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2012年12月

2012年12月31日 (月)

今年の締めくくり

朝、9時から部落の社の準備。
ボクにしてみれば、それまで何をするか微妙な時間だ。
8時前から畑の様子を見たり、裏山を眺めて次はどの木を切ろうかと思案する。
でも時間が経たない。

30分前には社に上がった。
誰も来ていない。

そのうち、ちらほらと人が増えてきた。
本来は昨日準備するはずだったが、生憎の雨で今日に順延になった。

御燈明の電線を表と裏に這わせながら、
「ああじゃ、こうじゃ」と世話人がやる。

ボクは一番年下なので、あっちを手伝い、こっちを手伝いして…かなりくたびれた。
それも1時間で終了。


ナンバー3の長老が寄進した「しめ縄飾り」の手ほどきを受ける。
なるほど…一番初めの稲穂の薄皮剥ぎがポイントだった。
ボクのように、気が焦る若輩者には気が遠くなるほど丁寧な下作業だった。
あれほどしないと、きれいな「しめ飾り」はできないのだ。
…反省、反省…手を抜くな!!!!…反省しました。


昼前、母を見舞いに行く。
息子夫婦の写真と、家の周り・家の中の正月支度の写真を見せるつもりだったが、人工透析に出かけた直後だったのでUターン。


午後からに時間つぶしに弱った。
仕方がないので、年末に乾杯しながら映画を見ていると、結構おもしろい作品があった。
ずるずる呑みながら時間が過ぎた。


さて夕方になった。
今宵は、ボクシングのタイトルマッチと、BSのイノキボンバイエがあるのだ。
固唾を呑んで、第1戦を見たが凡戦。
イノキに変えたが、これは超凡戦。

井岡の試合はまともだった。
再びBSに変えて、藤田と小川のイノキボンバイエのメインイベントに期待を寄せたら、これが…超超…ひどい試合で…リングサイドを買わなくて良かった。


今年の反省。
手を抜かぬこと。
手間を惜しまぬこと。
名声を欲しがらぬこと。
自分を過大評価しないこと。
鬼嫁の仰せのとおりにすること。

それでは…みなさま、よいお年をお迎えください。

2012年12月30日 (日)

しめ縄飾り(2年目:その②)

まず稲わらの薄皮をはぐ。
千刃こぎがあれば、稲穂先を持って引き抜けばきれいにとれるのだが、今では手作業。


P10003841


 
 
 

これをていねいにやらないと、あとで「ヒゲとり」作業が大変になる。
左が作業後。


P10003852


 


わらを水でぬらして軽く叩いて柔らかくする。
根元の方は撚らないし、ぱりっとした方が見栄えがいいので、叩かない。


 
 
P10003863


 
 
 

材料は揃った。
全部、自前である。
ウラジロ、ユズリハ、ダイダイ。

P1000387_2

わらをなう。
わら縄とは反対にねじる。
わらを左の掌に置いて、右手を向こう側から手前に引いてよじる。
つまり左から右にねじる。


P10003905


去年は作らなかったが、今年はこんな竹串を作った。


P10003936

 
 
こうするためだ。
ダイダイに突き刺して、それをしめ飾りに差し込む。
だから、下側は抜けないように受けを残した。

 
 
P10003947

ここまでできた。
あとは、ウラジロ、ユズリハ、コブを結わえる。

それに扇と御幣をつければ完成だ。
ついでにもう少し手を加えた。
完成写真はあとで。

 
P10003958


 
 
 
 
普通の輪飾りを二つ作った。
これは仏壇と倉庫に飾るもの。
それと「ごぼう締め」も作ってみた。
これにもあとで御幣をつける。 
 
P10003998

  
 
 
完成した新作を玄関に飾ってみた。
やっぱり水引が貧相だし、一目で素人の手作りだとバレテしまいそうだ。
やっぱり来年は市販品を買おうかなぁ…。


 
003

玄関全体はこんな感じだ。
鬼嫁が家の裏から「かめ」を見つけて、何やら活けていた。


006


ついでに家の中の様子。
玄関を入ったところ。


 
005


 
 
 

床の間の掛け軸も正月バージョンにした。
ここにも鬼嫁が何やら活けていた。


004


 
 
 

荒神様に「ごぼう締め」を飾った。
今回初めて作ってみたが、もうちょっと太くないと貫禄が出ない。
御幣は鬼嫁に作らせた。


001


2年目になったが、なかなかうまくならない。
玄関飾りはもっと洗練されないとダメだ。
まだ「ない方」が武骨すぎる。

やっぱり、びじんばさんの立派な水引があったらなぁ…。


2012年12月28日 (金)

騙されました

さっき家に帰ってびっくりした。

ネットでみる大きさは、P1000381_2


この10倍以上大きいはずだった。


どれだけの大きさは、これを見ていただければお分かりになるだろう。


それにしても…P1000382


それにしても これでは いけません!

