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2012年2月

2012年2月29日 (水)

モダン・タイムス症候群


竹を見ると…切りたくなる。
木を見ると…穴を開けたくなる。
草が生えていると…刈りたくなる。


妻が何かしゃべりだすと…身構える。
母が何かしゃべりだすと…ああまたかと思う。
食事にキノコが出ると…栽培したくなる。


刃物を見ると…研ぎたくなる。
ヒモを見ると…もやい結びをしたくなる。
仕事が終わると…すぐに帰りたくなる。


酒を飲むと…ほっとする。
薬を飲むと…血圧が下がるような気がする。
食事をすると…眠たくなる。


ブログを書こうとすると…ネタが思いつかない。
本を読もうとすると…眠たくなる。
ギターを弾こうとすると…時間がない。


どうもあらゆるリアクションが画一的になってきた。
このところ、平日は遠距離通勤、休日は野良仕事というワンパターンな生活リズムだったせいだろう。
最近変わったことをしたといえば、日曜日に息子の件で遠出をしたぐらいだ。


なにかぱあっとしたことをしないと、このジレンマから抜け出せない。

2012年2月28日 (火)

嫁走る

家に帰ってみると、妻が縁側を走っていた。

一息ついて話を聞くと、

…母がいつものように便秘薬をくれとしつこく迫るので、それをあげたら、ものの10分もしないうちにトイレに駆け込んで、トイレットペーパーが切れていたので、大声で嫁を呼んだ。
…という事態だったらしい。


二人でこれまでの状況を分析した。
どうやら、母は、
『お通じがやってくること』と、
『便秘でお腹が張る』ことを混同しているのではないか
…と、いう結論に達した。


今日もデイサービスをさぼっている。
理由を聞いたら、
「あなたたちがいなかった日曜日に、外に出たら転んで打った足が痛くてまだ歩けない」
と言う。


小学校の子供が仮病で休みたいというときと一緒である。
「今日は行きたくない!」
とはっきり言えばいいのに、立派なへ理屈をコネる。


嫁は、「はい、はい」と応える。
でも息子は、
「おかあさん! それじゃぁ~いけん!!」
 もう知らん!!!」
と憤るのだ。

認知症は自分を繕う部分だけは残っている。
かくれんぼをしているのに、自分のお尻が出ていることに気がつかないのと全く同じだ。
そんな母ではなかった…。

そして、それを叱る自分がいる。
分かっていても口に出してしまう。
ボクの人格もすさんでいく…。


2012年2月27日 (月)

シイタケ菌の駒打ちます

土曜日のシイタケの駒打ちの後遺症か、それともシュロノキを運んだ時のものか…特に太ももの内側の筋肉が張っている。

ボクは20㌔と30㌔の感覚を身につけている。
肥料袋が通常20㌔で、精米袋が30㌔だ。
10㌔以上のものだったら、手に取ればだいたいの重さが分かる。
だから10㌔以下はどうでもいい世界だ。


シイタケの原木はだいたい10㌔前後から重くても15㌔ぐらいだった。
息子は何も言わなかったが、これを担いで家の裏山まで20往復したのだからかなりの重労働だっただろう。

シュロノキは前夜の雨の影響もあって、重いヤツは30㌔超のものがあった。
肩まで担ぎ上げられないぐらいのものが数本。
これを二人で「えっちらほっちら」山に運んで、最後は胸の高さまで引き上げて、
「せ~の!」で伐採木の柵の上に放り投げた。

でも、玉切りした丸太が20本近くころがっている。
なにか使い道がないかずっと考えているのだが、どうも妙案が浮かばない。
太すぎるので階段の土止めの横木には向かない。
シイタケのホダ木を立てかける時の土台に活用することも考えているが、腐敗菌がついている可能性もあるので、いささか躊躇している。


シイタケ菌がまだ10本分ぐらい残っていたので、ホームセンターで原木を追加購入するために車を出そうとしたら、鬼嫁から、
「同じ時期にたくさん出てくるから、これ以上は要らない!」
と非情な打ち止め宣言。

「じゃあ…ネットで『なめこ』と『まいたけ』の原木と菌を買ってもいい?」
と、打診してみたが、
「自分のお金で買うのなら知らないけど、それだけのきのこをどうするの?」
「たくさん出たら人にあげればいい」
「お好きにどうぞ…でもシイタケはもう要らないからね!」


そういえば息子がシイタケのホダ木を運んでいる時に、
「全部シイタケばかりなの?」
と不満そうだった。


『シイタケ』はクヌギの木がベストなのだが、『なめこ』や『まいたけ』はクヌギはダメで、ブナとかヤマザクラでないとうまくいかないらしい。
とりあえず、ネットで3本ずつ注文して1~2年栽培してみたい…。


我が家の裏山で伐採可能な「クリ」と「ヤマザクラ」の目星をつけているので、数年後には本格的に原木伐採から挑戦する予定だ。


なお、シイタケ菌が原木10本分残っているので、ご入用の方があればメールかコメントでお知らせください。(メールはヤブ山突撃隊のホームページに掲載しています)

原木はホームセンターで500~600円で売っているので、実際にやってみたい方は道具と場所を提供します。
もしくは、当方が無料で「穴あけ→駒打ち」後、配達いたします。
(無料配達区域は、周南~防府~山口市内に限る)

2012年2月25日 (土)

シイタケプロジェクト(穴あけ→種打ち→仮伏せ)

いよいよシイタケプロジェクトの本格的な開始である。
早朝から、まず原木の穴あけ作業にかかった。
今回は初めて電気ドリルで空けるので、所要時間が分からなかった。

予定どおり、玉切りの即席足馬に乗せていよいよ開始だ。


001


安物の電気ドリルドライバーだが、なかなか頑張ってくれた。

002

こんな感じで穴が開いていく。

003


倉庫の中で、先週作った簡易スケールを当てながら穴あけ作業が続く。

005

電動ドリルの先には、9.2㎜の専用桐を装着する。

004

20本の原木に約30個の穴をあけるのだが、約3時間で済んだ。
昼飯タイムをはさんで、シイタケ菌の打ちこみにかかる。

006


ちょうど昨晩遅く息子が帰ってきたので、打ちこんだホダ木を栽培予定地に運ばせる。
これがシイタケ菌の駒。

007


こんな感じの作業風景。
これを20本。
空けた穴にシイタケ菌の駒をひたすら打ちこんでいく。

008


栽培地に仮伏せする。
つまり、シイタケ菌がまんべんなく原木に繁殖するように井形に積み上げる。
息子が帰ってきたので助かった。
ぶーぶー言いながら、それでも20本を運んでくれた。
コモをかけて梅雨前までこの状態で置く。

