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2013年11月

2013年11月29日 (金)

ふぅ…

心が弾まないので、楽しいことが書けない。

アイソン彗星が太陽に闘いを挑んだような感じだ。

明日も仕事。

やっぱり正面突破だろうな。


2013年11月28日 (木)

解説委員のひとりごと

最近の鬼嫁は、時事問題をはじめとして舌鋒鋭くなってきている。
それぞれの問題点の急所を指摘し、鋭い突っ込みを入れてくるようになった。

ボクは次第に酔って来る頭で、適当に解説している。

鬼嫁は、やっと成長してテレビやネットで色々な考え方を習得しているらしく、知識も主張も立派になってきたので、腕組みはしないまでも…自信ありげな発言が出てくるようになった。

そこでボクがどう解説してるかといえば、評論家の存在意義と、実社会の矛盾について語っている。

なぜ、基礎的な研究が必要なのか。
なぜ、評論家がのさばるのか。
そこへ、なぜ政治家が現れて、無理な方向に舵を切っているのか。
…酔った頭で説明をする。


「でも、なんで…そんな悪い方向に行くんかね?」
とのたまう。


ボクは、いつも最後に言う。

「人間世界には…明暗、プラスとマイナスにような変なものがある。
 力が強かったり、声が大きかったり、数が多ければ…のさばる。
 それはそれでいいのだが、それを邪魔する…いというか、冷静に見つめる遺伝子が残っている。
 それがなければ、とっくに終わっているのだが、それを許されない。
 滅亡するのが先か、見つけるのが先かも知らされていない。
 だから……」

この辺りで、鬼嫁が、
「あんた! もう酔うたでしょうが! 早よう寝んさい!」
と宣言する。


ボクはもっと言いたいけど、頭が爆発しているので、
「ねむたい…」
と言いながら布団にもぐりこむのだ。


2013年11月27日 (水)

そうか…

最近、沢登りのグループからのメールが増えている。
本来、ボクのジャンルではないので、いささか困惑している。

なぜかは…みなさんお分かりだろう。
ボクたちは、ヤブ山突撃隊である。

最近は、沢登りが中心になっているが、本来、ボクたちは西中国山地の自然を見たいだけなのだ。
そこに、いきなり、バリ屋さんたちや、山に目覚めた人たちとのコンタクトが増えてきているので弱っている。


ボクは適当に「あそこを登ってみたい」と言って、隊長にお願いしている。
それを許してもらえる人たちに声をかけて、最近は、ごくたまに登るだけである。

最近は、おじさん三人では心細くなって、Y代表やぼっちさんに声をかけているのが、自分でも少し情けない。
…でもこの二人に会えて嬉しい。エリアが拡がった。

かつて、桑原氏の足跡をたどろうと思った。
やみくもに歩き、手当たり次第に登った。

でも、今は少し違う。

地図を眺めては、「ここに行きたい」
…正確には、「ここはどんなとこかな?」
という感じで歩くようになった。


金と装備さえあればチョモロンマに誰でも登れる時代になった。
登ったことをPRする時代は終わった。

「ええのう…えかったのう」
…という溜息が出たら十分だろう。

だから、ヤブ山突撃隊のホームページはやめた。
もっと斬新な山歩きを書くヤツが現れないかな…と期待している。

いつも山や沢に行っているわけにはいかない。
生活がある。
それを どうやっているのかということを語りたいのだ。

…ヤブ山突撃隊の「サイボーグ009」の悩みである。


喩えていうなら…コーヒーや漬物をご馳走してもらえませんかね?
すぐそこにあるはずなんですがね…。

煮るか、焼くか、炒めれば…おいしくなると思います。


2013年11月26日 (火)

電車から

昨夜は山口泊。
今日も夜の行事で、ようやく電車に乗った。
コメントに返信したら疲れました。
明日から試練が始まる。
朝が嫌だなぁ。
気が重い。

2013年11月24日 (日)

小春日和

午前中、下松で仕事をこなして母の見舞いによる。
ベッドは起こしてあったが、週刊誌を手に持ったままウトウト昼寝をしていた。

来週、息子一家が帰ってくるので、ひ孫の顔を見せに来るよと伝える。
長女の所のひ孫と混同していた。


ビールを呑みながら昼飯を摂っていると、パッキャオが再起戦をやっていたので、2時過ぎまでテレビにくぎ付け。

おかげで山仕事ができなくなった…というかやる気がなくなった。

でも長靴をはいて裏山を徘徊。

ポケットを膨らまして帰ってから作業開始。


0011


クヌギとクリの実を拾って帰ったのだ。
芽が出るかどうか分からないが、暇つぶしに播いてみた。


山桜が少し色づいた。
実をつけたクロガネモチトのツーショット。


001

クヌギは近年、黄金色にならなくなった。
以前はまばゆいほどの山吹色だったのに残念だ。


002

母屋に戻ったら鬼嫁がサザンカを活けていた。

0012


静かな小春日和の一日だった。

2013年11月23日 (土)

見つけた

午前中に仕事を片付けて、昼にビールを呑んでから山仕事。
ようやくヤブ蚊から解放された。

ボクがイメージしているエリアにはササがはびこってどうにもならない。
とりあえず周りのササや竹を刈った。


そのとき見つけた。

山椒

…植えなくてもある。


榊は大きいが、山椒の木は小さい。

あるのよね…山ならどこでも。


2013年11月22日 (金)

天気がいいのに

仕事はあるし、風邪をひいたし…パソコンは動かないし、書くのはもうやめた。

vistaは最悪。

もう捨てよう。

2013年11月21日 (木)

