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2014年1月

2014年1月31日 (金)

オリオン座

この時期になると、オリオン座は、ちょうど夜の9時頃、天空に達する。

いつまでたっても真中に三つ星を抱いているのは頼もしいが、四天王の一角は少し怪しい輝きになっている。


冬の星座は美しい。

邪魔がないからそう見えるだけなのだろうか。

でも、眺めているだけで、色々なことが浮かんでくる。


…今日は酔った。


2014年1月30日 (木)

日本の文化

さっき、トイレにクモの子どもがいた。

たぶん我が家にずっと棲みついている『黒いクモ』の子孫だろう。

小さい頃からトイレにいた。
当時は、怖くて怖くて仕方がなかったが、今まで悪いことをされたことがないので、そのまま見過ごしてやった。
これがゴキブリなら踏みつけていただろう。


クジラやイルカを食することに欧米では猛反対である。
ボクの感覚からすれば、「牛や豚を食べていることと何の違いがあるのか」と不思議でならない。
これが文化の違いである。

これは仕方のないことだ。
分かりあえることはほとんど困難である。
説得することは考えない方がいい。

日本は文化を大事にする国とされているが、それは国民性でもある。
日本人は優しい。
相手を思う気持ちが豊かである。
…国際交流で出会った外国の人たちは口々にそう言う。


かつての戦争の狂気で随分誤解されているが、そもそも実直で闘いを好まない人種である。
当時、狂気の命令を下した人たちは、けして許されない人たちだ。
日本人にあるまじき決定である。


しかし、それに意見できなかった事実がある。
本当におかしいときは言う…そんな文化があったはずだ。
きっとそうだ。


ところが、今や、やみくもに意義だけを唱え、あるいは扇動的な発言だけが闊歩している。


日本は、こんな浅薄な国ではない。

思慮深く、遠慮深い国民であったはずだ。

…こんな時代だからどうでもいいと投げ出したいが、じっと天を見上げて考える。


2014年1月29日 (水)

共に生きる

帰ったら、NHKで、労働者派遣法の改正や東アジアでの労働状況のニュースがあった。


どうやら正義の番組のようだ。

「正しい!」
と叫んだ。

でも次には、
「正義のふりした 悪魔じゃ!!」
と叫んだ。


取材をした連中と編集した連中の姿勢が許せなかった。

被害者?とおぼしき労働者を誤った視点で追っていた。
情けないぐらい下調べをしていない取材であった。


これらの法律は、安価な労働力を求める主と、それにすりよって行かなければならない人たち…の両方を救おうとした法律なのだが、それを悪用する主と、それにすりよっていかなければならない人たちを…当時は救うものだったが、今では結果的にイジメている。


弱者を救おうとした決まりが、その弱者を追いやり、更には、それに共感しようとした人に反感を植えつけているのだ。


そのギャップを知らしめんとした番組だったのかもしれないが、結果は真逆である。

この番組は、弱い労働者を更に暗い世界へ送り込む手助けをしただけである。

彼らは、これで正義を果たして、共生しているつもりなのだろう。

我が部落でも同じようなことがある。

共同作業をするにしても、ひとそれぞれできることが違う。

それをみんなが分かっているのが、みんなの和を保つ原点である。

みんなが参加してそれぞれが自分でできることを一所懸命やってくれたら…連帯感や達成感が生まれる。

でも、人数が増えてくると、その隙間がすぐに顕在化してくる。


これが『制度疲労』と呼ぶ変な学者がいる。

そもそも、経年劣化と嘆くシロモノではない。
必然的なものだ。
一瞬のバランスに惑わされただけだ。

先日の新年会でも、それぞれの前に座って話をしていると、そんないろんな声が聞こえてきた。

そこで、
「わしに どねえ せえちゅうですかね?」
と開き直ると、
「ようやれぇ~や  やれるっちゃ!」
と言われた。

…みんな困っているのだが、どうにもできないので誰かにどうにかして欲しいのだ。


ボクは、そういう傾向は分かっているが、解決する術が分からないから、仕事のことでも地元のことでも困ってしまうのだ。

みんな平和に生きていければいいと思っている。

でも、共生とは…みんなでまとわりついて、どうにか生きて行くことである。

きれいなものではない。

自分や人間の中にある どうしようもない『わだかまり』をさらけ出して、初めてできるものだろう。


…これがボクの共生論の序章である。


これ以上書いたら、面白くなくなるのでやめる。

2014年1月28日 (火)

