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2013年8月

2013年8月29日 (木)

鬼嫁の仁王立ちⅤ

いつものように車を止めて、玄関に向かっていたら、鬼嫁が出てきて腕組みをした。


これまでの経験値からすれば、玄関に入ったところで仁王立ちしているのが常である。

よほどのこととは思うが、70分前に「帰る」メールを送っているのだから、その間に何かあったのだろう。

ボクは品行方正を心掛けているので、やましいことや、ましてや後ろめたいことはない!
…はずである。


いちおう、あらゆるケースを想定しながら生きているので、たかが70分でボクの破滅が訪れることはないはずである。


が…、いちおう警戒のバリアーを悟られないように張ったまま玄関まで歩いた。

いきなり、鬼嫁が言い放った。

「あのね! 子供がね!!」

…ボクと鬼嫁の間には3人の子供がいるのだが、自分の子を
「子ども」
と言うわけがない。


それ以外に「子ども」がいる記憶はないが、とにかく鬼嫁の話を聞くことにした。


「5時前に、近所の子供たちが来て、下の田んぼの真ん中にサッカーボールが入ったので、長靴をはいて探しに行っていいですか?…と聞かれたの」

「おお…」

「だからね、田んぼには毒ヘビがいるかもしれないから…おじさんが帰ってきたら探すから、明日取りに来てね…と言っておいたから…ね!」

5分後、作業着に着替えて、長田靴を履いて田んぼに向かった。

結果的には、稲が少し倒れている所を探して、3か所目で見つけた。


…それにしても鬼嫁の態度は大げさだった。

なんで、いきなりボクの子供の話をはじめたのかと驚いた。

トドの仕業であろう。

2013年8月28日 (水)

地下(じげ)の会話

仕事から帰って、そのまま田んぼの様子を見に行った。
倒伏した稲も根元からは倒れていないようなので一安心。

ちょうどそこへ下のTさんが通りかかった。
ボクの幼馴染のAちゃんの婿養子さんで、二つ年上である。
親父さんが介護が必要になったので、今年から彼だけで稲作に取り組んでいる。

彼は、『ヒノヒカリ』を植えているので、ボクの『ひとめぼれ』よりも生長が遅い。
先週になって穂が出始めたぐらいなので、倒伏を免れていた。

「稲刈りまでに完全倒伏しなければいいけど…」
と話しているうちに、金毘羅社の秋の大祭の話になった。


彼は去年まで世話人会の副会長をしていたのだが、昨年、定年退職を機に自治会の副会長を任されて、2年後には会長を務める段取りになっている。

そこへ世話人会の現会長が高齢を理由に隠居を申し出られたので、E長老が、「金毘羅社の会長はなるべく地下のモンにやらそう」と画策して、ボクに白羽の矢を立てたのである。


この集落は、もともとN一族とM一族を中心に形成された。
もっと細かく言えば、西の浴にN一族、東の浴にM一族が住みついている。
先に紹介した『風土記』の著者がM一族の師範学校出の故C長老で、部落の実力者がN一族のE長老である。

N一族は、今ではE長老、ヤブ山家、Tさん家の3軒だけである。
M一族も3軒で、世代交代が進み、跡取りがいるものの現役世代なのでなかなか地元行事まで手が回らないようだ。

戦後、急速に宅地化が進み、集落は新興団地を含む大きな自治会に吸収された。
金毘羅社の会長も移転してこられた方に頼まざるを得ない状況がしばらく続いていたのだが、Tさんが定年退職となり、ボクも実家に戻ってきたので、E長老が、『先祖がえり?』か『遺言代わり?』としてボクたちに目をつけたのである。


さて、金毘羅社の鳥居に飾る『大しめ縄』は、秋の大祭に合わせて付け替えるのだが、これまではM一族のT爺さんと、戦後に移転してきたK爺さんの二人でこしらえていた。
しかし、この二人も80歳を迎えて、それまで藁を供出していたT爺さんは今年から米作りをやめてしまった。

そこで、藁はハゼ掛けをしているTさんが供出することになったのだが、
「今年は手伝うだけじゃなくて、一から十まで監督してもらいながら、ボクたちで編んでみようか」
という話になったのである。

Tobinokoさんも何やら総代を任されたようだが、ボクもいよいよ地下の人間としてご奉公する年齢に差し掛かってきたようだ。


2013年8月26日 (月)

沿道を見て思うこと

今日は、車中、ずっと田んぼを観察した。

日曜日の風の様子を知りたかった。

山口市内に入ってもところどころ…稲が倒れていた。
どうやら、風が舞うところに限って倒れているようだ。


世の中は、業ばかり喧伝しているが、今回は暴風雨の災害が顕著だと思う。
たった30分だが…。


マスコミの報道で世論が動く世の中になったので、零細農家の悲哀は誰も知らない。


TPPや世情について色々な想いはあるが、あと2年は書かない。
政治も同じだ。


早く帳を開けて、本音を書きたいが、ボクの余生はあまりにもすることが多すぎる。

ゆっくりと過ごしているが、ホントの時間がない。


2013年8月25日 (日)

