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2013年5月

2013年5月31日 (金)

アドレナリンが出ない

先だっての健康診断で、アドレナリンを全部放出したらしい。

元気が出なくなった。
明日は仕事をして、日曜日に代かきをするつもりだが、
「よし!やろう!」
という高揚がない。

昨夜もずいぶん呑んだが、H駅に迎えに来た鬼嫁の車に乗り込んだ。

今朝の車窓は早起きの人が多かった。
しかも年寄りばかり。

こんな時間なのに田植えの準備は怠りない。
おばあさんが苗箱を運び、おじいさんが田植え機に積み込んでいた。


二人とも腰が曲がりかけているのに辛抱人である。


それを眺めていると、これまではフツフツとやる気がわいてきたのだが、今朝はどうも気が重かった。


昨夜のOBたちとの会話が、まだ頭の底にあるのだろう。

晩酌した今でも、どうもアドレナリンが出ない。


とりあえず、明日の仕事をこなして、雨の中で代かきを頑張るしかない。

2013年5月29日 (水)

催促

カエルの泣声がすさまじい。

つい先月までは、気の早い連中が囃したてていたのだが、昨夜の雨で我が家の田んぼにも水がたまった。

一斉になき始めた。

このなきごえは、
「早く…代をかけ…かけ…かけ……」
という大合唱に聞こえる。

雨が降る時とは違う。
立派な催促である。


土曜日の行事は外せない。
日曜日の行事は断りを入れた。

今年の梅雨入りは少し早めだったし、土曜日にもう一度降るようだ。
これでなんとか、田植えまでこぎつけそうだ。


鬼嫁がようやく堅い口を開いた。
「あのね…あなたがいつも車を停めている所に…長い蛇がいたの…長かった…」

「シマヘビか青大将じゃないの…毒はないから、『しっし!!!』と追いたてたらどうにでもなる」
「…………ああイヤだ! ヘビよ! ヘビ!!!」


明日は山口で飲み会があるので、鬼嫁に迎えを頼まなければならない。
そこでこういう会話をする。

「最終電車の一つ前で帰るつもりだから…頼む」

「ヘビがいたら…どうするの!」


『どっきり』でやっても、たぶん昇天するだろう。

是非、はちべえどのにアシストしていただきたい。


それにしても…このカエルたちの大合唱は『お囃し』と一緒だ。

囃したてられた当人はたまったものではない。


「土曜日の仕事はどうしても外せないから、日曜日に一気にやるぞ!」
と言っても静まらない。


昔人はこの田畑を…あの道具で、たぶん全員でやっていたはずだ。
効率化された今でも、こんなバカなことをやる子々孫々がいる。


ボクの環境ではさっさと売ってしまえば始末は早い。
しかし、そうもできない人もいる。


だから、そんなこととは別次元で…当事者に任せて欲しい。

介入は要らない。

人を惑わすだけだ。

2013年5月28日 (火)

位牌の中

梅雨に入って喜びたいところだが、昨日、ブログが書けなかった理由を付しておく。


晩酌を終えた頃、関東地方に住む従叔母から電話が入ってきた。
母親…つまりボクから見ると叔祖母が亡くなったという連絡だった。
親族親等表を見ると四親等になる。

祖父兄弟の末っ子で、利発でしゃきっとした従叔母だった。
祖父一族に色々あった中で、従叔母にはずっとヤブ山家のことを気遣ってもらった恩人である。
数年前まで隣市に夫婦で住んでいたのだが、関東に住む一人娘夫婦に引き取られていた。

遠隔地でもあるし身内だけの密葬にすると決めていたそうだが、従叔母が生前、本家だけには連絡しておくようにと言われていたそうだ。
ボクもその言葉に甘えて、弔電と香典を届けることで失礼することにした。

その時に聞かれたのが、
「お寺さんから、『戒名をどういたしましょうか?』と尋ねられたので、祖母の院号というか…戒名が分からないかしら?母も祖母と同じ格の戒名にしてあげようと思うんだけど、こちらには何もないし…」
ということだった。

ボクから見れば曾祖母の戒名である。
お寺に行って過去帳を調べればわかるだろうが、どうも急施を要するようなので、仏壇の引き出しをあちこち探してみたが、家系図らしきものは見当たらない。
母がむかし、「家系図を作ってもらった」と言っていた記憶が何となくあるのだが、みつからない。

はたと考え込んでいると、位牌が目にとまった。
「あの中だ!」

父が亡くなった時に、住職が先祖代々の位牌をまとめて入れる位牌を作ってくれていたのだ。
日頃は『ヤブ山家先祖代々』と彫られた黒檀の位牌を表にしているのだが、先日の父の法要の際に、母の指図で、父の位牌をいちばん表にしていたのだ。

