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2011年8月

2011年8月31日 (水)

鬼嫁と認知症の母のはざまで生きる

「どうしよう! 昨日のことが全然思い出せんのよ…」
「それが認知症。覚えていないのが分かったのなら、いいじゃない」
「どうやっても思い出せんのよ」
「それは仕方がないけど…そういう病気だから」
「どうやったら治せるかね」
「治らんけど、今の薬を飲んで抑えていこうね」

認知症の母とボクの会話だが、至極まっとうである。
ところが、田んぼの水回りから帰って一時間もしないうちに、
違う帽子をかぶって再び水回りに行く。
「さっき行ったよ」
「そうかね」
と話してから一時間もしないうちに、また田んぼへ…。

妻によると、昨日も、
「冷蔵庫に何もないので、○○○を買ってきてね」
と頼まれたので、妻が買ってきたら、
「なにそれ?」という顔をしていたそうだ。

さらに、1時間もしないうちに、今度は、
「冷蔵庫が空っぽなので、お昼をお願いできる?」
と言われたので、
『おかしいな…あれだけあるのに…作る元気がないのかしら』
と思って、母の分も作って呼びに行ったら、
母はちょうど料理をしているところだったそうだ。

「頼まれもしないのに作ってないの?と叱られるよりはマシだけど
…あなたは昼間いないから知らないけど、こんなことが何度もあるのよ」
と愚痴をこぼす。

傍からみれば嫁いびりみたいだが、これが認知症である。
あれがない、これがない…と探すのは認知症の典型的な症状だが、
あれも盗られた、これも盗られた…と言い出すと症状が進んだ証拠である。
母は、ちょうどこの中間の状態だが、「盗られた」と言い出すのが怖い。

医者は、
「本人に対して、きつく言ったり、怒ったりしないで、
好きなようにやらせてあげるしかありません」と言う。

観音菩薩のように、慈悲と寛容の心で接すればいいのだろうが、
まともな会話をする中でとんでもない言動をするので、家族にとってはなかなか大変である。

この間も、兄から母の様子を伺う電話があった際に、母に替わったのだが、
「○○の声が聞こえん!昔の電話はどこにやったの!自分で電話を引く!」
と目を吊り上げて怒った。

ボクたちが実家に戻る際に、パソコンやファックスを移設した関係で、
母屋に親機を置いて、母が住む離れに子機を置いた。
ボクたちが戻ってくるまでは、離れに親機、母屋に子機を置いていたので、
それなりに昔の電話のように使えたのだが、コードレス電話に違和感があるようだ。
しかも持って帰ったファックスは安物なので、受話器が小さく、少し雑音が入る。
妻によると、翌日、知人から電話があった時には、子機で会話をしていたし、
妻にも電話機の件は何も言わなかったそうだ。

この週末は休めそうなので、音質のいいファックスを買うつもりだ。
母屋と離れは近接しているので、電波が飛ぶ距離には問題はないのだが、
構造の関係からか、置く場所によって電波の状態が悪いところがある。

買い替えることは了承したが、妻からは、
「新しいのを買っても、よう聞こえんと言われんように。
 この間の無線なんとか…みたいになったら、ききゃ~せんからね!」
とクギをさされている。

パソコンの無線LANもうまくいってないままだし、
これで新しいファックスが前と変わりがなかったら、妻が何というか…。

中継機付きで2万円ぐらいのがあるので、それで勝負をかけるつもりだが、どうなることやら…。

妻はボクを認知症呼ばわりしているのだから、
母に接するのと同じように、観音菩薩の慈悲と寛容の心で、
結果を全て受け入れるはずだ…そうあらんことを祈る。


2011年8月28日 (日)

とりあえず仕事

ブログの更新ができない。

どんな時間に帰っても、書こうと思えばできるのだがダメ。


2011年8月24日 (水)

ろくよん?

ビジネスサイトで面白いものを見つけた。

部下に対して、厳しさ「6」、優しさ「4」で対応せよというもの。

五分五分でもよいかと思ったが、同じ比率では意外に効果がでないという。
凡例として、「柿の種」のあられとピーナッツの割合が「6:4」とあった。
実際に製造会社にも確認したらしい。

ボクも調べてみた。
日本国旗は、「縦:横=2:3」だったので、見事に同じ比率である。
そうか…部下との接触と、柿の種と、日の丸は…同じ、と覚えておくことにした。

そこで、縦と横の比が最も美しいと言われる「黄金比」はどうか。
調べてみると、「1:1.618」だそうだ。
ピラミッドの高さと底辺、ミロのビーナスの腰から上と下の比率も同じらしい。

「1:1.5」と「1:1.618」はどれだけ違うのか?

