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2011年1月17日 (月)

冬眠

今年の冬は特に寒い。
ここ数日はそれが顕著になって、もう凍死寸前である。

というわけで、土日はずっと家にこもっていた。
元旦にようやくスタッドレスタイヤに履きかえた息子が、土曜日の夜、たくさんの洗濯物を抱えて転がり込んできた。
「こんな雪の降る日に戻ってくるな!ばかたれ!」
と言ったら、
「スタッドレスタイヤがどのくらい効果があるか確かめたかった」
とほざいていた。

日曜日の朝、駐車場を覗いてみると、車はすっぽり雪の中だった。
僕の車にはスタッドレスがないので、どこにもいけないので冬眠と決め込む。

息子は日曜日の夜になって、「大丈夫」と言いながら帰っていたが、
何の連絡もないので無事に帰ったのだろう。

月曜日の今日も一面真っ白だった。
夜になった今でも、社宅の裏にはたくさんの雪が残っている。

ボクは冬になると、インタネットのお気に入りに、
恐羅漢スキー場と十種ヶ峰スキー場を追加して、雪の溶け具合を調べているのだが、
恐羅漢は2m60cm、
十種ヶ峰に至っては、例年だと数日しか営業できないのに、今でも1m近く雪がある。

そういえば社会人になった頃は、鹿野のパブリックスキー場で、
パラレルまがいのシュテムの練習をしていた。
最近、どなたかのブログで、
「鹿野の空き地にたくさんのスキー道具が捨てられていたが、なんなんだろう?」
と書かれていた。
あれこそ鹿野スキー場の残骸である。

ロープリフトすらない斜面をせっせとカニ歩きか逆ハの字で這い上がっては滑っていた。
小さな小屋で、貸しスキーとちょっとした売店があった。

うどんとカレーとビールしかなかったが、
「俺は社会人になったのだ」
という自覚が生まれたところだ。

本格的なスキー場は、冠山と錦の羅漢山にあったが、ずいぶん昔に閉鎖された。
松ノ木峠のロッジも今や冠山登山の駐車場に使われているだけである。

結婚する前に、女房を冠山スキー場に連れて行った。
初心者の女房にいろいろ教えてみたが、要領を得ないので、
自分だけリフトに乗って滑って降りたら、女房が若い男にスキーを教えてもらっていた。
(はちべえどのは前の掲示板でご存知のはず)

「あれ?何してるの?」
と言ったら、その男はばつが悪そうに逃げていった。

「立てなくて困っていたら、さっきの人が助けてくれたの。それから滑り方を教えてくれていたの」

「へぇ~モテたんだ」

…今風に言えばナンパされたのだろう。

それ以来、女房はスキーに連れて行けとは言わないが、あの時の恨みはすごいみたいだ。

そういえば、この間天狗石山からサイオトスキー場を下ったときに、
「みんな楽しそうね…男の人はみんな親切そうね」
と意味ありげなことを言っていた。

この30年で積雪量は激減した。
あんなに狭くて、脱輪すれば谷へ転落するような道を大型バスがよく通っていたものだ。
すばらしい運転技術である。

あの頃のような、爆発するエネルギーが出ないのが情けない。
自分を奮い立たせようとしても、どうにもならない。

だから後継者を探す。
その人にあった それなりをものを
…と思うのが、災いするのかもしれない。

消えていく記憶と 夢に見た映像と

目の前の仕事を どうするか

これが おじさんの 職責

…逃げるなよ おまえ。 to me

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