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2013年11月 1日 (金)

理論と実践

今日は青臭いことを書こう。

さっき、NHKの『地域おこし協力隊』の番組を見て思い出した。
若い精鋭たちが全国の過疎地で地域おこしのために頑張っている。


でも、普通の大人はそれが、「できっこない」ことは分かっている。
数年でとん挫することは目に見えている。
「そんなに簡単にできるのなら、とっくにやっている」と思っている。

どこも大変な苦労をしている。
この番組は、その苦労をクローズアップしようとしているのか、過疎地の難しさを改めて語ろうとしているのか、その意図が分からなかった。

さて理論である。
理論とは、系統立った説明である。

「ああすれば、こうなる」
「これは、こういう連鎖で成り立っている」
…後追いである。

だから、実践するには役立たないと…みんな思っている。


いつぞや書いたことがあるが、
『学問はもっとまじめにせい!』
『現実を離れて、もっと磨け!』
と言いたい。


そもそも理論は現実のものではない。
現実を昇華したものだ。

それを戻そうとしても手遅れである。
すでに現実のものではないのだ。


ボクは思う。

理論は実践の『きっかけ』である。
『契機』と称してもいい。


色々な実践を通して得られたものは、実践の契機に使えばいい。
それを実践に戻しても何の役にも立たない。


占いと一緒である。
占いは未来を語っているのではない。
「今のままだと…こうですよ」と告げているだけである。

理論は信念に近い。
理想からはかけ離れている。


理想は遠く、理論は近いものだ。
だから窮地に陥ると、理論に頼り、理想をないがしろにする。
もっと悪いことに、目的を果たしたら、理想を開陳して理論を忘れてしまう。

…備忘録で残しておく。

純粋理性と実践理性の整理はこうする。

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