009


仮伏せのアップ写真がこれ。
5本ずつ並べて4段重ねだ。
息子が言ったとおりにやってくれたので、ボクはコモをかけるだけで済んだ。

010

ついでに、重くて一人で運べなかったシュロの木を息子と二人で山に運び入れた。
さすがの若い息子もひーひー言いながら、計12本を30分かけて始末した。
(これで、はちべえどのと、ボッチさんの重労働は…キャンセル)


これで当面の力仕事は終わった。
あとは残りの竹伐りと果樹の植栽だ。


恐羅漢スキー場の積雪情報をにらみながら、ボクの冬仕事は続く。
春は近い。


2012年2月24日 (金)

鬼嫁のパソコン講座①

(はちべえどののリクエストに応えて…)

何を思ったか、今週から妻がパソコン講座に通い始めた。
未だにその目的は言わぬ。
話した範囲では、毎日講座があって、5月か6月頃まで通うそうだ。


さて講座の初日が終わって、妻がボクに聞いてきた。
「うちのパソコンの機種はなに?」
「富士通の…パソコンのどこかに書いてあるけど、パソコンの機種なんて関係ないと思うけど…。ウィンドウズのなにか…とかマックとかじゃないの?」
「生徒の誰かが、二千いくらとか言ってたけど」
「それならワード・エクセルの話だ。うちは2007だ」
妻は「2007…2007」と自問していた。


「講座は、ワードとエクセルの?」
「本を4冊ぐらいもらったの。え~と、ワード、エクセル、パワーなんとか、それとホームページもだって」

「ホームページもやるの?」
「そうみたい…作れるようになるんだって」
「ふ~ん…ホームページねぇ…」
「最終的には何級かは忘れたけど、ワードか何とかは検定試験を受けるんだって」
「ふ~ん…検定か」

話を聞くと、職業訓練の講座で、若い人も結構いるらしい。
年寄り向けのお遊び講座かと思っていたが、どうやら本格的な講座のようだ。

しかし、ホームページとなると、このブログの取り扱いを密かに考える必要がありそうだ。
かなり専門的に学ぶようだから、お気に入りを消したり、履歴の削除ぐらいではバレそうだ。
こっちも何らかのスキルアップしないと…。


昨夜、ブログを書いていると、
「これをパソコンに差し込んでやってみなさい…と言われたんだけど」
とボクのそばにやってきた。

「それはUSBメモリ。ここに四角い差し込み口があるだろう」
と教える。


数年前、パートに出ている時に、毎月の計画表を作る必要があったので、ボクがエクセル表を作った。
入力の仕方を教えたら、毎月自分で打ち込んで印刷できる程度にはなったのだが、ほとんど初級レベルである。

それが何を思ったか、雇用保険も終わって、いまさら職業訓練を受けても何の手当ても出ないのに、突然通い始めたのだ。

これでますます妻が何を考えているか分からなくなってきた。
はちべえどのが泣いて喜びそうな…波乱万丈の展開が待ち受けているのかもしれない。


2012年2月23日 (木)

アクセスの分析

ブログの分析をやってみた。

まずアクセス地域。
期間の設定にもよるが、だいたい6~7割が山口県内だった。
隣接する広島、福岡が1割ぐらい。

その他地域が興味深かった。
東京、大阪は大都市だから何となくわかるが、北は北海道から南は宮崎まで、件数は少ないが全国の半分以上の都道府県からアクセスがあったのには驚いた。


そこで過去一月の検索ワードを調べてみた。
ヤブ山、登山、山口、エマージェンシーキット、匹見、三葛、ガクガク岩、つむぎ峡、最近ではetrex、gps…これらは山歩きの下調べだろう。

登山以外では、
認知症、代かき、チェーンソーの目立て、バンジョー弦の張り替え…などがあった。
思わず笑ってしまったのが、「昨日のこと覚えていない」「山 おじさん」。「嫁の母」「認知症の母を持つ嫁」…ひとりで大笑いした。

ときどきアクセス件数が跳ね上がっている日があった。
大方の人は、お気に入りかブックマーク登録をして、定期的に見ていただいているのだろうが、上記の検索でこのブログを訪問された方が、ついでに他の記事を見るうちに、「なんじゃこの日記は?」と過去の記事を次々と見たのだろう。


アクセスの多くは、「ヤブ山突撃隊」以来のお馴染さんだろうが、アクセス件数は当時よりも増えている。
恐らく「ヤブ山日記」にして、山以外のことを書き始めたので、上記のような検索ワードに引っかかるようになったせいだろう。

なお、「鬼嫁」が検索ワードになかったので一安心したが、念のために対象期間を4カ月にしたら…「1件」ありました。
たぶん…はちべえどのでしょう。

2012年2月22日 (水)

インターンシップ

職場にインターンシップ生が職場体験に来ていた。
担当者から、「去年のように、最後に何かアドバイスでも…」と頼まれた。

時間があったので30分ほど雑談をした。
彼女は、某大学の法学部の2回生で、ボク達のような職業に就きたいという。


今の若者は面接慣れしているのかどうか知らないが、なかなかしっかりした学生だった。
自分が学生の頃を思い出したが、今の彼女ほどしっかり話ができたかどうか自信がなかった。


ボクは、ときどき冗談交じりに、採用部署の知り合いに向かって、
「ボクに採用面接をやらしてみろ。いいヤツを見つけてやるから」
と脅しをかけているのだが、未だ実現したためしがない。