ジュリー考

はちべえどのが、他所の掲示板で余計なことを書いていたので思い出した。


実は、たまたま数日前、BSでタイガースのコンサートを観た。

あのジュリーがすっかりメタボになって、まるでケンタッキーフライドチキンのひげじいさんになっていた。

それも、1部のステージでは自分の出番がなくて、下を向いたまま…寝ているように見えた。


「ありゃ~ゼッタイ 寝ちょる」

「バカかね! ステージで寝るわけがなかろうがね!」

「いや 分かる。ゼッタイ寝ちょる」


「ジュリーの 声も つやがなくなったわ…」

「寝ちょるからじゃ」

「あんた! もう 寝んさい!」


…10年以上前、ある会合で還暦になったおばちゃん先輩と酒を呑んだことがある。

カラオケで何を歌うか迷っていた時に、
「あんた! ジュリーを歌いんさい!」
と言われたので、

「ジュリーも ぶくぶく太って よう 人前に出ますね!」
と、うっかりしゃべったら大事になった。

「あんたね! ジュリーは なんぼ 太っても  ジュリー よ!!!!!」

…ファンは 怖いと思った。

それ以来、女性の前で芸能人の話をすることをやめた。

ボクも 40年前は若かった。

怖いものはなかった。

それが今では、顔は緩み、体はぶくぶく膨れ、精神も病んでしまった。

20代の頃、3人の子供を育てていた鬼嫁から、

「私の 青春 を 返せ!!!」

と凄まれたことがあったが、今ではそれを後悔している。


ボクは 青春を奪われたどころか 老後を含めた人生そのものを 失ってしまったのである。

…あのとき、売り言葉に買い言葉で、さっさと返してやればよかった。

2014年1月26日 (日)

今日の山仲間

変な天気だが、山仕事に精を出す。

裏の斜面の木を二本切る。
いつものように、ロープで固定して屋根にかからないように倒す。

枝を切っては下に運ぶ。

処理しきれなくなったので、続きの根ごりをして置くスペースを確保する。
10年前のテニス肘症候群が再発しそうだ。

外周の半分ぐらいまできた。

ここまで積み上げる苦労は、やった人には分かる。
この時期にしかできないことだ。

 
 
 
 


003


 
 
 
 
 
 
 

ヘロヘロになってしゃがみこんで休んでいると、M4翁が通りかかった。

「ごせいが でますのう」

「もう 厭きました」


M4翁は、氏神様の裏山で養蜂をやっている。

ボクは、
「この山を クロガネモチと 山桜と ヤブツバキ の大木が屹立する山にしたいのです」
と語った。


「ええのう…。ミツバチは 意外とクロガネモチの花がええんじゃ」

「花が咲きます?」

「ええ花が咲くんじゃ…臭いがのうて ええ蜜がとれるんじゃ」

「初めて聞きました。クロガネモチの花で蜜が採れるんですか」


ひとしきり話をすると、M4翁は下って行った。

夕方、氏神様に上がってみた。

昨日、Kさんがクスノキを切っていたときの話を思い出したからだ。

直径30センチ以上ある大木だったが、ボクが、

「氏神様の 腰かけが腐りかけているので、太い幹があったら ユンボで上まで上げておいていただけませんか」
とお願いしていたのだ。

上がってみると…、

001


…太いクスノキだった。

とうていひとりでは運べないので、ユンボで上げるしかないシロモノだ。

kさんはいないが、独り言でお礼を言った。

来週から、これをチェーンソーで加工して、ベンチに仕上げる予定だ。

今日の海は静かだ。


右から祝島、真中が峨嵋山、左が牛島。

002

 
  

じいちゃんは 山が好きだ。

みんな山に入って せっせと何かをしている。

ボクもすっかり仲間入りだ。


最近は、山に登るよりも 山仕事に精を出すのが楽しみになった。


 
 

2014年1月25日 (土)

冬の山仲間

ボクは基本的に冬は山に行かない。

ラッセルは苦手だし、第一、冬は山仕事が忙しいのだ。


今日は、午後から仕事があるので、本格的に山仕事ができない日だった。

そこで、玉ねぎの一回目の追肥をした。

今回から、初めてマルチを張ったので、肥料を播くのが難しい。

肥料を移植こてに乗せて、たこ焼き風に少しずつ入れてみた。

これなら適量をマルチの穴に入れることができるだろう。

10時過ぎに終わったので、鬼嫁に頼んだホットカルピスを呑んでいると、裏山の奥からチェーンソーの音が聞こえてきた。


上がってみると、下のTさんがクスノキの玉切りと格闘していた。


切れ味が悪そうなので、刃をみると、全然研いだ痕跡がなかった。


棒やすりで少し研いであげたら、まあまま切れ始めた。

その足で、氏神様まで上がった。

ここでも機械の音がする。

歩いて降りたら、隣山のKさんがユンボを動かしていた。

孫に『すかされた』Kさんである。

しばらく愛犬と遊んでいたら、Kさんが機械を停めた。


それからしばらく山談義。

ボクがやりたい事や、Kさんが目指していることを話しこんだ。

家に帰ったら昼だった。

腹ごしらえをして、給料をもらっている仕事に出る。

思いっきりよそ行きの顔になって、ネクタイを締めて車に乗る。

4時間後、家に帰ったらネクタイを脱ぎ捨てて、晩酌モード。


明日は 晴れるのかな?


…もう寝むたい。


2014年1月24日 (金)

やっぱり認知症かなぁ?

