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2011年4月

2011年4月27日 (水)

先輩

昨夜は、昔の先輩諸氏と呑んだくれた。
だから、こっちはいつまでたっても部下のままである。

「おい!ヤブ山!ちょっとはできるようになったか!」
と励まされても、
「はい…ええ…まあまあ…」
と返事をすると、
「ばか!おまえの!そこがだめなんだ!ホントに…ばかたれが!」
…と、まるで今の自分が部下に言っていることを言われてしまった。

酔いが深まるにつれて、おじさんたちはまどろみの世界に落ちていく。
「おまえが…もうそうなのか…そうか、そうか…」
「だってもう55です。あと五年で皆さんに仲間入りです」
「おっ?なんだと!おれの仲間に入る!?10年早い!バカたれ!」

…こんなおじさんたちと、深夜までつきあいました。おしまい。l


2011年4月24日 (日)

日曜日の日記

昨夜、息子が車で帰ってきた。
仕事の時は三角巾を外しているらしいが、普通の状態に戻るにはあと2~3週間はかかるそうだ。

何が目的かと言うと、スタッドレスタイヤの交換だ。
当然、息子は何の役にも立たないので、ボクが朝早く起きて頑張った。

それにしてもCR-Vは重い。
タイヤが浮いてくると、ジャッキが猛烈に重くなる。
2千円ちょっと出せばスタンドでやってくれるが、こういうことは自分でやっておかないと、
それこそ大災害時に何もできなくなる。

だから、昨日の草刈りも時々鎌を使ってみた。
最近は砥石で研ぐのは鉈ばかりだったが、鎌はあっという間だ。
それにしても自宅に砥石がある家は、日本全体で何パーセントだろうか。
避難生活になったら、鋸や鉈が必要になるが、都会だったらどうなるのか。

タイヤを交換後、将棋を見て昼寝。
維新100年記念公園でウォーキングをしようと行ったら、高校の春季大会をやっていたので観戦と決め込む。
さっき帰ってきて、女子体操の田中選手を見て晩酌開始。

写真は、昨日の光の虹が浜。
ウィンドサーフィンは少なくて、パラグライダーを操りながらボードを走らせるのが流行っていた。
時々ジャンプもするし、なかなか面白そうだった。
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2011年4月23日 (土)

母のオーラ

仕事から解放されると草刈り。
少しでも気を抜いたらはびこって根負けする。

母の認知症は着実に進んでいる。
さっきまで、ちゃんと会話が成立していたのに、
少し話題を変えて、再びさっきの話に戻ったら、もう忘れている。

ボクがそれを指摘すると、
ボケているときは、「ふ~ん、そういね。そうするかね」
とやさしく言うが、頭の中で考えていない様子が手に取るように分るのが辛い。
…たぶん、自分もあんな行動を起こすようになるのだろう。

ボケから戻っているときは、
「え~と、何をいいよったんかいねぇ。…?ちゃんと仕事をしよるかいね!」と言う。

…期待して、いろいろ考えながら会話を続けてみるが、
『久しぶりに会った息子だが、なにか困ったことを抱えているのではないのか?』
という…母と子にだけわかる…オーラがなくなった。

だから、僕は妻に、
「おれが倒れたとき、冗談を言って笑わなかったら、
 目をのぞきこんで確認すること!
 おれが目で合図しなかったら、おしまい!
 さっさと始末すること!」
と言っている。

いくら探しても、母のオーラが見つからない。
いきなり覚醒してくれないか…と、つくづく思う。

2011年4月21日 (木)

広沢虎造

引っ越しに向けて色々な物を処分する必要がある。
とにかく母屋の納戸にある僕の宝物をどうにかしなければならない。

母屋を建て替えた時に思い切って捨てたつもりだが、
妻に言わせると、「まだまだ…いっぱいある!」らしい。

まずはレコード。
こっそり納戸の奥に入れておいたが見つかった。
「これは…このあいだ、CDを買ったやつじゃないの!」
「入っている曲が少し違う」
「ふ~ん、じゃあ…これは!?」
「それも…ちょっとずつ違う…」
…まるで税関か、国境警備隊である。

そんな中、広沢虎造のカセットテープが見つかってしまった。

これにはエピソードがある。
これは僕が貧しい…貧しい学生時代に…せっせと集めた大切な浪曲集なのだ。
飯を食わずに、タバコでごまかしながら、土木のバイトで稼いだ金で買った…大事な…大事なカセットテープである。

就職して間もないころ、ある上司にそのことを話したことがある。
その後も、ときどき一緒に仕事はしていたのだが、

数年前、その上司が、突然現れて、
「ヤブ山!おまえ…昔…広沢虎造の…
 森の石松シリーズのカセットを持っていると言っていたが、
 あれはまだあるか!?
 まだ、持っているか!?
 もし持っているのなら、ワシにすぐに貸せ!
 CDに記録するから…ワシに貸せ!!!」
と言われた。