今日はお休み

昨日は懇親会。

電車でスマホをいじりながら、なんとかコメントをアップした。

今朝は休暇をとっていたが、電話が鳴る。

職場に連絡して、対応を指示する。

早くこんな世界から逃げ出したい。


今日は、晩生の玉ねぎを200本植える。

これで、ヤブ山の玉ねぎは…450本。

立派な玉ねぎ農家である。

昼にビールを呑んで、山仕事に行った。

また電話が鳴る。

…サラリーマンの悲哀である。

もぞもぞ取り出したら…鬼嫁からだった。

「k君が来ているよ」

山から下りたら、家を設計してくれたKがデッキに座っていた。

しばらく世間話をする。

どうやら世話をしている浪曲のチケットが売れないので困っているらしい。


「おまえ…浪曲が好きらしいな。Mがそういう言うちょった」
「「広沢虎造か?」
「ちがう」

「石松代参?」
「ちがう」

「お民の度胸?」
「ちがう」

「まさか…閻魔堂の騙し打ちか?…あれはええぞ!」
「ちがう」

「おい!一体なんだ?」
「長州ファイブ!」

「新作か?」
「そう…」

「はい…」
「すまん…」


「おい!コーヒーと二千円持ってこい!」

「はぁ? なに?」
「ええから…はよう持ってこい!」


「まあ…こんなものですが…」
と、鬼嫁がよそ行きの顔をして出てきた。


同級生にもいろいろある。
呑み仲間のTやMは悪友である。

どうやら…Kは、鬼嫁にとって良友のようだ。

待遇が全然違う。

よく観察してみると、酒飲みでなければ…『良友』らしい。

やっぱり、バカだな。

2013年11月19日 (火)

おじさんの楽しみ

山に突撃するときは、地図とGPSを持っていく。


地図は、突撃エリアを電子国土から適当な縮尺で印刷し、100均で買ったA4サイズのチャック付き透明袋に入れている。

現在地やルートを確認するときは、ポケットから地図を取り出して周囲を見るのがいちばん手っ取り早い。


いつもは拡大図と広域図の2種類を印刷しているが、先日の坂根谷では手抜きをして拡大図しか持っていかなかったので、通行止めの迂回ルートを検討するときに困った…やっぱりイザという時に備えて両方必要だ。

一方、GPSはトラックを記録するのがメインで、ときどきウェイポイントを入力したり、たまに現在位置を確認するぐらいの使い方である。

GPSの画面表示は小さいので、いくら拡大・縮小できるとはいえ地図の替わりに使うとなると…実用的ではない。

特に拡大するとかえって分かりにくくなるので、地図と見比べながら、
「うん、これで間違いない」
…ということになる。(ボクの使い方が悪いのかな?)

つまり、突撃の時は地図がメインで、GPSはスコアラー兼スーパーサブという役割だ。


登る前は、
今日は坂根谷の左谷を詰めて奥三ツ倉にあがりましょう。
行けるところまで行って、最後は適当な所でどちらかの尾根に取り付きましょう。

…程度の打ち合わせでスタートし、あとは現地の様子を見ながらルートを探している。


途中の渓流や滝、大岩、巨木、見事な森をはじめとする自然を存分に楽しみ、稜線にたどり着いたときの達成感は何度味わっても素晴らしい。


そして、家に帰ってからもう一つの楽しみがある。

カシミールを起動し、そこにGPSのトラック図が表示される。

自分の頭に描いたルートとの答え合わせだ。


だいたい合っていると、
「そうじゃろう…そうじゃろう」とニヤニヤする。

「そうか、あそこは支尾根だったのか」と反省させられる時もあるので、なかなか緊張する瞬間である。


山歩きをされる人でGPSを持っておられる方は多いと思うが、登山道の記されていない地図に自分がたどったルートが表示されることに心を躍らすおじさんたちもいるのです。


人間と自然とハイテクの三者による『冒険ゲーム』みたいなものかな?

分かってもらえますかね…おじさんのこんな気持ち。


001


これが、今回の地図とetrex30(英語版)。

地図は拡大図。

地図の黄色い帯が登るルート。

かなり大ざっぱに引いている。

谷の色々な書き込みは、あとでGPSデータから落とし込んだもの。


このぐらいの縮尺を眺めながら這い上がっている。

いつもはこの反対側に広域地図を入れている。
(写真のファイルは100均の袋ではありません…もっと薄い普通の安いやつ)

2013年11月18日 (月)

負けました

帰宅途中、富海付近で東の空が赤かった。
戸田付近で火事かと思ったが、ちょうど椿峠に満月が一瞬現れた。


「満月は これほど明るいのか」
と抒情的になっていたら、トンネルを抜けた地点で、四熊ヶ岳上空で青白い光が空に広がった。


「周南で大惨事が起こったのか?」
と心配しながらトンネルを抜けると…大雨になった。


満月どころか大雨である。


家に帰って天気図を見てみると、どうやら突発的な雨雲に追い抜かれたらしい。

100㌔の車を追い抜く雨雲がいる。


2013年11月17日 (日)

十方山(坂根谷<左谷>から奥三ツ倉経由で那須)その2

トチの巨木を眺めながら一服して、気を取り直して沢を上がる。

相変わらずルートを探しながら右へ左へ移動しながら少しづつ上がる。


「ほほ~これか!」
「なるほど…」
「すごいね」
…ナメ滝である。

「これですか…」

011


写真で見ると傾斜が分からないが、山歩きをする人なら即座に危険を感じる勾配である。


「さて…どう越えますか」
見事に濡れたナメである。
特に右岸は切り立った岩場だから、登山靴では滑落必至だ。

「左岸を行くしかないね」
と相談して、慎重にルートを探しながら左岸を巻いた。


012


ナメ滝を越えて一息つく。
「もう戻れませんね」
「これを下るのは狂気の沙汰」
「あの山歩きさんはこれを下ったの?信じられん」

…などと話をしていると、上流に白いものが見え隠れしている。
「いよいよ滝かな?」


でもナメ状態の沢床は気が抜けない。
慎重に…慎重に沢を詰める。

013

岩や渓流を越えていくと、猛烈なガレ場…というか岩が大崩落していた。
見上げると右岸がごっそり崩落して切り立った岩が谷を埋め尽くしているのだ。

「おお!!二段の滝が見えたぞ!」

「あれだ! すごい!」

015


ザレた岩場に上がってしばらく滝を眺めた。

ぼっちさんが、
「虹がかかっている…」
と呟いた。

よく見ると、下段の滝の中央部にうっすら虹がかかっていた。

「ええのう…きれいじゃのう」
「ボクのデジカメで写るかな?」

その横ではY代表が一眼レフで撮影していた。
…ボクのはダメだったが、Y代表のカメラには写っていたのだろうか?