どうやら、
「ヤブ山はいきなりずばりと切り込むタイプだから、新人面接には向かない」
と思われているらしい。

自分では、
『仕事と面接は使い分ける。相手の心を優しくいたわりつつ本音を探る』
というつもりなのだが、あいつはきっとボクを色眼鏡で見ているに違いない。


さて、彼女に何かアドバイスをしてやらなければならない。
去年もこういう機会があって言ったことを思い出した。

そこでボクが言ったこと。

①学生時代に本を読みなさい。
できるだけオリジナルのものを。
いろんな本を読んで頭を柔軟にすること。
知識はあとでいくらでも身に付けることができる。
評論は自分で物事を考えられるようになってからでいい。

②学歴社会と言うが、その偏見は若者ほど強い。
確かに初めのうちは学歴で見られがちだが、すぐに人物本位になる。
学歴に安住するな。就職したら初めの数年が勝負だ。
そのためにも頭を柔らかくしておいた方がいい。

③エベレスト理論…ボクがよく言う箴言。
エベレストを登ろうと準備している者にとっては富士山に登ることは簡単だが、富士山を最終目標にしている者がエベレストに登れることは決してない。
仮に登ることができたとしても、それは偶然である。
偶然から得られるものは何もない。むしろ慢心だけが残る。
目標を高く持たないと課題は打開できない。

④ハインリッヒの法則…これもボクがよく使う箴言。
ひとつの大事故の背景には、多くの軽微な事故、ヒヤリハットが存在する。
何かの課題にぶち当たったら、表面的な事象に捉われずにもっと深層を見る癖をつけたら、物事の見方が変わる。

…と、エラソーなことを話した。
…でもこれは彼女に言ったというよりも、自分に『初心に戻れ』と言い聞かせたにすぎない。


去年もこの時期にこう思った。
でも今はもうこの有様。
節目節目でカツを入れないとすぐに忘れる。

とにかく歳をとる。


2012年2月21日 (火)

認知症の診断方法Ⅱ

土曜日に職場の駅伝大会の応援に行ったことを書いたが、50歳前後から悩んでいることがある。

駅伝は周回コース脇で応援するのだが、次々に走ってくる選手の中に知り合いを見つけると、
「○○!がんばれ!」
とか、
「○○!もっと腕を振れ!」
と声をかけるのだが、かつては三人に一人、
そして今年は…とうとう二人に一人ぐらいの割合でしか、名前が出てこなくなった。


ボクだけかと思っていたら、どうやら同年輩の連中も同じような症状に悩まされているらしい。

「職場で出会ったら、『おい○○!』と声をかけるのに、今日みたいに瞬間的に声をかける段になると、出てこないことが多くなったんだ…」
「お前もそうか!実はオレも…」
という情けない会話を交わした。

家庭でも、妻と、
「…?…あれはなんだっけ?」
「??…あれでしょう…あれ、あれ?」
という会話が増えてきた。
これはお互い様である。

朝、妻に、
「○○は△△しておけよ」
「!?…昨夜言ってじゃない。呑んだ時に言ったことは全然覚えていないのね」
「………」
これはしょっちゅうである。

食事をこぼすことも多くなってきた。
冬は炬燵で食事をとるが、布団カバーを汚しては妻に叱られることが増えた。

…そういえば、このことはこれまで何度も書いたような気がする。
だから、ここまでで「またか」と思った人は発症前。
ここで、「あれ?」と思った人は認知症。

ボクは間違いなく認知症。
これを書いたのもすぐ忘れる。
そして…明日これを見てしょげる…はず。


2012年2月20日 (月)

酔っ払いの時刻表

山口市内で懇親会があった時には、山口線で新山口駅に出て、山陽本線に乗り換えるのだが、ある事実に驚いた。

新山口駅と徳山駅での待ち合わせ時間が長いのだ。
恐らく新幹線からの乗り継ぎを考慮してのことだろうが、それにしても長い。
だから、湯田温泉駅で何時の電車に乗るかで随分違う。

懇親会はだいたい6時に始まって8時過ぎに終わる。
①最も効率がいいのは、湯田温泉を20:16発、新山口駅で17分の待ち合わせ、徳山駅で2分の待ち合わせ。光駅が21:49着。湯田温泉駅から光駅まで締めて1時間33分だ。
でもついつい2次会に顔を出してしまうので、なかなかこれでは帰れない。

②ところが湯田温泉駅20:51発に乗ると、新山口で21分、徳山で18分の待ち合わせとなり、光駅が22:44着。計1時間53分。
これは中途半端。二次会に行ってもすぐに帰るので割り勘要員になるだけだ。

③次の電車が光までの最終電車となる。湯田温泉が21:18発、新山口で28分、徳山でなんと34分の待ち合わせになって、光駅が23:34着。計2時間16分もかかってしまうのだ。
だいたいいつもこれになる。

④実は、湯田温泉を21:44発に乗っても、上記の最終電車には間に合うのだが、新山口では乗り換え時間が3分しかないので乗り過ごす危険性が高いのだ。※事実、その事態が発生した。(下記参照)

⑤最悪のパターンは、湯田温泉を22:41。新山口で16分待ち合わせて、徳山駅が23:27で終点となる。


ボクの悲劇は、この徳山止の最終電車に乗って爆睡し、防府駅でみんなが降りるのにつられて半ボケ状態で下車してしまったのだ。
これには伏線がある。④の乗り換え3分の山口線に乗ったものの倒木処理のため15分遅れとなり、光まで行く電車に乗り遅れたので、やむなく徳山止めの最終電車に乗ったが、…防府までしか帰れなかった。


要は、遅くまで呑まないでさっさと帰れということだ。

2012年2月19日 (日)

シイタケの原木

昨日は寒風の中、職場の大駅伝大会の応援に行った。
雪こそ降らなかったが寒かった。

みんなよく頑張ったので、湯田温泉で打ち上げ。
全体の順位とは別に、部内の各課対抗戦も兼ねていたので大いに盛り上がった。
8時過ぎに散会し、山口線、山陽本線と乗り継いで10時前に光駅に降り立った。

メールで頼んでおいたので、鬼嫁が迎えに来てくれた。
少々酔っぱらっていたが、寝過さずにちゃんと降りたので一安心。


さて、今日は森林組合がシイタケの原木を配達してくれる日だが、いつになるのか分からないので、いつものように竹伐りおじさんになる。

3時に休んでいると、ちょうど配達の軽トラックがやってきた。
若い兄ちゃんが軽トラから原木を20本、種駒、専用錐を降ろしてくれた。
栽培場所を見せて、これなら大丈夫と太鼓判を押してもらった。