天罰かなぁ…

野良仕事を愚痴った天罰が下った。

明け方、大雨の音で目が覚めた。
かなり強い雨だ。

田んぼが心配になって薄暗い中、様子を見にいった。
水口はきちんと止めてあるし、溢れた水は水路に落ちていたので一安心。


新聞を読んでいると、外が台風の様相を呈してきた。
大嵐である。
外にも出られなうような暴風雨が30分続いた。

イヤな予感がする。
たっぷり雨を含んだ稲が強風を受けるとどうなるか…。

倒伏である。

暴風雨が過ぎ去ってすぐに様子を見にいった。


001


…案の定だった。
上の田んぼの一部がかなり倒れていた。
まだ完全に倒伏はしていないが、水面まで垂れると発芽する。

もう少し水が引いたら、3~4束を結束して倒れないようにするしかない。


畑の様子を見にいった。
…悲惨であった。

002

実のならない『丹波の黒豆』はズタズタ…。
幹ばっかりよくできていたので、暴風雨にはひとたまりもなかった。

夕方、幹を起こしながら足で踏んで廻った。
今年は完全に失敗のようだ。
肥料をやりすぎて、幹ばかり育って、肝心の実がつかないようだ。


このほか、ナスビやピーマンも倒伏していた。

起こしては支柱を立て替えたが、元のように元気になるかどうか分からない。

夕方、田んぼはあきらめて畑の復旧作業をした。
ヤブ蚊がまとわりついて、イライラが募る。

また愚痴を吐きたくなったが、再び天罰が下りそうなので、

「ケセラセラ」


みなさんのところは 大丈夫でしょうか?

2013年8月24日 (土)

雨中の草刈り

昨夜から大雨だが、早朝、水路の様子の見回りをする。

降っては止み…降っては止み状態だ。

今日は仕事なので、6時間後に帰ってくることを考えながら見回り。


3時過ぎに帰宅。

雲が少し切れてきたので、草刈り機を出す。

まだ雨が降っている。

こんな天気のもとで草を刈るバカはいない。
ボクもこんなことはしたくはないが、35度の炎天下よりはましだ。

小雨の中、数回雷雨を避けながら田んぼの畔草を刈った。


雨に打たれながら、草刈り機を振りまわす。

「あと5年経ったら…誰がこんなことをするか?」
と、自問自答しながら、雨の中、刈り終えた。

草むらにはコオロギの鳴き声ばかり。
ボクの荒い息づかいもかき消される。


こんな辛い仕事を誰がやるのか。

雨が降りしきるなか ドロドロになって草を刈る。

…これが 兼業農家の 実態なのです。


35度の炎天下で刈るよりは楽だと思ったが、

「なんで ここまで オレは やらなければならんのか?」
と、切実に思った。

それでも そうしようとする わけのわからない使命感を 失わないように 頑張るのだ。


これが日本を支えている。

宗教なしに人が動くのは日本だけだ。

自分で頑張り抜いた後で 神の慈悲を嘆く。

どんなに辛くても 自分が頑張らないと 誰も助けてはくれない。


日本の無宗教性は 世界に誇るべきものだ。

こんど もっと 深く考えてみたい。

2013年8月23日 (金)