ここでルート選定会議。
「二段の滝を高巻いて上がっても、右の谷の最後は崖だろう」
「左谷はこの有様。ザレた岩場の上がどうなっているか…落石がどうかな」
「とりあえず左の谷を上がってみよう!」

岩は左の谷を埋め尽くしていた。
崩落してから数年しか経っていないようで、割れた岩の色は新しく、どの角も鋭く尖っている。

しかも…イバラが猛烈にはびこっている。

ボクは直登で上がろうとしたが、最後にホールドが見つからずに撤退。
…結局、ほかのみんなと同じように少し横に逃げながらザレ場を這い上がった。

017

ガレ場を抜けると、そこには静かな谷が待っていた。

これが西中国山地である。

これを見るために…何度も何度も苦しい想いをしながら登っている。

素晴らしい。

018


「ええですね…」
「静かですね…」

「腹減ったから…ここで飯にしましょう」
と大休止。

「まだ1000…あと300」
「今からが勝負ですな…」
「今はササが薄いけど…奥三ツ倉のササやぶはすごかった」

ここで、Y代表が、
「今ごろ大藪が…『はよう来い!』と待っているんでしょうねぇ…」
と呟いたので一同大笑いになった。(でもすぐに…そうなる)


さて、いよいよ稜線への突撃だ。


020


ササに覆われてきれいに見えるが、ササの下はガレ場なので歩きにくい。
木やササをつかんでは、ぜーぜーと荒い息を吐きながらゆっくり高度を稼ぐ。

いよいよヤブが濃くなってきた。
前を行くボッチさんの姿も隠れてしまった。
あとは みんな 黙々と ヤブを漕ぐ。

T隊長が途中で…一句。

「分け入っても 分け入っても ヤブ…」


021


この画像を最後にして、稜線に這い上がるまで写真はない。
ヤブを撮るどころか、カメラを取り出す気力もなかった。


T隊長の名句を褒める声もなく、みんなササヤブの中でへたり込む。

昼食時のY代表の予言は…やっぱり当たった。

みんな…、
「方向が少々ずれても、一秒でも早く、ヤブの薄いところで縦走路に出たい!」
と思っている。


この辺になると冗談を思う余裕もない。

ぐちゃぐちゃにササが倒れ込み、その中に灌木が潜んで行く手を阻む。

静かな谷に、ササをこぐ音と激しい息づかいが響く。

2分おきにヤブの中で休む。


「あれが稜線ならいいけど」

「甘いかも」


…とわめきながら這い上がったが、そこは1215ピークの支尾根だった。


「支尾根に踏み跡なし!」

「誰も歩かんのか!」

主稜線上まで上がったはずだが、ぐちゃぐちゃのササやぶをいくら漕いでも縦走路に出ない。

声も出なくなった頃、大岩がいくつか見えてきた。

無心でヤブをかき分けていたら、ようやく縦走路に出た。

先頭でヤブを漕ぎ続けたぼっち特攻隊長も、さすがに疲れ果てていた。
(ホントのヤブ漕ぎは…突破する者に猛烈な負荷がかかる。ラッセルと同じです)

「ふぅ~出ました」

「………」

「疲れた」

「足がつりそう…」

「ぼっちさん…お疲れ…」


周囲を見ると、奥三ツ倉の標識のすぐそばに這い上がっていた。

022


「これで坂根谷の右と左を這い上がりました。胸のつかえが下りました」

「だいたい…歩いたね」

少し休んで快適な縦走路を一気に下る。

023

中三ツ倉で内黒峠ルートをみたが、かなり踏まれていた。
それに比べて那須ルートは歩く人は少ないようだ。
藤十郎も一気に通過する。

トウジュウロウ谷は美しかった。


029


やがてウラオレ谷の分岐。
ここから植林地内を一気に下ると林道奥に飛び出した。

「やりました」

「頑張りました」

「このくらいが限度かもね」

「もう歳だし…」

「いやいや、まだまだ」
と言いながら那須集落に着いた。


031


たぶん…今回の左谷がボクたちの限界だろう。

これ以上になると、沢登りの完全装備が必要だ。

Y代表やぼっちさんは、「いざ」というときの装備は用意してくれていたが、ボクとしては、これ以上沢にのめり込むと抜けられなくなりそうなので、次の突撃の対象は少し趣向を変えるつもりだ。


