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2012年9月

2012年9月27日 (木)

鬼嫁と今後のことを話しあった

家に帰るなり、ズボンをはきかえて田んぼに「かかし…もどき」を立てた。
朝、出勤する時に車を降ろしたら、一斉にスズメたちが稲穂から飛び立つからだ。

鬼嫁は、
「昼間はいないみたいよ…時々覗くけど…いないみたいよ」
「朝は滅茶苦茶多いみたい」
「ふ~ん、そうかしら」
と、つれない返事が返ってくる。


「畑に水をやったか?」
「やっているわよ…でも、里芋の葉っぱにとってもきれいな青虫がいたの」
「どうした?」
「う~ん、他所に動かした」
「ふ~ん」
…どうやら、日曜日にボクが見つけて、そっと畑の脇に置いていた奴のようだ。


やっぱり、こんな田舎でも、
『きれいなものはそっと残すし、悪いものは駆逐する』
という心は、誰にでもあるのだろう。

草刈り機をブンブン振りまわしていても、「ハッ」とするような花に出会うと、つい手が止まってしまう。

虫もそうだ。


そう思うと、久しぶりに出会ったスズメたちをもう少しいたわってやってもいいのだが、
無理!

明日から出張だが、出かけるときに、鬼嫁に、
「今から三日間、『かかしになれ!』」
と言うつもりだ…である…であるべし…かくありたい…かしこ。


2012年9月26日 (水)

共存

今日、義父を見舞って帰ったら、玄関框に鬼嫁が腕組みをして立っていた。

悪いことはしていないし、まさかあのことが発覚することはないだろうと、心の奥で「はちべえどのが、手をまわしたのか?」と、勘ぐりながら平穏を装った。


…話はこうであった。

「最近、近所の子が家の周りで遊ぶけど…あの子たちが倉庫の軒下のハチの巣を見つけて大騒ぎ!」

「刺してこないからいいだろう?」
「ええ…それはいいけど、あの子たちが巣を見て、『おばちゃん、気づいているの?』と言いに来たの」


…実は、ブログには書いていないが、我が家の倉庫の軒裏に立派なハチの巣がかけられているのだ。
一月前から気付いていたが、あまりに高い所にあるし、ボクたちを攻撃する様子もないので放っておいたのだ。


今では直径30センチぐらいになっていて、素晴らしい出来だと思う。
ボク自身、ハチにはひどい目に合っているのだが、攻撃してこないので放置したままだ。


テラスの上の届かないところだし、ボクたちを攻撃する様子もないので気にしていなかったが、子供たちにとっては大変な発見だったようだ。


何度も、
「おばちゃん、大丈夫? おじちゃんに壊してもらったら?」
と言いに来たそうだ。


鬼嫁は、ボクの受け売りで、
「刺してこないから…大丈夫よ。突いたりしないでね」
とお願いしたそうだ。


ボクたちは毎日、その下で暮らしているので同じ住人と思っていたが、近所の人が気になりだすと対処に困る。


鬼嫁は、
「もう一月すれば活動も低下するので、突いたり石を投げたりしないでね」
と、伝えたそうだ。


鬼嫁は養蜂家にでもなったらいい吾人である。
そうなればボクも楽園天国だ。

追記:スズメバチではありませんが、大きめのハチです。巣はかなり高いところにあるので大丈夫だと思いますが、一般論としては駆除すべきものです。


2012年9月25日 (火)

鬼嫁走る

どうもカテゴリーに「鬼嫁」を追加する必要がある。

ボクには何よりもみなさんに実情を訴えたたい。
プロレスの鬼嫁とは次元が違う。


でも今日は彼女の辛い生活を書いておこう。


まずは、義理の母。
まるで縁のないボクの母の見舞いが週に二回。


これに実の父が入院する事態が発生した。
実母も車の運転はできないので、すぐさまアッシー役になる。

したがって、今の妻は義理の母の見舞いに加えて、実父の見舞いのために、実母とグダグダと口ゲンカしながら、日々病院に通う毎日だ。


妻は女姉妹の長女で、ボクは農家の二男…これが現実。
ボクが養子行ったら話は分かりやすいが、なぜかボクが農家の跡取りになってしまった。


ヤブ山家には先祖代々からの田畑があるし、妻には実家の長女としての務めがある。
だから話が少しややこしくなってきた。


でも、ボクは言いたい。
そもそも…ボクは農家とは言いながらも二男だし、おまけに地元に帰ってきたのだがら、「国宝級の律儀者」なのだ。

彼女(鬼嫁)にさえ出会わなかったら、ボクはひょっとしてモテモテの日々があったかもしれないのだ。
でも、…現実として、鬼嫁の「脅しとワナ」にまんまとハマってしまった。


