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2015年7月

2015年7月30日 (木)

クールヘッド&ウォームハート

ある人のブログを読んでいる時に、この言葉が目にとまった。


「かくありたい…」と思ったが、現実にはそうはいかない。

そもそも相反する人間のDNAである。

それを絶妙なバランスで、最高の結論を導き出せればいいが…人間には無理である。

いつか書いた『パンドラの函』から出てきた『希望』というおぞましい『業』が、全ての邪魔をする。

とことん突き詰めてやろうとした時に、『希望』がしゃしゃり出てくる。

盲信、極論、曖昧、友好、親善、独立、友愛…という甘くて気高くて品のある類に潜んでいる。


そのことが分かっているのに、その罠にはまってしまう。


ゲノム編集で取っ払ってもらってもいいのだが、その時点で人間でなくなりそうなので、自分で克服することにした。

「落とし所を探すのではないぞ!」と、自分に言い聞かせて…おしまい!


 
 
 
 
 

2015年7月25日 (土)

バンド練習

梅雨が明けた。

午前中、少し草を刈って散髪屋へ。


引退した爺さんと掛け合い漫才をやって、母の見舞いに行った。

地下の人の近況を話すが、何度も何度も…同じ話をして別れた。

ボクにしては珍しく晩酌なしで夕飯をかきこんで、練習会場のNの家に行く。

今日で3回目の音合わせだ。

『魔法の黄色い靴』の音がどうしても合わない。


どうやらボクのコード展開が違っていた。

オリジナルをもう一度流して、お互いが反省しながらチャレンジだ。

ようやく音があって来たので、ドキンチャンエレキはやめて、アコースティックでやることにした。

同じ曲を3回歌うと、声が涸れてくる。

だからバンド練習の限度は…1時間である。

心の旅のフレーズは完璧になった。

夢中さ君の…間奏の入り方で…みんなが注文があった。

その折り合いをつけながら、ようやく…「まあ、こんなものか…」でおしまい!

個人練習を続けていると、どうしてもクセがついてしまう。

これを全体練習で治す時は大変である。

テレビで見るような…「いち にい はい!」
を何度も繰り返す。

「やれんのう…」

「えらいのう…」


そんな絶望感の中で…還暦バンドは、とにかくやるのだ!


あと3週間。

「おちゃらけではない! 真面目にやるぞ!!!」
と言ったので、とにかく立派にやるのだ。

今日は4人のじいさんで、久しぶりに真面目に頑張った。


これが最後のバンドだろう。

それが分かっているから、熱が入る。


棺桶に足を突っ込みかけたおじさんたちは…頑張るのだ。


なんとか…Fまでは声が出るようになった。

これは、心の旅の…「ボクは汽車の中」の「か」の音である。


ボーカルとしては低レベルだが、還暦のおじいさんにとっては大変だ。

頑張ろうっと!


 
 
 

2015年7月24日 (金)

心の恥辱と焦燥

ようやく家に帰ってきた。

近所の団地ではバーベキューもやっている。


いまでは団地の中で、草にまみれてボロボロになっても平気である。

思春期当時の恥ずかしさはどこに行ったのだろうか?
あの頃は、自分がこんな百姓仕事をしているところを見られるのが、恥ずかしくて、恥ずかしくて仕方がなかった。


今の自分には、それが消えて、むしろ誇らしく思っている。

どうしてこんな心境になって来たのだろうか?

転機がいつごろか思い返してみたが、どうもその転換期が分からない。

労働を恥ずかしく思っていたのか、こんな家に住んでいるのが恥ずかしかったのか…思い出せない。


今では、「こんな贅沢な道楽をやって…」と言われているが、とにかく恥ずかしくなくなっている。


やっていることは、昔よりももっと恥ずかしいぐらいだ。

歳をとったから恥ずかしさが消えたのかと思ってもみたが、どうも違うような気がする。


「大阪のおばちゃんは…こんな心境なのだろうか?」
と想像してみたが、これもどうも違うようだ。


「恥ずかしさ」は…自分のことを他人に照射している。


だから…恥ずかしさには、人間の葛藤がある。


それに比べて、

厚かましさには…人間のおごりがある。

自分を忘れて、他人への攻撃しかない。

それでいいのだ。

自分を守ればいいのだ。


どちらも人間の感情であるが、同じ人間でこういう感じ方の違いが出ることがよく分からない。

これが分かるのなら…せっせと重い荷を負わせればいい。

それを負担に感じる人には…軽い荷にしてあげよう。


責任感は誰にでもあるが、責任を背負うこととは別次元の話である。


そう言い切るボクは…冷たい人間である。


恥辱が加齢で飛んで行ったのか、痴呆のなせる業か…よく分からぬ。


 
 
