2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

« 2015年5月 | トップページ | 2015年7月 »

2015年6月

2015年6月30日 (火)

挑戦する心

仕事にかまけてブログを書いていない。

余裕がないことと、どうも恥ずかしいのだ。

tobinokoさんやびっけさんが誘うように書いているのだが、つき合えない状況に置かれていた。

今日やっと書く時間に遭遇したのだが、さっきまで仕事をしていたので、その時の気分を引きずっている。

どんなに歳をとっても、「やる気がなくなったら…おしまい」なような気がする。


びっけさんが書いていたように、「その声が出るかしら?」と心配することは当然である。

酒やたばこ、そして年齢のプレッシャーがある。

でも…やるときはやるのだ!


目立とうという気は無きにしも非ず…だが、42年前にやったことを、もう一度同じメンバーで再現するのだ。

だからバンド仲間の彼に言った。

「わしは おちゃらけでやるんじゃないぞ! マジだぞ!」


「そんなら キーを原曲に戻せ! お前が 楽に歌っていると 心に響かん!」


いいカッコして歌っても何の感動もない。


ボクは もう一音半戻して 挑戦する。

2015年6月28日 (日)

じいさんはステージをめざす

定年まであと9カ月だというのに仕事に追われる。

フェードアウトしたい気分だが、現実はそうはいかぬ。


ブログを書く気力も低下して、気にはなりつつも投げだす日々が続いている。


そんな中であるが、同窓会での『還暦バンド』が気になる。

「誰かがやってくれたら…」面白いのだが、やる本人たちは大変である。

できたらやりたくない。


カラオケなら当人が好き放題に歌えばいいのだが、バンドは複数の人間…同級生の気が合うかどうかである。

仕事の間隙をぬって合同練習の声をかけた。

ドラムのMが自宅に防音室をこしらえているという話を聞いたので、ピアノ&キーボード担当のA県で音大の先生を除いた残りのメンバーが集まった。


還暦の歳になった…おじいちゃんたちである。


当時、リードギターをやっていたTは、今では『コブクロ』をやっているという。

現役である。


「おまえ…ボーカルをやってくれんか!?」
と懇願したら、


「42年前に戻るのだ!」
とつれない返事。


予定の3曲の音合わせをした。


とにかくキーを決めなければならない。


あれこれ談議をしたが、全て原曲のキーでやることになった。


ボクのリクエストで全音下げてやったりしたのだが、
「ヤブ山が…楽に歌っていたのでは、ライブの雰囲気がでない!」
という意見が出た。

みんなで演奏しながら歌うと、アドレナリンが出るのだろうか。

「分かった! 夢中さ君には…A。魔法の黄色い靴は…D。心の旅は…Fで行こう!」
で決まった。


コードが分かる人には想像がつくが、還暦のじいさんたちには高い音である。

あと一月ちょっと。

還暦じいちゃんたちのステージへの挑戦がスタートした。


いよいよラストスパートである。


マジで…「とほほ」…である。

2015年6月22日 (月)

還暦のじいさんは忙しい

今日は5時過ぎに起きて、萩へ行ったり、戻ってすぐに会議があったり…疲れた。


このところの倦怠感に一層拍車がかかった。


しんどい…ホントにしんどい。


スカッとした晴れ間が欲しい。


2015年6月20日 (土)

昨夜も

山口で夜があった。


今朝は少しジャガイモを起こして様子を見た。

深ネギを植え替えたら眠くなってバタンキューだった。

夕方、起き出してギターと歌の練習をしたが気が乗らないので…おしまい。


気力も体力もない。

 

2015年6月18日 (木)

五つは無理か…

ボクは「少々のことはどうにかなる」と思っていたが、それが怪しくなった。

三つぐらいまでなら、適当に散らしながら対処していたのだが、最近はそれができなくなった。


歳のせいかもしれないが、蹴散らせないのである。


遠くまで飛ばして、それが帰ってくるのを観察できていたのだが、五つもあると…できない。


ドローンの操縦で神経を研ぎすまそうと画策したが、ダメであった。


気の重さは昔と変わらないと思うのだが、それができなくなってきた。

諦めたくはないが、物理的に無理な感じがする。


もう一度、空に飛びたいのだが、足が浮かない。


2015年6月16日 (火)