早速、種駒を植える専用のスケールを用意した。
20㎝間隔で打ち込むので、垂木に目印をつける。
これを当てて、チョンチョンとドリルの先で目印を付ける予定。
あとは、玉切りの台にセットして、ドリルで本格的に穴をあける。


H242006

専用の錐を電動ドリルに装着してみた。
これで来週から、いよいよ穴あけと種駒の打ち込み作業の開始だ。
種駒も千個もあるし、準備万端である。


H24219_h24219008

裏山再生プロジェクトに加えて、待望のシイタケプロジェクトもスタートする。
なんだか最近は、人生で最高のぜいたくな遊びをしているような気がする。


2012年2月16日 (木)

農業所得

テレビで確定申告のニュースをやっていた。
ボクはサラリーマンなので、給与所得については年末調整されているから関係ないのだが農業所得がある。

給与所得以外の所得が20万円以下の場合は、税務署に所得税の確定申告をする必要はないのだが、市役所の市民税については申告する必要があるのだ。

昨年の今頃、母が、
「農業所得の申告をしなければいけないけど、去年も分からないからいつも窓口に行って担当の人に書いてもらたの。でも何をもっていって、どう書いたのか…全然思い出せないの。どうしよう…」
と言ってきたので、ボクが替わりに手続きをすることにした。

といっても、係の人に前年の額を教えてもらいながら、ほとんど同じ数字を申告しただけだ。
自家消費なので、所得はいくらマイナスになってもゼロ扱い。
来年からはボクの名義で申告することを確認して帰った。

たぶん、この頃すでに母は認知症が発症していたのだろう。
認知症と診断されたのは、それからすぐの3月だった。
もう1年が経過しようとしている。


さて今年の農業所得である。
我が家の米の作付面積は、たったの1反(10a)だ。
反収は6~8俵が標準だが、まあそんなところだろう。
でも1反は…農家の単位。
つまりJA組合員の最低条件である。
我が家はギリギリということだ。

問題は収入なのだが、すべて自家消費(家族・親戚への贈答を含む)なので、自家消費の米の価格をいくらにするのか分からなかった。
市場価格の7掛けぐらいという情報もあったが、よく分からないので、係の人に昨年の収入額を聞いて書いたが、どうも根拠がよく分からなかった。

今年も申告する必要があるので、あの数字がどんなものか調べてみた。
山口県産のひとめぼれは、価格ドットコムで調べると、10㌔がだいたい4,000円ぐらいだった。
1俵(60㌔)で24,000円前後か。
ちなみに魚沼産のコシヒカリは10㌔が8,000円。
我が家の米の倍の値段である。

そこで思い出した。
去年の職場の忘年会で、ビンゴゲームをやるというので、米15㌔を提供したところ、当ったやつが大喜びしていた。
よく考えたら6,000円が当ったということなのだ。
JAに供出しなくなって随分になるので、すっかり米の値段が分からなかった。
…来年は10キロにケチろう。


話は戻って…収入金額は10万円にも届かない金額だった。
では支出はどうか。
種苗代、肥料代、農薬代、機械代を書き始めたところで収入を超えてしまったので、そこでおしまい。

これに租税公課を加えるととんでもない数字になる。
ボクの田んぼは市街化区域なので、固定資産税に加えて都市計画税も払っている。
だから年間の必要経費を全部価格に転嫁すると、どうやら魚沼産に匹敵する値段になることが分かった。
ただし、この試算には、トラクターやコンバイン等の機械の減価償却を含めていないので、経費を完全に積み上げたら、魚沼産の値段をはるかに上回ることになる。


こうなると、田んぼを売るとか、賃貸アパートを建てるとか…副業への道はいくらでも考えられる。
事実、○○信託なんかがしょっちゅう営業にやってくる。

しかし、資産運用するよりも、田んぼで汗水たらす方が精神的にいいので、今のまま「勿体ない」を続けるつもりだ。
家の周りだって、昔は田んぼや畑だったが、その後荒廃した雑種地になった。
でもこれも都市計画税の対象だ。
景色や環境は金で買うしかない。
最近、草木を伐採してようやくきれいになったので、これから果樹や花木でも植えて、静かな環境を維持していきたいと思っている。

ボクがあの世に行ったらどうなるか分からないが、ボクの目の黒いうちは頑張るつもりだ。
だから土地はあるが資産家ではないのだ。


2012年2月15日 (水)

ヤブ山突撃隊~アーカイブス①

周南山の会の「泰山どの」が、ブログへの移行作業を続けておられる。

小生も、雀谷山と三ツヶ峰~野道山の縦走で二度お会いしたことがある。

そもそもヤブ山突撃隊と周南山の会は、メンバー構成も登る山も全く違うのだが、山口県内の山のホームページの初期の開設仲間ということで、こんな腐れ縁?になってしまった。

ボクが映っている写真を眺めながら、確かにあの頃は元気があったし、体重は多かった…と感慨深い。
なにせ、自分が映っている写真は、これとヤブ山突撃隊の「香仙原」の2枚だけである。


今や、はちべえどのは誰かと見間違うほどスリムになった。

そして、ヤブ山突撃隊は、
①Y傭兵隊長
②ぼっち特攻隊長
を迎えて、ますます還暦バージョンを謳歌するのである。


<補筆>
③ぴっけ隊員
④「はちべえどの」さま…<鬼嫁特別推薦枠>
…かしこ。


2012年2月14日 (火)

GPS

年末に特別財源(宝くじではないが…)を確保したので、ついにボクもGPSを購入することにした。

Garmin社の新製品「etrex30」だ。
etrex20でもよかったのだが、あまり値段も違わないので、コンパスや高度計付きのものにした。

日本語バージョンもあるようだが、値段は倍に跳ね上がるし、軌跡がとれればいいので安価な英語版にした。
ネットで探すと2万円台があった。

1月末には届いていたのだが、和訳されたマニュアルがよく分からなかったのでしばらく放置していた。
ラフな世界地図しか内蔵されていないので、もう少しましな地図がないかと探したら、西日本の2万5千分の1地形図が収録されたマイクロSDカードが1万2千円であったので、それを追加購入した。

etrex30にもすでに地図を内蔵したものや、日本語バージョンがあったが、いずれも高価だったので、当初は単体だけを購入したのだが、このSDカードを差し込めば、メニュー表記が日本語に変えられると書いてあったので、一石二鳥と安易に考えた。

