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2012年11月

2012年11月30日 (金)

明日のこと

明日は周南山の会の忘年会に合流する予定だ。

門外漢なので、じっと大人しくして『いい子』であらねばならない。

泰山どのにすがって静かにするつもり。

そして、はちべえどのと、9:08の電車に乗って帰ります。

※くれぐれも…はちべえどの よろしくお願いします。/by oniyome

2012年11月29日 (木)

今宵の月は

今日の満月は素晴らしかった。

雨もあがって夜空に控えめに鎮座していた。

立派である。

拝みはしなかったが、天の神の神々しさをたたえていた。


太陽と月の個性は、人類の性格を象徴していると思っている。

ガンガン照らすか、ヒッソリと照らすか…である。


恐らく、地球上の人類にこの『業』が与えられているのだろう。


ボクは『ゼウス』ではないので、それを語ることが許されないが、

太陽は その力で 人類に恵みを与えている。


ところが、

月は どうか?


穀物を育てる力はないし、暗い。


光合成を誘発するパワーがない。

そうか。

夜になって、一人ぼっちの話し相手になったり、足元がよく見えない人を助けていたのか?

たぶん 違う。


月は、

『あなたの 輝きは? 』
と、静かに語りかけてくる。

善と悪は夜に生まれる。


…それは、月のなせる業。


太陽は、それを解毒するだけ。

…だから どちらかに それ以上のことを望んだら 人類の破滅は早い。

ボクと一緒だ。


2012年11月28日 (水)

今日は最悪

今日は大事な仕事が待っていたのだが、昨日は会議があってその後は懇親会。

今朝は猛烈な寒さの中、始発の電車に乗って2時間の出勤。

朝一番に指示しておかなければならないことがあったので、それにしばし忙殺された。


舌の根も乾かないうちに、プレッシャーのかかるヒトコマを迎えた。

…それが撃沈。

自分でも情けないぐらい出来が悪い。

何度やってもうまくいかないので諦めた。


好きなことをしゃべるのならいいのだが、正確に言わないといけないフレーズを連続して覚えられない。

息子の結婚式のあいさつの方がよっぽど楽だった。

もう二度とあんな仕事は引き受けないことにした。

さっき家に帰って晩酌しながら愚痴をこぼそうと思っていたら、鬼嫁に機先を制された。

「あのね…今日、最後の柿をもいでいたら…例のカラスがすぐそばに来て『ギャーギャー』鳴くのよ。
きっと、『それは… ワレワレノ カキダカラ モグノハ ヤメナサイ』
と言っていたのよ!」

と、興奮して話すので、思わず、
「それは! 『クソババア… クソバアア…』
と鳴いていたんじゃないの?」
と言いたかったが、落ち込んでいたボクは酒と一緒に呑みこんだ。


鬼嫁から次の攻撃が来た。

「あのね…寒くなってきたから灯油を買ってきてね」

「倉庫に一缶ある。乾燥機から抜いた灯油が入っている」

「だって重たいもん!」

びっけさんなら黙って運ぶはずである。

いや普通の嫁さんならそうするはずだ。

でも鬼嫁の実の母親は、未だに自分で灯油をストーブに入れたことがない人種である。

推して知るべし…鬼嫁は18リットルの灯油缶を運べない…正確にいえば『運ばない』のである。


今宵のボクは、自分の情けなさをどうやって忘れようかとしているのに、鬼嫁のいたわりのなさに…完璧にうちひしがれている。


※追記
鬼嫁が睨んでいるので、今から倉庫に行って灯油缶を運んできて、すぐ寝ます。おやすみなさい。

2012年11月26日 (月)