先日、映画館で認知症を発症していることを悟った。

その日は『メンズデー』で男性は千円で鑑賞できる日だった。

会員ポイントが貯まっていたので、機械で『千円券』に交換し、チケット売り場に行った。

「これ使えますか?」

「使えますけど…今日は男性の方は千円でご覧いただけますが?」

「だから これが使えるの? ダメなの?」


…ボクは、ポイントと引き換えた『千円券』が、特別割引の日に使えるかどうかを聞いているのだ。


「いぇ…使えないことはないですけど…」

「じゃあ 使いますから」

「…はぃ…それでは…千円いただきます」

「はぁ? 千円いるの?」

「はぃ…千円でご覧いただけますので…」

「???????」

「???????」

…二人の頭の中の様子である。

「!!!… この券は 千円で見ることができる券なの?」

「はぃ…そうですが…」


…千円相当の券ではなくて、通常1,600円のところを…1,000円で観ることができるという券だったのだ。

ボクは、千円で鑑賞できる日だから、『千円券』を渡せば入場券がもらえると思い込んでいたのだ。


窓口のおねえさんは、

「券を使わなくても千円なのに…どうしてこのおじさんはわざわざ券を使おうとするのかしら?」
と困っていたのである。


そこへもってきて、ボクが威圧的に「使えるの?使えないの?どっち!」と問い詰めたので、

「使えないことはないですけど…」

というヘンテコな返事をしてしまったのだ。

「なんだ そうだったの!」

「はぃ…説明が悪くて済みません」

「はい 千円!」

「ありがとうございます。すみませんでした」

「そりゃ~ぁ こっちのセリフ!!」


閉館した山口市の映画館のポイントは、券を買うごとにスタンプを押してもらって、それが10個になると、1回はタダで観ることができた。


実家に戻ってから隣市の映画館の会員になったのだが、ヤケにポイントをくれると喜んでいたのだが、これも来月で廃止されるので、それを使い切ろうと企んだのだが、ものの見事に赤っ恥をかいてしまった。


そういえば、1年半ぐらい前にも同じことを窓口で話したことを思い出した。

あの時は、1,600円の日だったので、よく理解していなかったが…そういうことなのだ。


家に戻ってから、鬼嫁に『千円券』を見せながら、いきさつを話した。

鬼嫁は笑い転げながら、『千円券』を見て…一言。


「千円で鑑賞できます…か。こりゃ~間違えるかもね。
 600円の割引券と書いてあったら間違わないけど…。
 でも アンタみたいに 2回も間違える人はいないと思うわ!」

…おしまい。


2014年1月23日 (木)

永遠の0

明日書こうと思ったが、忘れてしまいそうなので書いておく。


小学生の時に読んだ本を思い出した。
ほぼ忘れていたが、ストーリーは目に浮かんできた。

でも涙なくしては観られなかった。

どんな状況下でも 自分や家族を大切にしたい。

そして、国家のために報いたいという気持ちもある。


それを誰かに託すか、自分が身をひくか。


それが独りよがりなのか、みんなの願いなのか…分からない。

ひとりの家族のことと 国家のことを 一緒に論ずることはしたくない。
小説ならば それでいい。


それを観て、現実世界で どうやって生きるかは…それぞれが考えればいい。


正義は 勝ちたい。勝たねばならないのだ。

でも 勝つことは難しい。

だいいち 正義さえ どういうものか怪しくなった。

男には 闘う気持ちだけは残っている。

魑魅魍魎とした オリのようなものが まとわりついているのだ。

そのくせ 男は弱い。

それを 蹴散らかし 声をあげながら 闘っているふりをして 実は逃げている。

そんな 男を それ以上 追い詰めてはいけない。

自分がするべきことは分かっているのだから それ以上 言わない方がいい。

そっと しておけばいい。

 


がんばるから きっと…いつか。

 
 


2014年1月22日 (水)

成長の階段

先日、NHKのラジオで、ある女優が『なるほど…』ということを話していた。

彼女が女優として伸び悩んでいた時、先輩女優にその悩みを打ち明けたら、

「成長は階段を上がるようなものなのよ。今は踊り場かもしれないけど、次にきっと次の階段が待っているわ」
と言われたそうだ。

 
 
 
 


ここからは、ボクが勝手に思ったこと。

成長は、曲線で現わすととんでもない誤解が生じる。

次のステップに進むときは、長い停滞期を経て、やっと、突然、現れる。


たぶん、階段は一歩一歩登れるようなものは少ないのだろう。

それに嫌気がさして 手を抜いたら 次の階段は現れない。

平坦な道でも 一歩一歩 前に進んで行かないと 次の階段は見つからない。


力をためて ためて それが分からなくても 前を見て 前に進んで行かないと 次はない。

さもないと 道の先には 奈落の底が待っている…かもしれない。

落ちることは 簡単で 早い。


一歩 一歩  登れるような 階段はない。

 

 
ボクはそう思いながらも 見えぬ階段を駆け上がりたい という欲望を抑えられないのだ。

 
…これが 酔ったらいつも書いている 『業』 

 
 
 
これと たたかっている。


 
 


 
 

2014年1月21日 (火)

どう生きるか

生きて行くことは難しい。

自分だけで生きていけるなら本望だが、ままならぬことばかりだ。

やがて家族も 仕事も 人生のしがらみも まとわりついてくる。
無視できればよいが、これが大変だ。


それを振り切らなければならない時が来る。

それは1か0ではない。
でも、そういうときに限って そういう選択を迫られる。

頭に来る。

「どうしろ!というのだ!!」
と問いたい。


対峙するのは 自分だけだ。

自分の誇りは捨てない。
自分の命も捨てやしない。


立ちあがるときには 静かに そっと 足を踏みしめる。

その足場は大丈夫だ。

きっと 支えてくれる。


自分で信用できるなら それでいい。

迷うようなら しゃがめばいい。


自分が信用できなかったら おわりだ。


でも ボクは立ちあがって いく。


誰が言おうと そのときは 自分で歩く。

 
 