早速、位牌の上蓋をあけて調べてみると、白木の位牌が10数枚入っていた。
ところが戒名だけしか書いてないので、どれが誰のものなのか分からない。

「ダメだ!分からん!」と言いながら考え込んでいると、鬼嫁が、
「裏を見た?」
とつぶやきながら仏間にやってきた。


「??…あった!」
位牌の裏には、俗名と死亡年月日が記されていたのである。

曾祖母の名前は、相続時の戸籍謄本を引っ張り出して調べておいた。
すぐに戒名をメモして、従叔母に電話した。

先祖の位牌以外に、予備と思われるものが2枚。
白木のものと、父の位牌と同じ黒檀が一体ずつ。
これ以上は入らない。

ボクはあと2年で亡くなった父と同じ歳になる。
母は82歳で人工透析と認知症を患っている。
鬼嫁はボクより一つ下。


…何だかあの世を覗き込んでいるような気がしてきたので、『ヤブ山家先祖代々』を表にして、元のように、父の位牌、祖父母、曾祖父母…、最後に無垢の白木と黒檀の牌を入れて…静かに蓋を閉じた。


従叔母は母にとっていちばんの相談相手だった。

だから母にはまだ告げずにいる。

もう一度酒をくらうしか、やり場がないのだ。


2013年5月26日 (日)

土日の日記

ブログが書けなかった。

農作業が忙しかったわけではない。

土曜日。
雨が降らないので、下のTさんと雨乞いをする。
ホントは今週、Tさんが代かきをして、来週ボクがする予定だったのだが雨が降らない。

掘り抜きポンプは雨と併用しないと水量が確保できない。

「困ったねぇ…来週の雨に期待しましょうか」
で散会。


仕方がないので草を刈っていると、悪友Tが通りかかった。

「田植えができないのなら…また呑むか?」
「OK、OK…6時に行くから」


鬼嫁に送ってもらってTの家で浴びるほど酒を呑んだ。
だからブログはお休み。

今日は昼に仕事。
往復2時間20分。
仕事は40分。


自分で選んだのだから仕方がない。


夕方、ハクビシンに苗を倒された畑の始末。

でも、黒豆の芽が出てきた。

おいしい枝豆になるといいが。


001_2


金毘羅社の参道の草を刈った。
ほとんど手刈りだ。
このあたりからヘロヘロになった。

002

これは庭先の広場兼ゴルフ練習場。
かれこれ20年近くやっていないが、ときどきアプローチの練習をしている。


003

ハクビシンにやられたピーマンとオクラに寒冷紗をかけた。

004

普通の枝豆の芽も出てきた。
黒豆と食べ比べる。

005

開墾畑の全景。
向こう側はすっかり雑草が茂った。
来週は刈らないと大変なことにになる。

007

夜は『イサキ』の内臓で舌鼓。

昨晩、Tからもらってきたものだ。

白子、卵巣、タマゴ、レバー。

三回茹でて湯を変えると臭いが消える。

やっぱり白子が一番うまい。


008

2013年5月24日 (金)

男のテリトリー

『賢者は歴史から学び  愚者は経験から学ぶ』
と言われて久しい。

ボクは好かんが、それが通説である。
そして、ある意味で正しい。

詳細な史実をもとに考えたことと、直感的に思いついたことを同列に扱うことがおかしい。
最近のH市長の発言をめぐるマスコミ報道が最たる例である。

彼は深く考えていない。
そんな人物である。
それが長所であり、彼の限界である。

それをそうとしてとらえればどうでもいい人物なのだが、マスコミは時代の寵児として囃したてたので後始末に困っていた。
そこにこの発言があったので、ちょうどいい火消しになった。

…そんな輩のことはどうでもいい。
さっき、昨夜のブログに対するはちべえどののコメントに書けなかったこと。


部落の男が守っているのは、自分の財産であり、せめて大げさにいえば部落のエリアである。
それ以上はできないし、考えてもいないし、物理的にも無理である。


ボクがこれまで学んできたことを照射すれば、
これが、『経験と知覚』の違いである。


実は、ボクは『経験と歴史』が大嫌いである。
反吐が出る。

「経験しなければ、なにも分からないと」
と、いわれたら若者は立つ瀬がない。


「経験してもあんな大人にしかなれない」
「いくら頑張ってもあんな大人にはなれない」
と二極化して、生きていくのが面倒になる。


さすればどうするか。

経験していることを 自分で眺めながら その自分を見つめる。

…人の一生は短いので、学ぶとしたらこうするしかない。

これができなかったら いくら大人になっても いくら歳をくっても 何の足しにもならない。


…でも それができない人がいる。

生物学的に、物理的に、性格的にもできない人がいる。
どうやっても克服できない環境がある。

しかし、それをいっぺんに見せて、「さあ!どうする!」
と、囃したてる輩がいる。

そんなことを言われても、人間にできるわけがない。


自分のテリトリーをとりあえず守る。
それができた人と、ゆっくり話をしてみたい。


ボクには時間はないので、早く続きの話をしておきたいのだ。
たぶん、E長老のように…。

2013年5月23日 (木)