三瓶山の回想

三瓶には、たしか14~5年前、キャンプシーズンに3人の子供たちと家族5人で登った。


北の原キャンプ場で幕営して、男三瓶まで登って女三瓶から肩に降りて、スキーリフトで下った。
そこからキャンプ場まで長い長い遊歩道を歩いて帰った。

数年前、最後に残った末っ子が旅立つ頃、3人で三瓶温泉から孫三瓶を目指した。


3月末だったが、残雪が多くて、孫三瓶に上がったあと、子三瓶から男三瓶の峠から西の原にエスケープした。

当時、鬼嫁は、「ここまで来たのに…行かないの?」
と言っていた。


…今回、初めて男三瓶への登りを歩いたが、鬼嫁が、
「これじゃ~あのときは無理だったわね」
とつぶやいた。


「ボクも歩いていなかったけど、あの時の雪と二人の状況を斟酌すれば…撤退ではなく、西の原にエスケープしたことは、極めて妥当な判断であったということが…お分かり頂けましたでしょうか?」
と話した。


「まあね。でも…あなたは、
『ヤブ山とつげき…なんとか』
ってゴソゴソやってるから、たぶん歩くだろうと思ったもん」


「でも…あのときはダメ。ボク一人でも行かない」

「ふ~ん…」

再確認したのだろう。

ボクが いかに 『おそれ』 かということを。

2012年11月25日 (日)

鬼嫁の三瓶山道中記(その3)

家に帰ってきたヤブ山家。


その前には大きくて暗いシャッターが立ちふさがっていた。


これがホントの現実。

 
 
 
光明は僅か。

何もかも暗がりの中にある。


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おしまい。


 
 

鬼嫁の三瓶山道中記(その2)

子三瓶手前から見た男三瓶は…ボクのように神々しい姿を見せていた。

 
 
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いちおう、鬼嫁殿も寒冷地仕様は施されているが、そもそも暑さ寒さに弱い。

ボクはどうでもいいし、場合によっては、室の池に浮かべて差し上げるのも一興だと思っていた。


しかし、鬼嫁は黙々と…ボクの後を追って来るので、執行猶予を与えた。


でも這いあがった男三瓶の山頂は猛烈な寒さだった。


ここで心中したくはないので、しかたなく山頂小屋に案内した。

 
 
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誰もいない小屋の中で湯を沸かして、うどんをこしらえた。

当然、しもべであるボクの作業だ。

鬼嫁どのは、「さむい…さむい」を連呼していたが、ガスバーナーが点火すると、
「やれやれ」と安堵された。


いよいよここから、三瓶縦走路で唯一の難所である。

少し前にもここで滑落事故があったそうだ。

こういう事故は、難所のあとに起こりやすい。


下でタバコを吸いながら、降りてくるのを眺めた。

室の原生林のガスが晴れた。


素晴らしい景色だった。

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女三瓶を抜け、リフト乗り場と合流して室に降りた。


誰もいない室池を鬼嫁と歩いた。


ここに捨てて逃げようとしたら、追いすがって、

「もう悪いことはしません。一所懸命働きます。
だから捨てないでください」
と、泣いて頼んできたので…許してやった。


地獄の底から這い上がる稜線が見えてきた。

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まあこうしてラブラブ登山から帰ってきた。

その証拠のログを乗せておく。


特に、室内の池で、鬼嫁を捨て去りながら…再び戻って峠を越えた軌跡をご覧いただきたい。


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鬼嫁の三瓶山道中記(その1)

鬼嫁への罪滅ぼしに「三瓶山」に出かけた。

あらかじめtobinokoさんから、小豆原埋没林公園を教えていただたいていたので寄ってみた。

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なるほど…これがトレンチ坑で囲まれていた埋木か。

数千年前と、数十年前を思い出した。


 
 
 その後は、三瓶温泉へ…と思ったら、賑わいがあるのが「国立の さんべ荘」で、あとは廃墟に近かった。

そんな温泉の奥にある、ホントにひなびた旅館に泊まった。

源泉かけ流し…がうたい文句らしく、湯船からお湯がザーザー流れていた。

さて、天気は悪いが、孫三瓶へのルートに張り付く。

いきなり一時間、黙々と頑張る。

鬼嫁が、「もう…ええかげん、歩いたけど!」
と仰ったが、
「もうしばらくの我慢でございます」
と応えて、10分後に着いた。

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ここからが寒かった。

凍結はしていないが、風が強くて、ガスが次々とかかってくる。


孫三瓶から子三瓶を見ると、こんな様子だった。
 

 
 