恵みの雨と復元ポイント

夕方の雨は迫力があった。

たまたま出張だったので、はちべえどのが懸念したように、ちゃんと鬼嫁が田んぼの水口を刎ねてくれているか…心配しながら帰ってきたのだが…。

案の定、我が家の田んぼは水浸しを越えた状態であった。

家に帰るなり、鬼嫁に、
「おまえ! どれだけ降っちょるか 知らんのか!!!」
と叫んで、服を着替えて田んぼに行った。


「バカたれが このバカたれが…」
と言いながら、溢れかえった水路のゴミを捨てて、水口の泥を畔に放り投げた。


百姓をやっていないお姫様ははこんなものだ。

いつもより早く帰ったので、いつもより1時間早く晩酌を始めた。

でも腹の虫がおさまらない。
全部、ボクが指示しないと何もできなのだ。

今日は…復元ポイントのことを書こうとしていた。

せっかくいいヒントが浮かんだのに、トドの鬼嫁に邪魔をされた。

頭に残っている内容を思い出しながら書いてみる。


『復元ポイント』

先日、パソコンのシステムをいじりすぎたので復元操作をした。

復元とは、システムファイルを以前の状態に戻すが、メール等のシステム以外のファイルはそのままの状態である。

つまり、新しい情報はそのままで、昔の自分に戻ることができるのだ。

システムの再インストールやリセットは、そっくりそのまま昔の状態に戻ってしまうのに比べて、復元はとても贅沢で横着な操作である。

同じ情報を持ったまま、当時の自分ならばどう対処するかという疑問に応えてくれる。


自分の復元ポイントを想像してみた。

「あそこがターニングポイントだな」
というエポックがいくつか頭に浮かんだ。

今の自分をひきずったまま戻るのがいいか、それともリセット状態で戻るのがいいか…悩むところである。

いちばん良い例が鬼嫁との出会いの時点だろう。

復元で戻ったのであれば、迷わずスルーするにきまっている。

しかし、リセット状態で戻ったとしたら…ぞっとする。


この場合、はちべえどのに復元で戻ってもらって、

「この子は 将来 トド級のふくふふ鬼嫁になりますよ」

と、耳元で囁いてもらうしかないかな?

…もっと崇高な復元論に発展したかったが、ノー天気でトド級の鬼嫁の鈍感のせいで…非常に卑近な戯れ話になってしまった。

自分でも情けないが…佐々木健介のようになってしまいそうだ。<完>

2013年8月22日 (木)

ガソリン携行缶

今日、セルフスタンドでガソリンを入れながら、福知山の事故のことを考えた。

我が家にも10Lの携行缶がある。
トップカーはガソリンだし、草刈機やチェーンソーの混合油をつくるために常備している。

今回の事故はエアー抜きをしていなかったことや、発電機のそばに置いてあったり、炎天下に放置されていたこと…などが原因とされている。


ボクも、エアー抜きの栓は開けるが、順番が間違っていた。

いつも、まず注油口の栓を開けて、次にノズルをセットしてから、エアー抜きの栓を開けていた。
なぜそうするかといえば、ガソリンの出を良くするためである。
注ぎ口が1か所だけだと、空気圧の関係で「ガボッ! ガボッ!」と出が悪い。
つまりエアー抜きは、出を良くするための空気孔とばかり思っていたのだ。

(注)まずは、エアー抜きの栓を開けるのが正しいそうです。


たしかに、携行缶の栓を緩めると、「プシュー!」とガスが抜けるが、霧状になって吹き出すという経験はなかった。

セルフスタンドでガソリンを注ぐときだって、キャップを緩めていると、「プシュー!」とガスが放出されるが、吹き出すようなことはない。

ネットでは、
「どうしてガス抜きをしなかったのか」
「こんなに危険な携行缶は禁止しろ」
「携行缶に追加の安全対策が必要」
などと書かれているが、どうもマスコミ報道を鵜呑みにしたと思われるものが多いような気がする。


いつも使っている人間からすれば、たぶん…携行缶自体が高温にさらされていたことが最大の要因のような気がする。
常温の状態であれだけエアーが抜けるのだから、高温になると相当な内圧になるだろう。


我が家では、携行缶は外には出さないが、樹脂製の混合容器は炎天下にほったらかしだ。

まあ、すぐに注げるようにノズルの先は開けたままにしているので、密封状態でないので大丈夫なだけなのか。


そういえば…いつも軽油と灯油をポリタンクで保管している。
これを開けるときにエアーが吹き出すことはないが、ポリタンクのキャップからジワジワ抜けているのかもしれない。


今では、セルフスタンドでも、ガソリンは携行缶、軽油はポリタンクでOKなのだが、自分で入れることはご法度になっている。

毎回、事務所の兄ちゃんに頼まなければならない。


昔は、オイル缶に入れてもらったり、ポリタンクに半分ほど入れてもらったこともあったが、消防法が厳しくなって今の状態に至っている。


消防法といえば、ガソリンスタンドが激減した原因の一つである。
地下タンクの基準が厳しくなって、改修が多額な費用が必要となったために廃業するスタンドが続出した。

事故が起こるたびに規制が厳しくなる。
ボクを含めて常識を知らない人間が想定外の行動をとるからだろうが、とにかく『火』は危険なものだ。


使い捨てライターは、子供が火遊びができないように色々な改良がされた。
その結果、年寄りには使えなくなるという事態も起こっている。
認知症対策としては効果があるだろうが、通常使用するのに不便になって、本来原始的な『火』は、ますます生活から離れていく。


危険なものはできるだけ直接手で触っておかないと、いざというときに何もできなくなる。


…などとエラソーに言っているが、先日のこと。

鬼嫁と娘が大汗をかきながら、子供用のビニールプールに空気を入れていた。

それを見たボクは、
「お前ら…ようやるのう…」
と言いながら倉庫からコンプレッサーを引っ張り出して、あっという間に膨らませた。

鬼嫁と娘はほっぺたを膨らませたまま、
「何かね~! はよう出しいねぇ!!」
と大文句を言っていた。

…やっぱり人間は楽な方に流れていく。


2013年8月20日 (火)