地下上申

昨晩、地元の風土記を一気に通読した。

金毘羅社の歴史を中心に読んだのだが、その中で、
「…一時は荒れ果てて、『ヤブ神様』と呼ばれた時期もあった…」
というくだりを目にして、思わず苦笑してしまった。

さて、この著書の主な文献である『地下上申』は元文3年(1738)に作られたもので、ヤブ山家の家系からするとすでにこの部落に住んでいた16戸に含まれているはずだ。

しかし、掲載されていた『絵図』は縮小印刷されていたので我が家の判別が難しかった。
そのうち文書館で現物を見てみるつもりだ。


また、はちべえどのから問われた『ひちしゃの森』は、『七社』ではなくて『七者』であることが分かった。

この森には、我が家のいちばん古いご先祖様の墓があったのだが、10年以上前に母が、
「このままではいつか無縁仏になるかもしれないから、私が覚えているうちに移そう」
と言い出して我が家の上にある墓地に移設した。
…ということは、我が家の祖先は現在のヤブ山家とは違うところに建っていたのかもしれない。

平成16年に解体した旧母屋は、登記簿上は明治12年築だったが、今のところではなくて、もっと他の所にあったのだろうか。今となっては皆目見当もつかない。

また、『七者の森』の南側は『おかんりょう』と呼んでいたが、『丘観陵』という表記だったことも今回初めて知った。


著者は部落内の元教師で、亡父より少し年上。兄と同級生の父親である。
小さい頃によく遊びに行ったが、大変格調のある家屋敷だった。
すでに亡くなられて久しい。

平成7年の『金毘羅社』の再建当時の写真が掲載されていたが、懐かしい顔ぶれが並んでいて、元気そうな母の顔もあった。

この風土記は平成9年5月に刊行されているが、恐らくその直後に地元の「申し(もうし)」を止めているはずなので、『E長老』が元気なうちにその辺の経緯をよく聞いておくつもりだ。

ちょうどこの頃は、ボクが仕事でいちばん忙しかった時期なので、再建の様子や申しを止めた時期を知らない。
母はもうおぼつかないので、是非とも『E長老』から話を聞いておきたい。
E長老も恐らく、地下の人間であるボクに伝えておきたいのだろう。

地下の『屋号』は少し覚えているが、全体について長老に確認しておこう。


平成の移ろいを何かの形で残しておけば、後世で少しは役に立つかもしれない。
ヤブ山突撃隊の記録と一緒に残しておくか…。


…と、書いていると鬼嫁が後ろでつぶやいた。
「今日、病院に行ってお母さまに、
『ちょっと窓口に手続きに行ってきますね』と言ったら、
『また入院の延長をするんかね』と言われたの。
今日はスイッチ、オン!の日だったわ。
『いっそも○男が来んが、なにをしちょるんかね!』と言われました!」


ボクは何も残せないかもしれない。

2013年5月22日 (水)

郷土史

金毘羅社の世話人になったからには歴史を語り継がなければならない。

先日の直会の時、我が一族の長老から、
「今度、我が家の古文書を見に来てくれ」
と言われた。


ボクの亡き父と同級生で、いまやこの部落の天然記念物になりそうなほどの長老である。
いまだに祭礼や直会に出席して、大酒をくらっている。

おまけにこの歳になっても女好きが治まらない。

先日の直会のとき、あの鬼嫁でさえ、
「あのね…○○おじいさんが、手を握りながら…頭をホンコホンコしたんだけど…何かしら?」
と言うので、
「単なる女好きなの…触るところがなかったから頭にしたんじゃないの・」
「なぁ~んだ」

どうやら、古老はボクにいろいろ話しておきたいようだ。


よって、今日は閉館間際の図書館によって『○○風土記』を借りてきた。

なかなか面白い。

親父が亡くなって7年後に金毘羅社が再建されたのだが、それが巻末に記してあった。


…補遺として、それから20年後の様子でも書くかな。

2013年5月21日 (火)

試練の日

今日は年に一回やってくる試練の日であった。

ボクは医者と看護士の姿を見ると、心拍数と血圧が跳ね上がる。

もともと血圧が高い家系に加えて、保育園時代のケガで頭を3針縫って以来、病院に行ったり健康診断がある度に寿命を縮めてきた。

昔の子供の健康診断は、お医者さんが聴診器をあててむつかしそうな顔をするだけだったが、次第に検査機器が充実し始めると、ボクは次第にトラウマに追いまくられ、いい歳になった今でも、どうしようもなく辛い一日である。

