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2012年8月

2012年8月30日 (木)

あくせく

JAに頼んでおいた「じゃがいも」がある。
昨夜、酔いに任せて切り分けた…ようだ。
しかも、鬼嫁に、
「明日、帰ったら…植えるから、夕飯の時間は…それと心得よ!」
と言ったらしい。


さて、そのようなことはきっぱり忘れて家路に着いたら、
「もう飲むの? …あなた! 植えるんでしょ!」
「???」
「じゃがいも!」
「…ふ~ん」
「ウ・エ・ナ・サ・イ!」


畝をならしながら、昨夜のことを思い出そうとした。
そういえば、前頭葉の246" 195#付近に…「明日は頑張ろう」と思った痕跡があった。
この付近は危険地帯で、監視が届きにくいところだ。


そんなことを考えていると、再び鬼嫁の檄が飛んできたので、ズボンをはきかえて畑に行った。
…畝を平らにして、真中に浅く溝を掘って、種イモを植えた。


誰も励ましてくれない畑で、晩酌をどれにしようかと独り言を言いながら…頑張った。


後頭部が依然として重い。
たぶん「はちべえ症候群」だと思う。

2012年8月29日 (水)

薫陶

「ふむ…」と感じたものをときどきメモしている。
故事成語、時事用語、廃れつつある言葉など…何でもありだ。


その中に、『薫陶(くんとう)』がある。
…徳の力で人を感化し、教育すること。(goo辞書)


「よき薫陶を受ける」

…こうして書いていると、次第にいつかどこかで見たり読んだりしたような気がしはじめたが、センター試験や就活の教養試験の問題集には残っているのかもしれないが、現実社会では廃れたに等しいだろう。


こうした言葉が使われなくなったのは、新しい言葉に取って代わられたのではなく、そうした表現に対応する事象が廃れてしまったからだろう。


今の時代は、ネットがあるので、直接師事しなくても知ったかぶりになりやすい。
「影響を受けた」
「教えを請うた」
…ではなく、「薫陶を受けた」と言いたくなる人物に出会う機会をもっと探したい。

※補記
『忖度(そんたく)』
…人の心をおしはかること。(goo辞書)
<使用例>
鬼嫁に 忖度の心 あらまほしきもの


2012年8月28日 (火)

いよいよ台風シーズン到来。

光市周辺は大したことはなかったが、防府を過ぎると強風が吹き荒れていた。
山口市内に入ると、早生のコシヒカリの稲穂がザワザワ揺れていた。


通勤の帰りに眺めてみると、コシヒカリはあちこちで倒伏があった。
まだ根元から倒れていないが、今晩中吹き荒れたらヤバそうな状態だ。


我が家はやっと穂先が垂れ始めたぐらいなので、今回はさしたる被害はないだろうが、こんなに簡単な稲作でさえ天頼みだ。

仕事帰りに母の病院に寄ってみたが、2時間かかったので、着いたころにはすっかり疲れ果てた。

少し落ち着きをみせはじめた母に、いつものように…「ここはどこ?」からはじまる会話をした。

どうでもいいから…明日は風がやみますように。

2012年8月27日 (月)

話すこと 書くこと

ぴっけさんのブログに書き込みをしていて、ふと思いついたので書いておく。

『言文一致』 は、話し言葉と書き言葉を混在させることをいうが、よく考えてみると、口角泡を飛ばして議論することと、論文をしたためることは、そもそも意を異にしていた。

論文は一種の詩文である。
これに対して、議論は歌である。


どちらも人の心に残る。
一つは文字で、一つは音で。


それがそぐわないものは、絵、音楽…etc。
まだまだ方法はあるはずだ。

もっと人の心に近いものが…たぶん…ある。

夏休み?