進化論Ⅳ

ボクは猛烈な汗かきである。

この時期、草を刈れば、1時間で1キロ超の減量が可能である。

水をガブ飲みしても、喉と体の乾きは収まらない。


それに比べて鬼嫁の冷たいこと…。
汗をかかないのだ。

それが痩せ体質なら堪えることができたのだろうが、ここ数年ですっかりおばちゃん体型になったので、さすがのトドも今年の暑さは乗り越えられなくなったようだ。


今年は特に暑さがひどいので、生来の本質が体型に現れる。
どうにも隠しようがないのだろう。

盆を過ぎた今でも、エアコンをかけて寝ないと体温が下がらなくなるようだ。
更年期を突き抜けて、本来の『鬼』の生態に戻ったようだ。


まじめに言うが、太ったおばさんが横にいるだけで暑苦しい。
見苦しい。
汚い。
できれば見たくない。
とっとと他所にいってほしい。


でも丸々太ったトドは…首に冷却ジェルを巻き、ヨタヨタと食事の支度をしている。

「それは…いくらなんでも…やめておけ!」
ときつく叱ったつもりだったが、顔をあげた鬼嫁を見て…腰が抜けそうになった。

ヤマンバ!…であった。

額に…孫用に買っておいた『冷えぴた』を貼っていた。
この世の女性とは思えないような姿であった。


醜い。
羞恥心もない。
太ったトドが…陸に上がったら…こうなるのだろう。

できるだけ目を合わさないようにしていたら、いきなり言われた。

自分の醜態を弁護しようとしたのだろう。


「だって!! 暑いんだもん!!」

…きれいで、おしとやかな女性が叫んだのであれば、ボクは許す。
苦笑して許してあげたい。


しかし、陸に上がった太ったトドが言うと、


「あついんじゃ~ しかたがないじゃろうがね  いつまで 見ちょるんかね! なにかね?!!!」

…という雄たけびにしか聞こえないのだ。


とうとうオスになったか…。

2013年8月19日 (月)

雨乞い

山からの出水が枯れそうになっている。

たぶん3週間はおろか一月以上、まともな雨が降っていない。

それでも草は伸びてくる。
梅雨から盆が明けるまでが勝負なのだが、前半は几帳面にやっつけたが、この2週間でお手上げになった。


今や田の水回りにも支障をきたすほど伸びてきた。

盆の間にいつでも刈れると思っていたら、この暑さで…仕事放棄状態となった。

今日、ようやく半日の代休が取れたので、夕方5時から畔と水路の際だけを刈った。

今年、研ぎはじめた刃も限界が近い。
この時期の草が、いちばん「シワイ」状態だ。

やっぱり仕事をしながら、百姓を完ぺきにこなすことは…難しい。

なんでも一緒。

仕事もバリバリ、人生もバリバリ、家庭もバリバリで円満?…なんて人がいるわけがない。

自分がスーパーマンではないことが分かったので、

救世主を待っているのだが、

暑すぎて誰もやってこない。

しかし、待つのも面倒臭い。

どうやって変身するかを考えよう。

2013年8月18日 (日)

Two Weeks

思い返すと、八月になってから真面目にブログを書いていなかった。

仕事が変則になって、孫が帰省し、夜の呑み会が続き…いつものヤブ山ではなかった。

こんな生活が続けば、確実に寿命はチジムだろう。

パソコンも言うことを聞かないので、ますますやけっぱちになる。
廉価版はこんなものだと分かっていても、ミテクレが同じなのでついつい期待してしまう。
やっぱり偽物はダメだ。


田んぼの草は伸び放題。
盆に休みをとったので刈ろうと思っていたが、全然できなかった。


草を刈っては、縁側でビールを呑んでいるうちはよかったが、日がのいちにち…呑んだくれる日々が続いた。


草が猛烈に伸びるのは盆まで。
これを境に勢いが落ちる。


ボクはこれを境に昔に戻ろう。

2013年8月14日 (水)

大騒ぎ

数日前から長女家族が里帰りして、家じゅう大騒ぎだ。

じいじはこき使われている。

でも酒はしっかり呑んでいるので、早目の就寝。

ブログも書かずに爆睡の日々。

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2013年8月10日 (土)

今宵も電車

夕方から山口で行事。
午前中、家の周りの草を刈ったが、10時でヘロヘロ。
山口までは電車なので、ビールを飲んだ。
昼からは盆提灯の飾り付け。
今年は全部飾ってみた。

それにしても今日は最高に暑かった。
そんな中、山口まで往復。
電車の中は涼しいが、もう眠くなった。
明日も仕事…やれやれ。

2013年8月 9日 (金)

やっぱり…

さっき外に出たら、小動物と出会った。

小さい。
毛がむくむくしている。
でも眼はきらきら光って…可愛い。

もう婦女子に興味は薄れてきているが、目がきれいだった。
キラキラしている。

民放の女子アナやAKBのように、男に媚びる下品な目をしていなかった。

「なんなの? あんたは!」
とキョトンとしていた。


どうやら動物の目も内姓を現わしているようだ。

こんな目をした人間をしばらく見たことがない。


とにかく媚びる目はやめていただきたい。

特に婦女子はみっともない。

口をきくのもイヤになる。


タヌキを見習えとは言わないが、女とはいえ人間である。
下品なふるまいは、成人男子は厭うのだ。

それを知るべし…届かぬタヌキより。

2013年8月 8日 (木)