今朝は気合を入れていつもより15分早く家を出た。
その甲斐あって3番札がもらえた。

初めの視力検査はドキドキしないのですぐに終わったが、次は第一のハードル「血圧測定」である。

「どうせ高いので測定は一回にしてください。高いままでいいですから」
と告げて座った。

担当者は、「はい…そうしますね」
と言ってすぐに数値を書き込んだ。
…やっぱり要精密検査レベルの数値だった。

聴力検査もすぐに終わった。
次は医者の問診だが、治療中であることを話したらすぐに開放してくれた。

さて、いよいよ血液検査である。

部屋に入ったらボクはトップバッターになっていた。
部屋の中には3人の看護士が待っていた。

そこで、こう宣言した。

「あのう…トップバッターで申し訳ないのですが、血が出にくいのでよろしくお願いします」

いずれも女性の看護士で、主任クラス、中堅風、若手の組み合わせのようだった。

主任クラスが横の二人を見ながら、「どうぞ」と言ったら、若手のおねえちゃんが端っこの中堅のおばちゃんに、
「お願いしま~す」
と頼んだ。

目くばせされた中堅のおばちゃんは、
「はい!じゃ~いきましょうね」
と急に真面目な顔で言った。


いきなり、ボクぐらいのおっさんが注文というか…わめいいたので部屋の中に緊張が走ったようだ。


冷血そうな彼女は、
「ホント…血管が見えませんね」
と言いながら、後ろを振り返って別の器具を取り出した。

これは採血が難しい人用の注射針である。


普通の人は管針を刺したら、それを取り替えながら三つのサンプルに取り分けるが、ボクのような人種は注射針で一気に吸い取り、あとで三つの試験管に分けるのである。

少しチクリとしたが、すぐに止血帯を緩めながら、
「少し痛かったでしょ? 少し探りました。手の先は痺れませんか?」
「大丈夫です。お上手ですね」

「今朝は気合が入りました。お疲れさまでした」
と、それまでの真顔から打って変って、ニコッと答えてくれた。

…よく見ると、きりっとしてボク好みの美人であった。


ボクの細い血管に『ブスリ!』と刺したおばちゃんではあったが、立派な立ち振る舞いであった。

鬼嫁のように心底から冷たい女ではないと感じた。

こんな人ならきっとホントは優しい嫁だと思った。


…もう一度受診したいと思いながら彼女の残像を後にした。
(島尾敏雄風かなぁ…)


2013年5月20日 (月)

月曜日の日記

昨日は雨の中、二つの行事をこなした。
よって今日は代休をもらうことにしていたので、昨日は、そのまま母の見舞いまでこなしたのですっかり疲れてしまってブログの更新もできなかった。

今日、母の見舞いに行けばいいようなものだが、野良仕事をして昼にビールを呑みたいので、わざわざ昨夕見舞いに行った。

鬼嫁に言わせれば、「とんでもない親不孝者!親よりもビールが大事とは…アキレタ!」


今日は畑三昧。

まずtobinokoさんご推薦の『黒豆』を播いた。エダマメで食べるつもりだ。
昔からの畑に丁寧に撒いた。

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ついでに食べ比べてみるために普通のエダマメも播いた。
これは失敗してもいいように開墾畑のほうにした。


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あとはひたすら雑草取りに精を出した。
どうもマルチをするのは気が進まないので、雑草との戦いは自業自得である。

昼のビールを呑んで昼寝をして再び雑草取り。


飽きてきたので家の墓に上がってみたら夏ミカンの花が満開だった。

でも異様な音に包まれていた。

『ミツバチ』の大群が飛び交っていた。
金毘羅社の裏で養蜂をやっている方がおられるのだが、たぶんそこの群れだろう。

白い花なのでハチミツの色は少し薄くなるのかな。


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さて、明日は真面目に仕事に行かなければならないが、年に一度の試練の日だ。

きっと、はちべえどのは明日のブログを楽しみにしているだろうな…。

今日は焼酎をやめて缶ビール二缶にしておこう。
でも昼に二缶呑んでいるからなぁ…。

採血が一発で決まればいいんだけどなぁ…。


2013年5月18日 (土)

呑みました

我が家の田んぼは代かきには早すぎるが、草が伸びてきたのでもう一度起こした。

昼に缶ビールを二缶のんで、ほろ酔いでトラクターに乗っていると、同級生の悪友がやってきた。

「今晩…どう?」

「OK OK!」

鬼嫁に送ってもらった。

3時間の大宴会。
同級生は何度呑んでも昔話と今の話が延々と続く。


さっき鬼嫁が拉致しに来た。
明日は仕事があるので、適当な時間に見替えに来いといっておいた。

悪友の海の家に現れた鬼嫁が一言。

「ええ音がするね」

これにホストが素早く反応した。

「じゃから…長うなるんよ」

「酔いたんぼには…ええ音じゃね」


…こうしてボクは拉致されて家に戻ったのでありました。


鬼嫁は相手がだれであろうと、こんな感じなのです。


でも、よく考えてみたら、鬼嫁もこの悪友たちとは、かれこれ40年のつきあいになる。


親戚みたいなものか。

2013年5月17日 (金)