今回も助っ人二人のおかげで、ヤブ山突撃隊は無事ヤブ漕ぎを終えることができた。

なお、もう一人の助っ人…『バイオギア』であるが、這い上がるときには特に何も感じなかったが、縦走路を下るときに膝への負担が少ないことに気がついた。


ブログを書いている今でも、いつもよりも筋肉痛が和らいでいるような気がする。
だから…これからはいつも連れていくことにした。


最後に、よい子のおじさんたちは、軽い気持ちで左谷に入らないでくださいね。
行くときは気合を入れて、足手まといになりそうな人は決して同伴しないようにしましょう。


それにしても歴史に残る突撃だった。

おしまい。
…行かない方がいいよ。

十方山(坂根谷<左谷>から奥三ツ倉経由で那須)その1

平成25年11月16日(土)。
十方山の坂根谷の左谷から奥三ツ倉に這い上がった。
3月に右谷を上がったが、左谷は技術・体力を要する想像以上の谷だった。

所要時間は、
 坂根集落~右谷と左谷の分岐 → 20分
 分岐~二段の滝 → 2時間30分
 二段の滝~奥三ツ倉 → 2時間20分(昼食含む)  ※登り:5時間10分
 奥三ツ倉~那須 → 1時間50分  ※合計:7時間

トラック図は次のとおり。
 
 
H251116


 
 

今回は、ちょっと気合がいりそうなので、ヤブ山突撃隊の3人、Y代表、ぼっちさんの5人で突撃することにした。
とにかく、坂根谷の左谷を這い上がるのにどれだけ時間がかかるか分からない。
那須に下って、トリゴエ谷経由で坂根に戻る計画だが…どうなることやら。

7時に瀬戸滝の駐車場に5人が集合した。
「ひょっとしたらtobinokoおじさんが現れるかもしれないから…」
と言って5分待ったが、現れそうもないので、通行止めのバリケードを避けて坂根に向かった。

実はここには、
「通行止~押垰集落までは行けます」
と書いてあったのだが、とりあえず行けるところまで行ってみた。


ところが、押垰集落を抜けてすぐの地点で道路が崩落し、復旧作業のためバリケードが設置されていた。
道のほとんどが崩落し、途中、わずかに数十センチほど歩けそうなところが残っていた。

めざす坂根集落まで1キロちょっとだ。
「どうする?」
「歩いて抜けちゃおうか?」
「完全にシャットアウトしてあるから、やっぱりまずいよね」

ボクは諦め加減になって、
「今日は諦めて、黒ダキ山に登って仏石でも拝んで帰る?」
などと言っていたが、Y代表やぼっちさんたちは登る気満々で、
「吉和まで戻って戸河内から回り込めば1時間のロスで済むから、トリゴエ越えをやめて那須に車を置いておけばどうにかなるかも?」
と提案があったので、
「そうしましょう!!」
で、再び吉和まで戻り、戸河内まで走って、さっきとは逆の方向から那須集落へ車を一台置いて、ようやく坂根集落に着いた。


当初の計画では、ここを7時半に出発する予定だったが、すでに8時半だ。
車道奥の空き地に車を置こうとしたら、Y代表が悲鳴を上げた。

「誰だ!!こんなところで!!!」


支度をしながら見てみると、狭い空き地のど真ん中に…『脱糞』
…いやそれほど日時は経過していない『ブツ』があった。

生理現象は理解できるが、よりにもよってこんな所で…。
「こんな輩がいるから…地元の人たちとの軋轢が起こるんだ」
「どう考えてもここまで来るのは山ヤしかいないな」

「今日は、交通止め、脱糞…三度目の正直が起こらなければいいけど…」
とブツブツ言いながら、5人のおじさんたちは出発したのでありました。

001


 
 

3月の時と比べて、かなりヤブっぽかった。
左岸の薄い踏み跡はすぐに終わり、沢に降りた。

今日は快晴だが岩は滑りやすい。
20分ほどで右谷と左谷の分岐に着いた。
「懐かしいねぇ…右谷ちゃん」


002


(二人が見ている方向が左谷。右谷は真ん中の木々の後)

 

沢としては左谷が本流である。
いきなり懸崖とゴーロ沢が現れた。


003


「このゴーロ沢が延々と続くらしいよ」
「ホントに歩きにくいな…」

何度も渡渉を繰り返していると、左岸にとてつもない岩壁が現れた。
「すげえなぁ…」
みんなで腰をおろして暫く見上げた。

006


ゴーロ沢の中を右…左とルートを探しながら登る。
常時、上がれそうなところを見極めながら岩を越えて行くので、神経も疲れてきた。


008

「いつまでこれが続くの…」
「まだ800ちょっと…あと500はゆうにある」
…標高差のことである。
「よいしょ、よいしょ」と岩を越えて行くが、全然高度を稼いでいない。


「おお!すごい!」
「うわぁ~ホントだ」
「すごいね」

右岸にトチの巨木が鎮座していた。

009

依然としてゴーロ沢が続いているが、そろそろ滝が現れるはずだ。

いよいよここから…坂根谷の左谷のハイライトが始まる。(その2へ続く)

 

2013年11月16日 (土)

十方山(坂根谷・左谷から奥三ツ倉~那須)

生きて帰りました。


坂根の左谷は…聞きしに勝る凄い谷でした。

参りました。

そしてボクたちは頑張りました。

tobinokoさんは不参加で正解。
ましてやびっけさんがいたら…即座に撤退。


とりあえず『二段の滝』を乗せておきます。

ここまで這いあがれる人は…たぶん、そんなにいません。


ここから先も…さらなる地獄でした。

015


…死にました。ホントに…。

2013年11月15日 (金)

明日の助っ人

ふふふ…助っ人を用意した。

ちょっと高かったが、最近、膝の調子が思わしくないので買ってしまった。


001


 
 
 


ボクの抜け殻ではない。

下半身はミズノのバイオギアである。
上半身は違うメーカーの新素材のアンダーシャツだ。

さっき、試しにきてみたが、(矯正下着はつけたことはないが)、体を締め付けられるという感触はなかった。

サポートされているという圧迫感はあるが、家の中をウロウロしても違和感は感じなかった。

全然トレーニングをしていないので、不安だらけだが、この助っ人が心強い。


明日は、坂根から…20回ぐらい休みながら稜線に這い上がって、那須に下って、最後にトリゴエ谷を越えて坂根まで戻るつもりだ。


明日は…ヤブ山突撃隊の3人、Y代表、ぼっちさんの5人だ。
これがギリギリだと思うので、悪いが…T君は今回はお休みにしましょうね。


なお、もしも現地に tobinokoさんが現れたら…とりあえず一緒に這い上がりましょう。
来るかな?