還暦じじいのすること

誕生日に子供一同からのプレゼントが届いた。


葬儀の献花と同じである。

…箱を開けながらそう思った。

大きな箱だった。

「赤いチャンチャンコだったら返すか、タンスの奥に仕舞おう」
と思っていたが、どうも違うようだ。

中に鎮座していた箱を取り上げてみると、…「おおお!」と声が出る代物であった。

代表の長女の手紙が添えてあった。


「父は 赤いチャンチャンコを着るとは思えないので 『赤いドローン』にしました」

と書いてあった。


さすが我が子たちである。

父の性格を熟知しておる。

そして、末尾に…「追伸 夏に戻るまでに壊さないように」
とあった。

三人にお礼のメールを打った。


その後、次女から電話があった。

「あれでよかったの?」

「上出来である」

「やっぱりね…」


今朝、気が付いたら息子からのメールがあった。


「女三人で決めたらしいけど…気にいったら遊んでくらさい」

…息子は仲間外れにされて、ヨメさんが話し合いに加わったようだ。


まあ男はそんなものだ。


…ということで、今宵も『赤いドローン』と遊んでいる。


002


 
 
 
 
 
 
 
 

メインのプレゼントはあったのだが、それはさておいて…このところ『赤いチャンチャンコ』の分身と遊んでいる。


…ヤブ山家とはこんなものである。


 

2015年6月12日 (金)

やっと週末

やっと週末がやってきた。


したいことと、しなければならないことが続いていたので、このところずっと追い立てられた状態が続いていた。

明日の天気はよさそうなので、

白ネギを植え替えたい。

ジャガイモの男爵を掘り返したい。

草も刈りたい。

母の見舞いにも行きたい。

それよりゆっくり休みたい。

赤ワインを飲みたい。


でも早く寝ようっと。


2015年6月 9日 (火)

田植え

午前中の仕事を済ませると、我が家へUターン。

昼飯をかき込んで、箱苗に消毒をして田んぼへ運ぶ。

代かきから二日しか経っていないので、苗がまっすぐ植えられない。


でも、今日しかないのでそのまま強行する。


002


 
 
 
 
 
 
上の田を済ませると、すぐに下の田んぼにかかる。

…ところが、一往復しただけで息が切れた。

今日は呑んでいないのに、すぐに息が切れる。


田植え機のアクセルを下げても、機械に引っ張られる。


「こりゃ~わしは長くないのぅ」

と思いながら作業を続けた。

でもすぐに休まないと続かない。

「そろそろボクも限界かなぁ…」

と休んでいる時に気がついた。


なんと、田植え機を移動したときの、『走行モード』のままだったのだ。


どうりでスピードが早くて、歩くのがキツかったはずだ。


「やっぱりヤキが回ってきたか…」

と独り言を言いながら作業再開だ。

ドロドロの田んぼは植えにくい。


「ヒーヒー」言いながらようやく終了した。


珍しく鬼嫁が苗箱を洗ってくれていた。


田んぼの隅の植え継ぎを終えて我が家に戻る。


「あ~えらかった!」


002_2

 
びっけさんは泥落しに『久住山』に行かれたようだが、ボクの泥落しは…東京出張。


明日から東京で、もうひと頑張り…。


ふぅ~疲れました。


 
 
 
 

2015年6月 8日 (月)