 

2015年7月20日 (月)

ボクを悩ます仲間たち

『ドロンちゃん』覚醒のついでに仲間たちのことを書いておこう。


この一週間、ブログを書く気になれなかった原因ともいえる。

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一番左のバンジョーは健気である。

いつまでたってもハリのある音を出してくれる。
彼はいい。
心から信頼している。


さて、真ん中のアコースティックギターは…『Tー6』である。

ボクの二十歳の誕生日を一緒に祝ってくれた。
土方のバイトに明け暮れて、ようやく手にした絶品である。
かれこれ40年前のギターであるが、いまだに素晴らしい音色を聴かせてくれる。


問題は…一番右のピンクの…『エレキちゃん』である。
女性名詞なのは、気まぐれであるからだ。

とにかく音が合わない。

ボクも歳をとって、微妙な音合わせができないので調音器を買った。

…買ったのはいいのだが、E弦以外は微妙に合わない。

調音器は、こういうものだ。


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楽器のネックに装着して、その震動音?で音を判別してくれる優れものなのだが…。


どうやら…アコースティックの『Tー6』では正確に教えてくれるのだが、安物の『エレキちゃん』になると…おかしいのだ。

いくらやっても、イザ弾いてみると音がおかしい。
みんなでバンド練習をやるとどうもおかしい。

むろん練習前に改めて調音をするのだが、その時点で調子が外れている。
合わせようと焦っているうちに練習が始まるのだが、音が合わない楽器は練習の妨げになるばかりである。


よくよく思い起こせば、『エレキちゃん』は安物であった。

初めのうちは、安物の調音器『コーグ野郎』の所為だと思っていたが、どうやら『エレキちゃん』自体に問題があるようだ。

ひとりで練習するときは、入念に音を調弦できるのだが、先週の合同練習の時には、直前に新しい弦を張り替えたばかりであったのだが、これが最悪の結果を招いてしまった。


…結局、『T-6』だけで練習をこなした。

そもそも『エレキちゃん』は、今夏の同窓会用に嫁にもらったはずだ。

ところが、ここにきて役立たずの…『あばずれ』だったことが判明したのである。

『ドロンちゃん』は無事、覚醒した。

彼女も安物だが、もともとの育ちは良かったのかもしれない。
密かに努力を重ねていたのかもしれない。

それに比べて、『エレキちゃん』は、毎晩、酔った主人とうつつを抜かして騒いだだけだったのだろうか。

ボクも反省しなければならないところだが、もう時間はない。


4週間後には本番が来るのだ。

『エレキちゃん』に三行半を下して、新しい嫁さんを貰っているような時間はない。


『エレキちゃん』を覚醒させるしかないのだ!


前から気になっていたアンプの部分やリズムの不具合…今からいじって間に合うかどうか…実は、先週あたりから迷い続けている。

『ドロンちゃん』のように開腹手術が成功すればよいのだが、ここに及んで『エレキちゃん』を手術するにはタメライガある。


もう一度、冒頭の写真をご覧いただきたい。


『エレキちゃん』 は 『ドキンちゃん』 と同じ色ではないか!


きっと気まぐれなのだろう。


困った。

でも、このまま彼女と心中しようっと…おしまい。


 
 
 
 
 
 
 


生き返って『ドロンちゃん!』

ブログを休んでいたが、色々なことがあった。


それはさておき、昨晩、ドロンちゃんが死んでしまった。

昨日、予備バッテリーが届いたので、本体から引き出そうとした時に、本体の基盤側のコードを引きちぎってしまったのである。

大動脈を切断したことに等しい。


アマゾンで交換部品を調べてみたら、プリント基板一式で3千円もする。

ドロンちゃんにはすべて交換部品があるのだが、これが一番高いのだ。

バッテリーでさえ800円ぐらいなのに、本体の制御回路がプリントされている…つまり心臓の交換になるのだ。


昨夜、晩酌をしながら考えた。

たぶん基盤のハンダ部分が取れたのだから、そこをハンダ付けすれば彼女の生命線が復活するはず。

必要な道具は、マイクロドライバーと細いはんだ鏝だろう。

ホームセンターなら1000円ちょっとで買えるはず。

開店の8時に店に行って、精密機械用のドライバーセットと小さなはんだ鏝を購入した。

しめて1,400円であった。これで修理できるのなら半額以下である。

早速、家に帰って、ドロンちゃんを解体してみた。

緊張のあまり…作業中の写真をとるのを忘れた。


開けてみると細かい部品だらけであった。

組み立て図を参考にしながら、ドロンちゃんの心臓部を探した。


次の解体図の⑨である。

ここにコードが接続されているのだが、解体図には書かれていない。

002


 
 