一昨日、そのSDカードが届いたので、GPSに差し込んでパソコンに接続し、GPS内のSDカードを操作したら、ホントにメニューが日本語に変わった。

別に「map」や「compass」が、「地図」「コンパス」と表示されてもどうでもいいのだが、使い慣れた日本語表記の2万5千分の1地形図で位置が確認できるので、非常用に使えるし、街ナビ替わりにも使える。


カシミール3Dもインストールしたので、GPSのログを記録できるか、そしてそれをパソコンに取り込めるかどうか試してみたいが、今週末は、職場の駅伝大会とシイタケの原木が届くので、デビューはもう少し先になりそうだ。

問題はどういう使い方をするかである。
GPSの小さい画面でいちいち現在地を見ても仕方がないので、やっぱりヤブ山を歩くときは、現地と電子ポータルから印刷した拡大地図を見るのが基本になるだろう。

ヤブ山歩きから帰って、GPSのログと、ボクが地形図に落としたルートがどのくらい一致するか楽しみだ。


これで、シイタケプロジェクトと、GPSの必要備品すべてそろった。
あとは自分の余命と道具を使いこなす時間との闘いだ。

春よ来い。
早く来い。


2012年2月13日 (月)

認知症の同伴者のつぶやき

今日は休暇をとって母の認知症の定期検査に行く。
妻は、母の病院は救急以外には行かない。
「私がついていくと嫌がられるから…」

おそらく母も嫁がついてくるのを嫌うのだろう。
なにかあると人を寄せ付けない。
実の娘だって嫌う。
ボクも嫌がられるが、それが女性特有のことになると行かないが、気分的なものだったら割り込む。

今朝、8時過ぎに部屋をのぞいたらベッドにもぐりこんでいた。
妻に聞いたら、
「7時半に声をかけたら、『わかった…おきる』と言われたよ」
という。

9時半になってもう一度部屋を覗いたら椅子に座っていた。
「病院にいくよ」
「はい…」

歯医者に行く妻を残して、母を連れて精神クリニックに行く。
認知症は今では内科でも診察できる。
でも母のことを思って、専門の病院に通っている。

待合室は静かだ。
患者は多いが、みんなじっとしている。
じっと観察していると、認知症と思われる老人が半分。
そのほとんどに僕と同じ歳ぐらいの人が介添えについている。

それ以外の人が半分いるようだ。
ほとんどが単独だ。


母と医師の診察を受ける。
認知症らしく、受け答えは健常者以上に堂々としている。
そばにいるものとしてこのギャップが理解できない。

医師に、
「これだけ立派なことが言えるのなら、毎日、ここに連れてきたい気がします」
と言ったら、優しい笑顔を浮かべて、
「今日は息子さんと一緒ですね」
と語りかけながら、ゆっくりと問診に入った。


帰りに買い物に寄った。
というよりも…母が「買い物がしたい」と言ったのだ。
スーパーのエントランスで待っていたが、いつまでたっても出てこないので中を捜した。

手押しカートを押しながら、右往左往している母がいた。
野菜コーナーを過ぎたばかりだったが、冷凍食品と魚コーナーで迷っているようだ。

品物を手にとってはそれを戻しては、自分がカートに入れた品物を確認している。
しばらく後ろについていたら、母は欲しいものがあると、品物かごを確認しては、その商品を眺め、もう一度かごの中を確認して、商品を手にとって悩んでいたのだった。

たぶんこれを商品ごとに5~6回しているので、買い物には膨大な時間がかかる。
やっぱり、最後の総菜コーナーで、太巻とイモのてんぷらを買った。

途中、何度も、
「あんたの昼の弁当は?」
ときく。その都度、
「○子が歯医者から帰ったら昼飯を作ってくれるから」
と答える。

…さっき母がリビングに来て、
「今日は何も食べていないけど、ひとつもおなかが減らない」
と愚痴るので、母の冷蔵庫を見に行った。

ボクの記憶では、太巻、イモのてんぷら2個、ドーナッツ1個がなかったので、
「たぶん大丈夫だよ」
と声をかけた。

そしていまさっき、
「便が何日も出ないから、便秘薬を買いに行ってくれない?」
と言ってきた。
「ここにあるけど、夕べ飲んだばかりだから明日にしようね」

一日一緒にいると大変だ。
どっちが認知症かわからなくなる。
嫁はえらい。
たったの半日で懲りた。

2012年2月12日 (日)

今日も竹伐り物語

今日も竹伐りに勤しむ。
これでもかというほど切り続ける。
替え刃をやり替えたら切れ味が戻った。
作業効率が全然違う。
1280円をケチってはいけない。

竹の山

Imgp0885


夕方、今週の成果を確認する。
山の向こう側が少し見えてきた。
この調子だと4月までにはすべて伐採できそうだ。
ここまできたら全部切ろう。

Imgp0885_3

去年の12月の時点の山の様子がこれ。
季節が違うのでよくわからないが、ずいぶん雰囲気が違う。
もう少しだ。
がんばろう。


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明日は休暇を取って、母の認知症の定期検査に行く。
いくつか気になる症状があるので、医者に相談するつもりだ。
今日もいい天気だが、母は昼ごはんを一緒に食べたきりだ。
もう少し暖かくなると、少しは外の散歩ができるのだが。

2012年2月11日 (土)

バンジョー弦の張り替え

さっきまでギターを弾いていたのだが、どうもいい音が出ない。


しょうがないので、バンジョーの弦を張り替えることにした。
先週、山口の楽器店で買ったのだが、今までは500円ぐらいだったが、今回は1500円。

「コーティングの弦ですから…高めですが」
と言われたが、バンジョー弦はこれしか置いていないので買うしかなかった。

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鬼嫁のいるリビングで弾くことは許されないので、誰もいない和室にいく。
さすがにコーティングされた弦だけあって、なかなか手触りがいい。