温度差とフレミングの法則の互恵関係について

タイトルを書いただけで、一度アップロードしてしまった。

下世話な話で申し訳ないが、鬼嫁と便座のヒーターでモメた。

この季節になると、便座が暖かいと気持ちが悪いので、毎朝、便座の設定を最低にしていた。
これで『切』となるはずだ。

ところが、毎朝、切っているにもかかわらず、必ず温かいのだ。

さっき、鬼嫁に尋ねてみた。

「便座の温度は自動復帰するの?」
「なにが?」
「便座のヒーター!」
「だって…寒いもん」

「おまえか!!」
「だって…寒いもん」

「毎日、切っているのに戻しているのか?」
「だって…寒いもん」

「毎日、切ったのに…毎日、戻したんか!」
「だって…寒いもん」


同じ答えが帰ってくるので頭にきた。

ここは、きちんと言っておかなければいけない。

寒がりと季節の移ろいをいっしょくたにしてはいけない。

…胸に手を当てて殴ろうとしたら、左手が引きつっていた。

人差し指を鬼嫁に向けて、撃とうとしたら、
親指がボクを指していた。

「フレミングか! お前は!」
と言ったら、
「なにか…あったわよね…そんなの…」
と、他所を向いて言った。


「おまえ! 右手の法則を知っちょるか!!」
と聞いたが、知らぬ顔だった。


左手はボクで、右手は無視。


仕方がないので、外に出て右手の法則を思い出そうとしたが、足がふらふらしたので撤退した。


言葉の実体をもう一度考えようとしたが、強力な磁場が発生したので、おしまいにした。

2013年5月16日 (木)

ことばの壁Ⅱ

酔っ払いの戯言に対し、ぼっちさんが真面目に突っ込んできたので補足しておこう。

人類が手にした最高の道具は『ことば』である。
それに間違いはない。

しかし、「山」や「川」といった実体を表すものから、「勇気」や「真理」といった実体のないものを生みだしてしまった。
ここで人間の奢りが始まった。

そして、誰かの予想どうり…『文字』という最強の武器を手にして、またたくまに人間界を席巻した。

ボクが『必要悪』とケナしたのは、『ことば』があたかも実体を表しているという盲信がはびこっているのが許せないからだ。


目の前のリンゴを指して、
「あなたが作ったリンゴは赤い」
は許せるが、

それを見ないまま、
「あなたが作ったリンゴは赤い」
と言うことができるようになったのだ。


『ことば』は、非常にデリケートで危険な道具だったはずだ。
だから、これを使うときには注意が必要である。


昨夜のブログは、某人の無神経な発言に怒りを感じたので、
「推論や持論を展開するときは…ことばを心して使え!」という意味で書いたつもりである。


ただし、昨夜書いたように『必要悪』は本音である。

人が他人と意思疎通をするために手に入れた道具が、人と人とが誤解を生む温床になっている。

真実を表現しようとして手に入れた道具が、逆に人をおとしめているのだ。


ぼっちさんが指摘したように、『ことば』を操る人が悪いのであって、『ことば』そのものは真理の世界にあるべきものなのですが、たぶん、人類は、『ことば』を得るために、神と『ある約束』をしたと思っています。

何かを生贄にしたのか、なにかを捧げたのか?


そうでないと、この人間界の混沌が説明できません。
それが表面に出ていようと、きれい事を言おうと、これだけの道具を手に入れながら結論を見いだせない理由が理解できません。


たぶん、これが『業』であり、昨夜書いた『必要悪』と罵った所以です。


…ここまで書くと論理的に破たんしておりますが、酔っ払いの戯言ブログなので、これにておしまい!


2013年5月15日 (水)

ことばの壁

人類の最高傑作は『言語』と言われているが、実は怪しい。

『言語』は、人類史上…止むにやまれず生まれた『必要悪』である。

誤解を生み、奢りを生み育てる『やっかいもの』である。


そもそも人は語ることすらできなかった。

それをようやく克服した頃に、それまでの絵や音楽、言い伝えを、へつらい、さげすんだ。

人の口から出てくるものは 毒ばかりである。

そんなものを いちいち取り立てても仕方がない。

口に出せずに 自分の頭の中にぼんやりと残っているものが大事なのだが 誰も見たことがない。


これが悔しくてならない。

2013年5月14日 (火)

deru deru mega deru

朝夕、庭のポット苗の状況を確認している。

トマトやキュウリ、ナス、ピーマンなどは発芽率が良かったが、3月末に播いた『オクラ』だけは一つしか芽が出なくて、4月に追加で播いておいたポットからようやく芽が出始めた。