いくらなんでも これほど 小さいとは思いもよらなかった。

びじんばの 書き込みが それとなく分かりました。


すみませんでした。

2012年12月27日 (木)

しめ縄飾り(2年目:その①)

昨年のしめ縄飾りは、丸い輪を重ねた『輪飾り』しか作れなかった。

表に飾るにしては貧相なので、玄関飾りだけは鬼嫁に買わせた。
でも、来年は自前でやろうと心に決めていたので、今年は、予め鬼嫁に折り紙を買わせて、「扇」を作ってくれと頼んでおいた。

しめ縄のてっぺんに差してあるヤツだ。

「紅白の二色で、周囲の縁は金色だな。
 たぶん、短冊に折って、それを半分にたたんでくっつければ…扇形に拡がるはずだ…ボクは不器用だからお前が作ってみてくれ」
と念を押しておいた。


昨夜は忘年会で、いつものように駅まで迎えに来てもらったのだが、家に帰ってみると、こたつの上に「扇」が置いてあった。

まだ試作段階なので、写真ではお見せできないが、まあまあの出来だったので、細かい修正を申し渡しておいた。


ところが!
さっき帰ってみると、こたつの上に…袋に入った「扇」があった。


「あれ! 水引と扇を間違えて注文したっけ?!」

「う~ん、今日、買い物に言ったら…あったのよ」
と平然として言う。


「100円?」
「いいえ!150円」

「ばか! 買ったのか!?」
「だって、見つけたもん!」

「150円も出して…バカか!お前は!」
「これが いるんだったんでしょ!」


…心のつぶやき…
「おまえに作ってほしかった」
「せっかく見つけてきたのに この くそじじいが!」


…夫婦の心の実会話。

「昨夜、作っていたのに」
「だって…自信がなかったし、『ああ!これだ!』と見つけて買ってきたのよ」
「そうか…お前には…苦労ばかりかけて済まぬのう」
「いいえ…あなた…そんなつもりではありませんわ…」
「ホントに お前は いとしい ヤツじゃのう…」
「いいえ…あなたがおられるから こうして わたくしも 生きていけるのです」
…かしこ


…そんなことはゼッタイにない!


「ご幣」をさげるかどうかは決めていないが、こんな感じのものを作ってみたいと思っている。
…販売価格は1200円か。

扇だけも売っている。
立派なものでも50円ぐらいだ。
ところが、鬼嫁は、「150円」も消費しているのだ。


でも、一昨日、「のし」のような飾りはさすがに作れないので、180円のものをネットで注文した。
なんと送料が160円である。

びじんばさんのブログを見ると、水引の注文が殺到しているようなので、来年は、少し早めに、
「300円以内でできますか?」…(40円は値切るつもり)
と聞いてみよう。(はちべえどの経由で)


でも…、ボクが(はちべえどのが一緒に)、いくら頼んでも、
過去の数多くの男たちのように…

「ゴメンサイ!」
で、あっさりと断われられるような気がする。


値切ったことよりも、それ以前に、
「あ~ら…(あなたたちなの…だったら)、もう…ダメだめよ…」
と言われるにきまっている。

そこで、気を取り直して、我が家の原価計算をした。

今回は、色紙180円、のし340円、バカ嫁が買ってきた扇が150円だから、原価は670円。
あとのしめ縄、ウラジロ、ユズリハ、ダイダイは田んぼと山から調達できる。
おっとコブは買わないといけない。一切れは10円ぐらいかなぁ?
しめて680円だ。
680円に諸経費を50%のせれば…売値は「1,020円!」


これをスーパーに出せば…1200円あたりか?
なるほど…なるほど。


あとは、荒神様用に、「ごぼう締め」を作る予定。
昔、亡父が昔つくっていた。
母屋と離れの荒神様に飾ろう。


小さい時に父の手伝いをさせられているから、ネットで検索すれば、おおよその見当はつく。
しかし、この体験がなかったら大変だろう。

Tobinokoさんもブログで書いておられたが、昔の風習を復活させようとしても、実際に経験していなかったら、我流に過ぎなくなる。
一度絶えてしまうと復活することは難しい。


息子に見せておきたいのだが、どうやら嫁さんがツワリのようなので、年末に帰ってくるのは難しそうだと悲観していたが、29日の夜には帰ってくるようだ。


30日は、金毘羅様に連れて行って支度を手伝わせよう。
その後、初めて教えてやろう。

すでに歳をとりすぎているが、今やっておかないと、あとがないのだ。

…よって、「部落の行事、昔の習慣・風俗」のジャンルをつくりました。

by hachibee

2012年12月25日 (火)

肩痛

休みの間の強制労働で、肩こりがひどい。

今日はクリスマスのようだが、昨夜のイブで、ワインを全部やっつけてしまったらしく、今宵は日本酒の熱燗といつもの焼酎しかなかった。

幸いにもナマコが食卓に出ていたので、日本の風土に合ったイブを迎えることができた。

肩がゴキゴキ音がする。
いつもの後頭部がひどい。


直径2センチぐらいのジャガイモの赤ちゃんの揚げ物が出てきた。

「こんなに ちっちゃいのを 掘り出してから…」
と愚痴を言われるが、


「きちんと食べてあげるのが、百姓の礼儀なのですよ」
と言ったら、

「あんたは 口だけ!
嫌いなものは 手をつけようともしない癖に!」
と、はっきり言われました。


…年賀状はあと4枚。

2012年12月24日 (月)

寒日(二日目)