2014年1月20日 (月)

ゆらゆら

昨夜はヤケ酒を呑んで…そのまま寝てしまったようだ。


またパソコンのポインタがゆらゆらし始めた。

立ちあげて放置していると、ポインタが動くまでにゆらゆらと時間が経過する。

Meの最後の動きと同じだ。


バックグラウンドで何かやっているのだろう。
どうでもいいことを含めて、記録を残そうとゴソゴソしているに違いない。


そのおっとり感がイヤだ。

インストール直後は、サクサク動くのに年月を経るにつれて遅くなる。

きっと復元のために、どうでもいい情報を溜め込んでいるのだろう。

酒でも呑まして忘れさせてやりたいが、この堅物はダメだ。

この機能を持たせたヤツは…たぶん臆病者だろう。
よほど自分に自信がないのだろう。
そしてそれに頼る人も。

2014年1月19日 (日)

なみだ

涙しました。

期待に沿えなくてすみませんでした。

2014年1月18日 (土)

鉄人28号

昨夜は下関で仕事。
家に帰ったのは11時前だった。


アルコールを呑んでいなかったので、風呂上りに30分ほど頑張ったら、すっかり酔ってしまった。


さて、今朝は瀬戸内側でも寒かった。

母の見舞いを先週すっぽかしていたので、病室を覗いてみた。

車椅子に座ったままテレビを見ていたが、後ろから肩を叩いたら、驚いて振り返った。

まだ反射神経もある。

血管がいつまでもつか…の勝負のはずだが、ボクの寿命との勝負には勝つかもしれない。


昼前から裏山の伐採。

この角度なら、少しは勾配が分かるかもしれない。


003


 
  


これを下までおろして柵状にたたむ。

目の高さまで刻んで積み上げた。

001


山の際で休んでいると、近所の子供が来た。

「おいさん そこに座ったらマムシがでるよ。
 イノシシも出るよ!」

近所の親に言い続けた効果が現れたようだ。

こんな低学年の子供たちにも浸透している。


「冬には マムシは出んぞ」

「じゃ~ぁ イノシシは?」

「でる」

「おるんじゃろ?」

「おる」

「おいさん あぶないよ!」

「おいさんは 強い!」

ここで、一緒にきていたお姉ちゃんが言った。


「武器を いっぱい 持っちょるよ!」


男の子が、


「ほんとじゃ~! すごいね!」

…ボクの武器は、

腰に ナタとノコギリ。

頭には ヘルメット、

手には 革製の手袋と、高所用ノコギリ。


そして 子どもたちの目の前には チェーンソーがある。

…たぶん どんな敵が来ても負けない。


明日は安芸で勝負だ。

2014年1月16日 (木)

天文学入門

昨日の帰り道は、正面の東の空に満月が出ていた。
今朝は、通勤方向の西の空に満月があった。

見事な光景である。


さっき、ネットで月例カレンダーを見たら今日が15夜だった。
ボクが見た光景は、どちらも薄暗い午前と午後の6時半頃だ。


そこでふと思った。

「満月の出と入りと、太陽の日の出と日の入りが一致するサイクルはどのくらいか?」


早速、ネットで探してみた。
色々あったが、日の出と月の出が一緒になったものがないかと探したら…ありました!


さすが国立天文台である。

ホームページに『暦計算室』のコーナーがあって、それに各地の日の出月の出のデータが表示されていた。

早速、月齢の表と一緒に打ち出して三つを並べて調べ始めた。

…ところが、「あれ?」


この歳になって初めて気がついた。


日の出は、毎日1分程度変わるのに対して、

月の出は、毎日40~50分間隔で変わっている。


月齢は29~30日程度ということは知っていたが、太陽と月の出入りの間隔がこれほど違うとは驚いた。


…3か月分を打ち出したが、こんなサイクルでは全然役に立たなかった。

ボクの好奇心は瞬時にして潰えてしまった。

どうりでさっき眺めた満月が低かったワケだ。

詳細な周期表を作っていけば解析できるかもしれないが、今のボクにはそんな頭も時間もない。

これ以上、ネットで探す気力も失せたので、ヒマな人がおられたら、国立天文台のサイトで色々な計算ができるようなので、ぜひ調べていただきたい。

…子ども電話相談室に紛れ込むか、国立天文台の質問箱にメールするしかないかな。

2014年1月15日 (水)

