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2013年1月

2013年1月31日 (木)

挑戦放棄

家に帰ると、鬼嫁が腕組みをせずに、こう言った。

「灯油の18リットル缶は全部使ったけど、20リットルの缶は運べないので倉庫の中に残ってるの。
この土日でいいから…運んでおいてね。
土曜日まではもつと思うから…」


我が家は基本的に暖房は石油ストーブである。

母屋を建て替えて、エアコンは3か所設置したが、それでも暖房は石油ストーブにしている。

やっぱり火の光がいい。

灯油缶は倉庫にストックして、ボクが休みのときに買いに行くことにしている。

「あのね…20リットルは2リットル多いだけだから、2キロ重いだけだよ?」

「でも…私には無理。力がないもの。もうあれしか残っていないの」
と殊勝に言うが、要は運ぶ気がないのである。

母もそうだった。
女は、どうしても灯油は遠くに保管したいらしい。

だからボクは、実家に引っ越した時に、灯油缶は母屋の横に置こうと提案したのだが、

「誰かが火をつけたら火事になる」

「臭いがする」

…などと、母と同じようなことをぐずぐず言ったので、

「分かった!もういい!絶対にここまでは運ばんからな! あとは自分でせえ!」

と宣言した。


それから鬼嫁は、冬になるとせっせと灯油缶を倉庫から母屋まで運んでいるようだ。

でも、休みの日になると、言葉巧みにボクに運ばせている。

あとで気がついたが、上手に20リットル缶も運ばされていたような気がする。


ところが、この2週間…ボクがずっと仕事続きだったので、灯油がとうとう底をついて、倉庫には20リットル缶だけが残されてしまったようだ。


自分で運べないのなら、ネコに載せて運ぶか、キャリーカーを買ってくればよいものを…わざわざボクが帰って来るまで待っていたのである。

その神経と頭の構造が理解できない。
要は挑戦する気がないのである。

「18リットル缶は運べるのに、20リットルになるとダメなのか?」
と尋ねてみた。


「ムリ…ムリ、ムリ、ムリ…」
という返事が返ってきた。


こいつは全然やる気がない。

挑戦という言葉を忘れている。


…実話です。

2013年1月30日 (水)

跡取りの心痛

びっけさんの昨日のブログを読んで考え込んだ。


「米さえ作っておけばなんとかなる」
という時代があった。
…確かにあった。


それと、年金生活になれば『年金をもらいながら好きなことができる』と思っていた。
…確かにあった。


現役世代のボクでさえそういう記憶があるのだから、やっぱり、
『右肩上がりの時代』の影響は大きい。


だいいち…給料が下がるなんてことは想像すらしなかった。


「このまま働いたら給料は上がるし、定年後は年金をもらいながら好きな生活ができる」
と、誰しもが思っていた。


ところが今の時代は違う。

少子化と高齢化が一度にやってきて、年金の制度設計は一気に破たんした。

こうなることは20年以上前から分かっていたことだが、それをもとに公言することは政治家にはできなかった。

夢がないからである。


そもそも拡大再生産が経済発展の基礎だが、それが壊れたときにどうするかは、都市文明では解決できない。

さて、農家の跡取りの問題。


いくら長男が生まれてきても何の解決にもならない。

我がヤブ山家一族にも、幸いなことに長男は生まれたが、今は、遠い県外に住んでいる。

そのキャリアを生かし、立身出世して家庭を築くことが一族の誇りである


そして、なぜか次男のボクが実家に戻ってきた。


でも、こういう状況は、今のボクたちの世代はよく分かるのだ。


生きていくために、そして親を安心させるために、できるだけ安定した就職先を探したい。

そしてそれで親を安心させたい。

…みんなそう思って頑張った。そして、その結果がそうなのだから、誰も文句は言わない。


そして、それをなじる親はいなくなりつつある。

ボクは次男だが、なぜか実家に戻ってきた。


田んぼも 畑も 山も 大事にしている。

できれば これをずっと守って行きたい。

でも…もう無理だろう。

自分でも分かっているが、とりあえず…目の前のことに向かっていくしかない。


鬼嫁からは、
「あなた きちんと始末だけは してよね!」
と言われているが、

「あとはどうでもいい…」


みんな 自分の時代を 自分がやりたいように 果たしていけばいいのだ。

先のことは考えない。


「自分の時代さえ あとにつなげれば … あとは 次の代が どうにかする…」

…そうでも思わないと、ボクは何もできなくなる。


(補遺)
びっけ家の長男さんとの違いも書いておかないといけないので、ちょっと書きます。
私は農家の次男です。
小さい時から、
「お前は次男だから、どこかに養子に行くか、外に出る」
という雰囲気で暮らしておりました。
ところが、オイルショックの頃、理系を目指していた二つ上の長男の就職がままならなくなって、結局、都市部の大手企業に就職しました。
どこにいってもよかったはずの次男は、そんな雰囲気にもめげず、勝手気まままな人生を歩んでいたのですが、そんな長男の就職を目の当たりにして、
『アリバイ工作』のつもりで地元の就職試験を受けたところ、たまたま引っかかって…。
そういう事情ですので、参考にはならないとは思いますが、
いくら周到に仕組んでも、たまたま偶然が重なったにしても、
「人間の目論見は そんな簡単に うまくいくはずはない」
…と思います。
Natur gerasen

2013年1月29日 (火)

Dケンマー

玄関に入ると、チップソーの研磨機が届いていた。

鬼嫁がこれ見よがしに玄関先に置いている。


いつもより5分速く?晩酌を済ませて、付属のDVDを見る。

「????」

…3回見た。

なるほど…操作は色々大変そうだ。

これは気合を入れて実行しないといけないようだ。

なにせ…1万円以下の研磨機である。


草刈り機のチップソーは、これまでの経験からして、

地元の金物屋で売っている『めちゃかる』シリーズがお気に入りだ。


これは1枚が…3,150円するが、ホームセンターの2千円のチップソーとはモノが違う。

ましてや1千円の刃とは異質のモノである。


これがきちんと研げれば…1回の買い替えが省けるだけでも大幅な経費削減につながる。


でも普通の研磨機は2万円するのだ。

今回、8千円程度のものを見つけたので、日本の技術を見込んで買ってみた。

その実力のほどは…この週末に確かめる予定だ。


001


念のために書いておくが、安いチップソーはいくら研いでも切れない。

安物の刃物をいくら研いでも切れないのと同じだ。

ビブラムソールが張り替えられない登山靴と一緒である。


なまくらは…なまくらでしかない。


…でも、こんな安い研磨機でホントに切れ味が再生するのかな?