今日は光市でも雪が舞った。

朝から鼻水を垂らして、イチゴの苗を植えようと思ったが、

「??」…珍しく土が凍っていた。
霜柱どころではなく、地面がカチンカチンに凍っていた。


溶けるのは昼過ぎだろうから、山に入った。
先日以来の強風で、枯れ枝が散乱してすごい有様だった。

「ユズリハ」と「ウラジロ」が無事なことを確認して、山道の通行を確保する。


そのうち昼になったので、6ポットのイチゴを植えた。
とはいえ、先々週から石灰を撒いて、堆肥も入れている。

孫たちが喜ぶ姿を頭に描きながら、
「おいおい…オレはじいさん仕事か…」
と自問自答する。


鬼嫁と「うどん定食」を食べていると、
「あのね、庭の中で…どうしても、いけないものがあるの」
と言いだした。

蘭の仲間で、猛烈にはびこっている群生が数か所ある。

それをいきなり、
「二株だけ残して…全部、掘り起こしておいてね!」


ボクは辛かった。

鼻水は「たらたら」を通り越して…青鼻になりそうだった。
根を掘り上げ、何度も泥を落とた。


まるで昨日の作業の続きだ。
それを見て、鬼嫁は、
「いまだ!」
と思ったのだろう。


母が入院してから、庭を少しずつカスタマイズしている。
裏山も 畑も そうだ。


来週、母にこの写真を見せてみよう。

2012年12月23日 (日)

寒日

寒い朝。

昨日、開墾畑に埋まっていたカーペットの処分をしなければならない。

鬼嫁が、市の「ゴミの分別ハンドブック」をめくりながら、冷たくこう言った。

「え~と、カーペットは1mの大きさに切って、ヒモで縛って出すこと。
来週の火曜日が出せる日だから、この休みの間にやっといてよ」

カーペットは泥んこで、草や低木の根が入り込んですごいことになっている。
鎌を研いで、角材を持って畑に行った。

寒風が吹きすさぶ中、泥んこのカーペットと格闘した。
泥だらけなので、すぐに切れ味が落ちる。

何度も研がないと、厚いカーペットは容易には切れない。
適当に切っては、角材でカーペットを叩いて泥を落とす。

格闘すること2時間。
ようやく4つの束ができあがった。

鼻水は垂れるし、泥をはたくときに周囲に飛び散るので、ボクも泥だらけになった。


10時から全国高校駅伝を見る。

男女とも1区の調子が悪く、その後、かなり追い上げたが目標には届かなかった。
特に、男子は入賞の期待がかかっていたのだが、懸命のばん回もあと数歩及ばなかった。

どうも最近の西京高校は、1区が鬼門になっている。


その後、母の見舞いに行った。
テレビをつけて爆睡中。
つついて起こす。
10分も話をしていたら、看護師さんがやってきて、便秘の処置をするという。

「じゃあ、また明日ね」
と別れを告げた。


帰路、園芸センターに寄って、イチゴの苗を6本購入した。
5月には法事をするので、孫たちも帰ってくる。
間に合わないかもしれないが、これがいちごだと教えてやりたいのだ。
明日、植えるつもりだ。


さて、開墾畑をいつから掘り返すか。
結局、手作業でやることにした。

明日も寒いので、体を動かすにはいいかもしれないが、まだ草が残っているので、もう少し先延ばししようっと。


2012年12月22日 (土)

迷える一日

朝7時からボクシングをみる。
昨夜は呑みだったが、5時過ぎには目が覚める。
やっぱりドネアは強い。

9時すぎから畑の開墾予定地に行って草を集める。

これを手で掘り返すのかと、自問自答するが気が萎えてくる。

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昭和の残骸がまた出てきた。
化繊のカーペットだ。

誰の仕業だろうか?
亡父かな、母かな?
草を刈るときに気づいていはいたが、やっぱり放置されたままだった。

厚ガマを打ち込んでひっくり返した。
しばらく晒して不燃物に出すしかない。


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天気が悪いので草が焼けない。
「ちちんぼ」の木の周りをきれいにした。
我が家の巨木ファイルに載せている。


 
 
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これで家の周りはすんだ。
正月は越せる。

あのツツジの向こう側が開墾した畑だ。


どう考えても、道も機械もダメだから、スコップと鍬でやる羽目になる。


 
 
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4時過ぎにはヘロヘロになった。
ハイボールを呑みながら反省する。

だからもう楽しい。
一時間経つと、一日が終わる。


 
 

2012年12月20日 (木)

いろいろな想い

この三連休で、いよいよ正月のしめ飾りの「2015バージョン」をこしらえなければならない。

倉庫で、今秋とっておいた、稲わらを調べてみた。


「ほほう…もみがついているヤツが残っておるか…」

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そこで考えた。


ここがボクが目下悩んでいるところだ。

これを どうやって 畑に戻すか…金と鬼嫁とみなさんの声援に悩んでいるのだ。

この不陸をどうやって、人力で、しかも無賃で正せるか?