鬼嫁にそのことを話したら、
「我が家の野菜の種はかわいそう。毎日毎日、『早く出んか、出んか』とせかされて…」
とつれない返事だった。

「毎日様子を見てやったら、種の方も頑張ろうという気になるんじゃないかなぁ…」
「あんたね、種にも都合というものがあるのよ。芽を出す出さないは種が決めることです。あなたはじっと静かに待っていたらいいのよ」

むむ…。
いつからこんなに達観できる人間になったのだろうか。
確かに、我が家では子供たちの受験や就職、結婚などはすべて本人任せである。
僕はそういう主義で、逆に鬼嫁の方から、「あなた少しは心配したらどうなの」と言われるぐらいだったのに、今頃になってこんなことを言い出した。


そんなことはお構いなしに、僕は毎日、
「deru deru mega deru」
と呪文を唱えている。


補遺:この呪文は、たしか小学校ではじめて習ったローマ字の例文だったと記憶している。


2013年5月13日 (月)

お前は敵だったのか!

今日二回目の記事だ。

一回目の記事を書いた後、鬼嫁が、
「イチゴはどうかいね?」
と、上から目線で催促するので、晩酌前なのにすでによろける足で畑に降りた。

二日前に3個ばかり収穫したが、そのとき確認していたので、そろそろ収穫できるのが3つはあるはずだ。


そっと覗いてみると、


「!!!!!!!!」


「おまえか!  !!」

…そこには…『ダンゴムシ』がイチゴの表面いっぱいにむさぶりついていた。

「奇形のイチゴは、お前たちの仕業だったのか!」

ダンゴムシは、噛まないし、野菜を食い荒らさないのでボクの味方か友達だと思っていた。


鬼嫁は、バカ息子がポケットに詰めて帰ったダンゴムシに卒倒したが、

ボクは、イチゴにまぶれついたダンゴムシに卒倒した。

なんだか今日は、友達を一人失ったような気がした。

たぶん、かじって食べるのではなくて、実の水分を吸うのだろう。

それでときどきあんな形のイチゴがあるのだろう。


ダンゴムシはボクに詫びを入れてくるのかなぁ…。


開墾畑の現況

今日は年休。
連休の間に取れなかった代替えである。

ひたすら畑に精を出した。

少し前に移植したトマトに支柱を立てて、トウモロコシには鳥避けのテグスを張った。


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ポット苗が伸びたので、まずキュウリを6本移植して、支柱を立てた。


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その向こうにはナスビを4本植えた。
苗は2本余ったが、鬼嫁から「4本以上は絶対に植えないこと!」
というキツイご宣託があったので仕方がない。

隣の畝にはピーマンを5本植えた。
全部で6本育てていたのだが、そのうちの1本はどうも他品種の種のようなので廃棄した。
鬼嫁に見られないようにこっそり5本全部植えた。


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隣の畝のシュンギクが元気に育っている。
すでに2回間引いている。
お吸い物に入れたり、胡麻和えになって出てくる。
向こうに見えるのが、トウが立ってきたホウレンソウ。
食べるのはもう飽きた。

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これはチンゲンサイ。
これも2回間引いた。
今日間引いた菜は昼のラーメンに入っていた。

005


次は、昔からの畑。
いま収穫まっ盛りのスナックエンドウの隣にゴーヤを植えた。
去年、出来すぎてひどい目にあったので、ホームセンターで2ポット買った。

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試しに、スイカとカボチャを2ポットずつ買ってみた。
ビニールをかぶせるのが面倒だったので、不織布で覆ってみた。
夏に孫が帰ってきたときにできていればよいが。

007


最後に写真はないが、今年の玉ねぎは失敗だった。
大きくならなかった。
どれもせいぜい中玉どまりばかりだ。
モグラに縦横無尽に掘り返されたせいなのか、肥料の時期や量に問題があったのだろうか?
来年は開墾畑に植えてみよう。


平日、黙々と畑仕事をしていると、リタイア後の生活のような気がした。
なんだか落武者のようである。
こんな心境になるのかな。

2013年5月12日 (日)

春の祭礼

昨日は、日曜日の春の祭礼の準備。

鍵を持っているのはボクなので、少し早めに上がる。
世話人の平均年齢は70歳を超えるぐらいだろう。

でも段取りは早い。
あっという間に終了した。


夕方、徳山で某人と食事をする。
色々と興味深い話を聞いたが、結局、いつもの電車に乗って帰った。
…でも、今日は徳山だから、呑んだ時間はいつものプラス1時間半だろう。