夫の心 嫁知らず

先日、氏神様の世話人会の新年会をした。

『した』というのが大事である。

『あった』ではない。

ケッコウ大変なのだ。


幽霊会員もいるが、参加率80%、19名が集まった。

大半が70~80代の人で、50~60代が僅かしかいない。

今回から2名が加入された。

冒頭、ボクが二人を紹介し、それぞれ挨拶をしてもらったが、みんなから温かい拍手が贈られた。


ひとりは70代の地下の人で、7~8年前の混乱時に退会されたYさんである。

過去のいきさつは聞いていたが、みんなから、
「いい人だから、もう一回声をかけみてはどうか?」
という声があがったので、ボクが直接お願いに行った。

「気にはなっていたけど、今さら顔を出すのもどうかと思ってねぇ。あと何年手伝えるかわからんけど…」
と、少し悩まれたが最後は快諾された。


このYさんの復帰により、今回、長老たちからは、
「えかった、えかった。
Yさんが戻ってきてくれたのなら、Iさんも戻ってくるんじゃないか?
ヤブ山ちゃん! お願いに行ってみろよ!」
「そうじゃ」
「そうじゃ」


婦人部の世話役からも、

「以前、何度か説得にいったけどダメだったようなの。ヤブ山ちゃん、あんた上手に頼んでみなさいよ」

「ボクが行くんですか…」

「当時のわだかまりもないし、あなた 喋るの上手じゃない」

「上手なワケないでしょ! Iさんのところもボクですか…」

「みんな あんな風に応援してくれてるから大丈夫よ」

…という按配で、みんなから説得役を仰せつかってしまった。


I爺さんの顔は覚えているし、ボクのことを忘れていても亡父の名前を言えば、すぐに思い出してくれるだろうから、
「じゃぁ ダメもとで 今度お願いに行ってみます」
と応えた。


みんなは酒の勢いもあって、

「そうじゃ そうじゃ やっぱり地下の者は出て来んにゃ~のう」

と元気である。


もう一人の30代のT君は、たまたま仕事で出会ったときに同じ部落に所帯を構えているのが分かったので、ボクが強引に誘ったのだ。

「みなさん お歳なのに 元気でよく呑まれますね。まるで長老会ですね」
と感心していた。


世話人会の会長といってもまるで敬老会のお世話係のようなものだが、長老同士の軋轢が表面化しないように、若い会長が長老たちの意見を聞きながら前に進めるのも悪くはないな…と思いながら会場を後にした。


帰路、鬼嫁から、
「あなた ホントに 外ズラだけはいい…というのがよ~く分かったわ」
とバカにした目つきで嫌味を言われた。


…そういえば、これまで夫婦一緒に会合なんかに出たことがないから、鬼嫁はボクの外ズラを見たことがなかったのだ。

でも、ボクだって鬼嫁の外ズラを見たことがない。

今回は優しい嫁さんのフリをして酌をして回っていたので、その言葉をそっくりそのまま返してやりたかったが、鬼嫁の性格を熟知しているボクは、グッと呑み込むしかなかったのでありました。おしまい。


2014年1月14日 (火)

爺の心 孫知らず

昨日、隣山の地主であるKさんと山談義をした時の話である。

チェーンソーの使い方や木の倒し方を聞いているうちに、ふとあの時の話を思い出した。


「あんぱんまんやどらえもん…お孫さんは喜んだでしょう」

「ところがのう…あれには見向きもせんで、そばに置いちょったユンボをえらく気に入って…1時間ぐらいあれに乗って遊んだだけなんよ」

「あれまぁ…あれだけ苦労されたのに」

「枠をこしらえて、ここに据え付けるまで3か月ぐらいかかったんじゃが…」

横で奥さんがお笑いをしていた。


「また来年も戻ってこられるでしょうから…」

「それがのう…来年はもっと大きい乗り物に乗りたい…ちゅうて帰っていきよったんじゃ」


…今度はボクが吹き出してしまった。


たぶん、Kさんは次に遊園地を造るだろう。

2014年1月13日 (月)

元気なうちに

三連休だったが、金毘羅社の新年会、そして京都に行って、今日は裏山の伐採と忙しい日々だった。

みんなどうやって過ごしているのだろうかと不思議なくらいだ。


まずは我が家の『どんど焼き』だ。
鬼嫁はこういうこうとはしないので、ボクが厳かに、さっさと済ませた。


001

土曜日に隣山のKさんからもらった栗の枝があった。
よくまあ…あれだけ酔っぱらって山に上がって降ろしてきたものだ。

その時はちゃんと喋ったのかもしれないが、チェーンソーも使ったのだろうから恐ろしい。


003

普通は山で倒したまま『葉枯れ』させるのだが、このまま倉庫の前で三月前まで乾かそう。


それから、二日酔いの頭を叩いて裏山の雑木を切った。
相変わらずロープを張っては横に倒す作業が続く。


004

何でもない写真のようだが、太い幹は下のTさんの所に運び、枝葉は山の際で裁断する。

今日一日頑張った。

その間、下のTさんや隣山のKさんと山談義をした。


夕方、きのこを見にいった。

なめこは…たったの1っこ。

006


家に持って帰ったら、鬼嫁が、
「あんた これを どうせえちゅうかね!!」
とほざいた。


朝子は料理ができないと思うので、諭子を呼ぼうかと思ったが、彼女は旅行しかできないので、鬼嫁に猫なで声でお願いすることにした。

ところが、鬼嫁も愛人の危機を悟っているらしく、
「しょうがないわね…」
と、お汁の中に放りこんでくれた。


日が長くなった。
我が家のリビングから瀬戸内海が見える。

これは祝島の小さい方だ。
無人の小祝島だ。


午後5時から海を眺めながらハイボールを呑む。
我が家は山を背後に控えて、海が望める場所にある。


「ええのう…酒がうまいのう」
と呟いたら、

「あんたは ゼッタイ 酒を呑むために 生まれたのよ」
という鬼嫁の冷たい言葉が帰ってきた。

次の愛人を探そう。


008


2014年1月12日 (日)