ボクは…さっさとあの世に行って、こんな現生のしがらみから解放されたいのだが、鬼嫁はボクをそう簡単には死なせてくれないようだ。


「あんたね! これを全部…なんにもせんで、このまま…残していったら…、
わたしゃ~!…ききゃ~せんからね! ○男はどうするんかね!」
と、めっぽううるさい。


ボクは早く楽になりたい。
神のみがボクを救ってくれるはず…だ。

2012年9月24日 (月)

遅くとも帰らねば

今日はいつもより一時間遅くなった。
鬼嫁といえども、背後に山を控えた一軒家で一人は寂しいのだろう。


メールを打って70分の帰路。
膝をついて主人の主人の迎えを待つような鬼嫁ではないが、
まさかイノシシの攻撃を腹で受けてはいないかと、いちおう気遣いながら我が家を目指す。


さっきまで、ペンギンの子育ての特集をやっていた。
親は必死で頑張っていた。
実に仲睦まじかった。


それから、
言われなけばいいがと思っていたが、はっきり言われた。


「あなたは! 絶対に 私のところまで戻ってこないでしょうね。
あちこち、ふらふら…いい顔ばかりして…そういう人なのね」


これが、「鬼嫁」の由縁である。

2012年9月23日 (日)

収穫を待つ

米の収穫には少し早すぎるので、来週まで持ち越しにした。

午前中は、畑の畝を直しながら、雑草まみれになった畑を耕し、根をほぐしながら畝間を拡げた。

すずめの攻撃も手強いので、キラキラテープを張った。

昼にはビールを飲まず、母を見舞うことにした。
カメラのSDカードを抜いて、フォトフレーム用のカードを入れ替えて、母用に編集する。

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家の横に上がってみると、あの鬼嫁が恐れたイノシシの掘り返した跡があった。


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その後、母用に庭の梅の木の根元に生えているランの仲間の花を撮る。


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午後から母を見舞う。

車椅子に乗せて、久しぶりに外に連れ出した。
膝かけガウンを着せて、初めて病院の外を周囲する。

稲の出来具合や畑の様子を語りかける。

その都度、「あれはこうじゃよ…人参はなかなか芽が出んからね…」
と活発にしゃべる。


病院からの帰路、チューリップの「青春の影」を聞いていると無性に悲しくなった。

ボクの寿命は、母よりも短いだろう。
あれほど心配していたのに、母はそのことを忘れてしまった。


鬼嫁が最近、優しくなってきた。
だぶん、感づいているのだろう。


後ろ髪はひかれるが、もう仕事の面では…やることはやった。
気になるのは、家のことだけだ。


あと5年で脳梗塞を発症して、半身不随になる。
すっぱり楽になれたらいいが、半年は寝たきりのはずだ。


日々の移ろいが早すぎる。


実家に戻るのが、3年ぐらい遅かったような気がしてならない。
だからすぐに目が覚める。


でも今日は、目の覚めようが遅かった。
日が短かすぎる。

2012年9月21日 (金)

再び「トレードオフ」論

厳密な定義を調べるのが面倒なので割愛するが、何事もほどよい組み合わせが必要である。

「知・徳・体」は昔から人間のバランスを保つ言葉として使われているが、これは、
「気をつけないと三者のバランスが保てないぞ」
という裏返しの警句が潜んでいる。


「反面教師」はどうか。
他人の言動をみて、「あんなことをしてはいけない」と悟ることをいうが、これは極端な方向に走りやすい。

往々にして、「あれはいけない」と結論づけてしまいがちだ。
ここは落ち着いて、「あんな言動はいかがなものか。自分ならどうするか」
と、自分の頭で考える必要がある。


反面教師を前にして、何も考えなかったら何の教師役にもならない。

ところが、現在の風潮として、反面教師を直接的に叩き、正論を堂々と声高に叫ぶ傾向が強くなっている。
政治がポピュリズムに走っているのが最たる例である。


消費税、社会保障、エネルギー問題、そして今の領有権を巡る動きなども、こんな社会の風潮の中で行方が見えなくなっている。
それを決めていくのが政治の本来の役割なのだが、みんなで議論すると収拾がつかなくなるし、誰かに預けると思いもよらない方向に走り出す。