「あります…あります!」
「おお…そうか、そうか!おまえはええやつじゃ!」
と持って帰った。

後日、そのカセットは、ちゃんとCDになって戻ってきた。
これで、未来永劫、広沢虎造の森の石松シリーズは完ぺきと思っていた。

…ところが、そのオリジナルカセットがかさばるので、物の分別がわからぬ愚妻ともめる羽目になった。

理性がない人と話したくない。
道理も知らないようだ。
たぶん言語も通じていないと思う。

森の石松シリーズは次のとおり。
…ボクより10歳上の人にとっては垂涎モノです。


石松金比羅代参
石松三十石船
石松と身受山鎌太郎
石松と都鳥三兄弟
石松と小松村七五郎
閣魔堂の騙し討ち
お民の度胸
石松の最後
為五郎の悪事(本座村為五郎)
追分三五郎
追分宿の仇討ち

…秀逸は、「お民の度胸」である。
ただし、ヤブ山女房の度胸と比べることは困難です。

2011年4月17日 (日)

弟見山(周南市鹿野)

土曜日はいつものように実家に帰って草刈り。
カラスノエンドウをはじめ春の草が茂ってきた。
全部刈るにはまる四日かかるので、夏場のピークになると毎週どこかを刈る羽目になる。

母の認知症も相変わらずだ。
話しているとそんなに感じないが、買い物に出る段になって、
「さっきまで持っていた手提げかばんがない」
と言いだした。

家の中を全部探したが見つからない。
「自転車のかごに入れたかも?」
と言い出したので倉庫に行ってみたが見つからない。
すると、精米するために持って帰った容器に、ちゃんと玄米が入れてあった。
ピンときて、車をのぞいてみると助手席にかばんが座っていた。

僕が草を刈っている間に気を利かしたついでに、予め車に入れたのだろう。

さて今日は日曜日。
三角巾で腕をつっている息子が帰っているので妻は外出できない。
どこに行こうか迷ったが、弟見山のカタクリの様子を見に行くことにした。

今日はラーメンを作る予定だが、登る途中で、箸を入れ忘れたのに気がついた。
「ササだらけだから、ササで箸を作ろう」
と考えながら山頂に着いた。

山頂には7~人のグループがいた。
その中に職場のOBがおられたので、近況を語る。
カタクリはやっと葉が出てきたところなので、見頃は来週がベストだろう。

ササを切って箸を削る。
「さあ、これでラーメンを食うぞ」
とバッグから鍋と水を出したが、ガスカートリッジがないのに気がついた。
朝、支度をするときに、カートリッジを振って残量を確認した記憶がある。
それなのに、それを入れていないのだ。

母の認知症よりも僕の方が進行が早いみたいだ。


写真は十種ヶ峰の遠望
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2011年4月11日 (月)

鬼嫁Ⅲ

ボクたち夫婦が実家に帰るに際して、妻から条件提示があった。

前提条件は、
「嫁と姑だから多少のいざこざはあるかも?」
であったが、
「それは仕方がないこと…まあどうにかなるさ」
…でおしまい。

その次が、本当の条件提示であったのだが、
世間で言われているような、
嫁と姑問題や親兄弟との関係とは全く無縁のものだった。

「定年退職するまできちんと働くこと」が条件だという。
妻の目は、あることを念頭に置いて言っているのが明白だったので、
「うんわかった」と即答した。
「絶対よ!」と念押しされたので、
「はい了解です」
…でおしまい。

ボクの性格を知りぬいた上での発言である。
ボクがさして考えもせずに生返事をすることもすべてお見通しである。
でも、
「もしも…!…!約束を破ろうとしたらタダじゃ~ききゃ~せんからね!」
という凄味があった。

『あること』は口にしなくてもお互い分かっているので、
この程度の会話と態度で十分なのだ。

…これぞ鬼嫁の真髄。
 はちべえどのに会わせなかった理由もこれでお分かりいただけると存じます。
 それにしても、ぴっけさん夫妻は雲上人か現人神としか思えませぬ。

2011年4月10日 (日)

日曜日の日記

昨日に引き続き実家に戻る。

今日は末娘の引っ越し荷物の引き渡しの日だ。
妻は昼過ぎにバカ息子を駅で降ろしてこちらに向かう予定。

何から何まで忙しいが、気持ちのいい青空が広がっている。
ソメイヨシノもきれいだが、ヤマザクラのまだら模様が好きだ。

母と話した。
「定年までは頑張ろうと思っていたけど、ダメみたいだよ。
 でも、デイサービスとやらに行ってみようと思う。
 このままボケたら自分でもイヤだよ」
「夏までには帰るから適当にやっておいて」
「通えるの?」
「どうにかなる」

…ある程度期待していたようだった。
いつになく、やさしく、そして少し元気がなかった。


▼ぴっけさん
 まあ…こんな感じになりました。
 ジョシノキビレにはみんなで行きましょう。
 広見山までヤブを漕ぐ予定ですが、お互い農繁期が近づいてきました…。

▼はちべえどの
 16:50に某バイパスですれ違いましたよ!
「おっ? あの腹は、あの顔は、あの自転車は…まぎれもなく…はちべえどの!」
と、声をかけようかと思いましたが、隣に鬼嫁がおりましたので、
ルームミラーに映る貴殿の後姿を眺めておりました。
お元気そうでなによりです。
早くサードステージを!