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これは余分な写真。

このケーブルは、200ボルトの乾燥機と精米機用。
これを母屋の電源まで引っ張って行く。

その無駄遣いは…いつか書く。


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最後に、
もう一度、毎晩呑んだくれを迎えてくれる玄関。


ボクはここに帰るたびに、「やれやれ」と記憶が飛ぶ。
今宵も飛んだかもしれない。

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おやすみなさい。

 
  

2012年12月19日 (水)

ヤブ山家の系図

関東に住んでいる『又従姉妹(はとこ)』のNちゃんから、お歳暮代わりに送ったお米のお礼の電話があった。

ボクよりも3~4つ上の一人っ子である。
伯母は、昔から何かとヤブ山家の世話をしていただいていた。
特に、亡父が小さい頃、ヤブ山家で色々なもめ事があったらしく、ヤブ山家の存続をめぐって大変世話になったそうだ。

我が家の法事の際には、いつも話題を提供して場を和ましてもらったし、亡父の葬儀の時も、てきぱきと仕切っていただいた。

だからボクが就職で帰ってきたときには、
「そうかね…よう帰ってきたね。お兄ちゃんの代わりに頑張るんよ!」
と、気合を入れてもらった。

父が亡くなった時には、
「これからは、ヤブ山ちゃんがしっかりお母さんをみるのよ」
とハッパをかけられた。


しかし、伯母夫婦も、その数年後には、身の回りの世話もままならなくなって、旦那の転勤で関東に住んでいたNちゃんのもとに引き取られた。

それから暫くは、母との電話のやりとりは行われていたようだが、昨年、母が認知症を発症した頃から音信が途絶えていた。

それでも毎年、お中元やお歳暮が送られていた。
今年の夏、母が再入院したので、ボクがお中元のお返しとともに、母の近況を記した手紙を入れておいたら、Nちゃんから突然電話がかかってきた。

話を聞いてみると、
伯母さんは家で転んで骨折して、寝たきりになったので施設に入所していること。電話をかけられる状態ではないこと。
…などなどであった。


そして昨晩のお歳暮の電話となった。
母は週3回人工透析を受けていること、認知症は確実に進行していること、これから先も入院生活が続くこと。
…などを話した。


伯母さんもかなり弱っているようだが、それでもヤブ山家のことを心配しているようなので、Nちゃんが、
「今年も○ちゃんが作ったお米が届いたわよ」
と耳元で話したら、

「そうかね…○ちゃんが…まだ米を…作りよるんかね」
とつぶやいたそうだ。


その話を聞いた途端、ボクは言葉につまった。

「…お互い、親を長生きさせましょうね」
と言うのが精一杯だった。


実は、昨年、母の認知症がまだ初期段階だった頃、ヤブ山家の系図を書かせている。

母は数日間、考え込んでいたが、
「このくらいしか思い出せない」
と言いながら1枚の便箋を差し出した。


我が家は、ボクからみて、曾祖父と祖父のあたりがごちゃごちゃしているので、Nちゃんの伯母さんとの関係や、時々、墓参りに来られる親戚との関係を知っておきたかったのだ。

恐らく、これを知っているのは、今では…母とこの伯母の二人だけだろう。


二人の記憶は次第に薄れていくのだろうが、ヤブ山家の系図は、ボクがいま大事に保管している。

2012年12月18日 (火)

小作人の悲哀(つづき)

昨日のブログの続きである。

鬼嫁に懇願することはあきらめて、じっと考えた。

ミニ耕耘機が買ってもらえないとなると、スコップとクワでの人力作業になる。

ざっと見積もって、7㍍×10㍍のエリアを耕すことになる。
土は元畑なので土は堅くはない。
それでも土は塊になるだろうから、初めはスコップで掘り返して、その上に石灰と鶏糞をまいて、次にクワで塊を砕きながら土と混ぜれば何とかなるかもしれない。

しかし、70㎡=21坪である。
つまり畳42枚分をスコップとクワでそれぞれ1回ずつ耕す計算になる。
畳1枚分頑張ったら休まないと続かない。
1枚耕すのに3分。
その都度1分の小休止。
5枚ごとに5分の中休止。
10枚ごとに20分の大休止。
…計算上は、1回あたり5時間程度で済む。
10時間だから、頑張れば2日でできるのか…。


この3連休で頑張るかなぁ…。

でも、その前に日差しを遮りそうな杉の枝を打っておかないといけないしなぁ。
23日は高校駅伝を見ないといけないしなぁ。
夜に年賀状を書く元気が残っているかなぁ。
しめ飾りの準備もしないとなぁ。


金さえあればこのくらいのものが欲しいんだけどなぁ…。

やっぱり、ボクの小遣いじゃあ、このくらいかなぁ…。

でも、すぐに壊れそうだしなぁ…。

困ったなぁ…。


2012年12月17日 (月)

小作人の悲哀

日曜日の午前中、元畑だった所の草を刈った。

かれこれ3年越しで、ヤブから元に戻そうとした所である。
ササを切りヤブを刈っては、翌夏には猛烈に生えてくる草木を切り続けた。

今年ぐらいから、ようやく草刈り機で手入れができるようになってきた。


来春からトウモロコシやイチゴ、エダマメなどを植えてみようと思っている。

しかし、不陸が激しい。
…tobinokoさんならお分かりだろうが、平らではないのだ。


土をかなり動かさないと、畑にはならない。


そこで、家庭用の簡易耕運機を探してみた。

そこそこ馬力のあるものは10万円はする。


ここにトラクターが入ればどうにでもなるのだが、どうやっても無理である。


そこで鬼嫁にジャブを打ってみた。

「小さいヤツがあるから、あったらいいな…」
とつぶやいたが、完全無視だった。


「トウモロコシを送ったら、きっと○ちゃんは喜ぶと思うよ」

鬼嫁は毅然とした態度で言った。

「やるなら、あなたのお金でやりなさいよ。
わたしは しりませんよ。
だいいちね! ○ちゃんは来年小学校だから…ランドセルやいろいろ支度もいるし、
○男のところは おめでたみたいよ!
やるなら あなただけでね!」
と強烈なカウンターが返ってきた。