出穂におもう

ここ数日、久住に行く前から観察していたが、今年も稲の穂が出てきた。

「よく頑張った」
と褒めてやりたい。



 
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鬼嫁よりも、よっぽど『けなげ』である。
「頑張るぞ」という意欲がある。

立派な心がけだ。
去年の記録と比較しても、1週間早く植えてその分だけ早く穂が出ている。

この『律儀』さはどこから来るのだろうか。
DNAの連鎖だけでは説明できない意欲がある。

若い頃は、女に『うつつ』をぬかす。
それは必定。
それがなかったら…たぶんおかしい。


でも、いい歳をして、女に『うつつ』をぬかしたくはない。
早く煩悩から逃れたい。
…それが、普通の男の正しい道である。


それを忘れないように、適当に刺激を受けながら歳をとる。
…と、いう雄花とめしべの葛藤を乗り越えて結実した子孫と、ボクのスケジュールに応えてくれた『ひとめぼれ』に感謝したい。


自分の使命を忘れてはいけない。
必ずやり遂げなければいけないことは、きちんとする。


それをしなかったら、あとは何をやっても意味がない。

嘘はつかない。
大言は吐かない。
言いたいことは 危ない時に言う。


でも、目の前のことを 自分で乗り切るためには…どんなにきれいな花でも どんなに大事な人でも…ボクは自分がやることをする…つもりだ。


そんな事態に出会いたくはないが、そのくらいの覚悟はある…おじさんは、ね。

2013年8月 7日 (水)

鬼嫁のヘロヘロ登山日記②(総集編:久住連峰)

〈法華院温泉~坊ヶツル~平治岳(大戸越)~ソババッケ~男池~白水鉱泉〉

これが、鬼嫁が『徘徊ババア』に変身した証拠写真である。

他人なら気にはしないが、いちおう妻なので…できるだけ見ないようにしたい。


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法華院温泉山荘は雨にもかかわらず、20人の山岳会、7~8人の高校ワンゲル、7~8のグループがいた。


ここから再びお姫様が降臨した。

「もう動けないから荷物はお願いね」
「とりあえずビールも買ってきてね」
「部屋はどこ?」
…ボクは一言もしゃべっていない。


せっせと二人分の荷物を部屋に運んだ。

しかも一般個室をキャンセルして、特別室に振り替えてもらったのだが、鬼嫁はそれに感謝することもせず、空身でヨタヨタと部屋に入ってきた。

ボクは休む間もなく、泥と雨に濡れてぐちゃぐちゃになった靴・カッパ・ズボンを乾燥室に運びこんで、きちんと干した。

下の売店で買ってきたビールを渡しながら、
「500円の追加で特別室が取れたから…作りは一般個室と同じだけど、隅部屋で坊ヶツルの眺めがいいんだって」
鬼嫁は、缶ビールをそのままぐいぐい飲んでいたが、
「まあ~勿体ない!」

…さっきまで死にかけていたおばさんがいう言葉だろうか。
しかもボクは命の恩人のはずである。

「おまえねぇ…途中で置いてきてもよかったんだぞ」
「最後まで歩けたもん」
「おれがルートを間違えずに、しかもずっと励まし続けたからだ」
「ウィンダーゼリーは30分間は力が出るのね。よく分かったわ。多いと思ったけど6つ買っておいてよかった」
「バカタレ!オレが命の恩人だろうが…」

…ビールと焼酎で豪華な夕食をとり、8時に就寝。

ボクは、ヘロヘロ状態の鬼嫁を考えて、最短コースで長者原へ下りタクシーで黒嶽荘に戻ることを考えながら寝た。


…翌朝の会話。

「あなたのいびきで寝られなかったわ」
「知るか!そんなこと!」

「今日はどうするん?」
「(頭にきたから)予定どおり平治岳経由で男池に下る」
「ふ~ん。登りがあるの?」
「下るだけ…昼前には着く」
「岩があるかね?」
「知るか!」


外は小雨。
いくつかのパティーが出ていくが、平治岳方面に向かうのは我々だけのようだ。
ボクが乾かしたカッパを着て出発。

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坊ヶツルから大船山、平治山への登山道に向かう地点に、『登山者カウンター 環境省』と記されたセンサーが設置してあった。
ほとんどの人は気付かないだろう。


ミヤマキリシマの時期は多くの人で賑わうようだ。
ぬかるんだ道だが幅は広く急登もなく、迷うような個所もなかった。
1時間で『大戸越』に着いた。
なるほど、山頂に向けて登りと下りのルートが分かれている。
これを大勢の人がぞろぞろ歩くのかと思いながら…山を眺めていた。