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ここかから男三瓶を見ると雪化粧。

お姫様は、

「あ~れ、雪が積もってタモレ…」
と悲鳴に近い、感嘆の声尾をもらされた。

2012年11月22日 (木)

お姫様登山の実態

明日から鬼嫁とラブラブ登山である。

休日・連休に九州は行くと車が混むのでハナからパス。

必然的に東に向かう。


なんとか宿を確保できたのは…三瓶温泉。

「源泉かけ流しですから…」

「おいくらですか?」

…と聞きながら鬼嫁の顔を見ると、「OK」サインが出たので交渉成立。

我が家は貧乏なので、1万円以上の温泉宿には泊まれないのだ。


ボクはテントでもいいのだが、鬼嫁は、

「(1万円以下の)温泉に入って、展望がよくて、登りこたえのある…有名な山がいいわ」
と、のたまう。


ボクはその厳命を旨として必死に山と宿を探しながら、いちいちそれを鬼嫁のご下問を確認して、探す羽目になる。

鬼嫁どのは、そんなボクの苦渋を無視して、
「もっと安くて…いい山がないの!?」
と次々とリクエストしてくる。


そんな山があったら大変である。
人が混雑しているにきまっている。


西中国山地の深山がいちばんいい。

今回もそこに連れていってやりたかったのだが、母の介護や色々な地元の気苦労で大変だったので、
…いちおう罪滅ぼしのつもりで、温泉と山の旅をついつい選択してしまった。

これが、明日からの山の支度の様子。

左がボクのリュック。
ホントはもう10リットル大きいのがあるのだが、バカ息子がこれを置いて逃げた。
右はいつものボクのリュックだが、今回は鬼嫁様に背負ってもらう…いただく。

いかに両者の荷が違うかお分かりだろうか。

ボクのザックは、雨具・スパッツはもちろんだが、その他に火器、エマージェンシーキット、コッヘルなどなど。
鬼嫁様のは、雨具とスパッツだけ。


いちおう鬼嫁様は、これに防寒具等を入れられるので、どう考えても軽すぎる。

最近、ようやく自分の『お飲み物』だけは、ご自身のリュックに入れられるように成長あそばされたようだが、あとは使用人兼シェルパの荷である。

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こんなお姫様登山が、日本にあるんですかね?

でも、登山になったらシェルパが猛烈なお仕置きをするのです。

  
 

2012年11月21日 (水)

21世紀の森

萩に出張した。

帰りに21世紀の森経由で帰ってみたが、建物は取り壊され、とうとう駐車場も入れないようになっていた。

板堂峠の駐車場には一台の車もなかった。

一の坂グランドの駐車場からは少しは登っているだろうが、あまりにも寂しい状況だった。

時の移ろいは激しい。

今日は一人だったので、なおさらその思いが強かった。

自分が去年まで住んでいたアパートを過ぎて、いつもの散髪屋は客が一人いた。

行ってあげたいが、ボクはもう光市の小さい頃からの店に戻っている。

休みごとに登った「東ホウベン」が、いつも以上に懐かしかった。

でも いまのふるさとは はなれられない。

2012年11月20日 (火)

そういうことなのね~その2

パートⅡは、ジャンルでいうと「介護」から「人生論」である。


そもそもどうしてこんなことを書くに至ったかは、はちべえどのと昨日のこのブログのやりとりを読まれたら分かる。


それはまあどうでもいいのだが、はちべえどのの直近の指摘が…実はボクの最大の気がかりである。


ボクが山に行くのは、
①ヤブ山突撃隊
②単独
③鬼嫁とラブラブ登山
④その他
の4パターンしかない。


だからボクが山に行くときに女性がいるケースは、④しかないのだ。


だから、④のケースの場合は非常に気を使う。

でも、それは登山時に気を使うのではなくて、女性がいたことを鬼嫁に知られないようにするという意味である。
でもそれが先日バレてしまった。

…それをはちべえどのが、さきほど鋭く指摘した。


<ワタクシモ キズキマシタ カシコ>


ぴっけさんの場合は完全にヤブ山突撃隊なので、事後処理(証拠隠滅)の必要はない。

なにせ、ドロドロの衣服を見ただけで、嫁さんにしてみれば、

「これをどうやってやっつけようか?」

という方向に思考が飛んでいるから、

「まさか、こんなヤブ漕ぎに女はおるまい」

となる。


さて、12月1日の「夜×~周南」に鬼嫁がどう反応するか??