もう寝ます。20:10ヤブ山。

2013年11月13日 (水)

地図とにらめっこ

昨日から『十方山』の『奥三ツ倉』周辺の地図とにらめっこしている。

前回は、坂根谷の右谷を這い上がったが、今回は左谷を這い上がる。

しかし、前回、『奥三ツ倉』で昼飯を食べたが、ササやぶはすごかった。
地形図上では、広葉樹の森だが、現地はすさまじいササやぶが広がっていた。


坂根から4時間と見込んでいるが、かなり怪しくなった。

あとは那須集落へ下って、トリゴエ谷を抜けて再び坂根に帰ってくるつもり。


9時間と見込んでいるが、最後は車道を歩いて帰ることも想定している。


それにしても左谷の登りはキツそうだ。
4時間で這いあがれるか?


最後の急登は想像を絶する傾斜である。

何回、泣くのか見当もつかない。


天気は良さそうなので、決行するが…20回は休みましょうね。ぼっちさん!

2013年11月12日 (火)

Gへの挑戦

夜、余裕があれば空を眺めている。

昨夜は、酔いつぶれてそれができなかったので、ハブてて寝たようだ。

今日の空は澄みきっていたが、流れてくる雲の動きが気に入らなかった。
西から東へ流れたら、腕組みをして「よしよし…頑張れ」と声をかけていたのだが、南に流れて行った。


今日の雲は低かった。
少し飛べば手に届くような高さである。


これがいくらやっても届かない。
雲は人間の限界を超えている。
だから、そこに神話が生まれる。


人間の限界は…Gに象徴される。
g…だ。


人間は飛べない。
それを与えたら、人類はもっと早く破滅を迎えただろう。


飛べない。
何かがないと飛べない。


それは体も心も同じだ。
無理して飛んだ理論は宙に浮く。


それは…、
言葉ではない。
芸術でもない。
ましてや音楽でもない。


ボクはそれをみんなに知らせたい。
でも、その伝達手段がないから…酔うといつもこんなに頭にきているのだ。


「なにか こんな ぼわ~とした ものが あるでしょう?
これは たぶん こんな ぼわ~っとした あれなんです。
これを こんなふうに ぼわ~っと してるんだから これを こんなふうに ぼわ~っと……」


…ボクの悩みをお分かりいただけましかねぇ。


2013年11月11日 (月)

帰ってきてから寝るだけ

月曜日が来た。

また一週間、働きに出るだけだ。
何かすることがあるだけでもいいらしいが、本人にとっては面白くない。

昨日のボクシングの話を書こうかと思ったが、最後のオチが浮かばないので止めた。
格闘技とスポーツと、最近のUFCのおぞましさを整理しようと思ったがダメだ。


もう一日、よそ行きの顔をして過ごす。


2013年11月10日 (日)

介錯

今朝から小雨。
何もできないが6時前には目が覚める。

倉庫でゴソゴソして家に戻ると、なぜか鬼嫁が休日にもかかわらず早目の起床。

何かを企んでいるに違いないと思った。
早目の朝食を済ませると、いきなりのご宣告があった。


「あなた! 今日はお母様の見舞いに行くんでしょ!?」
「まだ 決めていない…」
「今日は行かなきゃ?!」
「行ってみるか…」


ほとんど寄り切りのまま土俵を割った。
この雨ではどうしようもない。

 


ベッドの母は本を読んでいた。
たぶん5行進んだら、前のことは忘れているだろう。
それでも眼鏡をかけて本に向かっていた。


「ほほぅ…読めるかね」
と声をかけたら、上目遣いでボクを見た。


「まあ…○男かね。今日は何曜日かね?」
と、いつもの会話がスタートした。

いつもは15分もすれば、
「じゃぁ…またね!」で帰るのだが、今日は雨なのでアルコールタイマーも鳴らなかった。
1時間近く母と過ごした。


金毘羅社の例祭や、玉ねぎを植えたこと、月末にはひ孫を連れてくること…などを話した。

家の周りのことも話したが、30年前のことと数年前のことが混在している。
さっき話したことさえ、すぐに忘れて何度も同じことを聞いてくる。

いつもは気の短いボクだが、何度も同じ返事をした。

主治医によると、透析用のシャントがそろそろ難しくなってきているようだ。
先月、新たな場所を探したのだが、うまくいかなかった。
透析ができなくなると命にかかわる。

…3年前ぐらいだろうか。
まだ難しい会話ができるときに、
「お母さん! 最後に寝たきりになったら イロウ…をする?」
と聞いた。

『イロウ』の意味を分かっていたのかどうか分からないが、
「そんなのしないわよ。いいわよ…」
とボクに告げた。


今はすっかり落ち着いているが、透析をするために入院しているだけだ。
外にも出られないし、食事以外は自分では何もできない。

もうシビアな話はできない。


もうすぐ決断を迫られる時が来る。
植物人間状態になった時にどうするかを決めなければならない。


かつての母との会話を実行するか。
延命だけを願うか…。


頭の中で、『介錯』がグルグル回っている。
…こんな迷いから逃れたい。


ボクが決めなければ、みんなが迷うだろう。
たぶん…母も。


2013年11月 9日 (土)

deru deru siitake ga deru

9時から社の片づけがあるので、少し早めに裏山に上がりかけたが、しいたけちゃんを思い出して寄り道をした。

「おおおお!!!」


001


 
 
 