7月下旬からずっと仕事や盆、母の転院などに忙殺され、ほとんどゆっくりできなかった。
たまに半日単位の休みはあったが、落ち着きのない日々が続いている。
鬼嫁や妹も、「体がキツイ」と元気がない。


昨日は、昼から息子の結婚式の衣装合わせに出かけなければならなかったのだが、午前中がもったいないので畑の植え付けの準備をすることにした。


今週末、ダイコン、ニンジン、ネギ、ホウレンソウ、秋ジャガを植えるつもりだ。


生い茂る雑草を黙々とひく。
石灰は2~3週間前に撒いておいたはず?なので、堆肥をまぜて軽くならす。
この時点で汗だくとなる。


ちょうどそこへ音楽仲間が顔を出したので、裏縁で涼みながら30分ほど雑談。
「ドゥービーブラザースのラグタイムはまだ2小節までしか弾けない」
「本気でやれば一気にいくさ」
とハッパをかけられる。


昼から妻と二人で出発。
すぐに睡魔に襲われたので、PAに立ち寄って木陰のベンチで昼寝。
暫くして眼が覚めたが、鬼嫁がいない。


見回したら少し離れたベンチで遠くを眺めていた。
「どうしたん?」
「あなたのいびきが恥ずかしかったから、他人のフリをしていたの」
「……(ほんまに鬼嫁じゃ)……」


…バテているが、二人ともどうにか生きている。

2012年8月25日 (土)

そうなんだ…

「ええところに来た! 今からここを出るよ」
「どうしたん?」

「ええから…ここにはおられんのよ!」
「看護師さんとケンカしたん?」
「そうじゃあないの! 家に帰れんのなら、私はあそこから飛び降りるよ!」
…母は隣病棟の屋上を指していた。


「誰とケンカしたん?」
「ケンカはしちょらん!」
「病室を変わろうか?」
「そうじゃあない!」
「なら…なんなの?」


「今、何時かいね?」
「午後二時」
「朝かね?夜かね?」
「ひる!」


…転院後はすこぶる調子がよかったが、もうすでに前の病院状態に戻ってしまった。

2012年8月24日 (金)

シャント

「人工透析を行うギリギリの数値なので、早めに準備をしておいた方がいいでしょう」
という担当医の診断が下った。
このため、母は転院三日目に『シャント』手術を受けることになった。

『シャント』とは、きき腕と反対側の腕の動脈と静脈を結合する処置であり、これにより血量が増幅されて血管が太くなり、そこを起点に人工透析を行うものである。

静脈と動脈を縫合する手術なので、執刀医から手術や術後の副作用の危険性について説明を受けて同意書を提出した。

母は2時間余りの手術を局部麻酔で乗り切り、夕方、面会した頃には手術のことも忘れて元気にしていた。
左手に少し大きなカットバンが貼られているだけで、何の違和感もなさそうだった。

今後、2~3週間、血管の増殖具合を観察したのちに透析が開始されるそうだ。


その後、理学療法士から認知症のリハビリについての説明があった。
アルツハイマー型の認知症は、障害の進行が早いが、それを少しでも遅らせるために、運動機能訓練や言語訓練を並行して行うそうだ。


実は、病院が変わって、睡眠導入剤や精神安定剤等の投与が見直された結果、母の意識レベルはかなり回復し、ほとんど以前のレベルにまで回復している。

前の病院に入院して以来、母の朦朧状態が急激に悪くなっていったとき、てっきり母の認知症が進んだためと思っていたが、それが入院科目(泌尿器科)以外の投薬による影響だとは思いもよらなかった。

院内の神経科で認知症の治療も受けていたのだが、昼夜が逆転し、夜になると活動が活発になるので、夕食後の睡眠導入剤を増やしたようなのだが、このせいでほぼ一日中朦朧状態に陥っていた可能性があることが分かった。

新しい病院は、認知症に対する専門的な対応もかなり考慮されているらしく、転院を勧められたのもこうした背景があったようだ

ここでは、昼間にリハビリ訓練を行いながら、昼間は体と脳を活性化させ、夜は安静にさせるように、泌尿器科と神経科が連携した治療を行っているとのことだった。

おかげで意識が次第にはっきりして、二日目には便意を訴えるようになったし、ベッドの脇にはポータブルトイレも用意されるほどになった。

当初、紹介状を見た担当医からは、
「いつ食べなくなるか分かりませんから、『胃ろう』をするかしないか、人工呼吸器をつけるかどうか…覚悟をきめておいてください」
と言われていたのだが、投薬を見直した後の母の容体を診察すると、
「シャントは順調ですし、食事も自分で摂られるようになりましたね。これで暫くは血管が太くなるのを待ちましょう」
と明るい表情で言われた。