★追伸
 さっき母と揉めたので、「認知症対策 第2章第3編」を後日アップします。
 とにかく現場は大変です。

2011年8月23日 (火)

週間日記

孫たちも帰京し、3人だけの静かな家庭に戻った。
妻は、東京まで送って行きたかったようだが、長女から、
「大丈夫、ちゃんと帰れるから」
とはっきり断られたので寂しがっていた。

母は、何回もひ孫たちに小遣いを渡そうとしては、
「もうもらったよ」
と言われて困惑していた。

ボクは、上の孫に、
「あしたから じ~じは ひとりでおふろ さみしいな」
と言うと、
「さんじゅう かぞえるのよ」
と念を押された。

孫で思い出したが、孫たちとソーメン流しを楽しんだ夜、
テレビでソーメン流しを放映していた。
観ていて、「あれ?」と思ったことがある。

竹を切りだしてきて、ソーメン流し用に竹を割っていたのだが、
どうみても竹を根元の太い方から割っているのだ。
竹は先の方から割れば楽にできる。
二節ぐらいナタで切れ込みを入れて、下側を踏みつけたまま、
上半分を「えい!」と持ち上げれば、一気に割れる。
画面では力任せに割るというよりも、裂いていたように見えた。

曲がった竹を切るとき、ささくれだって弾けることがある。
これは根元から割れるときに発生する。
木に鉋をかけるときに、順目と逆目があるが、あれと同じ話だ。

亡父が、「竹を切るときは、弾けることがあるから気をつけろ!」
と教えてくれた。
『木元竹先』
薪は根元から割り、竹は先から割れ…という先人の教えがある。

そういえば、むかし五右衛門風呂を焚くときに、
「竹は火力が強すぎるので、くべてはいけない」
と教えられたことを思い出した。

生活様式が変わって、先人の知恵がどんどん廃れていく。
知っていることは、できるだけ次の世代に伝えていきたいが、
それを必要とする人間も文化も…あっという間になくなっていく。

2011年8月18日 (木)

うつつか夢か

母が、出穂寸前になった田んぼの水ばかり心配するので、
「水は張っているし、もうすぐ雨も降るから水はいらない」
と伝えて寝る。

しかし、朝、ボクの出勤後に、庭の水道からホースを引っ張って水を入れはじめたらしい。
これは10年ぐらい前の渇水時に、緊急避難的にやったことだが、突然それを思いついたのだろうか。
女房がいくら言っても、田んぼは自分のテリトリーなので聞く耳を持たなかったそうだ。

妻には農業をさせていないので、舅にはなかなか意見できないらしい。
今晩、帰ってみると、妻が困った顔をして愚痴をこぼした。

「いくら言っても、少し経つと同じ事を始めるの…」
「そうか…そうか…」

そんなことは…聞こえない母に、
「しっかりせんと!」と、言い聞かせるが、
「そうね…頑張るね…いけんねぇ…」
と、反応が鈍くなった。

母がやるだろう…という行動を想像しながら家の周囲と田んぼを回る。
…そんなことをしていると、自分がすっかり同化する。
ボクも発症したやもしれぬ。

2011年8月16日 (火)

嵐 ツヅク

孫たちは昨日帰京する予定だったのだが、下の子が発熱。

家に帰ってみると、上の子が、
「じ~じ!おふろ!」
とお迎え。

「そうか…パパだけ帰ったの?」
「○ちゃんが病院に行って、おくすりもらったの」
「それで、じ~じとお風呂か!」
「じ~じ、はいろ!」

いきなり延長戦である。
連日のお風呂に加えて、花火、そしてソーメン流し。
そろそろこっちもくたびれてきた。

盆前後にストレスのたまるミッションが続いているので、
精神的にはきついが、かわいい孫のお出迎えだ。
「よ~し、水鉄砲をもってこい!」

明日はバリウムを飲んで、そのまま重要なミッションの続きがある。
酒を飲まんで、仕事が出来るかい!
…ということで、勝手に決めた許容範囲ぎりぎりまで飲んでおしまい!

2011年8月13日 (土)

お盆

昼にしこたま飲んでグランドに上がって見ると、
野球部のOBと、現役引退組の親善試合をしていた。

OB組はデブばかりでイニング交代もだらだらと歩く。
現役組は、ピッチャーは野手だけ、しかもストレートしか投げてはいけないルールのようだった。

結果はみごとに引き分け。

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庭では孫たちがプール遊び。
親もそろそろくたびれてきた。

じ~じもお昼寝まじか。

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2011年8月12日 (金)

ソーメン流しの準備

孫たちが両親に連れられて海水浴に行っている間に、
裏山の竹を切り出して、ソーメン流しの支度をした。

山の中で竹を割り、支柱を組み立てる。

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ついでに竹の小鉢も用意した。
カンナとノミで角を削った。
ボクにしてはなかなかの出来栄えである。

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ボクが今晩は同級生との飲みなので土曜日の昼に使う予定。

2011年8月 9日 (火)