後日に請うご期待を。


…でも、

「研磨機は2万円以上でないと、使い物にならぬ!」
という結末が待っているような気がする。

もしも研磨機の購入を考えておられる方がおられたら、このブログの報告まで待たれたほうがいいと思いますよ。

ホントに。

 
 
 

2013年1月28日 (月)

運転放棄

今日は休暇をとって鬼嫁と葬儀に出かけた。

光から下関まで2時間弱。

いつもの通勤コースに乗ってそのまま西へ。


このところ出張続きで車の運転がイヤになってきた。

毎日、光から山口まで往復130キロ。

先週は、日曜日に広島に出張。

この土日は宇部まで連続。


下関からの帰路、小郡ICを過ぎたあたりで睡魔に襲われ、さすがの鬼嫁も、

「運転…替わろうか?」

「早く言えよ…車はいやだ。電車で帰りたくなった」

「いいから替わりましょ!」


富海PAで交替。

ボクは助手席でウトウトしたまま家路についた。


家に帰ると午後3時。

酒を飲むには少し早い。

作業着に着替えて、腰に竹切り鋸とナタをぶら下げて裏山に上がる。


それから2時間…いつもの竹切りの翁になる。

1時間もすると、H高野球部の練習の声が聞こえてきた。


黙々と竹を切りながら、今日の葬儀のことを思い出した。

自分の最後はどうなるのだろうか。

「裏山で眠りこむように最期を迎えたいな…」

…鳥たちのさえずりと高校生の元気のいい掛け声を聞きながら、そう思った。


2013年1月27日 (日)

今日も駅伝

先週に続いて今日も駅伝。

慣れないことをやって選手ほどではないが、けっこう疲れてしまった。

しかしトップ選手はホントに早い。

かけっこのスピードで、どうして10㌔も押していけるのだろうか。

とにかくデブはダメだ。

おまけに酒ばかり飲んでいると、全くスタミナがない。


さて明日は、親戚に不幸があったので休みをとって葬儀に出る予定。

明日も県西部への長いドライブだ。

2013年1月26日 (土)

仕事とお布施

昼から仕事。

明日の日曜日も仕事なので、まったく元気が出ない。

午前中、母の見舞いに行った。


母と、亡父の25回忌の法事の支度とお布施の相談をした。

お布施の金額は、先日は3万円。

今日は5万円であった。


「3万円でいいんじゃないの?」

「私が出すから…5万円にしなさい」

「先週は 3万円だったよ。いい感覚だと思ったのに」

「3万円じゃあ…いけん」


「おかあさん…5万円は…大金よ」

「私が出すから…そうしていね!」


この10数年、ボクの給料は減り続けている。

昔からのジゲの檀家だから、それなりにおさめなければいけないのだろうが、25回忌だし…どうかな?と考えている。

相場に近い金額を出すべきだろうが、正直言って、我が家に余裕はない。


檀家もお寺も考える時が来ていると思う。

どちらかが無理をすると、反対側がすさむ。


ましてや、ボクたちのように、すぐには年金がもらえない時代がくる。

アラカン世代はそれなりに、どうにか対処できると思うが、

定年になっても年金がもらえない…昭和30年生まれ以降のボクたちには空白の時間が待っているのだ。


どうやってお寺や神社を存続させるか…きちんと考えないと、今以上に大変なことになる。


ボクたちが頑張らないといけないのだろうが、昔の相場についていけない時代が来た。


情けないが、これが実情。

誰かが相場を下げていかないと、集落がもたない。

2013年1月25日 (金)

障害者手帳

母の障害者手帳一式が交付された。

市役所の窓口に受け取りに行った鬼嫁から、
「これは○○、こっちは○○…全部まとめて、ここにしまっておきますからね」
と教示された。


改めて、人工透析者には手厚い制度があることを実感させられた。

福祉タクシー券や障害者駐車場用のステッカーもあったが、恐らくずっと入院したままになるだろうから一緒にしまっておくことにした。


4月には亡夫(ボクからすれば実父)の25回忌の法事をするが、その時には外出許可をもらって、半日程度、実家に連れて帰る予定だ。

母の場合は、2日に一度の人工透析に加えて、食事制限と水分摂取制限、さらには自立歩行が困難で、さらには日常生活上の介護が必要なため、実家に戻ってもせいぜい半日が限度である。

現時点で、母が自分だけでできるのは、『食事摂取』だけだ。


先日、母にどの範囲まで親戚を呼ぶかを相談したのだが、ちゃんとやりとりができた。

母は4人兄弟の長女だが、二人の兄と妹はすでに他界しているし、亡夫の唯一の兄弟も数年前に亡くなっている

ので、集まるのは、子や孫、ひ孫の世代が中心となる。

母は、親戚一同が集まっている我が家に戻れたことを喜ぶだろうが、問題は病院に戻るときだろう。


きっと悲しがるだろうから、誰が迎えに行って、誰が送り届けるかを今から思案している。


さっき、母が記憶が薄れていく中で書いた『ヤブ山家の系図』を見つけた。

ボクがしっかり整理していた。

なるほど…でも肝心なところが分からないので、明日聞いてみる。

2013年1月24日 (木)