…どうやら母は、少しは人間らしい療養生活を送ることができそうだ。


2012年8月23日 (木)

東へ西へ

今日は母の手術日。
朝、病院に行って、執刀医から手術の内容と危機管理の話を聞く。


どうしても外せない仕事があるので、妹に付き添いを頼んで職場に向かう。
ひととおり仕事を済ませたところで、妹からメールがきた。
「無事済んだ。今は寝ている」


仕事を終えて病院に戻るために車に乗ったが、なんだか後頭部が重い。
そういえば昨日、定例の高血圧の薬を処方してもらうためにかかりつけ医に寄ったのだが、
「血圧が最近よりも高目ですね。何か変化がありましたか?」
と問われた。
「まあ…いろいろありますが」
「何か変わったことがあったら、途中でもいいから来てくださいね」
でひとまず終了。


さて、夕方の母は昨日と変わらなかった。
「まあ…来てくれたんかね。今日は何曜日かね?」
「木曜日…今日は血管の処置があったからね」
「なにかあったの?」
「左手をみて……よく頑張ったね」
「何かあったんかね?」


母の認知症は治らないが、入院前のレベルに戻ったのが幸いである。
恐らく薬の効きすぎだったのだろうが、うとうとすることがなくなった。


ボクたちのほうが疲れてきた。
明日は嫁の当番。
仕事はもう一日頑張って、土曜日は少し休もう。

2012年8月22日 (水)

東へ②

一昨日、母を隣市の専門病院に移送した。
何とか立つことはできるが、自立歩行ができなくなっているので、車椅子で裏口まで運び、2人がかりで自家用車の後部座席に座らせた。


朝9時だというのにまだ目覚めていない。
お世話になったナースセンターのみなさんにお礼を言って、一路新病院を目指す。
美しい瀬戸内海の景色が望めるのに、母は眼を閉じたままうとうとしている。


新病院で採血をして、担当医から今後の治療方針を聞く。
入院病棟へ移動。
この病院は長期療養に対応しているので、看護師のほかに介助員が充実しており、さまざまな世話をしてくれるそうだ。


昼前になって母が目覚めた。
「ここはどこ?」
「新しい病院」
「いつ帰るの?」
「これからはここで人工透析を受けるの」
「帰れないの?」
「外出許可が出たらね」
「今は朝かね?」
「もう昼だよ」


昼食が運ばれてきた。
うとうとしているときは自分から食べようとしないが、眼がさめているので自分で箸を持って食べ始めた。
ボクたち夫婦と妹の3人がそれを見守る。
母は黙々と食事をした。

帰路、3人で今後の見舞いのことを話し合う。
今までのように、買い物のついでや通勤帰りに立ち寄ることができなくなるので、3人で手分けをしながら母を見舞うことにした。
「いつも今日のようにしゃきっとしてくれたらなぁ…」
「そうね…今日は久しぶりにテレビを見ると言いだしたわね」

…さて今晩、母を見舞ったら、正座して晩御飯を食べていた。
「ちゃんとできるじゃない!」
「わたしは…寂しゅうて…電話をかけようと思うてもお金は持っちょらんし…どうしようかと思うちょったんよ」

「どうしたん? おとといは寝たままここに連れてきたんよ! 寝たきり老人じゃったのに」
「そうかね…ここはどこなんかね?」
「新しい病院…ようわかっちょるじゃない!」
「少しはボケたけど…まだ死なれん」
…と、至極まともな?会話であった。


どうやら睡眠導入剤と精神安定剤の加減が悪かったのだろう。
そのことは転院時に、前の主治医が「ひょっとしたら…」とこぼしていたことに通ずるような気がする。
…とにかく、薬は怖い!