みもの…である。

スベテ オミトオシ デス

アナタ 9ジノ キシャ…いやデンシャ デ カエッテ キナサイ

モシ ノッテイナカッタラ アルイテ カエリナサイ    カシコ

2012年11月19日 (月)

そういうことなのね


昨日、土曜日に母の見舞いに行ったことを書いたが、どうやら母は、
・ここはどこか。
・ここでなにをしているのか。
をまるで分かっていないようだ。


更に、娘(ボクの妹)や鬼嫁、同室の方の証言から、どうやら娘と嫁は…家族を超えて姉妹のような存在になっちるフシがある。


事実、鬼嫁は、
「私の妹」
と紹介されたことがあるそうだ。


娘に至っては、
「あれは○○ちゃん」
と紹介されることもあるらしく、どうやら自分の娘ではなくて、いろいろ世話を焼いてくれる「○○ちゃん」になったらしい。


どうやら暴走大臣のように、この世には、
「息子と、あとの二人は使用人」
しかいないようだ。


使用人の話によると、
「典型的な昭和ひとけた女の考え方」
で、
「息子は大事な自分の子供、あとの女たちは使用人のようなもの」
…だそうだ。


二人は交代で洗濯物やおむつの補充をしているのだが、なんら感謝の言葉はなく、週に一回見舞いにやってくる息子とだけうれしそうに話をする。
…というのが実態らしい。


使用人の二人は達観の境地に達しているので、ボクは黙々と息子役に徹するしかない。

…いつまでも この 平和が 続きますように 

2012年11月18日 (日)

今年最後の草刈り

昨日は昼過ぎまで仕事。

よそ行きの顔をしてよそ行きのあいさつをした。


その足で母の見舞いに行った。

同室の人から、「○○さん、よかったわね。息子さんが来たよ」
と言われて嬉しそうな顔をした。

聞くところによると、母はボクが見舞うとよくしゃべるそうだ。

娘や嫁だと、すぐに横になるそうだ。

鬼嫁は、「何の用事かね?」と言われるそうだ。

妹も「すぐに寝てしまう」と憤慨していた。

今日は正月を迎えるために最後の草刈りをした。


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小祝島とヨット。


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今年はハゼノキの紅葉はダメだった。


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来週の三連休は、最終日に仕事が入った。

鬼嫁もそろそろどこかに行きたそうだ。

ボーナス前に点数を稼いでおこうかな。

2012年11月16日 (金)

イデオロギーを隠して野合する

ボクは政治のことは書かないようにしているが、衆議院解散をめぐる政治家の動きはおかしい。

集散離合が目下の関心事だが、イデオロギーを持ち合わせていないからそうなるだけだ。

イデオロギーというのは、人間として、そもそも、どうしても譲れない部分である。

それを簡単に捨ててよいのか?

自分の胸に手を当てて考えてみた。


…反省すべき点がいっぱいあった。

大同小異と言いながら、実は間逆のことをしている。

それを分かっていながら、それを質せない自分が情けない。

「それが大人だ!」

と、いうことは分かっているが、どうにもやるせないのだ。

とにかく、同じ穴のムジナだということが分かったので頭に来た。

やっぱり他人の悪口はやめよう。


2012年11月15日 (木)

これが我が家

ボクは 家を建て替えるときに 

「数奇屋」風の家を建てたいと思っていた。

ブログに載せたくなかったけど、料亭を造りました。

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…たぶん ウソです。

 
 
 
  
 
 

2012年11月14日 (水)