天敵

昨夜、孫がかぼちゃをイヤイヤ食べていたので、
「かぼちゃは体にいいので全部食べなさい」
と、もっともらしく諭した。

「は~い」
ここまではよかったが、今日の弁当で鬼嫁が追い打ちをかけた。
ボクはかぼちゃが大嫌いである。

特に煮物はイヤだ。
時々弁当に入っていると頭にくる。

ところが、今日の弁当にはいつもなら二切のところが…三切れもあった。

さっき家に戻ってからそのことをなじったら、
「あれは○まるちゃんが残したのよ。
 じ~じが ぜ~んぶ たべて くれるよ…だって」

孫はかわいいが  妻はおに


 

2011年8月 8日 (月)

クラクラ日記

昨日は妻の実家に遊びに行った。
車で5分もかからないところなので、妻は買い物のついでによく寄っているらしい。

今日はひ孫が二人も来るので、仕出しを取っていたが、
上の子用にお子様ランチが用意されていたので、
一人前扱いされた○○ちゃんは大喜びだった。
ろくに食べもしないのだが、自分のランチの前に座って好きなものばかり食べては、ママに叱られていた。

義父夫婦も80歳を超え、義父は入退院を繰り返し、義母はその度に行く末を案じている。
そろそろ義父の自動車免許も返上しなければならない年齢になったが、日頃の買い物やちょっとした外出に欠かせないので、なかなか言い出せないでいる。

家に戻ると、母がお寺の檀家回りのことをずっと気にしていた。
一昨日から何度もお布施の用意を確認している。
仏壇にちゃんとお供えしているのだが、少し時間がたつと、
「お布施を用意するから筆ペンを貸して」と言いに来る。
仏壇にお供えしているのを見せると安心するが、昼寝が終わると同じ事をする。

仏壇のお供えも自分ではできなくなってきたので、嫁に料理を頼んで、自分がお供えをあげているのだが、一時間もしないうちにお供えを下げてきて、
「お供えをお願いね」
と言うので、妻が感情を抑えながら、
「さっきお供えしたばかりですから、大丈夫ですよ」
と諭すことが多くなってきた。

昨日、土用干しを終えてから田の水を充て始めたのだが、何度も水回りに出掛けては、
「土用干しを早ようせんといけん。水戸口を切って」
と言い出す。
「もう済んだよ」
と言うと、その時は安心するが、水回りから戻ったら同じことを言う。
だから、母が何かをするたびに、ボクか妻が、何をしたかを確認するようにしている。

こっちに戻ってから一月以上たったが、近所の人と話をしてみると、いろいろなことがあったことに驚いた。
職場の同僚にそんな話をしていると、
「そんな程度ならまだマシなほうだ。
 うちのおやじなんか、車で出かけたまま消息不明になって、警察に頼んで二日がかりで見つけたことがある」
と、なんとも恐ろしい話が返ってきた。

月内には病院で検査を受けて、その後半年ごとに行われる介護認定があるが、いったいどんな結果が出るのだろうか?
一緒に住み始めたから、
様子が分かってきたのか、
どんどん症状が進んでいるのか
…よく分からなくなってきた。

2011年8月 7日 (日)

花火

そろそろ打ち上げ花火でも買ってくるか。


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2011年8月 6日 (土)

フラフラ日記Ⅱ

長女が二人の子を連れて帰省して一週間。
旦那が盆に迎えに来て戻るまであと10日ぐらいある。

4歳と8ヵ月の姉妹だが、上の子はあっちこっち走りまわるし、
下の子はつかまり立ちができだしたので、とにかく二人とも目が離せない。

上の子と一緒に風呂に入るのがボクの仕事になった。
7時前にボクが帰ってくるのを待っている。
ボクはカラスの行水でいつもは5分もかからないが、水鉄砲やジョロ遊びにつき合わなくてはならないし、
「三十数えないとママにしかられる」
というので、毎回茹で上がっている。

ビニールプールには毎日二回ぐらい入るので、
土日になると、見張り役は毎回ボクに押しつけられる。

いつもは大人三人だけの家だが、庭にカラフルなプールやビーチパラソルが並んでいると、いかにも活気がある。

娘は現在育児休暇中だが、これだけ長く帰省できるのも最後の機会と考えているらしく、思い切って長期の里帰りを決めたらしい。

母はときどきひ孫の名前を忘れては聞き返している。
娘が、
「ホントにおばあちゃんは忘れようがひどくなった」
と驚いていた。当の本人も、
「もう○○ちゃんたちの方が賢い」
と、喜んでいるのか、嘆いているのか分からないようなことをつぶやく。

「じーじ」と呼ばれはじめて一週間たったら違和感がなくなってきた。
盆にはあと二人の子たちも帰ってくる。
そろそろ最後の家族団らんかな?とぼんやり想像している。

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