さて、今日は代表になって初めての祭礼の日だ。
金毘羅社は全国どこかしこにもあるが、地元にとっては大切な社である。

集合時間の30分前に金毘羅社に上がった。

ボクは代表になったが、
お供えを調達する人…野菜系、魚系がある。
司会、受付、祭壇準備、神主送迎、婦人部…など色々な役がある。


杖をついてヨタヨタ参道を上がる長老に、
「おんぶしましょうか?」
というと、
「いや、わしゃ~ゼッタイ歩いてあがる!」
と、強がりを言う。

その後、頼んでおいた近くの神主が神事を執り行った。
ボクは初めに玉串を奉天し、その後、みんなが続いた。

お礼のあいさつをして、近くの自治会館で『直会』。

ここでもお礼のあいさつをして、呑んだくれの開始となった。

2時間後には散会となったが、鬼嫁は全体を通じて初めて参加した。


「右隣の人はだれ?」
「そのむこうの…」
と、色々聞いてきた。


婦人部の中でも、全て名前と顔が一致する人はいないそうだ。
ボクはようやく、男衆の名前と顔が一致するようになった。


でも、パソコンでもスマホでも…『なおらい』で変換候補がない。

廃語扱いである。

たぶん、57歳のおじさんの感覚だと…『直会』がわかるのは…成人男性であっても、たぶん「5%」ぐらいだと思う。

朝のジャガイモの花。

上はベニアカリ。
下はメイクィーン。


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2013年5月10日 (金)

もっと降れ!

待望の雨が降った。

しかし、畑にはちょうどいいが、田んぼには役に立たない。

中途半端である。
これから代かきをするというのに、これでは何もできない。

tobinokoさんやびっけさんの所は、用水があるが…我が家は天水任せである。

さて日曜日は、金毘羅社の春の祭礼である。
よって明日はその準備作業がある。


叢の呑みもの類がなくなっていたので、鬼嫁に頼んでおいたビールとお茶を担ぎ上げておいた。

ボクが代表になって初めての祭礼なので粗相はしたくはない。
でも、明日は、準備の後、徳山で某人との懇親会がある。


やっと今日の仕事をこなしたばかりだが、どうにも心が休まらない。

やっぱり気持ちが弱いな…。
自分でも情けない。

2013年5月 9日 (木)

元気が出ない

どうも最近、ハチャメチャなブログを書けない日々が続いている。

理由は色々あるのだが、精神が特に弱い。
それを乗り越えてこそ…ヤブ山日記なのだが、本人が腐っているのでまるで盛り上がらない。

さっきまで、家の外で、明日の行事のあいさつをブツブツそらんじていた。
ボク個人であればどうでもいいのだが、組織としてのあいさつなので肝心なところは間違えることができない。

これがすごいプレッシャーになる。
紙を読めばいいのだが、それでは何も伝わらない。


だから、できるだけノーペーパーで話すようにしている。
でもこれが難しい。


どうして、政治家、特に安倍総理はあれだけきちんと話ができるのだろうか。
それも失言を探そうとしている輩の中で…。


ボクは…自分が思うことを好きなだけ言う自信はあるが、限られた檻の中で、『これだけは言うように!』と束縛されると、まるで駄目である。

…たぶん、昔のテストへの反発かもしれない。

『正しいこと』や『当たり前のこと』…を大声でいうのがイヤなのだ。


…こう愚痴っているうちに明日が来る。

頭が整理できなかったら…紙を読むか。


これが57歳、現役の悩みなのだろうか?
世の57歳に問うてみたい。


2013年5月 8日 (水)

近所づきあい

先日のこと。

近所のおばさんがJA関係の書類を持ってこられた。

母より一つ年上で、ボクの幼馴染の母親である。

「わたしはすぐにものを忘れるようになって困っちょるんよ。何でも忘れていけんのよ」

「おばさん…それは歳相応です。ウチのおふくろみたいに、もう一回この書類を持ってきたら危ないですけど…」

「そうじゃね…そのときは○○ちゃん、ちゃんと言うてね」

と二人で大笑いをした。


「でもねぇ…○子は私に向かって『ボケた、ボケた』と言うんよ」

「今度会ったら、よう言うちょきましょう」


…10分後、その○子ちゃんが現れた。

呆れた顔をしている。

「さっき、おかあさんが来たでしょ? 『○○ちゃんのところに行ったら、金毘羅さんのお供え用にお米を2.5合もらってくるんよ』と言い聞かせておいたのに、手ぶらで帰ってきたんよ」

「ボクが余計な話をしたから…もう一つの用事が飛んで行ったじゃないの」

「ホントに物忘れじゃなくて、絶対ボケちょるんよ」

「おばさんが、『○子が…ボケたボケた…と言うていけんのよ』と嘆いちょったよ」

「さっき『やっぱりボケたね』と言うたら、恥ずかしゅうて○○ちゃんのところに行けんから…あんた行ってきて…だって」

「まともなリアクションじゃない」

「こんなときだけ…まともになるんよね」


…どこも大変みたいだ。

2013年5月 7日 (火)