三日前に鬼嫁が二回目の収穫をしたはずだが、みごとに次が生えていた。
しかも肉厚の良品であった。


このくらいにペースであれば、おじさんおばさんの世帯でもどうにかなる。


ついでに『なめこ』の様子を見にいった。
今春、山桜を伐採して植えたところである。


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全然出る気配はなかった。

来年には、ネルヌルとした『なめこ』ちゃんが生えてくるのだろうか。
我が家の細い山桜で生えてくれたらいいのだが…。


1時間で神社の片づけを終えると。
家のベランダでシイタケを並べて記念写真だ。
素晴らしい。


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午後の仕事まで時間があったので、予定どおりホウレンソウとサラダ菜、大根の間引きをした。
腰を曲げていると…のらなくなってきた。
関節の油が切れているようだ。


鬼嫁に間引き菜を取りに来させて、H高の練習試合を見に上がった。
宇部商とのダブルヘッダーだ。


家に戻ると、鬼嫁の『和風パスタ定食』が待っていた。

シイタケと間引き菜をしょうゆベースであえた『スバゲティ』であった。

「おまえ…今までで…いちばん…おいしいスバゲティじゃないか!!」
と褒めたら無視された。


もう一度、
「これ すごい おいしいぞ!」
と念を押したら、

「あんた シイタケと ホウレンソウが おいしい…と言ってるんでしょ!?」

「…ばかたれ! せっかく褒めてやったのに!!」


料理の腕はよく分からなかったが、いい味でした。
おしまい。

2013年11月 8日 (金)

玉ねぎ

午後から代休を取った。
JAに頼んでおいた玉ねぎの『早生』が数日前に届いていたので、植え時を悩んでいた。

明日は、午前中に金毘羅社の片付け作業があるし、午後からは周南市で行事がある。
日曜日は雨天必至なので、どうしようかと考えた。


午前中に仕事に一段落ついたので、
「おい!昼から休みを取るぞ」
と宣言して帰宅した。


2時過ぎに帰宅したボクをみて、鬼嫁が、
「退職するにはちょっと早いわよ!」
と皮肉を言ったが、無視して開墾畑に向かった。


玉ねぎは、先日、旧来の畑にホームセンターで買った苗を150本植えたばかりだが、開墾畑の出来具合を確かめたいのだ。


すくも(モミガラのこと)と堆肥を多めに入れて、四つ鍬で丁寧に打ち返す。
二年目なので、畑はまだフカフカしていない。


念入りに混ぜあわせてマルチを張った。
穴に指を突っ込みながら、苗を植えていくが、ダマがあるので、埋め戻しに『野菜の土』を入れて行った。

何度も休む。
腰が痛い。
明日の片づけ作業の段取りと、周南でのあいさつを考えながら早生苗を100本植えた。


来週には、晩生苗が200本配達される。
同じ苗を違う畑に植えれば、それぞれの畑の状況がつかめると思うが、そこまでの余裕はない。

みんな 元気に 育ってくれれば それでいい。


2013年11月 7日 (木)

仮面の告白

世の中、偽装報道でごった返しているが、そもそもみんな仮面の世界で生きている。

着飾ったり、化粧をしたり、カッコつけて…生活している。
人を騙すのはよくないことに決まっているが、みんな仮面をかぶっている。
このブログもそうだ。
カッコよく、見栄えがするように書いている。


あとはそれを見極めるかどうかだ。
騙されたら己を恥じればいい。
あとで、「金を返せ」では遅い。


みんな自分の胸に手をあてて反省するがいい。
心当たりがいくつもあるはずだ。


かつてはこれは宗教の縄張りだった。
宗教はそれを個人の反省に帰趨した。

ところが、現代はそれを社会問題化して囃したてている。
そうなると、人間は個人の反省を忘れて他人の所為にして己を忘れる。


これは人間の防衛本能として密かに授かった武器だ。
ある意味では自爆装置なのだが、みんな次々にボタンを押していく。


口惜しい。
他人を罵倒すると…ひとは何故か気持ちがすっきりする。
自分のことを忘れて、ありとあらんエネルギーを敵に放射することができる。

偽装の正論は吐かない方がいい。


でも…ボクのように開き直らない方がいい。
進歩がないから。


2013年11月 6日 (水)