『身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ』を実践する

(書いたことがあるかもしれませんが)
我が職場では55歳以上になると、退職後の人生設計を準備するための助成制度がある。
それがとうとう来年から廃止される。


これは2年前から周知されていたことだ。

その告知にボクはすぐさま反応した。

まず、この金額はボクの毎月の小遣いよりもちょっぴり多い額である。
これを逃す手はない。
なんとか自分の手にしたいと考えた。

そして、ボクは昨年度末に申請した。

前から欲しかった山仕事や野良仕事をするための道具を購入したのである。


予め申請する前に担当部署に問い合わせたところ、

「う~ん、社会貢献活動のためにパソコンとか資格取得の受講料がほとんどなんですがねぇ、こんなものを買われるのは…初めてです」

「里山と田畑の環境整備をするんだから、問題ないと思うけど?」

「はい…まあ…ちょっと検討してみます」

…担当が自信なさそうだだった。

でも、ボクの申請書には
『○○地区における里山再生プロジェクト』
の企画が堂々と書いてあるのだ。


翌日、担当から電話があった。
「了解しました。受け付けます」
「ありがとさん!」

…実はこの申請には前科がある。

一昨年、ボクが実家に引っ越す際、すでに申請の資格を得ていた。
そこで、すばらしい発想が浮かんだのだ。


「引っ越し費用が対象になるかも? そうすれば…」
…ピンとひらめいたので、

経理主任に、
「ねぇ~助成金の担当者に聞いてみてくれない?」
と持ちかけたのだ。


この経理主任はボクの性格を見抜いているので、

「??…ヤブ山さん!よからぬことを考えているでしょう!?」

「!!! 何のこと?」

「引っ越し費用はまず無理でしょうね。だいいち!引っ越し費用は奥さんが払うんでしょ?」

「……気がついた?」

「ヤブ山さんなら考えそうなことです!」

「ダメかね?」

「原則的に退職後に必要な支度費用ですから…まず無理です。それに、ヤブ山さん!家のことは無視して、自分ひとりがいいことしようと思ってません?」

「なんなら…5%の協力金を出してもいいけど?」

「わたしを共犯者にでもするつもりですか!」

「とにかく聞いてみるだけ聞いてみてよ」

「まったくもう…」


この主任が、担当部局の知人にそっと聞いてみたところ、

「あくまで退職後の人生設計のためものですから、引っ越し費用はそれ以前のものですので対象外! それにしても、こんなことを聞いてきたのは『初めて!』…と言われました」

「ちゃんとプッシュしてくれたの?」

「恥ずかしかったから、ヤブ山さんから聞けと命令されたので…とチクッておきましたから…」

「バカタレ!ヤクに立たんヤツだな!」

…という事件があったのだ。

その後、ようやく今回の『里山再生プロジェクト』を申請することになったのだが、ボクの奥底に潜んでいた『ある企み』を密かに実行に移したのである。

しかし、この作戦には大きな問題があった。

申請するためには領収書が必要なのだ。

当然、ボクにはまとまったカネはないから、鬼嫁に頼みこんで買ってもらわなければならない。

そしてさらに、その領収書をどうにかして(さりげなく)手に入れなければならないのだ。

ボクは三日間考えた。

随分悩んだ。

そしてある日、ついに勝負に出た。

「どうしても欲しい道具があるんだけど。

今なら、退職前の人には、『費用の半分ぐらい助成金が出る』んだって…どうせこれから要るものだし…」


「(長い愚痴は省略)ホントにもう!そのお金はちゃんと頂戴よ!」


「はいはい…領収書がないともらえないからね」

…その後、ボクは欲しかった道具と○○を手にしたのでありました。


※補遺
この話を読んでニヤリとした人は…ボクと同じ人種だと思います。
そうでない人は…きっと善人です。
タイトルはそれを語っています。


2012年11月12日 (月)