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そこへ、
「ここで待っているから上がってきてもいいわよ」
という鬼嫁の一言。

…くれぐれも、これは鬼嫁の優しさではない。
『あなたも足が痛いんでしょ?上がれるものなら上がってみたら』
という痛烈な皮肉なのだ。

「おまえ、ひとりで帰るか?」
「法華院に戻れば親切な人がいるわよ」
「そうすれば!」
と、捨てゼリフをはいて『ソババッケ』へ向けて下り始めた。


付いてこなくてもいいのに、どうやら背後からヨタヨタとあとを追っているようだ。


1時間でソババッケ。
「昨日は…風穴からここに回ろうと考えたんだ」
「ふ~ん」

…鬼嫁には昨日歩いたコースや、ここがどの位置にあるのかまるで分かっていないのだ。

ボクだって初めて歩くところだが、事前に地図で現地を想像しながら、実際に着いてみると、

「なるほど…こういうところだったんだ」
と、一種の懐かしさを覚えるのだが、付いてくるだけの鬼嫁にはそういう喜びはない。
下を向いて休んでいるだけだ。


ここから『かくし水』まではゴーロ沢の下りだった。
鬼嫁は再び及び腰になって、ぶつぶつ言いながらソロソロと下った。

途中、2グループとすれ違った。
上の様子を聞かれると、鬼嫁は先輩気取りで、
「雨が降ったりやんだりですよ。お気をつけて頑張ってくださいね」
などとぬけぬけと話していた。

…なんとか昼前に『男池』駐車場に着いた。
ひとり100円の清掃協力金を払ってゲートを出る。

トイレ横のベンチに座り込むと、
「黒嶽荘までどのくらい?」
「3キロ強…40分。ここで待ってろ」
「じゃぁ…いってらっしゃい!」
「バカタレ!メシを食ってからじゃ!」

法華院温泉山荘の弁当は、白飯だがちょっとしたおかずが盛ってあった。
5分でかき込んで、ウエストポーチと水筒を持って歩き始めた。
100mほど進んだところで引き返した。

「まあ…もう帰ってきたの?」
「バカタレ!GPSの一筆書きを完成するんじゃ!」

黒嶽荘の軽トラが通りかからないかと期待したが、観光の福岡ナンバーの車ばかりだった。
35分かかって黒嶽荘に戻った。


放し飼いにされた柴犬がしっぽを振って迎えてくれた。
顔を出した宿の主人にあいさつをしながら、炭酸水をわけてもらった。

「長者原や牧の戸からはハイキング。ここからの黒岳は登山です」
「まったくそのとおりでした。女房はヘロヘロになりました」
「雨堤経由で風穴まで行くルートもいいですよ」
「エスケープで帰ることも考えたのですが、また今度来ます」

…柴犬が門の外まで見送ってくれた。
聞き忘れたが、たぶん名前は『クロ』だろう。


それにひきかえ、車で鬼嫁を迎えに行ったら、ベンチでふんぞり返っていた。


車中の会話。

「さっき黒嶽荘で、あのヘロヘロになったにいちゃんの登山届を見たら、前日に黒岳~大船山~坊ヶツル泊。翌日、同じコースで下山と書いていた。あの雰囲気だと、帰りは大船山から下った風穴から『ソババッケ』にエスケープして『男池』に降りたんだろう。ボクがさっき歩いた道で宿の軽トラに拾われたんだろうな」

「ふ~ん」

「もう山は懲りただろう…尾瀬や熊野古道ぐらいしか歩けないんじゃないか?」

「あなたのコース設定が悪すぎたのよ。あなたの歩く時間で考えたんでしょ」

…ボクは天候判断も含めていろいろ反省しているのだが、こいつは少しも反省していないと思う。
すべてボクのせいにして、次のお姫様登山に注文をつける気でいる。

GPSのトラック図が広すぎて、全部を一度にアップできなかったようだ。
広域ですが、このくらい歩きました。


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2013年8月 6日 (火)

鬼嫁のヘロヘロ登山日記①(総集編:久住連峰)

〈白水鉱泉(黒岳荘)~前岳~高塚山~風穴~北大船山~坊ヶツル~法華院温泉泊〉

このところ仕事と農作業でまとまった休みが取れなかったが、8月初めの土曜から月曜日にかけて久住山の東の連峰を歩くことにした。

鬼嫁が、
「一度でいいから法華院温泉に泊まってみたい」
と言っていたので、黒岳の麓の黒嶽荘に前泊して、翌日に黒岳から大船山を縦走して法華院温泉に泊まり、翌日は平治岳経由で男池まで下る周回コースとした。