ボクは先日のパッキャオのように前のめりに倒れ込んでしまった。
ぐうの音も出ない。

鬼嫁は勝ち誇ったように、ボクの方を見ないまま、こう告げた。

「やるなら…お金をかけないでやりなさいね。
ホイホイ呑みに行ったら…お金がたまるわけがないでしょ。
少しは家のことを考えたら?」

こんなはずではなかった。
ボクのことが好きで好きでたまらなかったはずだ。

それが なんだ 今日の態度は!?

「結婚してくれなかったら わたしは しぬ!」
とボクを脅した張本人だ。

裁判所にだって訴えたい。


でももう、うたた寝を始めた。

今宵もボクをやっつけて幸せそうだ。


ボクも、もう眠くなってきた。
よろけたフリをして踏みつけてやるか。
おやすみなさい。



2012年12月15日 (土)

収穫

午前中は山口で仕事。


昼に帰ってきて、萎れてきたジャガイモの収穫だ。


一畝半ほど精を出した。

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自分で作りはじめて二度目の収穫である。

前回は、粒が小さかったので、今回は、肥料に気をつけては何度も土寄せをした。


今回はなかなか立派に育ってくれた。

でも鬼嫁に言わせると、

「ちょっと大きすぎるかも」
らしい。


夕方からは、防府でイベントのあいさつとレセプション。

興味深い話を聞くことができた。


…でも、一日中動いたので疲れました。

2012年12月14日 (金)

なにこれ?

今宵は、鬼嫁立ちもなく静かに晩酌を始めるつもりだったが、
こたつに座るなり、鬼嫁から、
「これ見てよ!」
といきなり、選挙候補者からのハガキを見せられた。


「なに? これ?」
と呆気にとられた。


確かに、今回の総選挙に立候補している陣営からのハガキだった。

我が家の住所も正しい。

宛名も正しかった。


…でも24年前ならばである。

なんと、そのハガキには、24年前に亡くなった父の名がしっかりと記されていたのである。
しかも父の名だけ書いてある。


他の候補者からのハガキは、父を除いた現在の家族の氏名が書かれているのだが、
このハガキは、24年前に亡くなった父の名前しか書かかれていないのだ。


「まいったな、これは…ひどいな…」
と言いながら、鬼嫁に渡すと、更に驚くことになった。


鬼嫁が、今にも吹き出しそうに口を押さえながら、
もう一枚のハガキを差し出したのである。


…さて、なんでしょうか?

それを手に取ったボクは、思わずひっくり返ってしまった。

そのハガキは、さっきと同じ候補者からのハガキだった。

再び、その宛名がモーレツだった。


 ヤブ山 鬼嫁 様
 ヤブ山 △男 様

普通なら、妻と夫の順番が反対か…で済む。

でも、同じヤブ山姓だけど、△男さんは、近所の別の家のおじいさんである。
どうして、我が家と同じ住所で、しかも我が家の鬼嫁と連名で書いてあるのだろうか?


鬼嫁もついに逃げ出したか?


郵便局がたまに配達間違いすることはあるが、一枚のハガキに、ボクの女房と、近所の同姓のおじいさん(亡父と同じ年代)の名前が一緒に書いてあるのを初めて見た。


24年前に死んだ親父の名をかたり、

あげくには、人の女房と他所の爺さんを一緒にさせて、

…この候補者は、選挙終盤のこの最高に忙しい時に、一介のボクに史上最大の決戦をしかけてきたのだろうか?


…いくらなんでも、こんな話があるだろうか。日本沈没まちがいなし。

こんな 完璧な 大チョンボは はじめて みた。

2012年12月13日 (木)

パンドラの箱~序章

今の日本には、誰でも、困っている人には手を差し伸べる文化がある。
しかも、それを多くの人が共有している。
これが『成熟した社会・国家』である。

しっかりとした教養を身につけ、落ち着いた秩序ある社会が広がっている。


ところが、最近どうもおかしい。
国民みんなで落ちるところまで落ちていく…風潮になってきた。

たぶんゼウスが仕込んだ『パンドラの箱』の仕業である。
人間が秩序をわきまえて平和になってくると、それを壊す『災い』が動きだすのだ。


これほど、科学が発達し、人類が道徳・理性・感性を際立たせているのに、肝心なところで、もっとも重要な進路を惑わすようなバイアスが仕込まれている。


しかし、これでは先頭を歩く者にはたまったものではない。
理性ある人が歩かされる立場の人であれば、そのことを反芻しながら歩くが、
単に歩きたい人であれば、その人は「それ」を誤解して…ガンガン歩くだろう。
そして、それが『カオス』となる。
まさにゼウスの思うつぼである。