明日、人工透析に向けた処置が始まる。
静脈や動脈をカテーテル用に加工する手術だ。

先日、『デジタルフォトフレーム』を購入しておいたので、孫やひ孫、家の周辺の写真を見せてやるつもりだ。

いよいよ母の最終ステージがスタートする。

2012年8月20日 (月)

東へ

母を連れて東の海岸へ。


まだ母は気づいていない。


2012年8月19日 (日)

出穂

出張から帰ってきた。

実は先週、書きたかったのだが、我が家の『ひとめぼれ』が出穂した。
3~4年前、『ヒノヒカリ』から変えてみたのだが、早生種なので生育がかなり早い。
今年はちゃんと栽培記録を取るようにしている。
6月14日に田植えをして、農業試験場のデータどおり60日で穂が出た。
このまま順調にいけば、9月末から10月上旬…あと40日で収穫である。


出穂時期は水を充てておかなければならないのだが、2枚ある上の田は一日足らずで水がひいてしまう。
何度も畦を点検したが、水が抜けているような個所は見つからない。
畦の『ウグロ(モグラ)』の穴からよく抜けるのだが、どうやら田の真ん中あたりから下の田に『みずみち』ができているようだ。
上の田に水を充てているのに、下の田が満水になっている。

だから下の田の『ギシ(上側の法面)』側はいつもぬかるんでいる。
したがってトラクターを入れるときは気を使う。
湿っているときに田起こしをすると、ベトベトの泥沼状態になるので、完全に乾いたときまで待つ。
代カキをするときは、完全に水を張った状態で行っている。
(このへんの苦労はtobinokoさんならお分かりと思う)

コンバインも田が乾いていないと、はまり込んで脱出できなくなるので、夏の土用干しと、秋の落水はきちんとやるようにしている。


ボクの仕事の性質上、6月中旬と10月中旬は繁忙期なので、できるだけ6月上旬に植えて、10月上旬に収穫したいのだが、天候の都合でなかなか思うようにならなかった。

そこで、早生の『ひとめぼれ』に変えてみたのだが、6月上旬は入梅前で水がないので、いきおい中旬にずれ込んでいる。

この2年間でいろいろ考えた。
やはり降雨量の少ない瀬戸内一帯は、入梅時期の6月中旬に田植えをして、梅雨が明ける7月中旬頃に土用干しをするのが、気候に合っているようだ。

農業試験場の『ひとめぼれ』栽培記録も、6月中旬田植え、8月中旬出穂、9月末に収穫とされているので、これからは焦らずに、昔のように6月中旬に田植えをして9月末に収穫するようにしよう。

最近は、山間部を中心に、『コシヒカリ』を5月の連休直後に早植えする傾向が強いが、瀬戸内の1反百姓は、梅雨空を眺めながら、のんびりと米作りをするのだ。


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明日は母の転院だ。
代休を取っているが、土日の出張はきつい。

夕方、母を見舞って明日のことを伝えた。
今日はかなり意識がはっきりしていたので悲しそうだったが、明日は忘れているだろう。


2012年8月16日 (木)

ヤブ山はいずこ?

子や孫たちの嵐が去った。
母の見舞いはピークに達したが、次から次へとやってくる見舞客をこなした。
でもすぐに忘れてしまうので、新鮮な見舞客ばかりだ。


どうやら顔が認知できる特徴があるようだ。
恐らく、入院以前から会話の中で出てくる人物で、母の方から言い出す人であることに気づいた。

盆明けの今日、再びいつもの三人が残った。
明日、明後日は仕事で見舞いができない。
月曜日には転院がある。


ボクの暑い夏は続く。

2012年8月15日 (水)

お盆アラカルト

土曜日にまず兄が帰省。
兄は駅から病院へ直行して母を見舞ったそうだ。
ナースステーションで車椅子座ったままうとうとしている母に声をかけたら、
「誰かいね?」
と言われたそうだ。

談話室に連れて行って話をしたら、ふと我に返ったようで、
「ああ…○雄かね。元気にしちょるかね?」
と言ってくれたのでホッとしたと苦笑していた。


次の日、長女一家が里帰り。
病室を見舞うと、ひ孫の○ちゃんを見て、
「○ちゃんかね。よう来たね」
と笑顔を見せた。
母が笑ったのは何ヶ月振りだろうか。

ところが、長女を見て、
「あなたは誰じゃったかいね?」
と言ったので、その場にいたみんなで爆笑した。
「○子! ○ちゃんを生んだのは○子でしょ」
母はびっくりした顔をしていた。


