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2013年2月 8日 (金)

今朝の雪はなかなかだった。
我が家の芝生にもうっすら積もっていた。
今では、瀬戸内の光市に雪が積もることは滅多にない。

昭和38年(さんぱち)豪雪はすごい記録だ。


ボクの豪雪記憶は、たぶん昭和42年頃か?
このあたりでも20センチ近く積もった。
今は亡き父のスキーを履いて、下の車道まで下った記憶がある。

小学生の頃は、父に連れられて羅漢山や冠高原のスキー場に行った。
それだけに今の現地の状況は哀しいものがある。


さて大人になった、昭和54年、地元に就職した頃、スキー道具をそろえて、当時の鹿野町(今は周南市)のパブリックスキー場に通った。

リフトもない所で、牧場が冬にスキー場として営業していたような記憶がある。
場所は忘れてしまったが、『びっけさん』なら心当たりがあるはずだ。


小さなロッジもあって、地元の小中学生たちと一緒にパラレルの練習をした。
早朝はアイスバーンになることが多く、エッジが引っ掛かると、もんどりうって斜面を転がり落ちた。
あの頃は元気がよかった。

スキー道具は全部処分したが、当時のダウンジャケットだけは今でも捨てられない。
今でも時々、裏山に入るときに来ている。
軽いし、今でも羽毛が飛び出してくる。


あれだけ雪が好きだったのに、どうして雪の山に行かないのか?
…不思議である。


そんなことを思い出しながら、雪中の通勤だった。

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