アリとキリギリス

東京で一人暮らしの末娘に送る米を用意した。

少し寒くなった倉庫の米袋から、新米を一斗缶に移していると何だか寂しくなってきた。

強がりを言っているが、東京でそんなに安々と生活できるわけがない。


学生時代は保険料もいらないし、年金だって納入の延期もできる。

それが社会人になると、突然、大人の対応を迫られる。

それが痛いほど、分かっているはずだ。

「早く帰ってこい」
とは言わないし、本人も言わない。

「それでいい…その頑固さがおまえの取り柄だ」
と独り言を言う。


しかし、この米の1合1合をつぐ親の気持ちは辛かった。

自分の過去も辛かったが、それを自分の子供たちだけには味あわせたくない。

少しでも楽しく生きさせてやりたい。


…久しぶりに、親の気持ちを取り戻した。


まだ、頑張るのか?

2012年11月11日 (日)

もう一年生きる

息子夫婦が帰ってきた。

母を見舞いに行く。


母は再び、孫の結婚に驚いた。

息子の嫁さんに、大根、玉ねぎ、コイモ、柿を持たせる。


二人が帰った後の倉庫の写真。


ボクは来年も生きるつもりらしい。

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2012年11月10日 (土)

野良仕事

今日は久しぶりの休み。
カレンダー通りの休みである。


5時に起きて、妻の起床を待ったが、新聞を読み返すこと50分。

挨拶もせずに朝飯の支度をする。

案の定、目玉焼きだった。


「スクランブルエッグ!…に、せんかい!

 ばかたれ!

(しね! 早く 行ってしまえ! すぐにいかんかい!)」

…と、言いたかったが、新米のご飯の上に乗せて食べた。


新年を控えて、まずは田んぼの畦を刈った。


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途中、横に誰かが立っていた。

おばさんみたいだ。

動こうとしないので、振り返ったら、

「○○を信じていますか?」


『切るぞ おまえ!!!』
…とは言わなかったが、その厚かましさに頭に来た。


まあ、あといろいろあったのだが、昨日呑んだばかりだが、

今日も、自分のご褒美に、こたつに入って冷たい『ハイボール』を呑んだ。


ホントに 久しぶりの 休日。

一日中、畑仕事と草刈り。


やっぱり酒に限る。

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2012年11月 9日 (金)

ただいま

さきほど帰ってまいりましたが撃沈しました。

2012年11月 7日 (水)

トレッキングツアーの遭難事故で反省する

中国でトレッキングツアーの遭難事故が発生した。

企画会社は、広告でよく見る旅行会社で、数年前のトムラウシの遭難事故を起こしている。


マスコミの論調は、『ずさんな旅行会社の企画運営』である。

下見なしで、現地任せらしいので、主催者としてはまさに失格なのだろう。

この遭難事故で、次の二つのことを考えた。

<その1~自己責任>

ボクは有料のツアー登山に参加したことがない。
自分が都合のいい時に、登りたい山に行きたいからである。

でも、大人数の現地集合型・登山大会のようなものには参加したことがある。

この手の登山は、割と平易なものが多く、重大な遭難事故が発生するようなものではないと思うが、スズメバチに襲われたり、誰かがうっかり滑落したりしたら、誰がどんな責任をとることになるのだろうか。


今回のような有料登山ツアーになると、旅費以外にガイド代や添乗員代が加算されているだろうから、それを以って約款に、事故が起こった場合の対応が書いてあるのだろうか?


『ヤブ山突撃隊』には、何の規約もないし、CL,SLの定めもない。
Tさんを隊長、Iさんをクマ対策特殊部隊長、ボクは観戦記者としているだけだ。


暗黙の不文律は、『自己責任』である。

だから、Y代表やぼっち特攻隊長は別として、ぴっけ隊員に声をかけるときは、現地の状況を想像しながら判断しているのだが、今回の遭難や前回のトラブルを考えると、あまり安易に計画してはいけないのかな?と自省している。


有料のツアーに申し込んだからには、全て旅行会社の責任になるのだろうか。

こうなると、登山か旅行か…よく分からない。


はっきり、「登山」 「旅行」 と区別できないのか?

きっと、第3のビールとか、第4?世代のような、言い逃れのハザマが現れるに違いない。

…そんなものはどうでもいいから、無理はしないようにしようっと!


