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2015年4月

2015年4月30日 (木)

バリアー

唐突な話であるが、小中学生の頃に読んだ『バリアー』について書いておきたい。


『バリアー』は、自分を守るために張り巡らす防御装置である。

今日、ロシアが宇宙運搬船の打ち上げに失敗したが、大気圏中で燃え尽きるので気にすることはないというニュースを読んだ。


ボクがいつもおかしいと思っているのは、宇宙から戻ってくるときに、あれほど大気圏というバリアーに阻まれているのに、地上から飛び立つときには重力だけが問題視されていることである。


地球のバリアーは大気圏なのだが、内から外へ出ていくときは…違う作用が働くのだろうか。


ボク自身、バリアーは張り巡らしているし、レーダーも三次元に照射している。

不思議なことに、自分が張っているレーダーは意識しているが、バリアーは気にしていないようである。


「自分がどう見られているか?」とうことが、自分のバリアーを意識することだと思うが、どうも考えがまとまらない。


さっき、ずっと夜空を眺めていたが、大気圏内で燃えているような痕跡は見当たらなかった。

どうやって地球のバリアーの影響とは無関係のまま、重力とつき合っているのか?


還暦を前にして、そんな気持ちで夜空を見上げているおじさんは少ないと思うが…摩訶不思議が許せないのだ。


2015年4月29日 (水)

田おこし

雨が降るらしいので、必死になって田おこしをした。

レンゲが伸びていたので、なかなか鋤き込めなくて苦労した。


トラクターもあちこちガタがきたようで、不陸が目立つようになった。

後ろの抑えが効かなくなったのだろう。


田んぼの角を掘り返していたら、同級生のT君が通りすがりに寄ってくれた。

とりあえず代かき前の準備は終わった。

 

2015年4月28日 (火)

お経

泉谷しげるの『春夏秋冬』を歌っていたら、あることに気がついた。

コード展開が一定しているので、まるでお経である。


自分が歌っていて、なんだか酔いしれるような展開であった。

いくら続いても続けることができる。


自分で歌いながら酔うのだから、これほどこわいものはない。


あの世は近い…。


2015年4月27日 (月)

幻聴かなぁ…

さっき外に出て星を眺めていたら、水が流れる音がした。

我が家の周囲に川はないし、ましてや滝があるわけがない。


腕を組んで考えた。


思い当たるのは…クロガネモチの落葉である。

たぶん…最後の落葉だろう。

照葉樹は落葉しないといわれる木だが、この時期に一気に葉を落して、何もなかったように新葉に衣替えをする。


ある意味でズルイ奴だが、密かに…しかも大量の葉を落とす。

その葉の擦れあう音が…せせらぎになる。

「ええのう…おまえは ええのう」
と、くやしくなった。

人前で 葉を落とすのが 恥ずかしいのだろう。


脱皮は 静かに やるのか…。


ドローンの次に欲しいもの

4日ぶりのブログになった。


忙しかったり、旅行に行っていたわけではない。
単にサボっただけである。


ようやく晴天が続いているが、田んぼはまだ柔らかいのでトラクターの耕うんはできない。
極早生の玉ねぎを収穫して、あとは田んぼや家周りの草刈り三昧である。


4年前に実家に戻って以来、草刈りを早め早めにするようになった。

草が膝ぐらい伸びてると乾燥させて野焼きでもしないと始末に負えなくなるので、短いうちに刈りっ放しにするようにしたのだ。
雑草も短いうちだと柔らかいので、カヤを除けばナイロンカッターで十分刈れる。


この土日も草を刈った。
草刈りの後、一服しながら景色を眺めると幸せである。

芝桜あたりを植えたら華やかになるだろうが、刈ったばかりの何もない土手はそれはそれで美しい。
スッピンの美しさというよりも、素朴な美しさ…だろう。


これは、感性によるものである。
イデオロギーとは言わないが、シンプルなほど美しいひとには分かる。

さて、いよいよ本格的な夏を迎える。
半年間、休日毎に草を刈り続けることになる。


涙が出るほど辛い。
でも刈り終えたら自分でそれを眺めたくなる。

でも今では、近所に団地ができたので、騒音に気を遣うようになった。

早く消音器付のサイレント草刈り機が発売されないかな。

朝の5時ぐらいから刈りたい…。

だから、ホントは…ドローンよりも、こっちの方が欲しいのだ。


2015年4月23日 (木)