そのうち、『パンドラの箱』のことを書きたいと思っている。

希望が最後に出ていったのか?
希望の反対分子だけが残されたのか?
…酒を飲まずに書きたい。


さっき、頭に浮かんだことがあったのだが、パソコンの前に座ったら忘れてしまった。
…たぶん、ボクの書きたかった最終章だ。

早く仕上げたいのだが、書けない。
でもみなさんが期待するような最終章ではない。
暗くておぞましいものだ。


2012年12月12日 (水)

占い

毎日、昼になると運勢占いをしている。

鬼嫁弁当は、おかずの入った弁当箱の上に、アルミホイールに包まれたおにぎりが2個添えてある。

中身は、「梅干し」か「その他」である。
「その他」の中身は、「おかか」か「塩コンブ」のいずれかに決まっている。

外観からは何が入っているか分からないように巧妙にこしらえてある。
その理由はよく分からない。

ボクは、「おかか」が一番好きで、その次が「塩コンブ」。
「梅干し」は食べたくないが、鬼嫁は、
「梅干しは整腸作用があるので、一つは必ず入れます!」
と、頑として譲らない。


そのうち、初めにどっちを食べるかで、運勢占いをするようになった。
たぶんこの10年ぐらい前からだと思う。


一番初めに食べたのが「梅干し」だったら…最悪の日。

「おかか」が初めだったら…その日は最良の日。

「塩コンブ」だったら…まあまあの日。

と決めている。


さて今日は?


…「梅干し」であった。
どうりで、朝から仕事でバタバタしたはずだ。

でも家に帰ったら、
今宵のつき出しは、「なまこ」であった。
しかも「赤なまこ」である。


やっぱり鬼嫁は偉い!
思わず手を握ってやろうかと思ったが、すぐにやめた。


たぶんこれでごまかそうとしているに違いない。

ボクに、この時期に「なまこ」さえ出しておけば機嫌がよくなって、ぐびぐび呑んで、いくら小遣いをもらったかすぐに忘れることを計算に入れているに違いないのだ。


この密かな占いはしゃべってはいないが、どうも裏で操作されているような気がする。


ボクは あらゆる面において 監視下に置かれているのだろう。

昨日はボーナス交渉でひどい目にあったが、どっちだったっけ?

…忘れた。たぶん「梅干し」だったに違いない。

2012年12月11日 (火)

まな板のヤブ山

昨夜は、ヒヨドリの弔い事件で、ボーナス交渉ができなかった。
ようやく、先ほど開始したが、取り合ってもらえなかった。


ケンもほろろ…である。

ボクの希望額を伝えたところ、
「あのね!分かっているの!?
 ○生のところは…来年、赤ちゃんができるでしょ!?
 ○ちゃんは…来春、小学生になるのよ!?
 お祝いごとが たくさんあるのよ!?
 あなたは それが わからないの!?」

と、『立て板に水』であった。


しまった!

この交渉は、昨夜のヒヨドリの埋葬事件の時に、さっさと片付けておけばよかった。

さすがに、あのときなら鬼嫁にも涙があったかもしれない。

それが一晩経つと、この有様である。

全世界の悪事と浪費は、全部ボクがしているみたいだ。

昨夜のボクの苦労には何の感謝の言葉もなかった。

 
 
さっき、ボクは泣く泣く…ある金額で妥協した。

ボクが欲しかったもの、畑仕事や山仕事に必要なもの…コミコミで妥協させされたのだ。


…これで、もうボクは、来年の周南山の会の忘年会に出席できる資金はなくなった。

いま気がついたが、鬼嫁は、晩酌の焼酎を飲みすぎて、こたつで爆睡中。
 
 
心優しい亭主を完璧にやっつけたので安心したのだろう。


鬼嫁の 心は いつも 鬼のまま


鬼嫁は 一晩寝ても 鬼のまま


ヤブ山は 今日も静かに 星を見る

(おしまい)

2012年12月10日 (月)

なんでこうなるの?

いちばん日が短いこの時期の、朝夕は暗い。

家の前まで車を上げるので、ボクが帰ってきたことは分かるはずだ。


何もなければ、鬼嫁は玄関まで迎えに出てくることはない。


今日はボーナスの日だ。

少しはいたわりの…ねぎらいでもいいから…三つ指ついて、
「おかえりなさい」
と殊勝に迎えるかと思っていた。


…ところが、腕組みをしたまま出てきた。

いつもの「鬼嫁立ち」である。


「三顧の礼で迎えるべきこの日に、この態度は何か!」
ときっぱり言ってやろうかと思ったが、

「あれかな?」
と逡巡してしまった。


鬼嫁がのたもうた。


「あのね! また来たのよ!」

「??…イノシシか?」

「ちがう!縁側の前にあるのよ!」

「なに?」

「鳥が死んでるの!」

「また窓に当った?」

「朝気がついたけど…ずっと動かないの」

…万事がこうである。

びっけ家であれば、嫁が鄭重に葬ってあげるはずである。

我が家は、いきなり命令される。

ボクは玄関に上がれないまま、倉庫に行って長靴をはき、スコップと懐中電灯を手にした。


暗がりの中で、山の隅に埋葬した。

…再び、我が家の玄関に入る。


もう鬼嫁はいない。


まあ…食事の支度をしていたから小言は言わなかったが、

…………………………………


※以下、その後の実話?である。


「今日はボーナス日だぞ!」

と、叫ぶなり鬼嫁を足蹴にした。


「あれぇ~、許して た も れ」


「バカたれが! 出ていけ!」


「…じっ、実家に帰らせていただきます」


「二度と帰ってくるな! バカたれが!」


(ここで鬼嫁が泣く)