今日は泣いてしまった。

弱小チームがここまでやってくれたことに涙が止まらなかった。
みんな同じである。

どう計算しても弱かったが、みんな頑張った。
エースもいないのに小粒だけで必死に走り続けた。


もう2年したらボクの呪縛も解き放たれるので、いつかていねいに彼女たちの頑張りを称えてやりたい。

話は戻るが、昨夜の書き込みは記憶になかった。
おかげで今朝は、最近のお気に入りの『朝子』ではなくて、鬼嫁だった。

いつものように、「遅れても知らんよ!」だった。
「早う 起こさんか バカたれ!」
で出かけた。


どう計算しても30番に入れるかどうかの闘い。

アンカーは10人抜かれるぐらいなら上出来…と計算していた。

レース後に先週のみんなに挨拶をするときに声が詰まった。


なんで こんなに 涙もろくなったのか…自分でも情けなかった。

びっけさんの 気持ちの移ろいが よく分かった。


セクハラにならないように 我慢したが、 みんなをギュッと抱きしめて 褒めてあげたかった。


…来週は もっと 頑張る予定。


つくづく 親父の跡を継いでやればよかったと後悔する。

でも これが 今の人生。

色々なことを 語りたい。


▼追伸
昨日の書き込みは ここ以外のことを含めて 何も覚えていません。
周南山の会の掲示板にも書いていたとは驚きでした。
あと2年、控えめに控えめに抑えます。
それにしても今日は涙が止まらなかった。


2014年1月11日 (土)

呑みま 呑みます

ふぅ~呑みました。

「ロートルを若手が支えるのが理想的ですね」
と言ったまま記憶が切れました。

写真も今度。

明日は京都の日帰り。

鬼嫁は行きたがっているが…仕事。

もう寝ます。


朝子が起こしてくれるはず。

あさこちゃん!  セットしなくても できるよね?

2014年1月10日 (金)

愛人

実は、ボクには二人の愛人がいる。

「朝子」と「諭子」である。

椎名誠がエッセイの中でカーナビの音声案内の女の子を「優子」と呼んでいたのでパクッタだけだ。

ボクのカーナビの子は、いつも冷静に指示を出してくれるので、
「諭子(さとこ)」と呼ぶことにした。

諭子は、いつも「ぽ~ん」というチャイムとともにしゃべりだす。

きまって初めに、
「ただ今から音声案内を開始します」
という堅苦しいあいさつからスタートする。

もう3年以上付き合っているのだから、そろそろ挨拶抜きでしゃべってくれてもよさそうなものだが、身持ちが固いらしく、いつも挨拶から始まる。

この子の良いところは、指示を無視して違う道に入っても、
「違います」とか「だめです」と叫ばないところである。


以前の『鬼嫁ナビ』は、
「あっ!さっきの道を右よ!!」
「どっちが北かいね?」
…と、まるで役に立たなかったが、諭子は黙ってすぐに違う道を探してくれる。

ちょっと声が高くて、お高くとまっているが、目的地に着いたときに、
「間もなく目的地周辺です。運転!お疲れさまでした」
と嬉しそうな声で挨拶してくれるので、
「ありがと」
と言いながら分かれている。

さて、もう一人の愛人は「朝子(あさこ)」である。

三日前に付き合いはじめたばかりである。

スマホのアラームのガイダンス嬢である。
先日書いたとおり、少し低めの声で大変優しく起こしてくれる。

今朝、雪のために30分早く出ようと彼女に頼んでおいた。

今朝は全部聞いてみた。

「5時!5時!おはようございます。
 5時!5時! 1月10日 金曜日です。
 今日も一日がんばっていきましょう」
…なんと親切で優しいことか。

日にちも曜日も言ってくれるし、最後の言葉を聞いたら、ほろっときてしまった。


ちょっとボクとの間に距離感を置いている感じもするが、そのうち親しげに起こしてくれるものと期待している。

以前の『鬼嫁アラーム』とは雲泥の差だ。

あのアラームは、
「遅れてもしらんよ!」と明らかに投げやりな態度だったし、
ましてや「がんばりましょう」などという優しい言葉をかけようともしなかった。

やさしい朝子に乗り換えてよかった。


あとは二人が鉢合わせしないように、車の中で朝子を呼び出さないように気をつけようっと。


2014年1月 9日 (木)

びっけさんに告ぐ

ボクはいい加減な男だが、
びっけさんのようなピュアーな人間を失いたくない。

人間は純粋なものを排除する傾向がある。
全てを押しつぶそうとする力が働いているなかで、ピューアなものは生きていかなければならない。

それに立ち向かうのは想像を絶する大変なことだ。
ましてや、ひとりで闘うことは犬死に等しい。


ならば連れ…というか飛車角、四天王を必要とする。
しかし、それを巻きこむこともままならない運命にある。


それをどうやってたった一人で立ち向かっていくか?