還暦前の憂鬱

あと一月半で還暦である。

人格、識見とも充実した。
あとはその日を迎えるだけである。
…ということを書きたかった。


今日のブログは重い。
人生60年生きてきてこんなことしか考えられないのだ。


最近、『ドローン』が注目されている。
ボクが欲しくて欲しくて仕方がなかったものである。

柿木村でも飛んでいる。


一年ぐらい前から鬼嫁に頼んでいたが、
「飛びゃ~ ええんじゃろうがね! 竹トンボでえかろうがね!」
と、つれない。


「そういう問題じゃないの! ドローンが欲しいの!」


「空に飛ばして 戻ってくれば ええんじゃろ!」
「バカか! それは ブーメランじゃ!」


…還暦まで働いて、『ドローン』すら買えないのだ。


「あんたね! 今回の事件で ドローン?は 製造中止よ!」

「はぁ? わしが 欲しいんじゃ!」

「空に飛んで 帰ってくればいいんでしょ?」

「わしは 昔 それが 買えんじゃった」 (ラジコンのことを言っている)

「飛んで帰れば ええんじゃろうがね」 (ブーメランと竹トンボを一緒にしている)


「おまえ 竹トンボと ドローンを 一緒にしていないか?」

「飛べば ええんじゃろうがね? 自分で作れば えかろうがね! 煤竹がいっぱいあろうがね!」


ボクは60年寸前まで生きてきたのに、竹トンボをつくって死ぬ運命にあるのだろうか。

むかし買えなかったラジコンの変わりにドローンを飛ばして…一緒に天国に飛んで行こうと思っているのに、ワシは…竹トンボか。

『ドローン』 が欲しいな。
買ってほしいな。
あと数年しか生きていられないのに、買って欲しいな。
人生に悔いが残るな…。


2015年4月22日 (水)

パス…3

あることを書こうと思ったが、期待できない試合とはいえどもボクシングの試合があるので、また明日。

2015年4月20日 (月)

お金の回り方

この歳になっても、どうしてみんなにお金が回って行くのか分からない。


生産性とは無縁の仕事をしているのに、それなりの給料をもらい生活している。


これがどうしても解せない。

特に、百姓をしているとカラクリが見えない。


だれかが原料を見つけて、それを運び、それを加工して売りに出しているのだが、それでどうしてお金が回るのだろうか?


経済学をかじったことがないからか、百姓根性が抜けないのか分からないが、どうしてこんなことでお金が回って行くのか…道理が分からない。

その狭間を縫って儲けることは想像できるが、それを超越して利ザヤを稼ぐ仕組みが分からぬ。

さっきアフリカからヨーロッパに難民が密航しようとして事故にあったニュースを聞いた。


食べるだけなら…いつでも受け入れてあげるが、腹が膨れたらそうもいくまい。


人間が腹を満たしたら、次なるモノが欲しくなる。

腹を満たしたらそれで満足すればいいのだが、神は人間に原罪を課した。

次から 次へと 未知なるものが 欲しくなるのだ。

色々な渦が 足元のあちこちから 沈みこんでいく。

神聖なるものは 空にある。


しかし 自分が立っている所は 崩れゆく大地である。

それを忘れてはいけない。


それだけでいい。


そんな暗部に 儲けのからくりがあるのだろう。


 
 


2015年4月19日 (日)

あとはどうするの?

昨日、Kさんの芝桜公園で鑑賞会をしながら語った。


「これだけやって…あとはどうするの?」


「ヤブ山ちゃんが やるんじゃないの?」


「無理無理…ボクはあと10年ねんあるかないか…無理無理」

「でも 周りをみても あんたしか できるワケガなかろうが…」

「無理 無理 どうやって頑張るんですか?」


「お前が 一番 若い! 頑張れ!」

そんなとき、K翁が言った。

「そんな先のことを 考えちょったら なにもできん!」


「………」

そこで、

「次は ヤブ山がやれ!」

「なんで わしですか?」

「先はないんじゃ!」

…こんな具合で、朝一番の花見は進んだ。


ボクが働くのも 周囲の草を刈るのも 何のあてもない。

目の前のことを やっつけるだけだ。

でも、もっと先の役に立ちたい。

それを受け継いでくれる人が 出てくることを 願っている。


だれも 継いでくれない。

ただ寂れるだけのために 力を注ぐ。

自分が死んだら あとは荒れた荒野が残るだけだ。

「死んでもいい!」と思うような鮮やかさはない。

目の前の課題を超えるだけだ。


土曜日、社から降りるとき、枝で休んでいたトンビ?と目があった。


鋭い目つきであったが、どこか視線を逸らすしぐさがあった。


ボクはオカマではないので、オスには興味はわかないのだが、いい面構えをしていた。

ボクのあてのない作業を呆れて見てるのかもしれないが、視線が気にいった。

…千里眼になりたい。


2015年4月18日 (土)