「やかましい! 泣くんなら外で泣け!」


「おねがい ゆるして!」


「いつまで そこで泣いちょるんじゃ! ばかたれ!」


「おねがい! もう二度と悪いことはしませんから…」


「外で 寝ちょけ!」


…こうして、鬼嫁はとうとう外に出されてしまいました。(おしまい)
 
 
  
 
 
 


2012年12月 9日 (日)

8年でこうなる

今日も午前中は裏山の整備。

崖になっているところを這いあがってきれいにした。


連日の鉈振りで腕が効かなくなってきた。


これが現時点の裏山

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これが8年前の様子。

竹を切っただけで、8年たてばここまで森は再生する。

ちょっとアングルが違うが、母屋は同じところに建て替えているので、裏山の変化はお分かりいただけると思う。

 
 
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ただし、4年間は同じところに生えてくる竹を切り続けないと元の木阿弥になる。

こうしてみると、ホントによく頑張った。

これだけは自分を褒めてもいいだろう。










ここから追記。


当時のアングルに近い写真を見つけた。


このほうが、違いが分かるかも?


 
 
 


 
 
 
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明日から再起動しないと、男がすたる。

鬼になってやるしかない。


 
 

2012年12月 8日 (土)

やっぱり野良仕事

風は強いが、雨がやんだので、裏山の小竹を切り始めた。

昼までやったら飽きた。


缶ビールを飲んだら気が変わった。

裏山との際をノコと厚鎌での根元からきれいにした。

これで来年は草刈り機で刈れる。

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次は家の裏へ。

ご神木のクロガネモチの周囲が「ガッシャングロ」になっていたので、ここもせっせと刈った。
 
 
 
 
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コーヒーを頼もうとしたら、鬼嫁は庭の枯れ葉を集めて、(庭が)随分きれいになっていた。

あることがひらめいたので、こんなものを置いてみた。
 
 
 
 
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倉庫の横に置いておいた『石臼』である。


「どう?なかなか、ええじゃろ!?」


「まあ…趣味わる!!」


…びっけ家は、こたつの中でも仲睦まじいようだが、ヤブ山家は、いつでもどこでも…こうである。


 
 


2012年12月 7日 (金)

Char

ギターを弾かない人たちには極めてマイナーな記事です。


テレビのCMで、ギタリストの「Char」や世界中の音楽家が次々と演奏をバトンタッチするのがある。


一月ぐらい前に初めて聞いた。
たぶん、いつかのブログで書いたかもしれない。


実に乾いた、自然な音で、彼の天才的なリズムと音が最高だ。

ボクもあんな音と、ノリでギターを弾きたい。

あの音ならば、エレキでも12弦でもクラシックギターでもいい。

今日、久しぶりにそのCMを聞いた。

曲が変わっていたのが残念だ。

でも彼のテクニックと音感の良さには脱帽である。

それに引き換え、少し前に、谷村新司のBS特集を見たときの、
「押尾コータロー」の演奏が気になった。


彼も天才的なギタープレーアーとされている。
ラジオで少し聞いたことはあったが、防府のコンサートにも行けなかったし、きちんと聴いたことがなかった。

それが、突然、谷村新司のゲストで登場した。

音は素晴らしい。
しかも生爪で弾いている。
特徴であるハーモニックスも右と左を駆使して、超人的なテクニックだった。


でもちょっと失望した。

それは、いつかそのうち気が向いたら書こう。


とにかく、ついこの間までやっていた「Char」のCMの曲がよかった。

それが変わったので、頭に来ている。


今日の記事は、ボクの個人的な趣味で、特に、押尾コータローはその犠牲者かもしれない。
彼のファンの方にはごめんなさい。

ボクの真意は標題に尽きるので、悪しからず。

2012年12月 6日 (木)

鈴の大谷山(島根県吉賀町)

tobinokoさんの山仲間のkappeさんが主宰する『柿木あれこれ』 で、『鈴ノ大谷散策』がアップされた。


猛烈に懐かしかった。

ボクたちは、一番下の第3インクラまでしか行っていないので、最奥の伝法寺跡は神秘の世界である。

ヤブ山突撃隊が、桑原氏の『西中国山地』を片手に、突撃を繰り返していた頃を思い出した。


「鈴の大谷山~インクラコース」と銘打って、ハチャメチャな突撃だった。


もっとも今では、「入江谷川コース」として立派に紹介されているようだが、今では頂上直下まで林道は伸びてきているようなので、すっかり足が遠のいていた。


kappeさんとは、ヤブ山突撃隊のホームページを立ち上げたとき以来のネット仲間である。

ウィルスを大量に差し上げた吾人であり、たった一度だけお会いした方だ。

今回のレポを読んで、ヤブ山突撃隊の歴史も彷彿させられた。

当時の白黒写真と、自分が書いたレポを読みながらため息が出た。


随分、歳をとったなぁ…。

あの頃は、開拓者のつもりでガンガン登っていた。


今は…寒がり屋のおじさんだ。


kappeさんとtobinokoさんと呑みたいなぁ。

…あちこちに顔を出したがるボクは、そろそろヤバくなってきている。


あと何年かなぁ…。

2012年12月 5日 (水)