<その2~密かな先鋭化>

これは、『ヤブ山突撃隊』の初期において、T隊長と話したことがある。

「登山を始めると、次第に先鋭化していく傾向が強いからなぁ…」

「まあ…ヤブ山突撃隊は安全がモットー!でいきましょう」

ということだったのだが、最近は、ちょっと悪魔の誘惑に引きずり込まれているような気がする。


さすがに、ザイルやハーケンを使っての本格的なスタイルには移行していないが、歩き方が変化してきているようだ。


一番初めに登ったのが、『水の尾山』だった。
ササヤブはかなりのものだったが、基本的に登山道はあるし、クマが怖かっただけである。


その後、ヤブ山のピークハンターは返上して、西中国山地の沢や尾根を勝手に歩き回る、いわゆるバリエーションルートをめざす『バリ屋』になってきた。


今回の事故は、
「本格的なトレッキングではないが、一般の人が訪れることのない未開のルート」
のような所で起きたのだろう。


8千メートル級の山に向かっていくのは、明確な『先鋭化』であるが、今回の事故のようなケースは、『密かな先鋭化』による油断だと思い知らされた。


「まあ…いずれにしても、気を引き締めていかないといけないなぁ…」
と、もう2週間は山に行けないおじさんは、ちょっぴり反省したのでありました。

おしまい。

2012年11月 5日 (月)

心機一転

ここ数日、精神的に参っていた。

ジゲのことや仕事が重なって、どうも余裕がなかった。


ボクの取り柄は、『ひょうひょう…としている』だけなのだが、これを忘れていた。
いや、それすら思い出す余裕がなかった。


昨夜のパソコンへの怒りは、結果的には、ボクの用紙の入れ方が反対なだけだった。


頭に来ていたのは、母の写真の印刷をしたら、

それが、幽霊のように…ぼやけていたからだ。


「こんな 縁起でもない 写真になって!」

と、頭に来て放りだしてしまった。


それが、ボクの印紙の入れ方が反対だと分かった途端、脱力感に襲われた。

これが加齢のなせる業だろう。

明日から、真面目に書きます。

2012年11月 4日 (日)

秋の大祭

昨日は、地元の秋の大祭。


昼前の儀式に備えて、9時過ぎから準備開始。

全員が揃ったところで、
「まずはお清めだ」
と、お神酒をいただく。


祭壇に色々なお供えをし、受付・くじ引き・餅まきの準備にかかる。


次第に人が集まり始めて、恒例のモチまき開始だ。


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今年は少し人数が少なかった。

夕方からの直会では、その対策や進行のやり方について意見交換した。

こっそり世話人会の会長に、先日の長老からの次期会長の件を話すと、

「すまんねぇ。

事情があって今季限りで交替させていただきたいと申し出たら、

N翁が、『よし、ヤブ山にやらそう』と言われたので、

一同が納得したらしい。

『説得はわしがやっておくから』
と、いう顛末であった。

正式には、来年4月の総会で決まるのだが、なんだか気が重い。

直会の帰り道、近所の養子さんと話した。


彼は、今年退職して自由の身になったが、早速、自治会の世話をさせられるそうだ。


ボクとしては、まずは彼に会長をやってもらって、自分が退職後に後継をと考えていたのだが、いきなり二つの会長を引き受けるわけにいかず、彼とボクの二人で分担することにしたらしい。

2012年11月 2日 (金)

母の見舞い

朝、8時前から裏山の金毘羅さんに上がる。

平日なので、リタイア組と一緒だ。

「おまえ…金曜日なのに休んだのか?」

「日曜日にまた仕事なので、代休を取りました」

「そうか…そうか」

…明日の秋の礼祭の準備。

その後、玉ねぎの苗を植えて、母の「身障者手帳」の写真を撮りに行った。


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家の周りは『ツワブキ』の全盛だ。


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明日は、『金毘羅社』の秋の大祭。


はちべえどのには、来ていただけないようですが、

たくさんの皆様に来ていただけることを期待しています。

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