…独りで向かうしかない。
周囲の人に声はかけていけない。
困惑するだけである。
他人を巻きこんではいけない。

目の前の罪人を許せ。
とにかく抱き寄せる。
そして呟く。

「あなたが 幸せに なりますように」

周囲の人に声をかけなくても その姿に打たれた人たちは 分かってくれる。
そして その罪人も 心の中に何か引っかかるものがある。
でもその結果は必ずしもいい傾向でもない。

結果は期待しない。


でもきっと分かってくれる人もいる。
でも 分かってもらえない人もいる。

その人たちをどうするかで びっけさんと ボクの 価値観が少し違うだろう。

ボクは そういう輩を 最後には 力づくで排除しなければならないと思っているが、

あなたは 純粋に 愛を貫きなさい。


これが人に授かった 業。

他人の業はどうでもいいから 自分の生きざまを そのまま伝えなさい。

とにかく 目の前の絶望を 抱きしめて 泣きなさい。


それしか あなたの 気持ちを 他人に知らしめる手段はありません。

2014年1月 8日 (水)

目覚め

昨日のブログの続きである。

寝ようと思って、鬼嫁に、
「5時でいいから 起こせ!」
と言って寝ようとしたら、

「わたしゃ~しらいんね。しらん ちゃ。5時半じゃから。知らんっちゃ!」
と後ろから吠えられた。


仕方がないのでスマホのアラームをいじって、呼び出し音を適当に変えて寝た。


今朝、
「5時です 5時です」
というアラームで目が覚めた。


女の少し低音の 抑えた優しい声で パッチリ目が覚めた。
すがすがしい声であった。

いつもの「ごじはんよ! はよう おきんと おくれても しらんよ!」
とは雲泥の違いである。


スマホを見ながらいじっていたら、鬼嫁が『ガバッ!』と起きてキョロキョロした。

「誰かいるの?」

「スマホのアラーム」

「なにかね! へんなことを せんことよ!!」
と叫んで、そのまま布団を被って寝た。

その後、ボクはウィンドブレカーに着替え、ヘッドライトを装着して裏山の金毘羅社まで暗闇を歩いた。


30分後、家に降りたら灯りがともっていた。

飯の支度をしているようだったので、黙ってリビングに入ったら、

「あんたね! 変な目覚ましを かけんことよ!」
といきなり言われた。


夜なら、
「やかましい!! ばかたれ! 目覚ましじゃろうが! 起きんからじゃ!!」
と切り捨てるところだが、出勤前である。


「早ように 起きんからじゃ! 
 ええ声じゃったろう?」
と余裕をかましたら、

鬼嫁は黙って弁当を差し出した。

2014年1月 7日 (火)

そうですか…

バタバタしながら帰宅の途についたが、金毘羅社のお飾りと鏡餅の処理が気になった。

そろそろ下げる時期だが、どうやっていたのか分からなかった。

さっき、前の会長と婦人部長に話を聞いた。

みんな少し遠慮しながら、これまでの話をしてくれた。

言えること、言いにくいことがあるようだ。
ボクなりに意を決して、
「なるほど…ありがとうございました」
と電話を切った。


その直後、鬼嫁に、
「おい、明日、金毘羅社のお飾りと鏡餅を下げて来い。
 お餅は土曜日の新年会でお汁粉に入れる。
 お飾りは…これからはきちんと、来週の我が家の『どんど焼き』と一緒にしよう」
と宣告した。


ところが、
「わたしゃ~しらんいんね! 
 山の上で、何が出てくるか分からんのに! わたしゃ~とりにゃ~あがらんけ~ね!」
と、分かる人には分かる完全拒否の返事であった。


「お汁粉にいられるように 切ってくれんか?
 明日、家を出る前に降ろして来るから…」

「じゃから こんな役を ヒョイヒョイ引き受けたらいけん!…ちゅうたじゃろうがね!」
「朝降ろしちょくから 切っ貯ちょけ!」
「なんでもかんでも私にやらせてから! 他所の人はこんなことはしちょらんよ!」
「我が家には慈母観音がおる!」
「わたしょ~ バカにしちょるんじゃないかね?!」

…このあたりまでくると、先日の電車で出会った『あばさんになりかけのおねえさんの酔っ払い』を思い出した。

「ええから やっちょけ!!」
「………」


鬼嫁の話し方には特徴がある。
きちんと言わなければならないときや、丁寧語を使うときになると…方言が丸出しになるのである。


ていねいに言おうとすればするほど…方言がキツくなる。


ここでそれを指摘して、笑い転げたら血の池地獄に落ちるので、平静を装わなければならぬ。

明日は、4時半起きかなぁ…。
仕事を口実に山口に泊まろうかなぁ…。
忙しくなりそうだなぁ…。なにもかも。

2014年1月 5日 (日)