梅雨に想う

雨が降っている。

ボクは6月に生まれた。


母の話によると、
「臨月の時、肥たごを担いでいたら足が滑って、尻もちをついたら…産気づいた」らしい。

そのせいか、この時期になるとソワソワする。

イヤでイヤでならない。

さて、明日はワンチャンスで『田植え』をしなければならない。

代かきから田植えの間は、2日から5日間である。

そうなると…ボクの選択肢には、翌日と7日後しかない。


休暇がとれる日は明日しかない。


以前は母に田植えの報告をすることが嬉しかったが、今では農作業が自分の密かな楽しみになった。


ボクの場合は、家庭菜園に毛が生えたぐらいだが、先祖代々のことを考えると話が違う。

人の努力は評価されないように思われがちだが、

ことの本質は みんな分かっている。

それが唯一の望みだ。日本はそれで続く。


浮ついたことは 水面に浮く。

隠したいことを いくら鋤きこんでも浮いてくる。


…そんなことを思いながら、煙草をふかした。

『余裕を生み出すのだ!』


『人に語りかける余裕を!』


『それがお前の役目だ!』

…という自分の声が聞こえた。


所詮、空耳である。

きれい事である。

地に足がついていない。

絵空事である。

以前、
「目の前の事象に時間を費やしてはいけない」
と諭された。


しかし、
「目の前には これだけ大変なことが起こっているのに それを見過ごしてはいられない」
と真面目に答えた。


そのとき、必ずこう言われた。

「残念だが…、お前は それを捨てられないヤツだったのだな」


その頃は、それが最後通牒のように聞こえて自爆気味になったのだが、最近は…もう一度反問するようになった。


「あなたは ニセモノ ではありませんか?」

…もう少しでその意味を言葉にできると思うのだが、デッサンが描けない。


時間がないので 焦る。


 

もうちょっとなんだがなぁ…。


 
  


2015年6月 7日 (日)

代かき

午前中に済んだ。


散髪に行った。


酒を買いに行って、草を刈って、呑んで寝ます。

おしまい。

2015年6月 6日 (土)

水がたまらぬ

二枚ある上の田んぼに水がたまらない。

とうとうしびれを切らして下の田んぼから代かきをした。


下は順調に済んだ。

夕方、上の田んぼに水を切り替えたが、まだ溜まらない。

おかしい…おかしい…ボクの頭のようだ。

気がつかないところで、ずっと水漏れをしている。


どうしましょ?


 
 
 
 
 
 

2015年6月 5日 (金)

包容力かぁ

夕べは同級生と呑んだ。
気になることがあったので、はっきり言っておいた。
彼には不本意だっただろうが伝えておいた。

一転、今晩は職場の先輩と呑んだ。


「おまえには不思議な包容力がある。それを大事にしろ!」
と言われた。

そう言えば、不良の連中から
「おまえは殴れなかった」
と言われたことがあった。

自分の武器の使い方を言を知らないまま未だに生きている。

こんなまま還暦を迎えるのか。

でも、まだ 防府かぁ…。

2015年6月 3日 (水)

一転…なんでこうなるの?

昨夜の続きである。

恵みの雨が降ったので、夜、田んぼへの水の取り口…『水口(みとくち)』を整えて寝た。


これで週末の代かきは万全である。

夜、雨音に目が覚めた。

激しい雨である。
携帯やスマホにも注意報のメールがバンバン入っている。


田んぼがオーバーフローしてはいけないので、丑三つ時の午後1時過ぎに、水受けを外しにいった。

深夜である。

ボクは懐中電灯の明かりを頼りに忠実に仕事をこなした。

「大雨でドードーと山からの水が流れていた」

そんなことはどうでもいい。

今日は健康診断の日である。


今回は最終日なので混雑すると思って、いつもより10分早く出た。
これで完璧なはずだ。

ところが、徳山東インターで本線に合流した途端に、後ろからパトカーが猛スピードで追い抜いて行った。

「また…事故か…」
と思っていたら、徳山西インターで降ろされた。

「逆走車のため」
と表示されていた。


思えばこれが悲劇の始まりであった。

ようやく職場についた僕は、迷わず健康診断の列に加わった。
どうにか早い方の順番であった。

それからいつもの血圧測定である。

やっぱり高いようで、看護師が、
「深呼吸をして、しばらく休みましょうね}
と人を機械のように扱う。

「いつも高いから…次に行かせてくださいね」

「こんな数字でいいんですか?」

「いいの!!」


聴力検査はどうでもいい。
何でも聞こえる。
針を刺さないからいいのだ。


…さて、血液検査である。

ここらあたりで診断の流れが滞留する。


今回は二か所しかなかった。

右側はまあまあベテラン風。

左はおばちゃんになりかけの…売り出し中の看護師であった。

そして、真ん中にはチーフとおぼしきおばちゃんが左右の様子を眺めていた。

ボクは左側の…おばちゃんになりかけの看護師さんに当たった.