この握りこぶし…『拳』を握る

今日は、就業終了前に少し時間休暇をとった。

その目的は半分しか達せられなかったが、NHKラジオで、「空手家の主婦インタビューを」やっていた。


彼女は主婦の空手家だ。


いろいろしゃべっていたが、ボクにも空手時代があったので感慨深かった。


彼女は、ラジオの番組の中で、道着の音を『シュ!シュ!』と言わせながら模範演技をやっていた。


さて、普通の『にぎりこぶし』と、空手の『拳』は違う。


普通の拳は、こんなものだろう。

やわらかく握る…じゃんけんでいえば、『グー』である。

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しかし、空手の握り拳は違う。


まず、指を根元の関節まで、『グー』と折って、力いっぱい押しこめる。


そうすると…こんなになる。


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ここから…親指を思い切り右の小指に向かって力を入れる。

と同時に、小指を、思い切り親指側に寄せて力を入れる。

そうすれば、左と右で『拳』を締めあげることができる。


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これが『拳』なのだが、先日の忘年会でも言えなかった。


空手の『拳』は、ここから指の関節をできるだけ折りながら、拳を抱え込む。

そうすれば、指の関節は折れないし、腕から伸びる骨の骨折を回避できる。


ここまでやると、握りこぶしが大きくて、少々の『壁』にも立ち向かえる。


これが『拳』である。

これを…『グーっ』と握って、魂を込めれば、こんな『拳』が出てくる。

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そこで、酔いついでに言いますが、


『正義は…声をひそめて…言うべきです』

…特に、びっけさんに ね。(ちょっと きついか)

正義は、真っ直ぐに突き進むもの。


理想も、真っ直ぐに突き進むもの。

…その両者の違いはなにか?

いまの 自分が決めなければなりません。


でも、全部を 背負うのですぞ。


2012年12月 2日 (日)

母の見舞い

今日、雨が降ったのは、鬼嫁に言わせると、

「お母さまが 息子に 見舞いに来い!」
という証しだそうだ。


そのお告げどおりに昼前に雨が降り出したので、マラソンを観戦して様子を見にいった。


先週、見舞いに行けなったので二週間ぶりである。

「こんにちは おじゃまします!」
と言いながら入ってくと、そのときまで部屋の三人でおしゃべりしていたはずの部屋が静まり返った。


「どう? 透析は大丈夫?」

「寝ちょるから よう分からんよ」
と答える。


でも、それ以降はいつもの会話になる。

息子…本人にとっては孫の結婚式の話を何度もする。

嫁の言話では、

「あんたは もうええから山口に帰りなさい! それからね、息子に見舞いに来らせえてえね」
と言われたそうだ。


山口から光に帰ってきてもう一年半、それから母が入院してからずっと、週に二回見舞いをしているのに、こんなことを言われるらしい。


ボクなら頭にくるが、農家の嫁は達観している。

…そこへ、看護部長がやってきた。


「あれ?…今日のお見舞いは?…三男さんが見舞いに来たの?」


…母は暫く考えた。


「これは…次男です」


正解ではあるが、母はもう限界に近くなってきた。


ボクはどうにか認知できるが、嫁がどこに住んでいるか分かっていない。


立派に話はできる。

ボクもうれしいが、それだけだ。

チェーンソーの目立て(丸棒やすり)

検索ワードを見ると、ずっと「チェーンソーの目立て」がランキングに入っているので、改めてボクが習った目立ての方法を書いておく。

付属の丸棒やすりでやる。

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まず、チェーンソーの刃先を向こう側に向けて、やすりを刃の角度に合わせて「ズ~」と押し上げる。

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上の図は、やすりの根元まで押し上げているが、ホントはやすりのギザギザの部分で止めること。

ここでポイント!

押し上げた状態で、最後にやすりを「上にピン!」とはねあげる。

こうすることによって、刃の上側の先が尖るそうだ。

チェーンソーの刃は、向きが交互になっているから、片側が終わったら、今度は反対側から同じ作業をする。

研ぐのは片手で十分だ。


革の手袋でしっかりガードしておこう。

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さて、研ぎ終わったら裏山に上がった。

春に「なめこ菌」を打つために、山桜を1本伐採するためだ。


この間から目星をつけておいた木に手を合わせて、一気に倒した。


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これで2カ月ほどこのまま山の中で自然乾燥させる。

春になったらなめこ菌を打つ予定だ。


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ひさしぶりに山に入ったが、昨年竹を皆伐したところに、小竹が猛烈にはびこっていた。

真竹は梅雨前にタケノコの段階で切ったが、夏場に出る小竹は、ヤブ蚊が多くて山に入れないので、どうしてもこんな状態になってしまう。

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3時間頑張っていたら雨が降り出した。

冷たい雨だ。


あと数年間、竹が根絶するまで戦わなければならない。

竹を切ると、山が一気に明るくなるので、やりがいがある。

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2012年12月 1日 (土)

周南山の会の皆様へ

今宵はありがとうございました。


無事、はちべえどのと 走りまくって 終電手前の電車に乗れました。


鬼嫁もニコニコ顔で迎えてくれました。


今から 鬼嫁の 口頭尋問が始まります。


今日はゲロしません。

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