金毘羅社と芝桜公園

今朝は9時から金毘羅社の清掃作業。

下のTさんが家の都合で参加できないため、あらかじめ法面の草刈りをしてくれていたのであっというまに終了。


「まだ10時ですが…花見にしますかねぇ」

「そうしよう、そうしよう」


家に戻って燗付け用のガスストーブとやかんを持って上がると、下松のケーブルテレビが取材にやって来ていた。


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Kさんがインタビューを受けていた。


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その後、宴会に突入だ。

芝桜と海を眺めながらの酒はうまい!

H翁やO翁がインタビューを受けた。
なんとかろれつは回っていたが、みんな顔が真っ赤だ。
テレビにはどう映るのだろうか?


ボクは顔が映らないように海の方ばかり向いていた。


『ふるさとの風景』という番組で紹介されるらしい。

下松ケーブルテレビに加入している方はご覧あれ!

2015年4月17日 (金)

初顔合わせ

ネットで頼んだ品物が届いた。


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ギターのベルトを固定する皮製品である。

30年?前のベルトを探し出して、付けてみた。

  
 
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…お前は ひとりで待っているのだ。

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昨夜も遅かったので、もう寝ます。

明日は社の掃除と花見。

鬼嫁が買ってきた酒を玄関に積み上げていた。

何やらほざいているが、おやすみなさい。


2015年4月14日 (火)

テリトリー論

たまたまテレビを見ていたら、裁判の結果などのニュースや色々な成功事例が紹介されていた。


それぞれいいことなのかもしれないが、どうもおかしい。
正しいことを主張したり、成功した事例だけを捉えてもてはやしている。


司法の判決はどっちでもよかったのだが、その判決根拠に腹が立った。
司法で扱えるテリトリーを超えているのに、それに理由を付して不可としたことである。


自分のテリトリーを超えた時は、『当方ではあずかり知らぬ』と不問に付すべきである。
こんな専門的な訴訟については、裁判官自身の価値観で決定すべきではない。

誰も裁けぬ状況である場合であれば、そういう状況を保証することに力を注ぐべき出る。
訴えがあったことを根拠に、あずかり知らぬテリトリーで裁きを下してはならない。

そういう不測の事態に対する対応を憲法で保証すべきである。


色々なイデオロギーがある。
でもそれを身分が保障された裁判官が全てを裁くことには無理がある。
訴訟で全てを解決しようとする文化は日本には合わない。

だから法整備を考えるのだ。


次に被災地での成功事例の紹介があった。

イチゴが一粒 千円で 売れる…そうだ。

近代的な工場で作った苺が 千円で売れるそうだ。


そんな うまい話があったら 日本中にそれをつくればいい。
それを海外に売ったら すべてがうまくいく。


金が余れば 全てを株につぎ込めばいい。
それでお金をジャブジャブ稼いで国が繁栄するがいい。


こんなことで人間の悩みを解消してくれるのなら、ボクはいつでも参加する。


…今日紹介したことは みんな他人任せの話である。

だから、ボクは 絶対に 頷かない。

自分で汗をかいたものでない限り 偽物としか思えない。

これがボクの『テリトリー論』の…逆説的な序章である。


2015年4月13日 (月)