鬼嫁吠える

標題のような懸念は無用である。
ボクに火の粉は降りかかってこない。

でも、今夜も『カルパッチョ』が出てきたのには驚いた。


どうやら鯛の切り身の残りがあったようだ。

でも、昨夜の厚さよりも半分以下になっていた。

まだ薄くてもよかったが、内気な優しい亭主は、

「これ、これ…このぐらい薄くなきゃ~ね」
と、おいしそうに食べた。

さて、それから一緒にテレビを見ていた。

何かの特集番組で、若い記者が、
「これからは…新たな取り組みが求められます」
と真面目な顔をして解説していた。


ここで、突然、鬼嫁が吠えた。

「そんなことは 分かっているわよ! どうせい!…と言いんたいんかね!!」

と、静かに宣言した(された)。

…まさに、そのとおりである。

ボクが、
「正論は小さい声でいうものです」
と常々言っていることを 鬼嫁は きっぱりと 言い切ったのである。


ヤブ山家は安泰である。
カルパッチョは薄くなり、正論は控えめな声で語られる。

…でも、その陰でネット購入をしていたボクを見つけて、

3品中2品は、ボクの小遣いから差し引かれることを宣告した。

①営業用と認められたもの     チップソーの研磨機

②個人の趣味とされたもの     山用のゲイター(モンベル)

③微妙だが個人の趣味と認定されたもの   安全ヘルメットセット(ハマー)


安全ヘルメットセットは、当然、山仕事や草刈り時の安全グッズである。

それを認めない鬼嫁は、夫の安全を放棄したことになる。

ボクは、却下された理由を問いただした。


…答はこうであった。

「安全グッズは必要です。でも、ヘルメットは2年前に買っていますよ。今でもありますよね」

…くそ~っ正解。でも、あれはカッコ悪いのだ。


林業用のカッコイイヤツが欲しかったので、こっそり注文しただけだ。

どうして、男の機微が分からんのか! バカ!

2013年1月23日 (水)

結婚30年を過ぎた夫婦の会話

鬼嫁が晩ごはんを運んできた。

ところが、最後の盛り皿の置き方がいつもと違った。
「何かあるぞ?」と身構えた。
…これは30年以上も連れ添ってきた夫の勘である。


「??…ひょっとして…カルパッチョ?」
「そうです!」

「鯛?」
「ええ」

「オリーブオイルをかけた?」
「当たり前です!」


何を血迷ったか知らないが、鬼嫁が初めてつくったカルパッチョであった。

酸味が強かったらイヤだな…と思いながら一切れ口に入れてみた。

鬼嫁は、他のおかずを黙々と食べているが、どうやらボクのリアクションを密かに窺っているフシがある。
…これも30年以上連れ添ってきた夫の勘である。


野菜と一緒に、もう一切れ食べてみた。


ここで、新婚であれば、
「おいしい、おいしい」
と言うだろう。


ラブラブ夫婦なら、
「すごいじゃない。おまえは、ホントに料理が上手だね」
とヨイショ!するに違いない。


でも我が家は30年以上連れ添っているのだ。

このまま「うまい、うまい」で通したら、ヤブ山家のカルパッチョは…未来永劫、このカルパッチョになってしまうのである。


ボクはすでに欠陥を見抜いていた。
今後の展開は、それをどう表現するかにかかっている。


ボクはこう切り出した。
「…まあ、いけるんじゃない」

「そうかしら…」
と殊勝な返事が返ってきた。


鬼嫁はここでやっとカルパッチョに手を出す。
しかも、何も言わずにボクと目を合わさないように食べている。


この辺りになると心理戦が始まる。
鬼嫁は次のボクの言葉を待っている。
そして、ボクはそれを知っているのだ。

ボクは二切れ目を食べて、意を決して…
「もうちょっと薄かったら文句なしだけど…。去年、刺身包丁を買っただろう?あれで切った?」
と優しく言った。


鬼嫁の『うっ!…やっぱり気がついたか…」
と、いう心の動揺をボクは見逃さなかった。


しかし、さすがに鬼嫁である。
全く素知らぬ顔をして、
「身が柔らかすぎてね…これ以上薄く切れなかったの…」
と淡白に応える。


ここで、

『それは身のせいじゃなくて、腕のせいじゃないのか?!』

『刺身にオリーブドレッシングをかけただけじゃないの?』

…などと言ってしまったらオシマイである。


しかし、ボクは、

「こんどは…カレイかヒラメでやってみたら」

と優しく語りかけ、

鬼嫁も、

「あれなら切りやすいかしら…」

…で、おしまい!

※補遺
心の中のつぶやきは脚色していますが、発した言葉はすべて事実に基づいています。


2013年1月22日 (火)

「日の出・日の入り」と「夏至・冬至」の関係

どうやら昨夜のブログは、日本と世界で起こった二つの事件について吠えたようだ。(tobinokoさんには、深夜おつきあいいただきありがとうございました。)


さて、気を取り直して、今宵は標題の件について書こう。

ついこの間まで、朝晩の通勤時間帯は真っ暗だった。

しかし、最近になって、
朝はまだ暗いが、防府あたりでスモールライトになり、職場に着く頃には消える。
帰りは、職場を出る頃にはスモールライトだが、防府あたりからヘッドライトが点灯し、家に着く頃には真っ暗になる。


概念的には、
夏至は、日の出が一番早く、日の入りが一番遅い。
冬至は、日の出が一番遅く、日の入りが一番早い。
…と思っていた。


しかし、1年半の朝夕の通勤を通じて、必ずしもそうではないと感じていた。
特に、
夏至の日よりも前の方が、日の出が早い。
冬至の日よりも前の方が、早く暗くなる。
…という体感があった。

そこでネットで調べてみた。

あるある…色々な解説があった。

公転や黄道、至点などなど…昔習った地学の講義である。


ボクが調べたかったのは、日の出と日の入りのそれぞれで、一年で一番早い日と一番遅い日。

その日と夏至、冬至の関係であった。


結論的にはこうだった。

日の出がいちばん早い日 …… 夏至の1週間前
   〃    遅い日 …… 冬至の半月後

日の入りがいちばん早い日 ……冬 至の半月前
   〃     遅い日 …… 夏至の1週間後


…なるほど。やっぱりそうか。

ヒマな人はネットで調べてみてください。

びっくりするほど詳しく書いてありますよ。

なるほど…。


2013年1月21日 (月)