鬼嫁の小言

今日は午後から出張だったので、1時間早く帰宅した。

いつもは、そのまま風呂に入って晩酌をして寝るだけなのだが、今日は少し話をする時間があった。

その時、
「あんたね! わたしが どれだけ やっているか 知っているの!?」

「ン?」

「みんなね ご主人が やっているのよ!」
「ほぅ~」

「あなたは やっているの?」
「うん…」

「うそ! みんな 旦那さんが 自分で買出しに行って 会計処理もしているのよ!」
「ほぅ…夫婦善哉だ!」

…いきなり攻められっぱなしである。

ボクは受けも攻めも強いと自負している。
ここで攻守交替してみた。

「おまえイヤなのか?」
「できることは やります!」

「どうして ボクがこれを受けたか分かるか?」
「しりません!」

「あのメンバーで誰がやれるか分かったか?」
「わかりません!」


『出ていけ! このバカたれが!!』
…注:この辺りから心境を書いています。脚色も少しだけあります。


『お前みたいな ボケは とっとと出ていけ!』
『でも 奥さんたちはみんな 旦那がやるって…言ってたわよ!』


『知るか! バカたれ! 普通の嫁さんは みんな そうしよるんじゃ! ばかたれ!』
『あなたね! 自分が受けたことは 自分でやりなさいよ! 私は知らないわよ!』


『出ていけ! どこにでも行け! このトドが!』
『なんですって? トド!? あなたいい加減にしなさいよ!』

『なんだその口のきき方は! 出ていけ!!!!』

…と、まあ…鬼嫁はどこかに出て行きました。

ところが、今でも口は利かないし、いつもの怒った時のように目も合わせない。
どこかに行って欲しいのだが、悠々と横になっている。


ボクの心の会話は届いたのだろうか。
それも聞こえずに、もう認知症が発症したのだろうか。

ボクには 時々にしか慈悲の心は戻らないので できれば静かに成仏して欲しい。


…全文は読み返していないが、人生の機微が…よく書けたような気がする。

▼追伸
ボクがなんでここまで書くかくのか理由を述べておこう。
先日の例祭でボクはあらんかぎりのノウハウを駆使してみんなに礼を述べ、その後の直会でも謝辞を述べた。
たぶん、鬼嫁はボクが話をするところを…息子の結婚式以来2回目だったはずだ。
鬼嫁は、それを聞いて、
…「いつか このバカを やっつけてやろう!」と思ったに違いない。
ボクは力の限り頑張って話をしたが、鬼嫁にとっては、
「バカ! なに言ってるの!」
だったのだろう。

…そう言ったはずなのに、まだそこでトドになって寝ている。
人生の機微は分かっていない。
たぶん腹が太って眠たいだけだ。


2013年11月 5日 (火)

時代おくれ

先日、母の見舞いに行くとき、ラジオから河島英五の『時代おくれ』が流れた。

サビのメロディーと、「時代おくれの男になりたい」の歌詞は覚えていたが、聞いているうちに、ひとつのフレーズに驚嘆したので、ネットで歌詞を調べてみた。


時代おくれ(河島英五)

一日二杯の酒を飲み
魚は特にこだわらず
マイクが来たなら 微笑んで
十八番(おはこ)を一つ 歌うだけ

妻には涙を見せないで
子供に愚痴をきかせずに
男の嘆きはほろ酔いで
酒場の隅に置いて行く

目立たぬように はしゃがぬように
似合わぬことは 無理をせず
人の心を見つめつづける
時代おくれの男になりたい

不器用だけれど しらけずに
純粋だけど 野暮じゃなく
上手なお酒を飲みながら
一年一度 酔っぱらう

昔の友には やさしくて
変わらぬ友と信じこみ
あれこれ仕事もあるくせに
自分のことは後にする

ねたまぬように あせらぬように
飾った世界に流されず
好きな誰かを思いつづける
時代おくれの男になりたい

目立たぬように はしゃがぬように
似合わぬことは 無理をせず
人の心を見つめつづける
時代おくれの男になりたい
※抜粋終わり

酒はもうちょっと呑んで、毎日酔っ払ってもいいと思うが、
「人の心を見つめ続ける」
というフレーズには感服した。

毎日、グダグダとブログを書いているので、いちおう言葉には気を遣っているが、これほど単純で斬新な表現に初めて出会ったような気がした。

「人」「心」「見る」「続ける」…は、誰もがいつも使っている言葉だ。

それをいっぺんに使うのか…。
そういう気持ちがないと、この表現は生まれないのだろう。

ボクの頭に浮かばないのはその所為なのだ。


他の歌詞にも頷かされるところはあったが、これには参った。


2013年11月 4日 (月)

鬼嫁の天罰

ようやく最新の話である。

社の礼祭を終え、シイタケが生え出したボクは急に元気が出てきた。

JAにはしいたけ…じゃなかった、玉ねぎの極早生と晩生が100+200頼んでいるのだが、
尻がもぞもぞしてきたので、ホームセンターで、早生の苗を150本と初めてマルチを買った。

黒マルチはどうも気に入らなかったのだが、試験的に旧来の畑でやってみることにした。
いちおう、測って行ったので残りの畝でぴったりのはずだ。

ここは2週間前に石灰を巻いて耕しているのだが、今日、もう一度堆肥を撒いて、三つ鍬でもう一度耕して、ロープを張って畝を作った。


「玉ねぎなら…いくらあってもいいわよ」
と言われているので、玉ねぎ農家になってもいいような気分で植えた。

マルチを張るときは風が吹いて難儀をしたが、どうにか150本を植えた。


 
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2~3週間前に植えた『ダイコン』や『ホウレンソウ』、『サラダ菜』が元気良く芽を出している。

間引こうかと思ったが、指先が震えるので来週に持ち越しだ。

玉ねぎと、ついでに植えた白菜の苗に水をかけて家に戻ったら、鬼嫁の悲鳴が聞こえた。


 
 
 
 
 
 
 
 

緊急事態ではないような雄たけびだ。

たぶん、ムシか、ムカデか…ヤモリが現れたのだろう。


 
 
 
 
 


そう思ってベランダに戻ったら、……
  
   
   
   
    
    
    

     
      
      
      
       
    
    
     
     
     
      
       
      

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そうか、そうか…。

まだ気温は高いので、ベランダ横のサザンカに上がって、ムシか鳥の卵を狙おうとしているのだろう。


「あれが いつも畑にいるのよ!! 山の方に 逃がして!!!」
というリクエストがあったが、そのままベランダの下に戻って、奥の方でうずくまってしまった。


「シマヘビだから 何もしない。網戸をきちんと締めれば入ってこない」

「ホント!?? イヤイヤイヤイヤ…ああ、どうしよう…ブルブルブルブル…イヤ 怖いもん!!」

…若い娘なら可愛い気があるが、還暦前のおばさんはどうでもいい。

「もう出んから 早よう ビールを持ってこい!」

…おしまい。


追記:写真をよくみると、これは青大将だろう。シマヘビはそこまで高度な狩りをしないはずだ。

 


 

出ました!!

