりを置けば、あっというまに売れるのに、どうして置かないのか。
もっとも、コンビニもスーパーのことをおもんばかっているのかもしれない。

明日は、実家に泊る。
ギターを抱えて練習に励むつもりだ。
…だから、ボクの布団はそのまま万年床。

2010年12月16日 (木)

告白日記

二日ほど外で食べた(呑んだ?)ので、日記を書く元気もなく万年床に倒れ込んだ(みたいだ)。

今日、再び洗濯機と闘ったが、「これっきりぼたん」はマニュアル作動を拒否し続けるので、こっちから折れた。

しかし、洗濯物には意外にシワが寄っていなかったので、妻の言いつけを守ろうとした自分が騙されたような気になった。今や形状記憶の時代である。乾いたらシワがなくなる…みたいだ。

なぜかというと、シワが少ないカッターシャツにアイロンをかけると、はっきりしたシワが増えるだけだ。自分の技量を棚に置いて言えば、アイロンはかけないほうがきれいだ。


…そんなことはどうでもいい。
以下を読まれたら、きっと(ひとりぐらいは)共感してもらえると思う。

三日ぶりに近くのスーパーに行った。
歩いてすぐなので、知った人に出会うと恥ずかしい(ような気がする)。
女房に逃げられたと思われたくない(きっと相手はそう思うはずだ)。

だからできるだけ知人に出会わないように、人が少ない通路を選んで、お総菜コーナーへ突進した。
ここであれこれ品定めをしていたら、それまでの行動がパーになるので、迷わず目の前の「簡単調理パック」を手にとって、朝食用の太巻を入れて、突き出し用に「ひじき煮」をカゴに放り込んだ。

さっさとレジに行こうとしたが、牛乳がなくなっていたのを思い出して、あわててどこにあるのかとウロウロ探していたら、顔見知りのおばさんと鉢合わせしてしまった。

「あれ?お買い物ですか?」
「あ・あ・……へへ…女房に暫く逃げられまして…」
「お里帰りですか?」
「ええ…孫が生まれまして…」
「それは…おめでとうございます」
「おかげさまで?…なかなか帰ってこないもので…」
と応えておいた。
…ちょっと不自然だっかかもしれない。

そこで考えた。
スーパーに買い物に行くときは、子どものお使いのように、手にメモを持っていくべきではないか?
何でもいいからぐちゃぐちゃと字を書いておいて、それを見ながら品物を探す。
そうすれば、
「奥さんが風邪か何かで寝込んだので、きっとお使いに来ているんだわ」
と思うだろうから、
「はい、なかなか熱が下がりませんで…」
で、済むはずである。

…そう思いながら、レジに行くと、
おばちゃん、若奥さん、男の学生アルバイト風の三箇所しかなかったので、
ボクは迷わず男子学生のレジに並んだのです。

なお、今日カゴニ入れた簡単パックは、初日に食べた「うどん鍋セット」。
…(もしも女房が年末に帰って来たら(くれたら)、来年まで鍋は食べないつもりだ。

2010年12月13日 (月)

籠城(3日目)

はちべえどのに言わせれば、ビバーク三日目らしいが、食料はどうでもなるので籠城です。

さて、今日昼過ぎに二人目の孫が生まれた。
医者から、昼過ぎに、
「まだ時間がかかるようですよ」
と言われたので、女房はすっかり安心して、保育園に孫を迎えに行った隙に生まれたようだ。

最近は、事前に性別が判別できるらしいが、はっきり言わないので、どうやら同種族かな?と思っていたら、その通りだった。

まあ、おじいちゃんにとってはどっちでもいいので、とりあえず、
「それはよかった。おめでとうさん」
と言っておいた。

三歳でおねえちゃんになった初孫が、
「あかちゃん あかちゃん」
と喜んでいた。

ちょうどその時、第一回目の洗濯をしていたのだが、電話が終わって洗濯機に行ってみると、すべての作業が完了していた。

「カッターシャツの脱水は1分!」
ときつく言われていたので、取り出して残りを5分セットしようとしたら、すっかり水分がなくなってしわくちゃだった。

いまどきの洗濯機には、「これっきりボタン」というのがあって、
それさえ押せば最後までやってくれるらしく、この洗濯機は余計なことをしてくれた。
きっと昨夜のアイロンがけを覗き見していたに違いない。

しわくちゃになったカッターシャツと、よれよれになった肌着を干した。
適当に洗濯バサミにはさみながらつりさげてみたが、どう見てもあまりにみすぼらしかったので哀しくなった。