ボクの役目

冷たい雨が降る夜空を眺めながら思った。

地球上には、たえず風雨や嵐が吹く。

これは自然の摂理。

そのように設定されているのだろう。

人間はそれに耐えなければならない。


今晩、倉庫の軒下から暗い空を見た。

ボクをいじめるような暗い空だった。


ボクは屋根になり、柱となり、雨風を防ごうと思った。


あんなやつらに負けてはならない。


任せてはいけないヤツに…好き放題にさせてはいけない。

2013年1月20日 (日)

全国都道府県対抗男子駅伝

今日は、都道府県対抗男子駅伝を応援するため広島に行った。

沿道は大観衆で、大変ない賑わいだった。


山口県チームは、結果は16位にとどまったが、途中、順位を6位にまで上げて、広島山口県人会の人たちは大いに盛り上がった。

家でテレビ観戦した鬼嫁ですら、
「面白かったわよ」
と珍しく評価してくれた。


来年は、これをステップに8位入賞を期待したい。

みんなホントによく頑張りました。


中本選手は2週間後に別府大分マラソンに出場予定ですが、初優勝を祈ります。

2013年1月19日 (土)

畑の開墾③

昨日は下関で仕事がらみの懇親会。
家に着いたのは12時前だった。
でも、車だったのでアルコールなし。


それからしっかり燃料を補給した。


したがって、今朝は、さすがに早起きができず、目が覚めたら7時半だった。
晩酌につきあった鬼嫁は、当然、爆睡中。
ごそごそ音を立てたら、8時になってようやくお目覚めになられた。


さて、畑の開墾の残りをやっつける。
今朝の霜もすごかった。

いつものように鼻水を垂らして、スコップで…掘る、掘る、掘る。

昼前にようやく、目標のエリアが終わった。
腰が、のらなく(伸びなく)なってきた。


001


目標達成を祝って、缶ビールを二本献上した。

畑はこのまましばらく寒ざらしにした方がいいので、山仕事をすることにした。


去年、竹を切ったところに細竹が猛烈に生えてきている。
皆伐したら、2年はアフターフォローが必要である。
これをきちんとすれば竹は生えなくなる。


でも…こういう状況なのだ。


003

絶望的な状況だが、梅雨時期にタケノコは刎ねておいたので、太い竹はない。
今回、丁寧に細竹を切っておけば、来年は半分以下になる。


腰にぶら下げたナタとノコギリでせっせと切っては、枝を刎ねて柵上に積み上げていく。

黙々と三時間半頑張った。
山仕事の時は、めったに三時のコーヒータイムに山は降りて行かない。


午後四時半。

ここまで切った。

もう一日あればきれいになるだろう。

005

いつもやってくるジョウビタキではなく、ヒヨドリが一羽やってきた。

去年、母屋のガラスに激突して死んだつれあいかもしれない。

しばらく周囲を観察していたが、そのうちどこかに飛んで行った。

埋葬したお礼を言いに来たのだろうか。


春は近い。
ヤブツバキの開花も真近だ。
山桜のつぼみも大きく膨らんでいる。


「西中国山地は絶好の山歩きの日だったろうな」と思いながら、山を降りた。

2013年1月17日 (木)

鬼嫁の半仁王立ち

定時に家に帰った。
何もなければ、鬼嫁は仁王立ちはしない。

今晩は、玄関で何のリアクションもなかったのでいつものようにリビングに入った。


ところが、リビングに入ってみると、鬼嫁が腕組みしてボクの目の前に立った。
こんなバージョンは初めてである。

昨晩は、ついつい昔のバイトのことを思い出して思わず書いてしまったが、このブログは知らないだろうし、顔が怒っていない。
むしろ疲れている。


余計な争いに巻き込まれたくなかったので、目を合わせなかったら、いきなり…きた。

「あのね!3時間もセンジョウニ巻き込まれたのよ!」
「ふ~ん」

「3時間よ!」
「ふ~ん」


「あなたね!聴いてるの?!」
「なにがあったの?」


「だから言ってるじゃない!」
「なに?」

…要は、自分の父が昨日からお腹の具合が悪くて、今日、病院に付き添って行ったのだが、処置室に入ったまま3時間待たされた…あるドラマを語りたかったようだ。


ボクは風呂から上がって、晩酌をしながらその話を聞いて、ようやく、ストーリーの全貌が把握できた。


「センジョウ」…は、腸の「洗浄」だということが、20分ぐらいたってから理解できた。

話の途中で、そんなことを言ったら平和が戻ってこなくなるので、

よく全貌は理解できなかったが、

「大変だったね」
とつぶやいたら、

「そうでしょう!」
と言われたので、開戦は避けられた。


…と思ったが、予期せぬ続きがあった。


「内科でずっと待ったんたけど、よその…ご主人が優しのに驚いたわ。
具合が悪そうな奥さんには、必ず旦那さんが付いてきているのよ。
それも3組!!」


「それもね、一緒に診察室に入って、出てきたら…
旦那さんは、奥さんの容体を気にしながら
…二人で『よかったね』と涙ぐんでいるのよ」

「たぶん、ぼくもそうすると思う」


「ウソ! 奥さんにポカリを買ってくるけど…渡すときに、どうすると思う?」
「持ちやすいように渡す」


「でしょ?! キャップをねじって渡すのよ!」
「奥さんは動けないんじゃろうが」


「あのね よそのご主人は そこまでしてくれるのよ!」
「悪事をしたからかも しれん」


「ちがうの!渡してから…手を握って励ましているのよ」
「演技をしてるんじゃないの?」


「だ・か・ら! あんたは薄情なのよ!」
「特別な夫婦がいたんじゃないの?」

「そんな夫婦が3組もいたのよ!」
「ほ~、光市のベストスリーがたまたま鉢合わせしたんじゃないの?」


「あれが…普通なのよ!」
「たぶん ボクもそうする。できる!」

「そんな口先だけのことを聞きたくないの!」
「でも 聞いたら 嬉しかろうが?」

「あなたは ホントに 薄情と思う。ゼッタイね!」
「ボクは優しい…仏様と呼ばれている」


…ボクは何も悪くないし、優しいことはお分かりいただけたと思う。

すべて鬼嫁からの『いいがかり』である。


今トド状態で寝ているが、

要するに、

「腹痛を訴えた父を病院に連れていったら、処置室に入ったきり、腸の洗浄に3時間も待たされた

…ので、疲れた!」

ということをボクに伝えたかったのだろう。


その途中で、3組の偽善夫婦の様子を垣間見て、正気を失ったに違いない。


しかし、よくまあ…天然記念物が一度に三組も集まったものだ。

インフルエンザにはご用心ください。


2013年1月16日 (水)