パソコンがはやり始めた頃、だれでも一度は「ベーシックプログラム」をかじったことがあると思うが、今の時代は「サブルーチン」から抜け出せない状態に陥っている。

つまり本来のプログラムから離れたところでグルグル回っているような気がする。


最近の議論を聞いていると、相手の主張を「反面教師」と捉えて、反面教師が持つ本来の弱点を突いて、自分の正論をトウトウと述べる傾向が強い。

ボクがときどき使う「忖度する」ことが希薄になっている。


正論の裏に隠された危険性を探り、反面教師は自分に置き換えて考えることが、人類が有する最も崇高な能力…「理性」である。


人間がそれを放棄してどうなるというのだ。
自省を含めて頭に来る。


…と、ここまで書いて「ネタばらし」。

どうして今晩、こんなワケの分からないことを書いたかと言うと、
「明日、イネを刈るかどうか」で迷い始めたからだ。

確かに稲穂は色づき、青モミの割合も下がっているが、どうも生育期間が短すぎるのだ。

田植えをしたのが6月14日で、まだ3ヶ月ちょっとしか経っていない。
苗は、6月初旬に植えるために頼んでおいたが、水がなかったので10日遅れで、しかも苗先をカットして植えている。

これを生育期間にカウントすれば、現時点で収穫しても問題ないのだが、青モミの割合の見極めに自信がないので、
「どうしたものか?…トレードオフはどこか?」
と悩んでいる。


「青田刈り」を反面教師としてどう考えるか。
農業試験場の生育データを、我が家のほ場にそのまま当てはめてよいのか?

いろいろ考えたが、明朝、数か所で稲穂を調べて腹を決めることにした。

たぶん、10日遅れの代休を取って頑張ることになるのだろう。


…やれやれ

2012年9月20日 (木)

鬼嫁、今度はイノシシと闘う

帰宅すると、鬼嫁が腕組みをして玄関に仁王立ちしていた。
重大事件が発生(発覚)したときのお決まりのポーズである。


「どうした?」
「さっき、お墓の掃除にあがったら道の周りがメチャメチャになっていたの。あちこち掘り返したような跡があって…ヌタ場みたいになっていたの」

「イノシシが掘り返してミミズを食べたんだろう。この間のやつじゃないか?」
「近くに潜んでいるような気配がしたので、掃除を止めたのよ」


「それが正解。落ち葉は土曜日にでも掃いておくから」
「うかうか庭の草引きもできないわ」


「夜行性だから、朝夕を気をつければいいさ」
「H高の野球部がもっと派手な練習をしてくれたらいいのに」


懐中電灯を照らしながら家の横に上がってみると、かなり激しく掘り返されていた。
ここは屋敷よりも一段高い所に当たるが、そのうち下まで降りてきて、畑や田んぼで暴れまわらなければいいが…。


先日、スズメ避けに田んぼにテグスを張ったので、鬼嫁は「かかし」から解放されている。
「シシ脅しのかかしにでもなったら?」と言いたかったが、
顔がいささかひきつっていたので、冗談はやめにした。


我が家はずっとイノシシ被害とは無縁だったが、とうとう人並みになってしまった。


家の周りに住宅は増えたが、背後に山を控えているので、イノシシやサルと本格的に闘わなければならないようだ。


数十年間、山口の街中ですっかり「平和ボケ」しているから、深山を歩くときのように気を引き締めて生活しよう。

2012年9月19日 (水)

副作用

母が転院して一ヶ月経過した。

それまでの朦朧状態は数日で改善が始まり、会話は家に居た頃の状態にまで回復した。
食事もきちんと正座して箸を使って食べるようになった。
ただし自立歩行は依然として困難である。

