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2013年4月26日 (金)

ジェネレーション

日曜日は父の25回忌の法要だ。

子や孫、ひ孫が集まってくる。
父の葬儀の時を思い出すと、集まる親族は様変わりしている。

そもそも当時は、ボクしか分からない親族が多かった。

「あれは…○○さん。あれは…」
という按配だった。


今回、父の25回忌の法要をするときに改めて見直してみたが、まるで招待客が違う。
招待客とは言い方が悪いが、亡父から見たら子や孫の一族たちだ。


父や母の従兄弟たちも呼べる人がいない。
ボクが母を連れて『最後の晩餐』に行った人たちは、もう呼べる状態ではない。

ほとんどが他界されているし、存命であっても、もう案内するような状態ではない。


tobinokoさんやびっけさんたちが嘆いておられるように、農家の後継ぎはこの世にはいない。


我が子は一男二女で、長男はなんとか県内に戻ってきたが、それでもどうしようもない距離にいる。


明日は、その連中が一気に戻ってくる。
ボクの兄、子供や孫たち…みんな実家に帰ってくる。


それが分かっているから、実家にいる人は、せっせと草を刈り、落ち葉を拾い、墓の掃除をし、布団を干すのだ。

さすがの鬼嫁も、掃除続きで、
「腰がのらん!」
と、愚痴を言う。


これが本家の辛さだ。

みんなで均等に割れば何の文句もない。

それが理想である。


でも誰かが背負わないと、こういう問題は先送りできないのだ。

背負わされた人は、それはそれを頑張る。
頑張るが、それにも限度がある。

みんな楽をしたいのだ。

「あとは大丈夫?」
…などと聞かないように。


親族が一堂に会する日はこの二日である。

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コメント

普段付き合いの在る親戚が来てくれるのは楽しいのですが、法事などで一度に集まると大変でしょうね、此方では法事など質素になり、ごく近い親戚や家族だけで行われる事が多く楽な反面淋しい気もします。
歳なんでしょうかね〜。

▼tobinokoさん
そんなに多くは案内していませんが、唯一元気な伯母と、久しぶりに従兄弟たちと話ができました。
子供の結婚式にも案内していなかったのですが、自分が小さかったころの法要の記憶が蘇りました。
たぶん我が子や孫たちも将来思い出すでしょう。
たぶん、我が家でこんなことをするのも…これが最後になると思います。

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