歳をとった

晩酌中に、鬼嫁がたまたま替えたチャンネルで、ジュディーオングが出演していた。

「彼女は70じゃないか?」
「まだ還暦ちょっとじゃない?」
「おばあさんのアップは見たくないけど…」
「いいじゃん…」


でも、アップにでみると…どう見ても還暦の歌手だった。
「歳は隠せん!」
「頑張ってるじゃん!」
「むり!」
「そうかしら?」

…このへんでボクのスイッチが入った。

ボクも若い頃は溌剌としていた。
顔は締まっていたし、だいいち輝いていた。
でも金がなかったので、いろいろなバイトを探した。


まずは警備会社の夜勤勤務。
機械警備はその当時では草分けだった。

安いバイト代の中で、夜間勤務はかなり時間給がよかった。
ボクとやっぱり貧乏な連れで応募したところ、一応面接があったが、その場で一発合格となった。


夕方になると、250ccのバイクで会社に乗りつけた。
事務のお姉ちゃんたちもかわいかったし、話ができるようになって、
結構お気に入りのバイト先になった。


そうこうするうちに、年末になって、社長が、
「バイト代を倍にするからやってくれない?」
とか、
「おまえ…就職先がなかったら、このままいるか?」
と言われた。


たまたま20年ごろ前、ネットで会社の急成長を知ったときに、
「え~っ!!」
と思ったが、すでに時遅しだった。


でも、あの時、創業した二人のバイタリティーはすごかった。
ボクもバイトの一員として、色々と好きなことをしゃべった。
面白かった。
250ccのバイクに乗って、隔日ごとに隣町まで飛ばした。


それでも金が足りなくて、スーパーとデパートの中間のような百貨店?にもバイトに行った。
ペアになったレジ係の二つ上のおねえちゃんが、
「今日はむしゃくしゃするから! あんたの バイクに 乗せてくんない?」
と言われた。


ボクも一応、色々と考えたが、結局彼女をバイクに乗せることはなかった。
たぶん彼女は恋多い年頃だったのだろう。
何もなかったが、この歳になっても彼女のその後は気にかかる
不思議だ。


この歳になっても、
「あのとき…もし、ああなっていたら?」
…と思うことも多い。


でも…その後を想像していると…不思議なことに、今のボクに収斂されていくのだ。


2013年1月15日 (火)

ボクの逃げ場所

この3連休の間、仕事の進め方でずっと悩んできたことがあった。

今日、当面の手当てをしたので少し気が晴れた。

プライベートもそうだが、仕事で、悩み事や心配事、トラブルを抱えているとどうも山に行こうという気になれない。

気分転換になっていいと思うのだが、そんなやる気は出ない。


振り返ってみるに、考え事があるときは野良仕事がいちばんいいと思う。

黙々と作業をしながら、黙々とあれこれ思いを駆け巡らすことができる。

一休みするときにパッとアイデアが浮かぶことがある。


シビアに見て、ボクは精神的に「弱い」…というか「甘い」ところがあるので、こんなことをして自分の「尻」…というか「精神」を叩いている。


とにかく酒を飲んで考えをまとめようとするとロクなことにはならない。

考え方が極端に揺れる。

強気と弱気でぐちゃぐちゃになる。

でも、当面の緊急避難先としてこれに優るものはない。


…結局、これが書きたかったのかも…。


2013年1月14日 (月)

なめこ・ひらたけプロジェクト①

さっき書いた記事が消えた。
同じことを書く気が起こらない。
どうも最近、ネットの接続が不安定だ。
書いた記事をコピーしておかないと、アップ時に接続できない時には消えてしまう。


よって簡単に書く。

昼前から裏山に上がって、去年倒しておいた山桜を玉切りした。

休んでいると、近くで立枯れした山桜を見つけたので、ついでにそいつも玉切りする。


さて、どうやって下まで降ろすかだが、山道しかないので、ネコ(一輪車)で降ろすことにした。

tobinokoさんちとは天と地ほども違う。


001_2


これを2往復した。

002_2

去年加工した、雑木の玉切り台を持ち出して、いざスタートである。

003_2

すぐに要領を思い出した。


そうなると作業ははかどる。


004_2

200個入りだったが、この位の原木1本でちょうどだった。

なるほど…今後の参考になる。

ホダ木を倉庫の裏に運んで、伏せかけて作業終了だ。

「ひらたけ」は面倒だし、難しいので、長木に打ち込んで、あとで再度玉切りすることにした。

「なめこ」は今回のメインなので、ちゃんと葉枯らしした方の原木に打ち込んだ。


ついでに、昨日までの畑の開墾の様子をどうぞ。

005_2


その後、母の見舞いに行く。

リハビリ効果があって、どうやら伝い歩きができるようになっているそうだ。

これが返って看護師泣かせとなる。

これが危ないので、車椅子に座らせてナースステーションで監視することが増えたそうだ。


しっかり言い聞かせたが、ボクが病室を出たらすぐ忘れただろう。


2013年1月13日 (日)