前の病院では、「せん妄」と昼夜逆転のために、かなりの量の精神安定剤と睡眠導入剤を投与されていたのだが、今度の病院ではそれを見直したらしい。

転院後も暫くは、「せん妄」が頻繁に出ていたが、この2週間ですっかり落ち着きを取り戻してきた。
だいいち本を読むなんて絶対に無理だと思っていた。

ところが、一昨日は、ベッドに正座して老眼鏡をかけて本を読んでいたのだ。
「本が読めるようになったの?意味が分かる?」
「なんかよう分からんけど、暇でしょうがなかったんよ」
と至極まともな返事がかえってきた。


この変わりようには驚いた。
たった数錠の薬を変えるだけで、これほど劇的な変化を見せるのだ。
他の二人も気付いたらしく、
「もうあのままだと思っていたけど、これならいいわね」
と安堵していた。


入院費の支払いを気にしていたし、田んぼや畑の話をすると一所懸命にやり方を教えてくれた。
特に野菜づくりの質問をすると、生き生きとして話し始めるので、これからはこの話をメインにするつもりだ。

この病院は、療養型に近いので、認知症を併発した患者が多く、そのためのスタッフや治療法も工夫されているようだ。

前の病院は、急性期型なので、治療に専念するために色々な制約を課しているらしく、前の主治医がここへの転院を勧めてくれたのは有難かった。

病院は大きければいいというものではないことが分かった。


シャントがまだうまく育っていないので、透析はもう少し先になりそうだが、母の精神状態がこのまま安定してくれれば、長丁場の入院も何とかなりそうな気がする。


来月には、長男の結婚式で再び親族が集合するが、母の子の様子を目の当たりにしたらみんな安心するだろう。

このまましばらく平穏な日が続いてほしい。


倉庫も一杯だが、きたる収穫に備えて…静かに寝る。


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2012年9月18日 (火)

ヤブ山家の禄高

週末から三連休の前半にかけて出張。

連休の最終日、久しぶりに田んぼに出て、スズメよけのテグスを張った。
みんなのコメントやブログを見ても、今年は各地でスズメが復活しているようだ。


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台風の影響で風が強い。
支柱を適当な間隔で立てるが、我が家の田んぼは四角形ではないので、変化点ごとに立てなければならない。

稲穂もすっかり色づいて、青モミも10%に近づいてきているので、そろそろ収穫の時期が来た。
理想は今月末だが、仕事と出張が続くので今週末に刈ろうと思う。

遅いよりは早い方がマシなようなので、この週末の天気を祈るばかりだ。
仕事と田んぼの両立は難しい。
どちらにも、先送りできるものと絶対に外せないものがある。

今回は、どちらも外せないタイミングが重なったので、自由に動けるこの土日でやるしかない。


貯米器を覗いてみたら、まだ底の方にだいぶ残っていた。
5俵入るのだが、2表近くはあるだろう。
みんなに配るのは新米がいいに決まっているから、今年も新宿の炊き出しセンターに送ることになりそうだ。

米の消費は11月に始まり10月に終わる。
地元の社の秋の大祭に奉納後、ようやく我が家も新米に切り替える。
母は古米がある限り、年内はずっと古米を食べていたが、昨年、ボクが帰ってからは有無を言わさず新米に切り替えている。


1反農家なので、5俵入りの貯米器と30㌔の貯米袋が6~7袋。
つまり、反収8俵ちょっとの計算になる。

調べてもらえば分かるが、「1石」とは、大人が一年間に食べるコメの量である。
1石は2俵半。
つまりヤブ山家の禄高は「3石ちょっと」にある。
超しょぼい禄高である。

もっとも今では、昔の半分以下…1俵程度という統計数字があるので、8俵あれば8人賄えることになる。


だから、ヤブ山家2人…2俵
    長女一家    …2俵
    鬼嫁実家、兄一家、ほかほか…2俵

つまり、ケチって他の人にあげなかったら…確かに2俵近く余る計算になる。

…ということは、長男の結婚に加えて、末娘の結婚、それに孫が増えたり大きくなってくると、ヤブ山家の禄高では、「あっという間に食っていけなくなる」ということか。


★ぼっちさんへ追記
もみすりを行うのは、モミがついたままだと、「ヤケ米」といって発酵・細菌が繁殖したり、黒ずんだりするそうです。
したがって、モミすりを行い低温化で保存するのが最もいいとされています。
ただし、モミのまま冷温保存する方法(雪を利用した冷温保存)もあるにはあるようです。