 

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ギターを弾く人はすぐに気が付くだろうが、親指の爪が長いのがお分かりだろうか。
切ったばかりなので少し短めだが、人差し指と中指も、だいたいいつもこのぐらい伸ばしている。
ピアニストほどではないが、指先は大事にしている。


 
 
サムピックと、人差し指・中指にフィンガーピックをつける。
こんな感じで弾くのです。

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今日も山仕事

いい天気になった。
午前中は残りの野焼きをする。
氷が張っていた。

続いて山に入って飽きもせずに竹を切る。
竹伐りノコの切れ味が悪くなった。
替え刃を明日買いに行こう。

先週、家の裏のササを刈ったときに出てきたナンテンと万両に添え木をした。
夏に草刈り機で刈ってしまわないように目印替わりだ。


これが万両

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これがナンテン。
僕が一番好きな山野草だ。

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野焼きをしているときに、シイタケを栽培する場所を変えることにした。
こっちのほうが近い。

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明日はどうするかな。
鬼嫁と山にでも行こうかとも思うが、やっぱり裏山かな。
栗を切って、なめこ用のホダ木を作ろうか…目が覚めて決めよう。


2012年2月10日 (金)

チェーンソーの目立て

他の部署にチェーンソーに詳しい人間がいたので、彼に正しい目立てを教わった。

昼休みにチェーンソーと棒ヤスリで手ほどきを受ける。
マニュアルには、ヤスリを当てる角度と方向が記載されているのだが、部分的な拡大図しかないので、どっちの方向から、どのくらいヤスリを入れたらよいのか自信がなかった。

彼の実家は林家で、かなりの面積の山を所有している。
土日になると、弁当持参で山に入って間伐や枝打ち作業をしているという。

かなりのプロだが、大分前に大怪我をしている。
杉の丸太をカットしていた時、誤ってチェーンソーの刃が足先に当たって親指がほとんど切れかかって大出血したそうだ。
上着を脱いで止血をして、携帯電話で父に助けを求めたという。
何とか林道まで滑り降りて、父が手配してくれた救急車に乗って病院に搬送されたそうだ。
携帯電話がなかったら、どうなっていたか分からなかったという。

彼に研ぎ方を教わりながら、改めてチェーンソーの恐ろしさを痛感した。
車の運転と一緒で、慣れた頃が一番危ないそうだ。

「いまだに恐くて腰が引ける」と言ったら、
「その方が危ない。体に引き付けて、機械と一緒に体を動かすようにしないと、チェーンソーの刃が体に向かってくる」
というアドバイスを受けた。

このほか、ヘルメットが邪魔になるので、最近は被らないこともあるので、これからはどんなに簡単な作業でもヘルメットを被ることにした。
先日の火傷事件だって、皮手袋をしていなかったら火傷とは呼べないくらいの大怪我になっていただろう。
改めて安全対策と始業点検の重要性を見つめ直した。


そういえば、今年の大雪で、雪国の慣れた人たちでさえ、雪下ろし中の事故や車のスリップ事故が後を絶たない。


慣れは油断を生みやすい。
山行も同じだ。
初心に帰ろう。


2012年2月 9日 (木)

CDとナビ

いまどきのカーナビは、CDを挿入するとハードディスクに自動的に収録してくれる。
そこで、先日、同級生の楽友HからもらったCDを収録した。

彼の好きな曲がランダムに入っているのだが、
ボクがいまハマっているのは、ドゥビーブラザースのラグタイムと、
斎藤和義の「ベリー ベリー ストロング〜アイネクライネ」、
バンド名は分からないが「daybreak」というインスツルメントだ。

今まで斎藤和義なんか知らなかったし、聞いたこともなかったのだが、
このベリーベリーストロングは、非常にノリのいい曲で何度も再生している。

このほかに収録済みのもの
・チューリップ
・サイモント&ガーファンクル
・ピーターポール&マリー
・かぐや姫さあど

妻が入れたもの
・バッハ名曲集
・辻井伸行アルバム
・ゆず


息子にとられた車にMDが置きっぱなしなのだが、その中から、
・ボク→井上尭之バンド(太陽にほえろ&傷だらけの天使)
・鬼嫁→荒井由美ベストアルバム
をどうにかしてCDにコピーしてくれと頼んでいるのだが、

「レンタルショップで借りるか、インターネットでダウンロードすれば」
とつれない返事。
MDコンポはいまだにあるのだろうか?


「太陽にほえろ」を聴きながら車を走らせると気持ちがいいんだがなぁ…。
Help me !


2012年2月 8日 (水)

東鳳鞭山(山口市:734.2m)

今朝の山口市内は雪は舞っていたが積雪はなかった。
しかし、北にそびえる東鳳鞭山はしっかりと雪をまとって、なかなか迫力があった。

山口から光に引っ越した去年の6月までは、毎週のように東鳳鞭山に通っていた。
土曜日は光で野良仕事をして、日曜日の午前中にトレーニングを兼ねて一気に往復するのが日課だった。

恐らく百回以上は登っているだろう。
二つ堂、錦鶏の滝のナマナマルート、萩往還、地蔵峠、ショウゲン山、西の浴、大切谷などのバリエーションルートもよく歩いた。


現在、職場の先輩が、錦鶏湖北に冒険学校と称するログハウスを建設中で、先輩から聞いたところでは、最近では、二つ堂の登山口手前の橋から辿るルートもあるそうだ。


大切谷からのルートはあまり登られていないが、21世の森のある板堂峠を越えて、夏木原のキャンプ場を過ぎてすぐの左の林道に入って、小吹峠を越えて三つ目の谷である。

橋の横から沢に入ると大きな二股に当たるので、それを右谷に入れば、あとはガレ場を這い上がるだけだ。
二つ堂ルートが縦走路と合流する鞍部に出る。


西の浴からは、地蔵峠につながるアスファルト道を歩き、大きくUターンする手前で右手の林道に入る。
林道が終わっても南西尾根に細々と続いている踏み跡をたどれば、東鳳鞭山の西の肩に出る。縦走路の階段を上がれば山頂だ。