今朝は7時過ぎまで寝ていた。
呑みすぎである。


それでも社のテントが気になって上がってみた。
問題ないので、予定どおり土曜日に撤収することにした。

帰り道、ダメモトでシイタケを覗いてみた。

「おお!!!出ちょる!!」
と思わず声が出てしまった。

昨年の冬に菌を打ったシイタケがついに生えてきたのだ。


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てっきりもうダメだと思っていたのだが、
『菌を打った翌年の秋から出る』という解説は本当だった。

約2年近くたっているのに…素晴らしい。

第1号として収穫した。


裏に回ってみると…


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「おまえが第1号だったのか!!」

傘を開いたまま雨にぬれて、下に落ちていた。
さすがにこれは食べられないようだ。
先週、ちゃんと見回りに来るべきだった。

裏側に回ってみると、あちこちから生えてきていた。

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「ふふふ…やりました」
と鬼嫁に渡した。

「出たの? 一個だけなの?」
「ふふふ…これから毎日しいたけだ!」

tobinokoさん、出ました。
予言通りでました。
やりました。

秋の例祭

2日のブログで、「雨でも嵐でもこい!」と居直ったら、本当に雨が降ってきた。

6時前には霧雨だったのだが、世話人が集合する頃には小雨。
神事が始まる11時前には雨音が強くなった。

テント一張りでは狭いので、ブルーシートを追加した。

それでも参拝にやってくる人がいるので一安心。

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頼んでおいた神主さんもやってきて神事が始まった。

ボクは世話人の会長として玉串奉天をして、最後にあいさつ。
隣に座っていたE翁が、
「お疲れさんじゃやのう…ようやった」
と褒めてくれた。


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狭いテント内は大混雑。
ささげご飯のお接待と、福引をして、餅まきは…餅くばりに変更して、なんとか例祭が終わった。


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とりあえずテントと幟以外は片づけて、近くの自治会館で直会へ突入した。

男女合わせて20数名の宴会だ。
もう一度会長ととしてのあいさつをして、怒涛の宴会に突入した。

だから昨夜はブログをかける状態ではなかった。


やれやれ…一大行事が終わった。


2013年11月 2日 (土)

地下に生きる

今朝は9時集合。
明日の礼祭の準備だ。

7時過ぎに上がって、鍵を開ける。
下のTさんと打ちあわせて、8時半に自治会館へ荷物を取りに行った。

どう考えても明日は雨が降りそうなので、テントも積んでいくことにした。
これが重たい。
二人で運びながら、
「これは20㌔寂。米袋よりもちょっと軽い」
と言いながら、積み込みと、神社の運び上げをした。
たぶん彼とボクの二人で、当分の間やらなければならないのだろう。


そのうち世話人が次々集まってきた。
なんとなくそれぞれがすることが決まっている。

幟を立てる人。
神社を清掃する人。
今回はテントを建てるという新たな用事もあったが、みんな気を合わせて立ちあがった。

さて、女性群は自治会館で炊き出しの準備だ。
お接待の仕込みがある。
いまどき、単一の田舎の社の祭りでお接待を出すところは少ない。
帰ってきた鬼嫁の話では、20人ぐらい集まったそうだ。

特に、ボクの小さい時のことを覚えている…おばあちゃんから話を聞かされて、大変だったらしい。
おりこうさん?…でよかった。

でもできる人がいる間はやる。
死ぬまでやる。
…それでいい。
できるところまでやればいいのだ。

そして、できなくなったら、その人が存命のうちに止めたらいい。
今はボクの世代がやることになる。
ホントは団塊世代の人たちにやって欲しかった。
(これは 真面目な愚痴!)


明日は雨が降るだろう。
初めてテントを張った。
みなさん ありがとうございました。

雨でも 嵐でも こい!
紺屋浴金毘羅社の秋の例祭は 雨天決行である!

 

2013年11月 1日 (金)

薬箱と調合

ついでに書く。

昇華して取り出したものは、それぞれの箱に納めておく。

必要な時にそれを開けて、中身を確認する。
だから箱は多いほどよい。
しかも、できるだけ独立したものが理想とされる。


それを眺めては、現実と照合しながら、単体にするか、調合するかを考える。


焦ってはいけない。

でも人間は焦ってしまう。

だから他人に委ねてしまう。


このDNAが邪魔で仕方がない。

それを『業』と称する。

…でもボクはまだ認めたくない。

理論と実践

今日は青臭いことを書こう。

さっき、NHKの『地域おこし協力隊』の番組を見て思い出した。
若い精鋭たちが全国の過疎地で地域おこしのために頑張っている。


でも、普通の大人はそれが、「できっこない」ことは分かっている。
数年でとん挫することは目に見えている。
「そんなに簡単にできるのなら、とっくにやっている」と思っている。

どこも大変な苦労をしている。
この番組は、その苦労をクローズアップしようとしているのか、過疎地の難しさを改めて語ろうとしているのか、その意図が分からなかった。

さて理論である。
理論とは、系統立った説明である。

「ああすれば、こうなる」
「これは、こういう連鎖で成り立っている」
…後追いである。

だから、実践するには役立たないと…みんな思っている。


いつぞや書いたことがあるが、
『学問はもっとまじめにせい!』
『現実を離れて、もっと磨け!』
と言いたい。


そもそも理論は現実のものではない。
現実を昇華したものだ。

それを戻そうとしても手遅れである。
すでに現実のものではないのだ。


ボクは思う。

理論は実践の『きっかけ』である。
『契機』と称してもいい。


色々な実践を通して得られたものは、実践の契機に使えばいい。
それを実践に戻しても何の役にも立たない。


占いと一緒である。
占いは未来を語っているのではない。
「今のままだと…こうですよ」と告げているだけである。

理論は信念に近い。
理想からはかけ離れている。


理想は遠く、理論は近いものだ。
だから窮地に陥ると、理論に頼り、理想をないがしろにする。
もっと悪いことに、目的を果たしたら、理想を開陳して理論を忘れてしまう。

…備忘録で残しておく。

純粋理性と実践理性の整理はこうする。

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