2012年9月13日 (木)

鬼嫁、スズメと闘う

今朝、車を出したら田んぼからスズメの群れが一斉に飛び立った。
この数年、スズメをすっかり見かけなかったが、今年は群れになって我が家の田んぼのモミを食べに来たようだ。


さっそく鬼嫁に、
「スズメが来ているから、ときどき田んぼを覗いてくれ。今度の休みにテープを張るから、それまでのあいだ頼む」
「気が向いたらね。少々食べられてもいいじゃない…」
とほざいた。

その態度が気に入らなかったので、
「かかしの代わりに田んぼに立ってろ!」
…と、声に出さずに心の中で叫んだ…いや呟いた。


スズメ達には、もみすりの際に出る「小米(こごめ:規格外の小粒の米)」を田んぼに撒くからそれを食べてくれればいいのだ。
籾殻もないから随分食べやすいのに。


昔は、この小米で甘粥を作ってもらっていた。
少し発酵した匂いがして、甘酸っぱい味がした。
今ではそんな技術も廃れたし、JAも小米を集めることもなくなったので、最近は肥料代わりに田んぼに撒いている。


もう3週間もすれば撒けるので、スズメ達にはそれまで待ってほしいのだ。
色々なしがらみもあるが、大ざっぱな分類でいえば、ボクはナチュラリストである。
スズメ達と会話ができれば、立派に共存できるのだが…。


そうか…こんなボクの気持を鬼嫁に話せば、少しは分かってもらえるかも?

…でも面倒くさいから、あんなものは「かかし」でいいだろう。
共存しようとスリよったりしたらロクなことにはならない。

つくづく共存は難しい。何事も…。

2012年9月12日 (水)

登山靴

9月8日(土)に履いた登山靴がまだ乾いていない。
ローバーの革製なので乾きが遅い。
倉庫の前で陰干ししているのだが、中がまだ湿っている。

ゴア製のトレッキングシューズでもいいのだが、かなり以前から使っているので愛着がある。
ソールを張り替えるのに一万円かかったが、それでも足になじんだ革製登山靴は捨てがたいものがある。

突撃前夜に防水クリームを塗っていると、次第に気合が入ってくる。
この高揚感がたまらない。


ボクは沢を渡るときに滑りそうな石があるときは、沢をジャブジャブ歩くことにしている。
無理して石で滑るよりも少々濡れても安全な方がいい…という考え方である。
ぼっちさんもボクの歩き方を見て、
「同じですね」
と笑っていた。

倉庫の前で、次の突撃に備えてゆっくりと疲れを癒しているボクの相棒。

鬼嫁よりも連帯感が強いヤツだ。


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2012年9月10日 (月)

カネホリ谷からガクガク尾根へ②

この藩境尾根は手強かった。
谷を少し遡及すると、右手にカネホリ谷を大きくトラバースする踏み跡があった。
つづら折りの踏み跡が終わると、間伐地帯の倒木を乗り越える試練が続いた。

やがて尾根がはっきりしてくるが、登っても登っても次々に小ピークが現れる。
休むたびにカッパを脱ぐが、すぐに雨脚が強くなってあわてて着こむ。


やがて前方のピークの背後に何か立ちはだかっていた。
ぼっちさんが、
「例の懸崖じゃないかな」
とつぶやいた。

雨とガスで視界がきかないが、やがて予想もしなかった懸崖が目の前に現れた。

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下まで行って見上げるとすごい迫力である。


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「なるほど…こんな懸崖があったのか」
「縦走路からは想像もできない…」


右を巻いて、伐採地を越えたら「1227ピーク」の縦走路に出た。
縦走路といっても微かな踏み跡があるだけで、地図がなかったらどこに迷い込むか分からないだろう。


「ガクガク岩まで行ってメシにしよう」
と、小雨の中をトボトボ東に向かう。
今回、ボクが決行にこだわったのは、GPSでガクガク岩の正確な位置を記録しておきたかったのだ。(ホントは西のヨケ岩も)