どのバリエーションルートもどうにか頑張れば、どうにかなるので、適当にお試しを。


さて、夕方、仕事から帰る時、山口市内はすでに氷点下1度。
明日も凍結だろう。
また10分早出だ。


東鳳鞭山は一年近く登っていない。
わざわざ光から登りに行くのも面倒なので、暇な時に午後から休みを取って登ってみようかと思っている。
元気かなぁ…。


2012年2月 7日 (火)

ゆずと鬼嫁

ボクの車にはナビが付いているので、CDやDVDを鑑賞できるが、妻のオンボロ軽自動車にはなにもない。
だから土日などボクが自分の車を運転しない日は、妻が買い物などに乗って出かけている。

昨日、通勤途中、ラジオで面白くない解説が始まったので、CDに変えたら、いきなり「ゆず」の曲がかかった。
…妻の仕業である。

ボクは、先月来、同級生のHがくれたCDを通勤時間帯にずっと聞いていたのだが、鬼嫁はそれを切り替える術を習得したようだ。
そのことをボクには報告していないので、ひょっとしたらこれに味をしめて、ボクの秘密をもっと探ろうとしているのかもしれない。

幸いにも、今現在、このブログは妻にはバレテはいないが、そのうちいきなり、「酔いどれ亭主」と書き込みされる事態も予想される。


よって、その時のために書いておこう。




」「・

#・



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!!


わたくしを 「鬼嫁」 と命名されましたのは…「はちべえどの」さまでしょうか? かしこ。

2012年2月 6日 (月)

留守番

妻は、叔父の葬儀のため昼前から夕方遅くまで家を留守にした。
出る前に何度も母に言って聞かせたが、昼過ぎにボクの携帯が鳴った。

「○子さんは叔父さんの葬儀に行ったらしいけど、私は香典を包まなくていいの?」
「ぼくたちの名前で対応しているから大丈夫」
「ほんとにいいの?」
「それでいいから気にしないで」
と、その時は終わった。

夜、帰宅してみると妹の車があった。
毎週、月曜日は薬の補充をかねて様子を見に来るのだが、ちょうど妻が葬儀から帰宅したのと鉢合わせになって一緒に玄関をくぐったら、妹が、
「おにいちゃん、おかあさんが…」
と言ったきり言葉が詰まった。

話を聞いてみると、
「おかあさんは、暗くなっても誰もいないので、ものすごく寂しくなったらしくて、窓に顔をつけてずっと外を見ていたの。私は…一瞬幽霊かと思って腰が抜けそうになったの。おかあさんは涙目だった。もう施設に入りたいと言ってきかないの。何とか言ってあげて…」

母の部屋に行ってみると、はじめはしょんぼりとしていたが、僕と妻が顔を出したので、ようやく安心したのだろう。
次第に元気になって、ようやく
「しっかりせんにゃ~いけんね!」
と言った。


留守番は半日が限度。
暗くなったら寂しくて耐えられないようだ。

これは妻も同じ。
いくら遅くなっても、「あなた帰ってきて…」の心境だ。

時間の経過が速い。
夢だと思いたい…。

2012年2月 5日 (日)

野焼き

明日から雨の予想なので、乾いたササや竹、小木を焼く。
農家の野焼きは例外規定で許されているが、これがダメだったら草木の始末に弱る。
午前中と午後と2回に分けて焼いた。
おそらく家10軒分の風呂が沸かせただろう。


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これで大分片付いたが、収まらないのがシュロノキだ。


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はちべえどのの腰痛は回復してもたぶん担げるパワーはなさそうだから、息子が帰ってきたときに手伝わすことにした。(はちべえどのご安心召されよ)

2012年2月 4日 (土)

原木注文

2月に入ったので、昨日、地元の森林組合にシイタケの原木20本を注文した。
2月19日に配達されることになったので、とても待ち遠しい。

シイタケ菌を打ち込んであるホダ木を購入する方法もあるが、やっぱり自分で穴をあけて、菌を打ち込む作業をしないとプロジェクトを標榜するにはおこがましいので原木を選んだのだ。

このほか、シイタケ菌1袋(千個入り)と穴あけ用の桐(専用の9.2ミリ)も一緒に頼んだ。
シイタケ菌は、1本当たり30個打ち込むので少し多いが、森林組合の直販というブランドにつられて買った。

これとは別に「なめこ」菌も少し打ってみようと思っている。
「しいたけ」と「なめこ」であれば素人にもできるそうだ。


今日は、原木を固定してドリルで穴をあける作業台を準備することにした。
当初、立って作業しやすいように、木をクロスに組んだ「馬」を作ろうかと思ったが、ボクの技術ではできそうもないので諦めた。

そこで考えたのが玉切りの丸太の活用だ。
チェーンソーとノコギリでV字にカットした。


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どうやるかというと、このV字の切れ込みに丸太を固定して、ドリルで穴をあける。
次の写真の要領だ。


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このほか、当ブログのカテゴリーに「シイタケプロジェクト」を追加して、今後の作業や生育状況を紹介していくことにした。
素人栽培の記録を発信できるので面白くなりそうだ。
栽培場所は確保してあるので、あとは立てかける柵を設置すればよい。
裏山プロジェクトで杉を間伐しているので、これで支柱と横木を組めば完ぺきである。
これで「シイタケプロジェクト」は準備万端となった。


昼からは、はちべえどのが現れるかもしれないので仕事を用意した。
倒してあるシュロノキが重くて山に運び込めないので、鉈でカットすることにした。
ネットで1万数1千円もした鉈の切れ味はすごい。


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家の裏のササヤブを刈りながらはちべえどのの登場を待っていたが、一向に現れない。
とうとう4時になって、アルコール切れのタイマーがピカピカしだしたので作業終了。

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半分に切られたシュロノキが寂しそうだった。
いつになったら片づけられるのだろうか。


2012年2月 3日 (金)

大寒波と危機管理

大寒波二日目。
昨夕、山口を出るときにー1℃で雪が舞っていたので、今朝は凍結間違いなしと予想して、さらに10分早めに出ることにした。

出発時の車の温度計はー3℃。
猛烈に寒いが道路の凍結もなく、山陽自動車道も冬用タイヤ規制なしだった。

防府に降りて262号に入ると、勝坂トンネル手前から道路は完全凍結でノロノロ運転が始まる。
雪をまとった右田ヶ岳を鑑賞しながらトンネルを抜けると、道路は完全にアイスバーン状態になり超ノロノロ運転になった。