 このときボクは…「今日はダメだな…死ぬかもしれないな」と思った。


でも意を決して、

「ちょっと出にくいけど…」
と心細げな声で言ったら、彼女…おばさんになりかけの彼女の口元がひきつった。

「替ってくださいな」
と言えばボクには至福の時が訪れたはずだが、彼女は、
「では…グーパーグーパーをしてください」
と至極マニュアルどおりの言葉を吐いた。

「いいんですか?」
と言えずに、左腕を「グーパーグーパー」してみた。


彼女…いやおばさんになりかけの彼女は、困った顔をしながら、
「指先がしびれたらすぐに言って下さいね」
といいながら、血管が浮き出ていないボクの左手に針を刺した。


彼女は…いやおばさんになりかけの看護師は、
「痛いですか?しびれませんか?」
と言いながら差し込んできた。

ボクは、
「いえなにも」
と彼女の胸元…いや口元を見ながら観察したのだが、ものの5秒で…、
「すみません…しびれませんか?気分はどうですか?」
と聞いてくる。


「いえ…大丈夫…」
と答えたら、
「右手にしてもいいですか?」
と言った。

「右手はどっち?」
ととぼける余裕がなかったので、
「こっち?」
と言いながら、無傷の右手を差し出した。


こんなおばさんになりかけのおねえさんに殺されるのだろうと想像した。
歳から言えば鬼嫁よりはマシかもしれない。
少し茶髪なので、冷静になってみると呑み屋では人気者かもしれない。

話がそれてしまった。

二回目でとにかく成功した…らしい。

最終的には注射針で抜かれた。

ボクが狙っていたおばちゃんは指示をしていただけだった。

あとになって考えたら、ボクが心の中で、「あの おばちゃんに…」
と叫んだ声が聞こえたのだろう。
女はげに恐ろしい。

さて、瀕死の健康診断を終えたら、岡山に出張であった。

健康診断の最後にあるバリウム検査の結果を出さないまま、新山口駅に向かった。

少し時間に余裕が見えた頃、バリウムが、
「外に出たい」
と言い出した。


目の前のトイレに入って気が楽になった途端、気がついた。

前後左右をどう見渡してもトイレットペパーがないのである。


辛かった。

嘘だと思った。

おばさんを おばさんと思った仕打ちなのだろうと思った。

でも誰も助けてくれない。

…ハンカチを1枚ゴミ箱に捨てた。

どうして、こんなに悪いことが次々と重なるのだろうか。

はちべえどのや泰山どのに振りかかったら、ボクは幸せなのに天の神はイタズラ好きだ。


推敲することなく終えるが、とにかく…とにかく…最悪の日でありました。

2015年6月 2日 (火)

六十にして…

今月で還暦を迎える。

ちょうど免許の更新だったので、午前中に免許センターに行った。


やっとゴールド免許が復活した。

写真撮影の前に、視力検査があった。


「これは?」

「右 下 左」

「こっちは?」

「上? 右 下」

「いいですね…○○をしましたか?」


「いえいえ…老眼が進んだだけだと思います」


「では これは?」

「下 右 上?」


「眼鏡なしでOKです!」

「ホントですか?」


「大丈夫です。みにくかったらかけてくださいね」

「は~ぃ!」

…ということで、なんと60にして…しかも20年振りに…眼鏡なしに復活したのである。

昼から職場に行って、その話をしたら、
「はぁ?そんなことがあるんですか?」


「あるのだ。俺が事実だ」
と胸を張った。

「ヤブ山さんは 死なないんですか?」

「視力と寿命は違う…が、 わしは 復活した」

「まだ元気なんですか?」

「元気はないが 視力は戻ってきた」

「どこも悪いところはないんですか?」

「視力以外は 取り返しがつかないぐらい悪いに決まっている」

「それで視力というものは…戻るんですか?」

「知るか!そんなこと! わしが戻ったから 言っているんだ!」

「元気なんですか?」

「何が? この歳になって 元気があるわけがなかろうが!」

「ホントですか?」

「うるさい!」

…という還暦前の霹靂でありました。

ホントのはなし!

たぶん、人生を折り返してしまったのだろう。


2015年6月 1日 (月)

やっぱり……

体と心が疲れていました。


…今日一日は辛かった。

« 2015年5月 | トップページ | 2015年7月 »