黒嶽荘は、白水鉱泉の数百m奥と書いてあったが、ホントにこの先に旅館があるの?というような奥まったところにあった。

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土曜の夜にも関わらず宿泊客はボクたち以外に一人しかいなかったが、夕方になって、軽トラの荷台に乗せられた単独行のにいちゃんが増えて、計4人であった。

地鳥の炭火焼にアユの背越しと姿焼、山の幸満載の立派な夕食だった。
鬼嫁は、
「軽トラの荷台に乗っていた『おにいちゃん』はヘロヘロだったわ。ここにたどり着く途中で拾われたらしいわ」
と他人事のように笑っていた。
…しかし、鬼嫁はその後同じような境遇に陥るのである。


夢の大吊橋を散策し、夜は温泉と晩酌付きの夕食に満足した鬼嫁はテレビを見てケラケラ笑っていたが、その横でボクは、天気予報を何度も確認し、地図を広げて全体のルートとエスケープポイントを頭に叩き込んでいた。


さて、翌朝は天気予報どおり…くもり時々雨だった。
強い雨雲はないし、今後の6時間予想を見ても大したことはなさそうだが、九州地方全域に雷注意報が出ている。


「まあ…行くだけ行ってみるか」
と、宿の横の登山口を登り始めた。


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シャクナゲと広葉樹の素晴らしい森が広がっていた。
しかし、登山路は次第に急峻となり、時おり雨もぱらついてきた。
カッパを着込んで黙々と歩き、前山に着いたのは2時間後の午前9時半だった。


前山の手前で、由布岳が見えた。

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ここから高塚山までいったん下ってぐっと登り返す。
予定どおりここも2時間で着いたが、かなり体力を消耗した。

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ここで宿のむすび弁当をほうばる。
大きなむすびが3つ入っていたが、鬼嫁は少し口にしたがすぐにリュックにしまい込んだ。
「おい!無理してでも食べておけよ」
「欲しくないから…いいの」
…ここまではお姫様登山であった。


さて、この時点で12時。予定より1時間遅れだ。
法華院が4時の予定だが、5時過ぎなら問題ないだろうとタカをくくって、風穴を目指して下りにかかった。


ところがこの下りが大変だった。
この辺りで鬼嫁の異変に気がついた。
もともと岩場やガレ場の下りが苦手なのだが、今日は岩が雨に濡れているので、ますます腰が引けてペースがガクンと落ちてきた。

ときどき視界が開けると、目の前に大船山が聳えている。
「あの山を越えないと法華院は見えないぞ」
「え~っ!あの向こうなの?」


鬼嫁が降りてくるのを何度も何度も待つようになり、1時間で風穴まで下るはずが1時間半もかかった。
実は、この風穴がエスケープポイントだった。

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ここからは、①鞍部沿いに黒嶽荘に戻るか、②反対に平治岳方面に回って大戸越から坊ヶツルに抜けるかor③男池に向かうか…3ルートある。
どのルートも標高差があまりないので2時間あれば十分だろう。


いま午後2時である。
予定では、大船山まで2時間、そこから坊ヶツルまで1時間だが、今のペースだとあと4時間はかかるから法華院に着くのは6時頃になる。


すっかり疲れ果てた鬼嫁を眺めながら思案した。
計画ではここで1時間休憩を入れているので、実際には計画より1時間遅れにすぎない。
鬼嫁は登りには強い。

「じゃぁ…行こうか」

少し雨堤方面に下がって大船山の急登にとりついた。
遠くで雷が聞こえる。雨は弱いが断続的に降ってくる。

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あれほど登りに強かった鬼嫁が、30分登ったころ、
「わたし…最後まで行けないかもしれない」
と初めて弱音を吐いた。
肩で息をしている。
目力がなくなっている。


「むすびをいくつ食べた?」
「ひとつ」
…ウソに決まっている。たぶん二口か三口しか口にしていないはずだ。

「たぶんシャリバテだ。嫌いだろうがこれをすすれ。残りはポケットに入れておけ」
と、ウィンダーゼリーを3つ渡した。
「あんなものは大キライ」
と常々言っていたが、さすがに今回は黙って口にした。

「行けるか?」
「わからない…」

ここは久住の縦走路だが、今朝から誰ひとり会っていない。
精神的にも体力的にもかなり追いつめられてきた。
縦走路は相変わらず岩場とガレ場が続いているので、ホントに疲れる。

いつもは声をかけたりはしないが、
「もうちょっとで頂上だ。あと200m」
「垂直で?」
「うん」
「……」

何度も何度も小休止を取りながら、なんとか大船山の米窪の縁にたどり着いた。
鬼嫁は疲労困憊の寸前のようだ。
米窪の中を覗き込んでもすぐに他に目をむけた。


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「さあ…あと1時間だ」
…ところが、このお鉢めぐりのコースはミヤマキリシマが生い茂り、すり抜けるのに苦労した。
何度も灌木の中で鬼嫁を待った。
ここでかなり時間をロスした。