音読と侵入者に関する時系列的な考察

先日、少し書いたが、ネット注文で『押してしもうた』…には続きがあった。

実は、その後…『カードの有効期限が切れておりますのでエラー返信いたしました』
というメールが届いたのだ。


「わしは 多重債務者ではない!」
ともう一度確認したら、年度の『8』を『3』と見間違えていた。

それを一度入力したばかりに、ボクは多重債務者扱いになってしまった。

再入力も面倒だし、鬼嫁は、
『カード引き落としは 信じられません。何をするか分かりません」
という…DONOTCARD主義者なのだ。

仕方がないので、銀行振り込みに変更した。


我が家はプリンターに無線ランが飛ばない?構造なので、メモって鬼嫁に振り込みをお願いしておいた。


さて、今晩である。

家に帰ってくるなり、
「あなた! 間違えてるでしょ! わたくしは 10分もATMの前で困ったのよ!
 銀行のお姉さんが 職務質問にきたのよ!」


「銀行では 職務質問はないと思います。
 単なる入力ミスではありませんか?」

「あんた! エエコロにしいよ! わたしゃ~5回は入力したんよ!
 あんた いや あなたが 間違えちょるんよ!
 銀行名と支店 口座番号を読んでみなさい!」


「は~い。では…●●●●…」

「よう聞こえません!」

「なに? ●●●●…
 どう????」

「おうちょる…」
「バカたれが! お前が間違うちょる!!」


「これを見なさい!!!」


…それは、振込先のエラー表示が記された振込用紙であった。

「引き分けか?」

「私は 5回も打ち込みました!」

これで普通の夫婦は破綻をきたすはずだ。

夫は切れて、妻は怒り狂う。

でも我が家の亭主は心豊かな人なので、家の外に出た。


5分ほど心を落ち着けて家に戻ろうとしたら、玄関に『ムカデ』が家の方向に進んでいた。


「こりゃ~!! 鬼嫁を噛むのだぞ!」
と諭してみたが、一心不乱に玄関の敷居の下から潜り込もうとしていたので…足で踏み潰した。

そして部屋に戻ってみると、鬼嫁が一心不乱?にメールのを読んでいた。

「どう?」

「…おうちょる」


「誰が 悪いの?」


「知るかいね!!」

長いだけのブログになってしまったみたい…。

2015年4月12日 (日)

社の総会

昼に息子夫婦が返ってきた。
2歳前の孫は、ボクの顔を見るなり泣き始めた。

鬼嫁は孫をあやそうとするが、ママ以外は敵のような泣き声だ。

それでも少し慣れてきたが、もう夕方である。
バイバイして別れた。


夕方遅くなって、社の世話人会の総代会だ。

1時間前に行って、会計担当のSさんと3人で資料のコピー。
鬼嫁が手伝ってくれるので助かる。
こちらに戻ってきた頃は嫌がっていたが、今は文句を言いながらも手伝ってくれる。


総会はシャンシャンで終わったが、高齢者がそろそろ引退が続くだろう。
下のTさんや、最近地域デビューしたM5兄の三人が溜息をつく。

「しばらくはボクたちがやるんですかね…」

自治会は輪番制に近いのでいいのだが、こういう地下の社の世話人会になると人選が限られてくる。
昔は縄張り争いが繰り広げられたこともあったそうだが、今では誰が世話をするかが大変である。


…疲れた。


2015年4月11日 (土)

屋敷を守る

休日に久しぶりの晴れが来た。

我が家の家の裏に洋ナシの木がある。
毎年、真っ白い花を咲かせてくれる。
今年も満開となった。


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来週、金毘羅さんの草刈りをして、そのあとKさんが頑張った芝桜を眺めながら観賞会をしようという話が持ち上がった。

社まで上がって、ビールやお茶の残量を確認していたらKさんがやってきた。

先週、地元のミニコミ紙が芝桜の取材にきたらしい。
去年の秋祭り時の取材時に、この芝桜公園を紹介したら、
「来春、取材にきます」
と言っていたが、ホントになったようだ。


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汗でボケたのが申し訳ないが、素晴らしい咲き具合である。
家の周りの草刈りをしていたら、何人もの人に道を尋ねられた。


しかも、ここからの眺望が最高である。
今日は九州がよく見えた。

写真は、峨嵋山と祝島である。
こんな展望が広がっている。


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今日は、一日中、家の周りの草刈りをした。
これで、今年第一回目の終了である。


雨続きの田んぼを覗いてみた。

ぽつぽつとレンゲの花が咲いていた。

種は結構高額なのだが、もう一年種を播こう。


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夕方、風呂に入ろうとしたとき長老の一人から電話がかかってきた。

「前から悪かった膝が動かん。金毘羅さんの世話人を辞めさせてくれんか?」


色々話をした。
顧問として、直会などには参加してもらうように説得した。


世代代わりをしたいが、息子は遠くで暮している。

我が家のことも考えながら、地下の家をどうやって守るか考えさせられた。

そんな時、明日、息子一家が顔を出すという電話があった。

田舎のおじいちゃんは…なにかと忙しい。


2015年4月10日 (金)