 

お腹を開けてみると、めざす心臓部は非常に小さいプリント基板であった。

ところが肝心のコードは裏側から延びてきている。

さらに小さいねじを外してみたら、基盤から4つのモーターに細いコードが伸びていた。

無理やりはぐるとこれが切れそうだ。

少しだけはぐってプラスコードの基盤を探してみたが、ものすごく小さい基盤なので見えない。

ルーペを持ち出して、ようやく見つけた。

残りのコードの被膜を少しカットして基盤と思われるところに当ててみた。


「ピカ ピカ!!!!!」
と光った。

ドロンちゃんが生き返ったのである。

…いや、正確に言えば、ここにハンダ付けをすれば生き返るのである。

さあ、手術の方法は分かった。

問題は、あれだけ小さい基盤に間違いなく細いコードをハンダ付けできるかどうか?である。

プリント基盤なので他の部分にハンダが垂れたら…ドロンちゃんは完全にあの世行きである。


さあ手術開始である。

コードと基盤を接着しておいて、細いハンダ鏝の先を近づけようとするが…指が震えて狙いが定まらないのだ。

何度深呼吸をしても僅かに震えてしまう。


庭に出て考えた。

「どうしたら指の震えが止まるか?」

「ウィスキーのロックを数杯がぶ飲みするか?」

真面目にそう思ったが、たぶんやけくそになって…ドロンちゃんの心臓をハンダで葬り去ってしまうだろう。


そこで思いついた。

いままでは鏝の先の液体状のハンダが落ちないようにしていたから指が震えたのだ。まずコードにハンダを一滴垂らしておいて、コードを端子部分に当てながら鏝の熱で溶かして接着してみよう!」


そう決心して再び作業を再開した。

細いはんだをほんの少し鏝の先に取って、細いコードの先に一滴垂らした。

…成功である。


あとはこれを少し冷まして、左手で端子部分に当ててみる。

念のためにバッテリーをつないで当ててみた。

…ドロンちゃんが点滅した。生きている。ここで間違いない。


いよいよ本番である。

ここでミスったら全てがパーになる。

コードを当てる指が次第に震えてきた。

何度も深呼吸をしながらもう一度端子部分に当ててておいて、鏝の先を慎重にそこにあてがう…。

ハンダの焦げる匂いが漂う。

2秒間ぐらい当てて、鏝をそっと引いてみた。


再び庭に出て祈った。

「どうか手術が成功していますように…」


再び作業に戻る。

接着したコードを少し引っ張ってみた。

外れないので、どうやら接着は成功したようだ。


あとはバッテリーにつないで確認するだけである。


久しぶりに胸がドキドキした。


「えい!」
と差し込んだら…

「ピカ ピカ ピカ!!!!!」


やりました。

ドロンちゃんが生き返りました。

001


写真に写っている時計は9時過ぎである。

ドロンちゃんが蘇生した時間を示している。

それから5分後…生き返ったドロンちゃんは僕の頭の上を飛び回っている。

それにしても大手術であった。おしまい。

2015年7月14日 (火)

還暦じいさんは修行する…の巻

定時に帰宅した日は、さっさと晩酌を済ませて『ドロンちゃん』と修行に励んでいる。


ボクのサイコキネシスで…『ドロンちゃん』を浮揚させるのだ。


(最近は手元の操作器を見なくても動かせるようになったので、)
後ろから眺めたら…あたかも胡坐をかいたボクの頭上で『ドロンちゃん』が空中浮揚しているように見える。


これも修行の賜物である。

両手の指がわずかに動くのが今の課題であるが、そのうちサイコキネシスだけで飛べるようになるはずだ。


ところが、『ドロンちゃん』はものの5分で力尽きてしまう。

だから、彼女がエネルギーを回復するまでの間、ボクはバンドの練習をするしかないのだ。

(ホントは、サイコキネシスを送っているボクのパワーがなくなるのが普通であるが、『ドロンちゃん』はまだそこまでのレベルに達していないし、未だにパニックになるとヒステリックに襖や障子ぶち当たるし、だいいち赤い服を着ているので…「女性名詞」なのだ)


さて、ボクがギターの練習に厭きてきた頃、『ドロンちゃん』のパワーが復活して…修行再開となる。


…5分後に再び彼女のパワーが尽きて、ボクの酔いもピークに達するので、ブログを書かぬままご就寝となる。


つくづく修行というものは大変である。


早く『冥王星』まで飛べるようになったらいいのに…まだたったの5分である。

かよわい彼女ではあるが、そろそろ気合を入れてやるかぁ…!