約300m歩いてガクガク岩に着いた。
このあたりも間伐されて南側(山口県側)の様子が随分変わっていた。

P1000172b


小雨の中で昼食。
「ガクガク山側の縦走路はだいぶはっきりしているから、みんなここまで来たら引き返しているんだろうな」
「西のヨケ岩付近が最高なのに…」

昼食を簡単に済ませると、西のヨケ岩を目指して縦走路を西へ引き返す。
再び1227ピークまで戻り、荒れた稜線を西へ向かう。

やがて1116ピークに着いた。
岩場の後ろに派手なテープが何重に巻かれていた。
ちょうど植林地と自然林の境界尾根だった。

「これがtobinokoさんが書いていた下降地点のテープだな」
「うん間違いない」
「西のヨケ岩まであと400m」


ここから西は植林地が終わり、きれいな自然林が広がる。
つまり、1116ピーク~西のヨケ岩~後谷山までの間が、ガクガク尾根の最も美しいところである。

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ガクガク岩以西を知らない「ぴっけさん」に、
「いいでしょう?これがガクガク尾根。天気が良ければもっとすごいんだけど」


やがて西のヨケ岩が見えてきた。
そのまま岩の上に這い上がる。

先頭のボクが、
「まさかこの間のマムシはいないだろうな…」
と独り言を言うと、ぼっちさんが、
「今日は雨だからマムシも日向ぼっこはしてないでしょう」

広いほうの岩の上に這い上がる。
念のために岩場の周囲の灌木を観察していると、

「!!! ひゃ~!マムシだ!!!」

足元近くの灌木の上にとぐろを巻いていた。
「やっぱり主か!」
とつぶやいて、「しっ!しっ!!」
とストックの先で追い払う。

ストックの先でひっかけて崖の上から落とすと恨まれそうなので、優しく突いていると、ようやく戦闘を諦めて岩場の割目にもぐりこんだ。

ぴっけさんが、
「マムシがいたんですか…」
と怖がらずに上がってきた。
…やっぱり農家の嫁は強い。

本当はここに大展望が広がっているのだが、生憎の雨とガスでほとんど見えなかった。
ぴっけさんに小五郎山の雄姿を見せたかったのだが残念。

「あのマムシはボクのブログを読んでるのかな。ボクが来ることを知っていたのかも?」
「ヤブ山ちゃんが来るのを待っていたんでしょうね」
と、みんなで笑いながら1116に引き返した。

さてここからは植林地と自然林の境界線を下る。
左手はすさまじい間伐の荒れた森、右手は息をのむような自然林が広がっている。
しかし、それにしても急傾斜である。

P1000180b

尾根のテープに沿ってガンガン下っていると、やがて間伐が終わった。
沢音が聞こえてきたが、いつ崖の上に出るか分からないので、ものすごい急斜面を慎重に下る。

ぴっけさんの膝もそろそろ音をあげてきたようだ。
T隊長が、
「ゆっくりでいいですよ」
と優しい言葉をかけている。

先頭のボクは、鬼嫁と歩く時と同じように、ときどき振り返るだけで、何のアドバイスもしないし、手を貸すこともない。それどころか、
「T隊長は、女性軍の登山ツアーのガイドをやったらどうです?」
と茶化すありさまだ。


最後の急な下りで下降地点を探すのに右往左往した。
ズルズルと滑り降りて、朝登ってきた作業道の踏み跡に降り立った。

「やれやれ…最後に難儀をしました」

5人ともずぶぬれでドロンコ状態だった。
ここから再びトボトボと林道を歩いて駐車地点まで戻った。

夏雨の中、カッパを着ての突撃だったが、tobinokoさんとkappeさんの柿木おじさんのパワーに敬服した。
面白いコースの情報ありがとうございました。
やっぱりガクガク尾根はいい。


※今回の軌跡は次のとおり。
ガクガク岩は、1227ピークから東へ約300m。
西のヨケ岩は、1074ピークから東へ約100m。
…やれやれこれで気が済んだ。

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2012年9月 9日 (日)

カネホリ谷からガクガク尾根へ①

ガクガク尾根は、寂地山からの縦走やつむぎ峡から上がったことはあるが、山口県岩国市の河津側から直登したことがなかったので、先日、tobinokoさんとkappeさんの柿木コンビが歩かれたルートを辿ってみることにした。