ただし道は平坦なので滑って道をふさぐような車はいない。
山口インターから北上して、リサイクルプラザのある小さい峠を越える地点で、立ち往生する車が見えた。

ここまでずっとアイスバーンだから、ノーマルタイヤで登ってくる無謀な車はいないと思っていたが、スタッドレスをはいていてもFR車は滑りだしたら上がらないようだ。

そのうち、その隣の大型トラックも動かなくなった。
大渋滞の始まりだ。

5分ぐらいしたら、ワゴン車がようやく動き出したので、みんなトラックが止まっているレーンを避けて登り始めるが、2台の車が滑り始めて再び渋滞。
そのうち一台はパジェロミニでスタッドレスをはいていたが、坂の途中で止まっている。
若い女性が運転していたが、みんなジロジロ見ながら横をすり抜けて行った。
4駆の切り替えをしていないのだろうか。
ボクのFFでもすいすい上るのに不思議だった。

その隙間をぬいながらようやく峠を越した。
今度は反対車線で数台が立ち往生している。
あちらも大渋滞だ。
軽トラックやFFの軽自動車が滑っている。

アイスバーンの坂道をゆるゆると慎重に下って、やっと9号に合流した。
ここまでくると車はぐっと減って、凍結がやや緩んだ道を安全運転して職場に着いた。
本日の所要時間は約2時間。
いつもより1時間近くかかったが、それでも始業時間10分前に着いた。

これで二日とも始業時間に間に合った。
来週も寒波が再来するらしいが、完全凍結は今日で終わりだろう。
12月に履き換えたスタッドレスタイヤも、この二日でようやく効果を発揮した。
これをよしとすべきか、無駄遣いと糾弾するか?
かつての事業仕分けであれば、確実にNOだろう。
その時だけに特別の対応をすればよい…とされただろう。
万が一、いや想定外の事態にも対処するのが危機管理である。

そこで余談。
職場に着いたら、妻からブレーカーが落ちたというメールが入った。
ブレーカーの位置と、復旧の仕方を連絡する。
しかし、入れ直してもすぐに落ちるという。
電子レンジとオーブントースターが怪しいと思って、その二つのコンセントを抜いてブレーカーを戻して、ひとつづつ様子を見るように指示した。
そのうち復旧したというメールが来た。
どうやらオーブントースターが漏電しているようだ。

これで妻もブレーカーの復旧の仕方を覚えただろう。
これも主婦の危機管理だ。

さらに余談をもう一つ。
先日の火傷の手当てをする際、我が家の救急箱には包帯がなかった。
そこで、山のエマージェンシーキットを持ってこさせて、救急セットの中から包帯を出した。
「ほぅ~、ここにあったのね」
「バカ!いざというときのためにいつも入れているんだ。家の救急箱にも入れておけ!」
「はい、はい」

…後日、洗った包帯がリビングの小物入れに入れてあった。
「ちゃんとエマージェンシーキットに戻しておいてくれよ!」
当然、返事は「はい、はい」
と思っていたら、さすが鬼嫁である。
「洗ってあげたんだから、あとは自分で入れなさい!」
「はい、はい」
…まだまだボクの危機管理は未熟である。

2012年2月 2日 (木)

大雪

今朝は雪のため交通は大混雑だった。

ボクはいつもより10分早く出た。
光市内はのどかだったが、下松付近から吹雪となり、高速道路に入る頃には路面が白くなった。
冬用タイヤ規制は出ていなかったが、みんな安全速度で走っている。

携帯がメールの受信を知らせたので、防府に降りて確認したら「徳山西から玖珂まで雪のため通行止め」とあった。
山口市内は数センチの積雪で大渋滞だった。
結局、いつもより30分以上もかかった。


実は、同じ部署に光から通っている同僚がいる。
彼は遅れて職場に着くなり、すぐにボクのところに来て、
「高速道路が通れたんです?」
「うん」
「何時に出ました?」
「6:30」
「え~っ、ボクはいつものように6:40に出発したんですが、その10分だけで…2時間の差ですか」
とうなだれていた。

彼はだいたいいつもボクと同じ時間に出ているのだが、今日も同じ時間に出発したら、高速道路が通行止めになっていたそうだ。
大混雑の一般道をノロノロ運転していたら、通行止めのEメールを受けて延々3時間半かけて職場に着いたのだ。

ボクたちが6:40に出るのは、交通渋滞を避ける意味もあるのだが、本当の狙いは、高速道路が通行止めになった時、一般道を経由しても始業時間に間に合うように余裕をみているのだ。

今回の雪のようにノロノロ運転になるとどうしようもないが、高速道路が事故等で通行止めになった時は、376号で徳地を迂回することを想定している。

でも、今回で分かったことは、高速道路のEメール通行情報が発信された時は、「もう遅い」ということである。

そこで格言。
『道路情報のEメールは、通行止めに出くわした頃にやってくる』

2012年2月 1日 (水)

犯人はあなたですよ

大先輩がボクの職場に用事があったらしく、偶然にその現場に遭遇してしまった。

先輩によると、
「ヤブ山に酒を飲ませればなんぼでも呑む…という人がいたが、だれだったかなか?!」
と言われてしまった。


そんなことをいう奴は許せないので、先輩の交友関係やかつての職場を想像しながら、
「Tでしょ!」 「Hでしょ!」 「Mでしょ!」
と攻め立てたが、どうやら先輩もかなりの歳になったので、誰だったか忘れたらしい。

そこで、
「お互い、今日はお開きにしましょう」
で円満に別れたのだが、その直後に、先輩が戻ってきた。


「おい、あいつだよ! Iだよ!」
「えっ? Iさん?!」
「そうだ そうだ あいつだよ!」

「Iさんはボクの3倍は呑みますよ?」
「いや、おまえに呑ませたら底なしと言っていたぞ」
「それは嘘です」
「そ~か?」


<今晩のまとめ>
ヤブ山突撃隊の酒豪番付は、隊長、クマ対策部長、観戦記者…の順です。

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