2011年4月 9日 (土)

土曜日の日記

実家に帰る。

玄関を開けると焦げ臭い臭いがしたので、離れの母をのぞいてみると、
「ゆで卵を作っていたのを忘れていたみたいなの。
 少し焦げ臭いのでガスレンジを見たけど、火が消えていたので何かしら?
 としばらく考えていたら、ゆで卵を作っていたのを思い出したの。
 そういえば、この間、ガスレンジを替えてくれたのね」
と言う。

どうも最近になって、鍋を焦がしているようなので、
この間、空焚き防止装置のついたレンジに替えておいたのだが、
いいことか、悪いことか…悪いことだが、安全装置が働いたようだ。

本当はIHにしたかったのだが、母は、
「そんなものはどうやっても覚えられない」
と言うし、娘も、
「火が見えないので、おばあちゃんはヤケドすると思うわ」
というので、使い慣れたガスレンジにした。

火災報知機もあちこちにつけておいたが、それが鳴らなかったので、
空焚き寸前になると安全装置が働くことが分かった。

母には黙っているが、夏までには実家に戻ろうと考えている。
通勤は、高速道路を使えば一時間ちょっと。
母には定年まで頑張ってくれたらと期待していたが、そろそろ潮時のようだ。
今を逃すと後悔するような予感がするので、妻と話し合って決めた。

妻にとっては、新婚時代に2年過ごしたところである。
その当時は僕たちが離れに住んでいたが、今は母がそこにいる。
母屋を建て替えた時に、渡り廊下でつないで楽に行き来できるようにした。

昨日は、妻が帰って娘の引っ越しの荷造り。
今日は僕が定例の帰宅。
母が、「なにやら最近は出入りが多いようだね…」と言う。
心の中で、「夏までには帰ってくるから、もう少し待って」と念ずる。

裏山は一番小さい山桜が満開だった。
この花が一番美しい。
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家の周りの草が伸び始めたので、草刈り機を出して頑張る。
昼にグランドまで上がってみたら、K高校との練習試合をやっていた。
桜吹雪の中での試合だったが、今年のエースは球が速い。
期待できそうだ。
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2011年4月 4日 (月)

こころの絆

絆は大事である。
他人との絆なしに、ひとは生きられない。

自分の心と体の絆も大事だ。
これが切れてしまったら、コントロールがきかなくなる。

どうして今夜はこんなことを書くのか?
昨夜、悪い夢をみたに違いない。

…適当に元気なのだが、何か後ろめたいものがある。
 夢であってほしいのだが。

2011年4月 3日 (日)

東へ西へ

東日本大震災のあたりから母の言動がおかしくなった。
これまでは年相応にボケていたのだが、物忘れが急に進んできた。
病院の検査でも初期のアルツハイマー症状が出ているのではないかといわれた。

「私はどうもおかしくなった。すぐに忘れてしまう」
と言うので、それがわかれば大丈夫と思っていたが、
いつもボケているのではなく、まともな時とボケがランダムに現れるのが、
まさに『まだらぼけ』という認知症のはじまりらしい。

昨日も実家に帰って話をしたのだが、たしかに以前と様子が変わった。
そろそろ身の処し方について話し合おうかと考えていたら、急に妻から電話ががかってきた。

「○○太が自転車のツーリングの最中に転倒してけがをしたらしいの。
病院に行ったら鎖骨が折れてるのはわかったのだけれど、吐き気がするので、いま頭のCT検査をしているらしいの。すぐに病院に行かないと…」

母に「またゆっくり話をしよう」と告げて、山陽自動車道を西へ走る。
寮に行ってみると、顔に大きな絆創膏を貼って、三角巾で右腕をつったバカ息子がいた。
「CTの方は大丈夫だろうと言われたので病院から戻った。
 とりあえず山口で休んで、月曜日にもう一度病院に行って、問題がなかったら会社へ行く」
とのこと。
自転車でツーリング中にバランスを崩して、自転車から放り出されたそうだ。
もんどりうって地面に落ちた時に肩と頭を打ちつけたらしい。
「ヘルメットぐらいかぶれ!バカ!」

中国道を東に走って山口へ戻る。
息子がしきりに肩が痛いと言うので、妻は心配そうに眺めている。
右手が使えないので不自由だが、大事につながらなかったのが幸いだった。

さて、山口の家には、少し前から末娘が戻ってきている。昨春、県外で就職したばかりだが、
「東京でやりたいことがある」というのだ。
「好きにせい! ただし一回だけだ!」
ということで、この子があす東京に立つ前日に息子が帰ってきた。

なんでこれだけ色々なことが一度にやってくるのだろう。
これからしばらくの間、母や子のことで右往左往することになる。
 

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