次の日は次女の△子。
母は、顔を見るなり、
「まあ△子かね。ええ娘さんになったね」
「おばあちゃん元気になってね」
「なんぼになったかね?」
「25よ。○子おねえちゃんは30のおばちゃんになったわ」
「そうかね…○子ははよう嫁に行かんといけんね」
「おばあちゃん、○子おねえちゃんは結婚しちょるよ。昨日、○ちゃんと一緒に来たでしょ?」
「そうじゃったかいね…」
…という有様である。
どうやら、次から次へとやってくる子や孫、ひ孫を混同しているようだ。


秋の長男の結婚式の際、再び全員が母を見舞うだろうが、最近の状況からすると、恐らくその時は認知できなくなっているだろう。
みんなそれが分かっているので、今回、無理をして帰省しているのだ。


今日は長男が許嫁を連れて見舞った。
顔を見て気づいたらしく、
「結婚式はいつじゃったかね?」
と嬉しそうに聞いたそうだ。


来週、透析治療を開始するために転院する。
そのことは何度も話しているが、自分がいま入院していることさえよく分かっていない。
転院するときに家の周りを通ろうかとも思ったが、感情が高ぶってもいけないので、直行することにしている。


花火


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仏壇


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みんなそれぞれの思いの中で実家を後にした。


2012年8月10日 (金)

お盆の悩み

今年の盆は、兄が母の見舞いを兼ねて帰ってくるし、我が子も全員帰省する。

鬼嫁は連日、汗だくになって布団干しをしているそうだ。
兄、長女一家、長男、次女の7人分である。
鬼嫁によると、
「押入れからいくらでも布団が出てくるのよ。恐らく10組は下らないわ」
という。

母屋は6年前に建て替えたが、半分は昔風の間取りにしてあるので、いくらでも雑魚寝ができるし、離れの和室も空いているので、少々の大人数でも泊まろうと思えば泊まることができる。
いつぞやは、息子がウッドデッキで寝ていたこともあった。


次はメシの問題だ。
このメンバーに妹家族も加わるだろうから、一体何人分の食事になるのだろうか。
ここまでくると、食事の支度というよりも「炊き出し」と言う方が正解かもしれない。

昨夏は長女家族が帰ってきたときにソーメン流しをやったが、今年はこれだけの人数になってもやるか?
ソーメンの量も半端じゃない。
おむすびをこしらえるにしても、一人2個の計算で…14~5人分として「30個」以上は必要だ。


さて、以上の問題は鬼嫁が頑張れさえすれば片付くが、ボクが密かに悩んでいることがある。
先日、魚の行商をやっている悪友から、
「お~い、例のベーコンが入荷したから取りに来い」
というメールが入った。

これはクジラのベーコンで、100g当たり1000円以上する「超高級品」。
のんべえにとっては、この世で最高のつまみである。

滅多に手に入らない代物で、しかも5㌔程度のひと箱単位でしか仕入れることができない…地球上で最も希少価値のある食材である。

これを悪友5人で共同購入する約束をしていた。
当然、僕には1㌔の権利がある。
少々値は張るが、旨いものは生きている間に食べておかないと、死んでも化けて出そうな気がする。

…そうなると、これを盆前に取り寄せたらどういうことになるか?

(随分迷った…暗黒面と必死に闘った)


…さっき、悪友に、
「盆明けに取りに行くから、冷凍庫にそのまま保管しておいてくれ」
というメールを送った。


昨日のぴっけさんのコメントに返信した「デビル」の仕業である。

「ロクに味の分からない奴等に喰わせるのはゼッタイ勿体ないぞ!」と耳元で囁いた。
…よし!みんなにはソーメンを存分にふるまうことにしよう。

めでたし、めでたし。
ボクは、『ダークナイト』である。

▼追記
この記事に対する批判的なコメントの受付は…中止しています。

2012年8月 9日 (木)

代休

ずっと土日の行事が続いていたので、すっかりくたびれて今日は代休。
八時まで寝て、昼まで草刈り。

昼にビールを飲んで、妻に病院に片道切符で送ってもらう。
母はこのところ、半睡眠状態が続いている。

母を病院内を車椅子で散歩していると主治医に出会った。
「反応が悪いので、脳梗塞の検査をしましょう」
ということになって、CT検査室に寄り道。

結果は、脳梗塞の症状はないもののアルツハイマーは着実に進行しているそうだ。
一時間半つきあったら疲れた。
「もう帰るの?」
という母の懇願を振りきって帰宅。

夕方、もう一度、朝の草刈りの片づけ。
お墓もようやくきれいになった。


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今日は少し涼しかった。
明日は仕事。

盆は家族全員が帰ってくる。
主役は母だ。

2012年8月 6日 (月)