これが老化かぁ…

色々な面で気づくことはあるのだが、自分でも信じられなくなる。

今は、今夏の同窓会に向けてバンドの練習をしているのだが、どうあがいても難しいところがある。
ボクだけでそうなのだから、5人が集まれば大変なはずだ。


鬼嫁に言わせると、
「あなたは 努力しない人だとばかり思っていましたが、少しはやるのですね」
と実に素っ気ない。


このバカ嫁は…人が努力するということを知らないのだろう。
ボクがジャニーズであっても頑張るのだが、そんな年頃を超えてしまったおばさんには…『努力』という言葉は忘れたようだ。


鬼嫁は、
「あなたは 同窓会で モテたいだけなんでしょ?」
と訝るが、年寄りのおじさんにとっては関係ない。

「頑張るのだ!」
といくら練習しても、鬼嫁の疑念は解けないようだ。

さっき、倉庫の前で休んでいた時、黒い雲に吠えた。

「わしを わらっておるじゃろう? しかし 今夏 お前を見返してやろう」


そんな捨て台詞を吐いているが、胸中は複雑である。

「できるワケガない!」
思ったら…それで終わる。


ほとんどがそうであろう。
明るい人生が待っているわけがない。
あれば、ボクにもその恩恵が欲しい。

指が動かない。
かつて弾いた音が出ない。

悔しい。
ホントに悔しい。


こんな自分ではなかった。
もっメリハリの利いた音とリズムがあったはずだ。


目の前のギャップと自分の頭の中がグチャグチャになる。

もっと隠している老化現象もある。


悔しい。
ホントに悔しい。

老化がこんなに悔しいものだとは思わなかった。

『早く大人になりたい!』
…と、叫んでいた自分は 何をつかんでいたのだろうか?

ヒヤヒヤしながら 灌木をつかんで滝を巻くたびに それを思い出す。


これが 老化 なのかなぁ…。

悔しい。

 
 
  

2015年4月 9日 (木)

おじさんはイライラする

どいつもこいつもボクの希望どおりにならぬ。

今朝の通勤時に、前の車が次々と車線変更し始めた。

「あいつか…」
と舌打ちをしたが、ボクも早めに車線変更をしないと渋滞に巻き込まれてしまう。

年が変ってから、朝の通勤時間帯に現れた軽自動車がいる。
制限時速よりも-10㌔/hで走る?進む車である。


時間帯がどうやら一緒みたいなので、車の流れが悪い時に必ず疑う車である。
おばちゃんが運転しているものと思い込んでいたが、ある日、ちらりと見たらボクと同じぐらいのおっさんが平然と運転していた。

朝の通勤時間帯は、時間との勝負である。

だいたい同じメンバーなので、みんなこの軽自動車を発見したら即座に車線変更するようになった。
嫌がらせのように前に割り込んでいく車もあるが、そんなことを超越して悠々と走っている。


今朝は、その後ろと横にいた車が悪かった。
いつもの通勤仲間ではなかったので、なんだか…その車の速度に合わせてしまった。

だから通勤組は車線変更も出来ずに、イライラと二車線道路を大渋滞のまま走る羽目になったのだ。

その後、仕事で色々あったので、全ての元凶は…あの軽自動車なのだと決めつけた。


あのおっちゃんは…制限速度と許容速度というものを知らないのだろうか?

許容速度とは…「制限時速±α」なのですぞ!!!


2015年4月 8日 (水)

吾輩は生きている

このところの歓送迎会で疲れた。
酒は静かに家で呑むのが一番である。
人には誤解されたくない。

さて、数日前、スマホのベルトポーチが壊れたので、昨夜ネットで商品を探しているうちに欲しいものを見つけてしまった。


アコースティックギター用の『ピックアップマイク』である。
今夏の同窓会でバンドを復活させるのだが、エレキギターはスピーカー内臓だし、出力ジャックもあるのでOKだ。

問題はアコースティックギターの音をどうやって拾うかであった。
『魔法の黄色い靴』はアコースティックギターの前奏でないと曲調が変わってしまう。
高校のときは、借り物のギターにピックアップマイクが付属していたので事なきを得たが、今回のためにわざわざ買うのも勿体ないので躊躇していたのだ。
大きな音が出るバンド演奏の中で、ギターの生音をスタンドマイクで拾うのは素人の設定では無理である。


ちょうど手頃な製品があったので、鬼嫁に、
「お~い!ついでにギター用のマイクも注文するから…農業所得の還付金があったよね」
と告げたら、

「孫たちが帰省している間に全部使いました!」
と実に素っ気ない返事が返ってきた。

「わしが払った所得税が戻ってきたんだぞ」
「でも使ってしまっているのですから、どうしようもありません」


ボクがいくら懇願しても、最後に飛んでくる言葉は、
「自分の小遣いで買えばいいでしょ」
…に決まっている。


これに対抗するには、この方法しかない!