予定終了

8時から畑の開墾。

エリアをきちんと決めた。
写真を撮り忘れたが、3時間頑張ったので進捗率は…「75%」までに向上した。
分母を小さくした影響が大きいかもしれない。


昼、地元の社の世話人による新年会。
自治会館で10数人が集まった。

長老連中と婦人部の人たちから激励三昧である。
正式の役員会はこれからだというのに、
「お前は次期会長だから…」
と言われてあれこれやらされた。


地下の長老連中の話では、どうやら、
「ヤブ山が生きている間は…やらせよう」
ですっかり話ができていた。

「ヤブ山家の血筋からして…親父が死んだ歳まであと2年ですが…」
とささやかな抵抗を試みたが、
「わしら~が死にゃ~させんけえぇ~ずっとやれ!」
という恐ろしい宣告が下った。


みんな酔いたんぼなので、
「それっちゃ!そうっちゃ!」
で、ボクに押しつけて盛り上がるばかり。


長老が、
「ええから…お前が行きちょる間はやってくれ。困っちょたんじゃ…わしもこれでいつでも行ける」
「おじさん…百までは生きてもらわんと…」


ふらふら歩いて帰ったら、女子駅伝は悲惨な結果になっていた。
来週は広島で男子駅伝がある。
雪辱を期して応援するつもりだ。


三時過ぎからどんど焼き。


001


ヤブ山家の家内安全と、来年は立派なしめ飾りができますように
…と祈った。


その後は、残りの草を焼いた。

魔性の炎を見つめながらせせこましいことを思った。

004

予定どおり四時過ぎから雨が降り出した。

tobinokoさんやびっけさんの所では雪だろう。

雨脚は強くはないので、明日は畑の開墾の進捗率を100%にするつもりだ。

2013年1月12日 (土)

畑の開墾②

昨夜はよく呑んだ。
ブログを書いた記憶はあるが、何を書いたか全然覚えていない。
やばかったらあとで消そう。


さて、今日から畑の開墾の続きだ。

でもその前に、杉の枝が畑に大きな陰をつくるので枝打ちすることにした。
tobinokoさんの言うとおり、梯子をかけて高所用のちゃちなノコギリで切る。

これが大変な作業だ。
梯子に登ったままだと力が入らない。
10回ぐらい「ギーキギーコ」やっては休む。

これを10回繰り返すとやっと1本切れる。


P1000433


そうこうしているうちに下の家の養子さんがやってきた。

ボクの幼馴染の旦那で、昨年定年退職して、すっかり農業後継者になっている。

一昨年までは義父が元気だったので、お手伝い程度だったが、義父が倒れてからは主役として頑張っている。

いちおうボクを師と仰いでおられる。

「何を始めたの?」
「畑に戻そうと思っているけど、杉が邪魔でね…」
「うちは薪とボイラーの混合だから、杉を切ったら割木にちょうだい」

「!!…じゃあ、この杉を切ろうか!」
「今から!」
「一人じゃ怖いから…今から切りましょう!!」


と言って、倉庫からチェーンソーを持ちだした。

いざ切り始めると太い。

ロープで引っ張りながら、「エイ!」とやったら…見事に目指す方向に倒れてくれた。


P1000439


彼も家からチェーンソーを持ってきた。
目立てのやり方を教えてあげたが、彼のチェーンソーには刃がなくなっていて研ぎあげるのに少々時間がかかった。
それからは二台で枝を落とす。
二台の爆音は迫力がある。


近所の子供が覗きに来た。

「おじさんら~あ、なにしよるん?」

「木を切るんじゃ!使こうてみるか?」

「こわ~い!」と言いながら家に帰って行った。

その子はいつもボクの様子を見に来る。


きっと、「あのおじちゃん~今日はなにをしよるんじゃろうか?」
という思いがあるのだろう。

ボクのバカ息子よりも学習心がある。


さて、枝打ち後は、大人の方の彼に玉切りを任せる。

ボクはスコップで畑の開墾の続きを開始だ。


P1000441

すると…。

こんなヤツが土の中から出てきた。


P1000441_2


「すまん、すまん」
と言いながらそっと土に埋めてやった。

カブトムシぐらいならいるかと思っていたが、まさかセミがいるとは思わなかった。
ちゃんと成虫になれるかな?

何かお宝でも出てくるかと期待したが、ササの根っこばかり。

P1000449_2


昼にビールを呑んで、午後から2時間頑張ったら完全にスタミナが切れた。

今日はこれでおしまい!

P1000451


…ということで、4時過ぎからワインを呑みながらブログを書いている。

昨夜のようにべろんべろんになって書くとロクなことがないが、まあいいか。

後ろで鬼嫁が冷たい声で言う。


「あなた 休みの日はずっと家の周りをゴソゴソやってるけど お酒を呑みたいからでしょ!」


…それを無視しながら真面目にブログを書いています。

2013年1月11日 (金)

昨日の復元

たぶん昨夜書こうとしていたことは、『正義と現実』だったと思う。

書き出しはそうだった。

でも途中からおかしくなって(たぶん過激になりすぎて)、書きなおそうとして『esc』キーを押したのだろう。

何に反応したのかは定かではないが、怒ったに違いない。

ボクは学生時代からどうしても許せないことがあった。

それは、かつて『経験しないことを語るな』ということだった。

ならば、『歳をとらないと語る資格がないのか』と頭に来ていた。


さて、人生の終焉を迎える頃になってどうか?