同窓会

土曜日に中学校の同窓会があった。

20分前についたが、すでに出席予定者の半数がたむろしていた。
ボクたちの学年は90人ちょっとで、小学校と同一校区だから、実質的には小・中学校の同窓会だ。
これまで、二十歳のときと、14~5年前に開催している。

高校の同窓会も3回程度開催しているので大体は顔を合わせているが、半数は他校にいったり、転校した者もいるので、卒業以来初めてというヤツもいた。
受付は幹事連中がやっていたので、だいたい顔は分かったが、たむろしている中にどうしても思い出せない同窓生が数人いた。

「おい、お前だれだ?」
「お前こそ、だれ?」
「ヤブ山だよ」
「えっ?ヤブ山! おれは△△だ」
「へぇ~! △△か!」


「あの子は誰だろう?」
「???…分からん」
「今日はほかにも同窓会をやっているから、フロアを間違えているんじゃないの?」
「幹事に聞いたら、□□だって」
「えっ?あの子が□□?」
「街で出会っても絶対に分からんな」
…こんな会話があちこちで聞こえる。


ボクは中学校までは「ぽっちゃり型」だったが、最近、少し体重が落ちてきたし、坊主頭ではないので、「あれ?」と感じる者もいたようだ。
でも眉毛は相変わらずゲジゲジ眉毛なので、「やっぱりそうか」と気づかれやすかった。

各テーブルは6人掛けで、男女が交互に座るようにクジが用意されていた。
ボクのテーブルは、男は幹事のHと正体不明(あとで判明したS雄)の3名。
女子は、A子、K子、I子の3名。

全然分からない彼に、
「おい!おまえ誰だ?」
「誰でしょう」
「分からん…おれが分かるか?」
「分からない…分からないひとだらけだ」
「ヤブ山だよ」
「ヤブ山? そうだったのか…おれはS雄だ」
「なに、S?…全然面影がないぞ」
「そうかぁ…自分では変わってないと思うけど」

A子、K子とはお互いにすぐ分かった。
I子もボクはすぐに分かったが、I子は「分からない」という。
A子とK子が、「ほら…ヤブ山君よ」と耳打ちすると、「あれまぁ」という顔をしてボクを見た。


そのうち、代表幹事が開会を宣言した。
「それでは開会のあいさつを…ヤブ山君にお願いします」

脇に座っているA子とK子が、
「ヤブ山君、頑張りんさいよ!」
と小声でからかう。

「やかましい。代わってくれ」
と捨てゼリフをはいて、
…まずは幹事に対する謝辞を述べ、あとは適当にしゃべった。


乾杯後、各人がそれぞれ近況を報告しながら、みんなが入り乱れて昔話に花を咲かせた。
一目で分かる者もいるし、周囲の者に聞いても「???」という者もいたが、一次会の終わりごろになると、あちこちで歓談の輪が広がっていた。

ボク自身は高校の同窓会も含めて大体参加しているので、だいたい顔と名前が一致したが、卒業以来初めて会ったH子に、
「ボクは実はあんたの隠れファンだったんだ」
と告げたら、

「そんな話…聞いたこともないわ。ウソおっしゃい!
 だいたい、ヤブ山君はそういうものに興味がなかったでしょ!」
と、鋭いしっぺ返しを食らった。

…そういえば、中学生までは、所謂「おくて」だった。
同じ高校に通った女子からは、「さもありなん」という眼で見られたが、中学卒業以来の子にとっては、「あれ?意外と言うわね」の印象だったのかもしれない。

ボクはとりたてて何かに秀でているわけでもないのに、なぜかいつも役回りをやらされる。
高校生になってもそうだったので、そろそろ自分に嫌気がさして、エレキギターを抱えてステージに上がるという挑戦をした。