休日

今日は昨日の代休日。

平日の朝から草を刈っていると、いつぞやのように、
「おお!定年になったかね!」
と言われるので、映画を観て母の手術に立ち会うことにした。


その前に、少し時間があったので『玉ねぎ』を抜いておいた。


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数日干して、鬼嫁に倉庫まで運ばせるつもり。

下松の映画館で『アイアンマン3』を観る。


正直言って期待したほどではなかった。

やっぱり『びっけさん』のように真面目な映画を観た方がいいのかもしれない。
…、でもボクはこんな映画しか観に行かないのだ。


昼からは母の病院。

局部麻酔では痛がったので全身麻酔になった。

細かい手術だったのだが思いのほか時間がかかって少々心配した。

止血に手間取ったようで、手術室から出てきたのは夕方になった。

大声で耳元で叫んだらようやく目が半開きになった。


…全然、心休まぬ代休だった。

2013年5月 6日 (月)

ふぅ…たどり着いた

先週、防府でMDをCDに変換してもらった。

かれこれ30年前のシロモノである。


それは、『太陽にほえろ』と『傷だらけの天使』だ。

今日、仕事で高速を走るときに聴いた。


…元気が出た。


これが懐メロだろう。


アップデート

ふぅ…ようやく今日になった。

何日分の日記を書いたのだろうか。


今日は仕事があったので、昼までしか時間がない。

田んぼはもう2週間先だし、朝から草刈り機を動かすと近所迷惑だ。

今日も色々なことがあった。

これで…やっとアップデートしたか?


明日は代休。


映画を観て、散髪をして、母の手術に立ち会う。


…up date はまだもう少し先かもしれない。

▼独りごと
…すみません。さぼりました。

やっと昨日か?

まだ昨日のブログを書いている。

たぶん色々したつもりだが、明日…今日の仕事のことを考えていたはずだ。


夕方になって、草を焼こうと思い立った。
乾燥注意報が出っぱなしだが、畑も墓も…草だらけである。


燃え上がる炎を眺めていたら、救急サイレンが鳴り始めた。

火事ではない。
レスキューのシグナルだ。


下まで降りて、鬼嫁に

「どこかで火事か・」
と聞いたが要領を得ない。


しばらく経ってもそれ以上のことはなかったので、再び野焼きをする。

自分が怪しく思えてきた。

鬼嫁の登山日記(大潰山:997.5m、広島市北広島町)

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連休、まっただ中である。

先週の法事からずっと休まる日がない。
たぶん鬼嫁も同じだろう。

しかし、鬼嫁から絶対に弱音…誘いの言葉はかけてこない。
ボクが言うまで待つ。

普通の夫婦であれば、連休前に「どうしますか?」などという会話があるはずだ。

ボクたちは普通の夫婦ではないのでよくわからないが、だぶんそうだと思う。


そこで~え~と、たぶん、5月4日に登った。

鬼嫁の希望は、
「見晴らしがよい山がいい」
…そうだ。


ボクは西中国山地に行きたいので、適当に探した。

このところ…妻といくエリアはこの付近ばかりだ。

書くのが面倒になったので、あとは写真だけです。

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連休中の懺悔①

なんだかブログをさぼっていた。
外泊はしていない。

要は…昼にビールを呑んで、夕方早目に晩酌をスタートして、そのまま正しい晩酌に突入して…撃沈を繰り返していただけである。


今日は、初日の日記。

ポット苗えを畑に移植した。

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もうひとつ…植えた。


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…とりあえず、初日のこと。

2013年5月 3日 (金)

鬼嫁の本領

今日は畑仕事に精を出した。


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このところ何処にも行ってないので…


めんどくさいので…画像を貼っておしまい!


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危うく忘れるところだった…、この連休にどこかに連れて行かないと、
『頭が爆発する』そうなので、そのまま『どこかにいったら』と思う。

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何処に行くかは…明日の朝、考えます。


2013年5月 1日 (水)

天敵襲来


今朝のこと。
新聞を取って玄関に戻ったら、足元で黒いヒモが動いていた。
立派なムカデだった。
反射的にサンダルで踏みつぶした。

そういえば昨夜、鬼嫁が、
「そろそろムカデが出るかねぇ?」
と言うので、
「土曜日に畑で見つけたよ」
「じゃぁ明日撒いておかなきゃ」

…あのムカデはこの会話を聞いていたのかもしれない。
鬼嫁は家の周囲を隙間なく完璧に駆除剤を撒いて歩くので、きっとその前に入っておこうと考えたに違いない。
玄関先で待っていたのか、玄関戸とレールの間から忍び込んだのか分からないが、4~5秒の間に玄関内に侵入していた。

鬼嫁の天敵は…ヘビとムカデである。
これ以外はあまり怖がらないが、ムカデを見つけると大声でボクを呼ぶだけだ。
ヘビに至っては大声をあげたまま体が硬直して動けなくなる。


さて、倉庫で長靴に履き替えるときは、「トントン」と底を振るってから履く時期になった。


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