これではどんな下着泥棒も引いてしまうだろう。

さみしいなぁ…でも明日は忘年会。

今日はちゃんこ鍋セットと、おから。
鍋はあきた。
焼酎も厭きた。とにかく祝杯をあげねばなるまい。

熱燗とワインにするつもりだ。

2010年12月12日 (日)

籠城日記(2日目)

実家に帰って、山に入っていると携帯が鳴った。

妻からである。
ひょっとして生まれたかと思って出てみると、

「オジイチャン? ○○チャン アカチャン!」
「おお!うまれたの?」
「アカチャン!」

「うまれたの?」
「○○チャン!」
「○○ちゃん アカチャン ウマレタノ?」

…なにやら打ち合わせの様子。
「アカチャン マダ」
「アカチャン マダ?」
「マダ マダ…」

…再び何やら打ち合わせの様子。
「オジイチャン オサケ ダメ!」
「はいはい」

実家から帰るときに、母から言われた。
「あんた 一人だからって いっぱい飲んだらだめよ!」
「はいはい」

今日の献立。
ヒラメの刺身と、うどん鍋。

山用のガスカートリッジで残量が少なくなっているのを引っ張り出して使い切る。
明日の朝は、助六とインスタントみそ汁。
呑み忘れないように、血圧の薬をこたつの上に置いておく。

生まれて初めてアイロンがけをしたが、シワが増えるばかりなので途中でやめた。

2010年12月11日 (土)

籠城日記(初日)

朝、妻を駅まで送っていった。
昼過ぎまで残務整理をする。

四国にいる次女が、
「二週間、ガンバレマスカ?!」
というメールを送ってきた。

女房の差し金に違いない。
こいつは、そもそもボクにメールをすることがない。
いったきりすずめ…だ。

「はい」
とだけ返事をする。


夕方になって帰ると母に迷惑をかけるので、籠城することにした。

二日分の本を買って、スーパーに買い出しにいく。

鮮魚コーナーに行くと、「おばいけ」があったので迷わず買う。

肉コーナーでは、ホルモンの鍋用があったので、これもかごに入れる。

非常食用に、カップめんを二つ買う。


家に帰ると、午後4時過ぎだった。
周囲も暗くなってきたので、晩酌が近いと判断した。

女房からとめられていたガスコンロに火をつけて、湯を沸かす。
おばいけは付け出しなので、ホルモン鍋にしようとしたら、野菜を忘れたのに気がついた。

とりあえず、ホルモンだけでフライパンで焼いた。

焼酎用の湯がなくなったので、いまブログを書いています。


▼はちべえどのも、ぴっけさんも
よくまあ…まいにち生きておられますね。
このままでは、二週間はもちませぬ。
レシピは関係ないみたいです。

2010年12月10日 (金)

迷える子羊(前夜祭)

はちべえどののご示唆は大変ありがたいが、私的には、ほぼ最悪のシナリオが進行しつつあります。

明朝、クソウルサイ姫が上京する予定の中で、
今日、仕事に疲れて帰宅するなり、妻からこう言われました。

「米は、残り全部を東京に送りました。冷蔵庫もほぼからっぽにしたから心配しないで」
「米がない? 俺はどうやって飯を炊くのだ?」

「あなたは、夜、お米を食べたことがありますか?ノンデバカリ デハ ナイデスカ?」
「??…うるさい! 朝飯を炊くんじゃ!」

「ホントニデキマスカ? ワタシハ マジメニ キイテイルノデスヨ?」
「………うるさい! バカタレ!(二度と戻ってくるな!・クソバアア!)」

いよいよ、明日から自立に向けた生活が始まる。
規則正しく、子や孫の模範になるような日々を過ごすつもりだ。

(念のために)みなさん、さようなら。

2010年12月 9日 (木)

メモ帳

妻の出発は土曜日だった。あと二日ある。

いろいろ言われたので、忘れないうちにメモしておく。

①石油ストーブは使わないこと。エアコンのある部屋で過ごすこと。

②ガスコンロもできるだけ使わないこと。念のために、朝出る前にもう一度元栓を確認すること。

③生ごみはベランダの青いバケツ入れること。月曜日に指定袋に入れて出すこと。

④たぶんできないだろうから地区のゴミ当番は来月に交替してもらったこと。だから私に感謝すること。

⑤お総菜などのトレイ類は赤バケツに入れること。生ゴミと一緒にしないこと。

⑥冷蔵庫の中は明日までに使い切るので、料理がしたければ自分で買い出しに行くこと。できるわけはないけどね。


⑦洗濯洗剤の量は、左の青色の箱のスプーンで図ること。するかしないかはあなたの気持ち次第。

⑧回覧板は、自分の欄にマルを書いて、家から出て、少し右に行った大きな家に持っていくこと。門の横のポストではなくて、門を開けて玄関まで行って、右にあるポストに刺しこむこと。