ようやく段原らしき道標が見えてきた。
雨は霧雨だが、風が少し強くなった。
雷が遠いのが救いだ。
灌木をかき分けて広場に飛び出した。


「あれ?避難小屋がない」
地図を広げて確認したが、段原に間違いはない。
場合によってはここで夜を明かそうと考えていた地点である。

まだ日は沈んでいないが、薄暗くなっている。
ガスが晴れて久住の全貌が見えてきた。
「おい!あれが法華院温泉だ!」
「え~っ!! あそこ!」


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「見えたから大丈夫!あとはこれを下るだけ」
「……」


この時点で午後5時である。
鬼嫁のペースを考えれば到着は午後6時半か…二人分のヘッドランプはあるから最悪でも辿りつけるだろう…と考えた。
鬼嫁の足と体力が持つかどうかが問題である。

しかし、相変わらず岩場が連続し、木の根や灌木を掴みながらの苦しい下りとなった。
危険な所では何度も下から声をかけた。
普通はこんなことはしないが、ボクも必死だった。

しかし、いくら下っても坊ヶツルは逃げていく。
方向が間違っているのかとさえ思ったくらいだ。


急に目の前が明るくなった。
草原が広がっている。
急に力が抜けた。
山に向かって、「着いたぞ!」
と大声で叫ぶと、ヨタヨタと鬼嫁が下ってきた。
返事をする元気もないようだ。


ちょうどおっさんが避難小屋の外で夕涼みをしていた。
「すごい有様ですが…どちらから?」
「黒岳から…誰にも出会いませんでした」
「雨でみんな沈殿でした」
「どおりで…」

坊ヶツルには二張りのテントしかなかった。
鬼嫁に、「先に行って手続きをするから、ゆっくり歩いてこい」
と伝えて急ぎ足で山荘に向かった。


手続きを済ませてテラスから坊ヶツルを見下ろすと、ひとりの老婆がヨタヨタと登ってくるのが見えた。

※写真がアップできなくなったのでやめた。続きは明日。

2013年8月 5日 (月)

鬼嫁のヘロヘロ登山日記

さっき帰ってきた。

今回は、久住山系で登っていなかった「黒岳(高塚山)~北大船山~坊ケつる~法華院温泉」と、翌日は「平治岳~男池」の二泊三日の余裕のお姫様登山の予定だった。


黒岳の麓に前泊し、早朝から登山開始。


しかし、雨にたたられたうえに、トド化した鬼嫁がすっかりバテてしまったので、途中でビバークが頭によぎるほど、鬼嫁にとってキツイ登山となった。


初日の工程が少々きつかったのだろう。

黒岳の前山、高塚山の登りはきつく、風穴までの下りも強烈。

そこから大船山の登りも強烈だった。

これに雨が追い打ちをかけた。

合羽を着て濡れた岩やザレ場を歩く辛さ。

さすがの鬼嫁も、北大船山の登りの途中で、「わたし…今日はダメかも…」とネをあげた。


これは北大船山の米窪の写真。

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このときすでに午後4時半であった。
鬼嫁は周囲の景色を眺める気力もない。


段原まで引っ張って行った。
避難小屋でビバークも考えていたが、撤去されて道標しか残っていなかった。


遥か遠くに法華院温泉と坊ヶツルが見えた。


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肩で息をしている鬼嫁に、
「ほら~あそこに法華院と坊ヶツルが見えるだろ?」


「ぇ~!!! あ・そ・こ…」


標準タイムは1時間だが、合羽を着て濡れた岩場やガレ場を下るのは困難を極めた。


法華院温泉に着いたのは午後6時過ぎ。
日曜日の夕方なのに結構人が多かった。


でも、黒岳から坊ヶツルまで誰ひとり出会わなかった。
みんな今日は沈殿していたらしい。

こんな日に、こんなコースを登る方がバカなのだろう。

とりあえず無事帰還の報告まで。

GPSのアップを忘れたので、明日以降やってみます。

2013年8月 2日 (金)

明日から鬼嫁のお姫様登山

シェルパとして頑張ります。

スマホが通じたら何か書きます。

その前に田んぼに水をいっぱい張って出発です。

2013年8月 1日 (木)

日本ジャンボリー

今日は代休。

先日の周南山の会のstranerさんと約束したとおり、ウェルカムセンターに行ったら、strangerさんが受け受け係をしていた。


このクソ暑い中でのお仕事。
いくら退職をしたとはいえ、ご苦労様です。

鬼嫁同伴だったのだが、strangerさんに何を言われるか分からなかったので、紹介しないままにお別れした。


あとの時間は長かったが、防府北基地の訓練機によるデモンストレーション飛行はよかった。
…この日で一番よかった。


開会式が終わる少し前に家路についた。

帰路、鬼嫁はトドになって爆睡。
付いてこなくてもいいのに、どうも最近のボクの行動を監視している。


その証拠は…明日書きます。


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