9月8日(土)に突撃することにしたが、降ったり止んだりの悩ましい天気予報だったので、金曜日のブログで、
「とにかく現地に集合」
と雨天決行宣言を出した。

今回のメンバーは、ヤブ山突撃隊のほかに、山口山の会のY代表、ぼっちさん、そして周南山の会から「ぴっけさん」が特別参加である。

Iクマ対策特殊部隊長は、何やら健康診断の都合でドタキャンだったが、5人が小雨の中、
「ヤブ山さんが、どうしても登りたいようなので行きますか」
で、河津に向かった。
…すみません。


当然ながら現地も小雨。
カッパを着て、林道を詰める。
せっかく特別参加した「ぴっけさん」には申し訳なかったが、ボクの仕事の都合で来週から暫く山に行けないので、決行することにしたのだ。

林道終点からは、右岸に山道が続いている。
ここを歩いたのは10年以上前になるが、ほとんど渓流の景色を忘れていた。
河津の大滝は覚えているのだが、今日はその手前の「カネホリ谷」からガクガク尾根へ這いあがるのだ。


これが、林道終点を過ぎて河津峡のはじまりの滝。

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カッパを着たおじさんたちにとっては、なかなか大変である。


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やがて踏み跡は消えて沢に降りる。
現地と地図を思い浮かべながら歩くが、コンパスが狂ってくる。

「この谷か?」
「感覚的にはもうちょっと先では?」
…でも自信がないので、GPSに頼る。
情けないが、谷は小さいので、なかなか判別が難しい。

沢を詰めていると、ようやく左手に「カネホリ谷」らしき沢が現れた。
地図で想像していた沢よりも狭くて小さい。


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沢はゴーロ状だった。
ぼっちさんが、
「こんなに荒れてなかったけど…」とつぶやく。
みんなカッパを着たまま、黙々と高度を稼ぐ。

この尾根と谷を何度も歩いた経験のある「ぼっちさん」が、
「もう少し上がったら、右の藩境尾根に取り付きますから」
とみんなを励ますが、暑くて雨が降る登りはみんな辛い。

こんな沢をあがった。

P1000163b_3

この踏み跡は、どうやら山作業用の道のようだ。
つづら折の踏み跡をとぼとぼ上がっていると、突然、間伐地帯に出くわした。

ここから切り倒された木々の間を乗り越えるのが辛かった。
先頭のボクは何度も休憩を余儀なくされた。
カッパも汗を吸ってすっかり重くなった。


途中、杉の大木に出会った。
はじめは何の木か分からなかったが、尾根を這いあがってみると立派な杉が立っていた。

てっぺんはほとんど枯れかけていたが、根はしっかりと岩場に立っていた。

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※その2に続く。(予定ですが)

2012年9月 8日 (土)

カネホリ谷からガクガク岩

とりあえず無事帰還しました。

もう泥酔い状態なのでおしまい。

写真は残っているので、あとはGPSを明日ダウンロードします。

無事に帰りました。

それにしても…ぴっけ特別隊員はよく頑張りました。

『はなまる』です!


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…疲れました。

kappeさんと tobinokoさんは…ホントに頑張ったんですね。

敬服しました。

今日はここまで。

2012年9月 7日 (金)

もう一回ひとりごと

とりあえず…明日は集合します。

あとは現地に行って考えましょう。

2012年9月 6日 (木)

ひとりごと

明日の夜、みんなに連絡するのが面倒なので…。


この時期は、天気の急変は当たり前。
はっきりした前線がやってくるのであれば、さっさと諦める。

でもこの数日の天気は、不安定でどうにも予想がつきにくい。

よって、土曜日のガクガク尾根は決行します。


着替えを十分持って集まりましょう。
…ザックの中と、車の中に置くものを。

2012年9月 5日 (水)

心凍らせて

昨日のブログのコメントを書いていたら…撃沈しました。

はちべえどのに『雷』が落ちてよかった。

ボクだったら直撃なので…くわばら・くわばら…。

<当面、このサイトを閉じる>

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/I will be "superman". but she got a brave heart. so I will be dead, will be soon.