さらに、就職して酒を飲みだしてから、もう一段ギアをあげてキャラを変えてきたつもりだが、同窓会に顔を出したら、結局昔のままの役回りをやらされている。

「自分でもだいぶ変わったと思うけど」
「昔と感じはかわらんぞ、そんなもんだった」
と言うヤツが多かった。
どうやら同級生にしてみれば、今ボクが一所懸命演じているキャラは透けて見えていたのかもしれない。


ボクは、今のキャラと当時のキャラは全然違っていると思っていたが、どうもそうではないらしい。
…ボクは未だに小さな殻から抜け出せないままのようだ。


こうして、二次会は日付が変わる頃まで続いた。
ヨロヨロしながら家に着くと、鬼嫁が、
「こんな時間まで…よく呑む相手がいたわね」
と、腕組みをして立っていた。
90%は男としゃべっていたのに、鬼嫁は少しでも女が絡んでいると勘が働くようだ。


「そんなにモテたら、お前とは結婚せんじゃったのに!」
と言いたかったが、気の弱い…よい子は、
「明日早いから…寝る」
で爆睡したのでありました…のはずです。


▼追伸(T君へ)
やっぱり「ヤブ山突撃隊」だっただろ?

2012年8月 2日 (木)

最新兵器

今日は、最近気づいたことを書こう。


先日、我が家で害虫駆除用の発煙剤を使った。
鬼嫁から、
「これを付けてね」
と、打ち上げ花火に内蔵されているパラシュートのようなものを渡された。

「なにこれ?」
「火災報知機に付けるの」
「??…カバー?」
「見ればわかるでしょ」

…説明書には、「煙を感知しないように火災報知機を覆ってください」と書いてあった。
現在、住宅には火災報知機が義務付けられているが、その対策として、煙防止カバーが付属品として付いているのだ。
数年前に買った時には、そんなものはなかったが、メーカーは日々改良を重ねているようだ。


次は、病院の最新兵器。
母のベッドの足もとにマットが敷いてあった。

何かな?と思いながらその上を歩いたら、すぐに看護師さんが飛んできた。
「お見舞いでしたか。スイッチを切っておきましょうね」

…話を聞いてみると、最近の入院患者には認知症を併発している老人が多く、徘徊する患者があとを絶たないので、ベッドから降り立ったことを感知するマットを設置するようになったそうだ。

 先日、転院予定の病院でも、「よく歩きまわられますか?マットが必要ですか?」と尋ねられた。
担当の看護師は、
「院内に10セットぐらい備えていますが、ほとんど出回っていて、足りないぐらいです」
と話していた。


次はスマートフォン。
先日、旧職場の連中が山歩きをした時の話である。
登山口から歩き始めたものの、どうやら正規の登山道を外れて、地籍調査の切り開きに迷い込んだことに気がついたそうだ。

するとスマートフォンを持っているヤツが、ナビ機能を使って現在位置を確認し、さらにネットから登山ルートをダウンロードして、どうにか正規の登山道に合流できたそうだ。

…スマートフォンのGPS機能もかなり充実しているようだ。登山ルートをダウンロードするという機転も、使いこなしている連中でないと思いつかないだろう。
深い谷や森の中でどの程度感知能力があるのか、ボクのetrex30と比べてみたくなった。


最後の話。
母が再入院してからは、ボクが仏壇のローソクや神棚にお灯明をあげているのだが、母が使っていたマッチがなくなったので、鬼嫁に、
「チャッカマンを出してくれ」
と言ったら、
「お母様の水屋からマッチ箱が3つ出てきたの。ただし…10個入りの袋が3つですからね。それを全部使ってからにして」

…ボクは生きている間にチャッカマンを手にすることができるのだろうか。

2012年8月 1日 (水)

あぶない

夏休みになって高速道路の雰囲気が変わった。

通勤グループの中に、他県ナンバーの普通自動車が混じってきた。
ぶっ飛ばすのと、ノロノロ運転のグループである。

貨物トラックは、だいたいいつもの連中である。
通勤の普通車も、だいたいいつもの連中である。


この中に、へんな連中が入ってくると、たちまち混乱が生じる。
休日もそうだが、夏休みに入ると、変な車が混乱を招いている。


…若葉マークや紅葉マークのように、『遊びマーク』をつくってほしい。

※とにかく気持ちが弾まぬのでお許しあれ。

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