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2011年11月 3日 (木)

秋の大祭

ボクの部落にある金毘羅社の秋の大祭が挙行された。
家の裏山にあるので、ボクの家が一番近いし、専用の近道もある。

数年前までは母が元気だったので、ずっと役員をやっていたが、今は辞退している。
道普請などは自発的に手伝ったり、数軒の農家でお接待用に新米を奉納しているが、今回は、部落の一員としてお参りに行った。

母も参拝すると言うので、ボクだけなら3分で行けるところを10分かけて上がった。
この社は、平成になって建て替えられて、いまでは地元の立派な社に復活している。

なんでも200年の歴史があるらしく、ボクが小さいときにはボロボロだったのに、見違えるようだ。
元旦にもお参りする人が多く、我が家もこの社に参拝して、そこからうちの山道に分かれて、御神木の根もとに鎮座する我が家の氏神様にお神酒をあげるのが、年始のおつとめである。

今日は、市長や県議も参拝されて、盛大なくじ引きと餅まきが行われた。
役員の中にも小さい時から知っているおじさんもいて、
「おお…よう帰ってきたのう」
と声をかけられた。

終了後、役員をしている人から、
「ジゲの役員が高齢化して、転入組の役員の方が多くなって、いろいろ難しくなっているので、実家に戻ったのなら、次の大祭から役員になってくれないか?」
と頼まれた。

我が家が一番近いし、うちの敷地に参道の入り口があるので、協力するつもりだ。
団地の人には、我が家からの近道を教えてあげた。
昔を思い出しながら、新しい地元になじんでいく。


2011konpira


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コメント

お~、こちらももちまきでしたか。春の大祭はもちまきはあるのでしょうか

200年ぐらい前となるとそう古くはないでしょうが、近くに気になる祠とか土器の破片があれば、古墳があってもいい地形です。
K浴に関する地方史の文献を読んだことがありますが、それにのっていたかな。?前からきこうと思っていたのですが、名字が同じなのでひょっとして、ご先祖は地方史の文献にでている有名な方ではないですか?

gomenさんもさすがにこの山は登っていないと思いますので(案外、既に登っている(爆))、1山とカウントしたいところですが、猿がいるようなのであきらめます。

ところで、この写真の右側に写っているのは、小生のソフト・フォーカスに対抗する貴殿のテクニックなのでしょうか?

▼re:はちべえどの
一つ一つの質問にお答えしますと…あれ、なんでしたっけ?

K浴の主は、「せんぞくや」という旧家です。
我が家は、「ほりたや」という百姓です。
今では、屋号を知る人は、引退間際の長老だけで、ボクが数軒を知っているにすぎません。
春の大祭は、役員だけで済ませるので、接待等の祭りはできません。

12月30日にお越しいただければ、拙者がしめ縄をよるときに、木づちで藁を叩いていただければ、ひと縄献上したしますが…よいよい?


え~と、我が家は郷土史に残るような旧家ではなりませぬ。
それに、近くに古墳もありませぬ。
なお、写真の障害物は、携帯モードで失敗しただけです。

>12月30日にお越しいただければ、拙者がしめ縄をよるときに、木づちで藁を叩いていただければ、ひと縄献上したしますが…よいよい?

いや~、鬼嫁殿が恐いので遠慮しておきます

最近、A新聞地方面に荒法師のような方(よくいえば、暴れん坊将軍を野性的にしたような)の写真が出ていると思ったら、ヤブ山殿の同窓生(毎年、母校で講演)でした

MHの仕事ゆえ、飲むまでは何も言いませぬ…
が!

…酒乱なら許すが、素面であれば避けよ。
お主の紙面ではないし、自叙伝は御法度の世。

…でも、あいつは呑まないので、話し始めた時は喧々諤々状態ですが、すぐにヤブ山は酔って寝るので話になりませぬ。

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