「…なるほどね…」である。


たぶん この辺で 詰まったのだろう。

ここで、今のボクと、tobinokoさんと、びっけさんと、はちべえどのと、さくらさんと、びじんばさんと、やまんばさんと、Y代表と、botchさんたちの顔が浮かんで消えたのだろう。


このまま好きなことをして生きていけたら最高だ。
何も思い残すことはない。

でもそれができないし、許されない。
だからみんなそれで生きているのだ。

…と、明るいことを書こうとしたのだが、だぶん真逆の方向に進んでいったはずだ。
だから消した。


もう思い出せない。

たぶん面白くない話になったのだろう。

以前なら残したかもしれないが、いまはやめた。

たぶん明日は霜柱が立っている畑に、ちょっぴり反省しながら、怒ってスコップを刺すのだろう。

きれいごとは…とにかくやめたい。

性に合わない。


 

2013年1月10日 (木)

やりました

何か書こうと思ってだいぶ進んだところで、いつもの癖で思わず「ESC」キーを押してしまった。
たぶん、「back space」と同じ感覚で押すキーだ。
どうしてもこの癖が抜けない

全部消えたので気力も失せた。


たぶんぐちゃぐちゃなことを書いていたのだろう。

2013年1月 9日 (水)

オーバートレーニング症候群

あるビジネスサイトでみつけた。

スポーツにおける過度な練習と同じように、日常生活やビジネスでも同じような行動が起こるという理論である。

これでボクにも思い当たる節がある。

休日になると、野良作業に異常に精を出すこと。

何が何でもやらないと、気持ちがおさまらない。

休日の朝は、追い立てられるように外に出るようになった。

そうしないと気持ちが治まらないのだ。

まさに『オーバートレーニング症候群』であった。


一種の『マゾ』的な人間の行動パターンで、そうしないと気持ちが治まらなくなるらしい。

事実そうである。

自分がダメになるぐらいまで追い込んでしまう。

そんなことは百も承知である。

でもそうしないと、不安で仕方がないのだ。

ボクの場合は、家系的な寿命にプレッシャーを感じている。

仕事でも適当にはあると思うが、それから逃れようとするほどのものではない。

たぶん自分の余生に対する漠然とした不安に違いない。

妻とは、この週末にどこかの山に行こうと話したが、

きっと、明日になると、

「やっぱり畑をやり遂げる」

ということになると…思います。たぶん。


2013年1月 8日 (火)

そうか…

夜、倉庫に行って、しめ縄の量を計算した。

来年は、もっと堂々としたしめ飾りを作ろうと思っているので、来年の藁の量を測りたかったのだ。

あれだけの精緻な作品を作るには、今年の束ではとうてい足らないと感じたからだ。


今はコンバインなので、藁を次から次へとカットしていく。
藁を残すためには、きちんと鎌で刈る必要がある。

コンバインは隅を刈れないので、そこは手刈りをするが、そこの藁の生育は悪い。
だから、隅ばかりの藁では『しめ飾り』には使えない。


藁の生育がいいのは田んぼの真ん中あたり。
この辺を手刈りするのは、とにかく面倒臭い。
藁ばかり立派なだけで、始末に悪い。


でも今年は、一番いいところを手刈りをするつもりだ。
そのための量を頭の中に叩き込むために倉庫で考える。


来年は頑張ろう。
できるだけ青くて、長い藁が取れるように…。


今宵は『オリオン座』がきれいだった。
山口でウォーキングをしているときによく眺めた。

三つ星を眺めては…いろいろな妄想をした。


古代から星座を眺めて暮らしていた人たちは、いったい何を思って見上げていたのだろうか。
あんな神話を創作して、神と民をどうやって伝えようとしたのだろうか。


きっと、はじけた人が『神話』で神と人間を伝えようとしたのだろう。

昔から、背伸びをしたい人が多かったのだろうか?

それとも、神と人の距離が近かったのか?


あの月を見て、いったいどれだけの人間が涙を流したのだろうか?

昼間にさんさんと照りつける太陽に、いったいどれだけの人がひれ伏したのだろうか?

ボクは 月が好きだ。

自ら光らぬくせに 人に 色々な想いを抱かせる。

悪いやつだ。

悪女である…。


2013年1月 7日 (月)

グレイトサミッツ

鬼嫁は毎晩、このシリーズを観ている。

「行ってみたいわ…」と言ったタメシがない。

「はぁ~」と溜息をつくだけだ。


これでボクにプレッシャーをかけている…つもりだろう。

ゼッタイに自分からは言い出さない。

ましてや、「○○に連れて行って」と頼むこともない。

こういう精神構造はどうかと思うが、それが鬼嫁の思考パターンなのだろう。

ボクが、「○○に行く?」と口火を切って、はじめて…おもむろに自分の考えを言いだす。

…これが『影の支配者』の成せる業だろう。

西中国山地に、ときどき連れていってやるが文句は多い。
「ヤブ山…なんとか…」
とウロ覚えのように言うが、ちゃんと知っているはずだ。


ときどき、「今日はついてくる?」とカモってみると、
「知らない人たちだから…行かない」
と駄々をこねる。


それを知っているボクは、ひとりで支度をする。

きっと嫉妬しているのだろう。

こんな意地の張り合いが…かれこれ…ウン十年続いている。


未だに頭を下げてこない『鬼嫁』の頑固さに呆れるが、ボクにも意地がある。


2013年1月 6日 (日)