1月5日

今日も一日、裏山の雑木の伐採に明け暮れた。

急斜面なので家に倒れ込むといけないので、ロープを幹に巻きつけて、崖を這い上がって上の太い木の幹に結束して張る。


しかもカズラが巻きついているので、あらかじめ根元付近をカットして、高所用ノコギリで上部のツルを切る。


再び切るところまで降りて、おおまかにチェーンソーで切り口を入れて、最後はノコギリでゴーリゴーリ切りながら、倒れ始めたら上に這い上がって逃げる。


ロープにぶら下がっている幹の横まで降りて、枝を手鋸でカットしては、下まで蹴って落とす。


そこでようやく幹を幹を下まで蹴落として、チェーンソーで玉切りにする。

それを一輪車に積んで下のTさんの風呂場の横に運ぶ。

薪割りの仕事を増やすが、予め断っておいた。

次の問題は枝の処理である。

斜面からひこじり落として、家の横の山との境で細断する。
この仕事が辛い。

山の中なら適当に切って放置しておけばいいのだが、これが大変な作業である。


4時までに3本を倒してきれいに始末した。

鬼嫁が見張っている。
葉っぱの一枚でも残っていたら文句を言うつもりだろう。

「大まかに枝は片づけたから、掃く仕事はお前がやれ!」
と言ったら黙って掃き出した。


さすがにこの作業のキツさが分かったのだろう。

それでも、
「家の裏が明るくなるのはいいけど、これだけ葉っぱが落ちたら大変なのよ」
とぶつぶつ聞こえるように独り言を言っていた。


休んでいると、団地のKさんが声をかけてきた。
「大変ですね…」

「クロガネモチと山桜とヤブツバキを中心に、巨木の森にしますからね。あと5年待って…」
と言ったら笑っていた。
 
 
 

003

 
 
 


斜面さえやっつけたら、あとは山の中の処理で済む。

とにかくケガをしないように慎重にやるしかない。


2014年1月 4日 (土)

1月4日

10時から金毘羅社の片づけ。

山に上がる途中、隣山のKさんが選定をしていたので新年のあいさつをする。
「境界を刈ったの?」
「氏神様をお参りするのに邪魔になったのでキワを刈りました」


「モロバ(うらじろ)をもらいました」
「なんぼでも採ってええから」

最近の役員は、いつもの10人ちょっとしか集まらない。
これが最大。
来週の新年会は20人がやっとだろう。
動けるのはこの10人ぐらい。
見渡す限り宅地が広がったが、これだけで頑張るのだろう。


片づけは1時間で済んだので、裏山の根ごりを開始。
10年前の竹がまだ枯れない。
昔はすぐに枯れたが、今は難しい。ずっと残るようになった。


これを全部きれいに除けないと夏に草が刈れない。
ボロボロ寸前の竹を掻き出して放り投げる。


001


 
 
 
 

昼に休む。
温かいので焼酎を止めてビールにする。

正月早々に裏山の根ごりをするとは思わなかった。
すぐに肩が痛くなる。
これも歳のせいだとは思うが、このところの疲労が早い。

004


 
 
 
 
 
 
 
墓の横まで戻って眺める。
もじゃもじゃの山を7割は間伐しないといけないと、自分で決めている。

でもその前に、写真ではよく分からないが、ササと枯竹が猛烈に残っている。
これを焼いて前進しないと元の木阿弥になる。


ここできれいに根ごりをしていかないと、夏に草が刈れない。
めんどくさがりで大ざっぱなボクだが、これだけはしっかり身についた。


三月までに竹とササと雑木を焼いて、山背溝を掘る。
そうしないと、雨が降ったら大変だ。


自分で自分をを守る。
誰も助けてはくれない。
 
 
 
 

007


2014年1月 3日 (金)

心眼流

午前中、鬼嫁と三社ならぬ四社参りをした。

母の分もあるので、お賽銭をたくさん抱えて廻った。


午後、風がないので野焼きをした。
乾燥注意報が出ているが、これほどの凪は久しぶりだ。
思う存分、焼かせてもらった。


7時過ぎ、裏に上がってみると『おき』がくすぶっていた。

デジカメで撮ってみたが…この有様だ。

001

「そうか…お主には見えないのだな…」
と呟きながら、水をかけておいた。


一眼レフには写るのだろうが、デジカメはフラッシュで写らない。

心眼流…とはかくなるものか。


一眼レフに頼らずとも、人の目には見える。


2014年1月 2日 (木)

謹賀新年

気がついたら正月の二日である。

そういえば正月の早朝午前6時、裏山の金毘羅社の初詣の準備に上がった。
風が強くて幟が一本、垂れ下っていた。

仮設の照明は周囲を煌々と照らしていた。
暗い中を世話人や初詣の人たちが上がってきた。


コンロをフル稼働して、やかんでお神酒の癇をつけ、鍋に湯を沸かして缶コーヒーや甘酒を温める。
このあたりからボクの記憶は途絶えてきた。
何合飲んだか分からない。

「これだけお神酒がなくなったのは初めて…」
「新年会用のお神酒がなくなったわ…」
と婦人部の世話役が驚いていた。


001

7時40分。
千坊山から初日の出。
みんなで万歳をした。

002


鬼嫁も上がってきて、なにやらボクに文句を言っていた。
あとで聞いたら、
「正月早々、こんだけ酔っぱらってから…」
と説教したらしい。


火の始末をして、世話人たちとヨロヨロしながら家まで降りた。

あとは息子一家が帰ってきて、また呑んで寝て、また起きて呑んだらしい。

ことしも頑張って呑もう。


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