⑨………わすれま・し・た。

がんばります。

2010年12月 8日 (水)

やれやれ

ようやく仕事の峠を越えた。

遅くなっても、ブログを書いて気分転換をすればいいのだが、ままならなかった。

妻は、明後日に上京することになった。

「あなたはどのくらい大丈夫なの」
と改めて聞くので、

「二~三週間ぐらい、へっちゃらだ」
と答えておいた。

あと、いろいろ言っていたが、酔ったので、さっさとおしまい。

2010年12月 4日 (土)

ふぅ

ちょっと早朝から仕事三昧になったので、バカなことを書く余裕がない。

人間は、その時々の環境に左右されやすい、とても弱い存在だと思う。

…もっとも、ボクだけかもしれぬが。

2010年12月 3日 (金)

迷える子羊(直前編)

産気づくのを今か今かと待っていたのだが、
長女からのメールの着信音が鳴るやいなや、すぐにメールを確かめた。

「イマ ハスイ シタ ハハ シキュウ タノム」
と、てっきり思っていたらしいが、

「まだ兆候が見られないので、月曜日の検診で相談しましょう…になりました」
…みたいだ。

その直後、長男が、ノー天気に
「遅くなるけど、帰るよ。メシはいる!」
とメールしてきたようだ。

妻は、息子(携帯電話)に向かって、
「あのね! お姉ちゃんが いま 大事なときなのよ!」
と吠えています。

とうことで、
はちべえどののレシピの演習は、次週へ持ち越しの雰囲気です。

2010年12月 1日 (水)

迷える子羊

東京にいる長女の出産予定日は近いが、もう少しかかりそうだ。
妻はいつでも出かけられる(押しかけられる)ように荷物をまとめている。

昨夜、アイロンがけをしている妻に、
「カッターシャツにはアイロンをかけないといけないが、脱水はどのくらいするの?」と尋ねたら、
「1分。これを超えるとシワだらけになります。それ以外は5分」
「出したり入れたり…大変だな。昔のように洗濯槽と脱水槽に分かれていればいいのに」
「あのね!初めに1分でセットして、終わったらカッターシャツだけを取り出して、そのまま残りを5分脱水すればいいのです!」
「??…おお!お前は天才か!」
「バカにしないでよ!」

「朝メシは、目玉焼きとソーセージを焼く。晩メシは、焼肉やホルモン鍋、野菜いため…飽きたら惣菜を買う。インスタントラーメンやうどんなら、しょっちゅう山で作っているし、2~3週間ならどうにでもなる」
「ご飯を毎日炊けるの?食べるごとに鍋、食器や炊飯器も洗わなきゃいけないけど、できるの?」
「やる!」
「日ごろ何もやっていない人にはゼッタイ無理!」
「できるけど、やらなかっただけだ」

妻は完全にボクを見切っている。
バカにしている。できっこないと断定している。

就職直後は、実家から通っていたし、そのまま結婚してから暫くたって山口に引っ越したので、考えてみると、ボクは30年以上、自炊や外食の経験がないのだ。

長女の出産は実家にいるときだったし、二人目以降は山口で出産したので、その時は両方の母方が入れ替わり立ち代り世話を焼いてくれた。
おまけに妻は大病をすることもなかったので、ボクは家事らしきことはほとんどやったことがない。(妻に言わせると、「ゼンゼンやっていない!」らしい)

したがって、今回はボクにとって最大の試練を迎えることになる。

しかし、ボクはやる。何でもできる。やればできる…ような気がする。

ふと、学生時代を思い出した。
実家から米とタマネギはふんだんに送ってもらっていたので、仕送り前で金が底をつくと、ボクと同じぐらい貧乏な仲間二人が下宿に押し寄せてきた。

「メシはあるから、自分のおかずとボクの分を何か持参すること」という暗黙のルールがあった。

といっても、持ってくるものは、「納豆」「ボンカレー」「生卵2個」程度が精一杯。三人がそれをどんぶりにぶっかけて黙々と食べた。

朝や夜、外でひとりで食べたくないから、最後はこれかぁ…。
…Xデーは近い。

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