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2012年9月 4日 (火)

やっぱりね

昨日、職場の部屋に8枚のパネルを掛けてもらったのだが、どうも気に入らなかった。

8枚のパネルが一直線に並んでなければいけないのだが、微妙な凹凸があるのだ。
おまけに地壁の目地が途中で2センチばかりずれているので、パネルの上端の凹凸がさらに目立っているのだ。


一日考えて、地壁のズレをパネルの縁で隠そうと思い立った。
今朝、パネルを壁に固定している磁石付きフックをコンコン叩きながら微調整していると、若い女性職員が部屋に入ってきた。

「何をしてらっしゃるんですか?」
「見ればわかるだろう…パネルを揃えてるんだ。途中で地壁がズレているだろう? こうやって直しているんだ」
「??? 気になります?」
「きれいに揃って見えるだろ?」
「あ…はぃ。ヤブ山さん…何型です?」
「A型」
「やっぱりね…」
彼女は、『A型は几帳面』ということを確認したのだろう。

でもボクは几帳面な性格ではない。
そのことは彼女も分かっているはずだ。
だからこそ聞いてみたくなったのだろう。

机の上も中もぐちゃぐちゃだ。
髪の毛もそうだ。
字もそうだ。
下着やTシャツが、表裏・前後が逆になっていても気にならない。

田植えの最中に苗がねじれてもそのままにしている。
登山靴の紐が途中でよれていても構わない。
出張するとき鞄に詰め込む着替えは、とにかく詰め込む…つまり、ぐちゃぐちゃに入れる。


でもどうしても許せないものがある。

新聞!

鬼嫁が読み終わった新聞は雑にたたんである。
これはいけない。汚い。

読み終えた新聞は、きちんと隅をそろえてたたんでおかないと見苦しい。
特に、真ん中の折り目を無視してたたんであると頭にくる。
でも、折り込み広告が雑然と散らばっているのは気にならない。
新聞がきちんとさえしていたらそれでいいのだ。


次は額!

これは水平と垂直がきちんとしていなければならない。
どんなに立派で高価な絵画であっても、数ミリずれているだけでだらしなく見える。
ときどき家の額をいじっていると、鬼嫁が、
「いやらしい姑みたい」
となじられる。


上記以外のことは…どうでもいい。
なんでも許す。

2012年9月 3日 (月)

ガクガク尾根

先週からガクガク尾根の地図ばかり眺めている。

できるだけ地図を見ないように、出てくる景色を頭に叩き込むためだ。


でもこの予習が年々劣化してきた。
まず方向が怪しい。

てっきり北に向かっているはずが、「おかしい?」と思って地図とコンパスを拡げると、愕然とすることが多くなった。


特に谷を巻いたりすると、方向感覚がマヒする。
体のコンパスがすぐに狂う。


還暦前のおじさんは、結構努力しているのだが、なかなか報われない。

また明日も、地図を眺めて体と現地を同化させるしかない。

2012年9月 2日 (日)

土日の日記

金曜日は山口で懇親会。
最終電車で帰ってきてバタンキュー。


土曜日は、早朝から畑で作業。
遅すぎるが、にんじん、ホウレンソウ、大根、ねぎを半分ほど植えた。
残りは来週にでも植える予定だ。

これは鬼嫁が「時期を少しずらして植えてみて。一度にできても困るのよ」とのたまうたからだ。
特に、にんじんは遅すぎるぐらいなのだが、ダメモトでやってみることにした。


夜は、悪友の海の家で宴会。
フィッシングパークは大賑わいのようだ。

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悪友自慢の囲炉裏で乾杯。
クジラのベーコンの味見をした。
いつもは炭火で干物を焼くのだが、まだ暑いので今回は中止。
10時過ぎに鬼嫁が迎えに来た。
頼んでおいた「ベーコン800グラムと、特製のウニ…しめて1万5千円」を持ち帰る。

「一般市場ではこれが倍の値段だぞ!」
鬼嫁にそう説明したが、結局、ボクのポケットから払わされた。


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夕日が眩しい。


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日曜日は午前中は汗だくになって草刈りに精を出す。
この時期は、刈っても刈っても伸びてくる。
彼岸になればぐっと勢いは衰えてくるのだが。


昼から母の見舞い。
かなりしゃんとしていた。
車椅子を押しながら院内を散歩する。

ここはどこか。
自分は病気なのか。
入院しているのか。
どうして歩けなくなったのか。
もう家に帰れないのか。

…などなど、同じ話を繰り返す。


夕方、帰宅したが5時前だったので、草を刈ろうかと少し迷ったが、アルコールに手を出した。
いまぐびぐびやりながらブログを書いてます。


明日から仕事か…。
早く隠遁生活がしたいなぁ。


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