冬の散歩道

夜になって外に出ると、素晴らしい夜空が見えた。

我が家の裏には山があるので、北極星は見えない。

時々、北斗七星やカシオペア座が望める程度である。


この冬も遭難が多かった。

今は、GPSがあるので、遭難信号も出しやすいだろう。
だから、遭難地点も特定の把握が簡単になった。


そんな人の話はやめよう。


ボクは、サイモンとガーファンクルの、
『冬の散歩道』が大好きである。


普通のアコースティックギターで、リードを弾いている。
しかもカポスタットを5フレットまで上げている。

冬の散歩道はどうだったか忘れたが、サイモンのギターテクニックとアレンジはすごい。

なぜすごいかというと、5フレットまで上げると、チューニングが甘いとすぐに分かるからだ。


これは、人生にもいえる。

基本ができていなかったら、背伸びをすると、すぐにバレる。

それと一緒だ。


しかし、世の中にはいろいろな人間がいる。

想像もつかない輩が存在する。


全てを分かっていながら やる輩と

全てを分からぬまま やる輩

そして

全てを 知ったかぶりしている 輩も
…いる。


ボクは 知ったかぶりの輩の一人なのだろうが、
一緒にされたくない。

…それは、『冬の散歩道』を知っているからだ。


母のこと

今日は伯母さんを乗せて母の見舞いに行った。

元旦に嫁と息子夫婦の4人で見舞いに行っているのだが、3日に、市内に住む伯母さんがやってきて、
「今度、お見舞いに行くときに連れて行って」
と頼まれていたのだ。


伯母さんといっても、少し遠めの親戚なのだが、年に数回は我が家の仏様を拝みに来られる。
ボクより5~6歳年上で、大変元気である。

昔話をしながら病院に着くと、昼前というのに母は爆睡中だった。
つついて起こす。

「あら…○○ちゃん。どうしてここが分かったの?」
「○ちゃんに無理を言って連れてきてもらったのよ」


「そうかね…ありがとうね」
「元気そうで安心したわ。私のことが分かるし…」
と会話が弾んだ。


母は、目の前にいる人はよく分かるようだ。
会話の中で、「○○ちゃん」という固有名詞が出ると、とたんに誰のことか分からなくなる。


帰路、伯母さんと、
「わたしたちも、もうすぐ来るわね」
と話しながら帰った。


昼からは、凪だったので、12月に刈った裏山のササや雑木を焼いた。

野焼きは、考え事をするのにちょうどいい。

燃え盛る炎を見つめながら、色々なことを考えた。

母のこれからのこと。家のこと。仕事のこと。

これから何をするのか…などなど。

全てが灰になるまで眺めていた。

春は近い。


2013年1月 5日 (土)

畑の開墾①

昨日は仕事始め。夜は新年互礼会。

そして今日は、ボクの野良仕事の仕事始めである。


数年かけて、以前畑だった所をきれいにしていた所を、今年はいよいよ開墾する。
こういうことは正月のうちに着手しないと、三日坊主になりそうなので、今日から開始である。

開始前の様子。
竹とヤブと雑草を数年刈り続けて、ここまできた。


001

昨日ほどの冷え込みではないが、それでも4~5度ぐらいだろう。
鼻水をたらしながら、耳当てをしてスタート。
まずは、アプローチを直す。

ササの根や雑草以外にも、昔捨てたプラスチックや鉄の残骸が次から次へと出てくるのに辟易した。

右が倉庫。
擁壁が見えるが、以前、あの間に落ちた。

003


山に近い方には、ササがはびこっていたので、スコップで掘り返す。
猛烈な根の群生に絶望感が漂ってきた。


004


昼まで頑張ったが、これっぽっちしかできない。
元気を出すためにビールを二缶開けた。

005

畑に戻ってみると、ジョウビタキが現れた。
掘り返した土の中の虫をついばみに来たのだろう。
「チッ チッ」と鳴いている。
「あっちへいけ」と言っているのだろう。

007

ここで「すくも」(もみがら)を撒くことにした。
焼くタイミングを逸していたので、固くなった土を柔らかくするためにそのまま撒くことにした。
でも、撒いているうちに酔いが回ってヘロヘロになった。


009

5時前になったので、本日の作業はおしまい。

第1期計画は、10m×10mだ。
今日掘り返したところを測ってみたら…3.3m×4mしかなかった。
進捗率は「13.2%」である。

これからは、掘り返すだけだから少しは効率が上がるだろうが、それでもあと丸5日はかかるだろう。

庭の掃除をしていた鬼嫁を呼んできて、
「手作業じゃぁ…これだけしかできん…機械ならすぐなのに…」
とぼやいてみせたら、

「へぇ~案外進んでるじゃない…できる、できる」
と言いながらさっさと戻っていった。

鬼嫁は…今年も鬼嫁である。


012

大きな根っこはその都度、取り除いているが、それでもこの有様である。

ひととおり掘り起こしたら、次は石灰を撒いて、再び三つ鍬で細かく砕きながら、根っこを取り除くつもりだ。

だから正味あと10日はかかるだろう。
春までに出来るかな?

013


冷酒を呑みながらブログを書いたが、腰が痛くて仕方がない。
明日は午前中、母の見舞い。
昼から続きをやる予定だが、果たしてどうなることやら…。

2013年1月 3日 (木)

正月の反省

よく呑みました。

元旦は息子夫婦が再び戻って、ボクは6時前から「社」で初仕事。
その日のことは書いたが、それからは呑みっぱなし。

昨日は、三社参りをして、鬼嫁の実家に行って酒…酒。

三時過ぎから悪友の家で、酒…酒…三昧。
同級生も集まって…酒…酒…三昧。

今朝、起きたらまだ薄暗かった。
昨晩、息子夫婦を見送って…酒…酒…三昧だったので、まるで覚えていなかった。


今日は静養の日。
でも昼になったら呑まずにはいられなかったので、鬼嫁をけつり飛ばして…酒…酒…三昧。


寒風の中、畑が可哀そうだったので様子を見にいった。
いちごが必死にはいつくばっていた。


この数日を反省しながら、間の土を打った。
ちょっと生き返ったみたいだ。


ボクはまだ酒…酒…から抜けられない。

明日の仕事始めは…酒は飲まない。
いきなり始発電車に乗って、最終で帰るようなことはイヤだ。

「もう…寝る!」
と言ったら、鬼嫁が、

「あ~ら、今日は早いのね!!」
と言いながら、コタツにもぐりもんだ。


…今年もこんな感じで過ぎていくのだろう。

(でも木村勇気はちょっと頑張った…暫く出場できなかったが、ようやく彼の活躍を目にすることができた。往路の頑張りが「N体大」の総合優勝につながった。西京高校はもっと…もっと頑張らないといけませぬ!)

2013年1月 1日 (火)

謹賀新年

暗い頃から裏山に上がる。
地元の社の初参り。

1時間準備をして初日の出を迎えた。
雲がかかってよく見えなかったが、とりあえず万歳!

004


 
 
  
 
 
 
 
 
 
今朝は、我が家でも初雪だった。
久しぶりの雪の正月。

 
 
 
 
009

 
 
 
 
 
 
今年はいいことがあるかなぁ…。
それにしても朝から呑みすぎました。

 
 
 

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