「あっ!押してしもうた!」


…しかし、鬼嫁もしたたかであった。
「ふ~ん…小遣いから引いておくわね」


これ以上会話を続けると、
「わたしは自分のものはなんにも買っていませんよ。
 あなたは欲しいものがあったらグズグズ言いながら、結局買っているではありませんか。
 いいですか、私は欲しいものがあっても我慢しているんですよ。
 来年は定年でしょ?
 同じような暮らしはできませんよ。
 固定資産税は払い続けなければいけないんでしょ?
 ○子はまだ結婚していないし、上の二人には今だけでも孫が4人もいるんですよ。
 どうやって生活していくか考えているのですか?(以下、延々と続く)」
…となるはずである。

ボクは…長くてあと10年の命と思っている。
だから、(子供のように)欲しいものはいま手に入れておかないと、人生に悔いを残したままあの世へ行ってしまうのだ。


そういう達観の中での買い物であることを諭してやりたいのだが、あと数十年は生きるつもりの鬼嫁には…何を言っても無駄なのである。


2015年4月 5日 (日)

還暦の春

孫が帰って来ていたが、歓送迎会に追われる日々であった。

ようやく土日を迎えた。

長女の子供たちは、『細雪』である。

あの小説は三姉妹の物語であるが、たしか歳の離れた長女がいた。

でも四姉妹だと大変なことになるので、長女家は三姉妹で打ち止めになるような気がする。

さて、孫の筆頭は、長女に似てあらゆることに積極的…つまり攻撃的である。
ボクの血ではないので鬼嫁譲りなのだろうが、長女の血をそのまま引いているような気がする。


二人目は、引っ込み思案でおねえちゃんの後ばかり追いかけている。
年少さんなので将来は分からないが、ボクの見立てに寄ればそういう女になるだろう。

三人目は六か月なので全然分からないが、顔のつくりがボクそっくりなので数奇な運命が待っているのだろう。


そのかしまし娘が帰って行った。

「じいじ!酒は飲まないように!」
と、かしまし娘の筆頭が叫んで別れた。

草が猛烈に伸びてきた。

鬼嫁が孫たちを送りに行った狭間で、ホームセンターで苗を買った。

畑の周囲の草刈りを終えて、ナス、ピーマン、トマト、キュウリを植えて、長ネギ用の床苗をこしらえた。

そういえば、先週、孫たちが播いた『小松菜』の芽が出ていた。

あんな小さい種をまくだけで、たったの一週間で芽が出る。

今は屋敷の周囲をきれいに刈っているが、ボクが動けるのも命があるのも…あと10年がせいぜいだろう。

田んぼの蛙もゲロゲロないている。
まだ早すぎると思うが、待っていられないのだろう。


息子は県内にいるとはいえ、草が伸びるたびに帰ってこれるわけがない。
ボクも忙しい時は数カ月おきにしか帰らなかった。


ボクがいなくなったら、この家屋敷も草ボーボーになる。

蛙たちはボクをけしかけるように『ゲロゲロ』と騒いでいる。


草はいくら猛烈にはびこっても、いつかは枯れるので放置しておいてもいいのだが、許すことができない。

たった数年間だけそれを駆逐するだけなのだが、命がある以上、それを続けるつもりだ。

「たったそれだけのために それをして なんの意味があるの?」
と自問自答する。


しかし…「そうするしかない」のである。


これが還暦の春の夜空を眺めて思ったこと。


若い頃、人間は進化を続けるものと思っていたが、

人間は…『ゴールに向かって突っ走る』 だけのような気がしてきた。


これが還暦のおじさんか…。

なるほどね。

2015年4月 1日 (水)

やれやれ

いま電車の中。
あと1時間頑張る。
そしてあと二日乗り切るのだ。
明日は泊まろう。

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