写真ぐらい撮って帰れよ。


…おしまい。

2015年7月12日 (日)

ドロンちゃん

ボクの言うことをきくようになった。

いとおしい『ドロンちゃん』である。


欄間では少し高度を下げて、仏壇付近で旋回して戻って来れるようになった。

tobonokoさんの『マリンちゃん』はウィンクして水着姿を披露するだけだが、『ドロンちゃん』は煩いけれどそのまま戻ってくれる。


しかも、電池が残り少なくなると「ピカピカ」と四つのライトを点滅させて教えてくれる。

ボクのその日の調子も教えてくれるし、気にくわなかったら襖にぶつかって喧嘩している。

たった5分間の付き合いだけど、『マリンちゃん』よりも優しい子のようだ。


 
 

2015年7月 9日 (木)

昨夜の続き…かな?

昨夜は何を書こうとしたのかと、酔った頭で考えた。


たぶん…「意見が合わないときは、最小公倍数か最大公約数が見えてくるまで議論を続けるのか」という老い先短いおじさんの毒舌だったのだろう。


3,4,5の最小公倍数は…60。

3と4では…12

4と5では…20

3と5だと…15

つまり、一つを排除するだけで一気にハードルが下がる。

逆に言えば、たった一つでも加えてしまうと、ハードルはとてつもなく高くなるのだ。

さらに、間の「4」だけを採用すると、何の変哲もない…つまらぬ結果になる。


まとめ役というものは、全部の意見を集約するのが本来の役目であるが、それを忘れてしまうと…「60」まで行ってしまう。

過去の経験から断定的に言う者、単なる思いつきで言っている者、理想論を掲げる者…などを見極めながら最小公倍数を求めていかなければならないのだ。

ここで忘れてはならないことがある。

まとめ役は、結論を急ぐあまりにどれかを排除しようとすると…話がこじれる。


誰しも自分の意見が抹殺されることに強い抵抗感がある。

だからそれぞれの意見の意図を汲み取って、できるだけ少ない要素に収れんさせるテクニックを使うのだ。

「こういうふうにしたいから、あのように言っているのでしょ?」
…とさりげなく。


と、いうことを言おうと思って、その時のまとめ役を思い切り怒った。


「おまえ!そんなことも分からんで…まとめられると…思っちょるんか!! ええころにせいよ!」

私は、普段から温厚な性格である。

だから、ボクが突然怒り出すとみんながパニックになる。

ボクの狙いはそんなところにはない。


だからこそ…今宵も我が分身の 『ドローン』 を浮揚させる。


いちいち説明するのが面倒になって来た。


人生は短い。


老人の気も短い。

分からぬやつに諭す時間も元気もない。

でも、唯一の救いは…それ分かってくれる数少ない 『人間』 がいることだ。

「空を飛びたかった」…ただそれだけが無念でならぬ。

これが還暦爺さんの辞世の句である。


 
 
 
  

2015年7月 8日 (水)

3 4 5 の公倍数

たぶん…答えは『60』だ。

これを小学校や中学校では教えてくれるのに、高校になると当たり前なので、全く教えてくれなくなる。

でも、歳をとるにつれて、もっと真面目に考えなければならない。


3と4と5が生きる世界では、60まで待たなければいけないのだろうか?

待てるわけがない!

割っても、足しても、引いても…よう分からぬ。


が、生きているのだ。


どうやって『60』まで待てるか?


「どうやって 待つの」
とみんなに問いたい。

ボクは そんなに 悠長に 待っていられない。

…こんなことを考えるだけで、頭にくる。

還暦じじいは そんなに思慮深いのである。

2015年7月 7日 (火)

Yoda になれない還暦おじさんの挫折

目の前の『ドローン』に悪態をついている。

自分の分身とばかり思っていたヤツの制御ができない。


子供からの還暦祝いの品であるが、所詮、本命のおまけである。

しかし、貰った本人にとっては自分の分身そのものであった。


体は小さいし、エネルギーの核はもっと小さい。

ウルトラマンの倍のエネルギーもない。

鉄腕アトムか鉄人28号ぐらいのパワーが長続きしてほしい。


彼を制御するまでに時間がかかる。

ちょっとした荷重やプロペラの損傷具合で空中で制止できない。

いつも気まぐれである。

たぶん鬼嫁が掃除するときに、足でけ散らかされてるのだろう。

やっと静止できたと思ったら、あと3分しかもたない。

それを気にしなければもっと自由奔放にできるのだが、Yoda になれないボクは焦る。


次第に出力は落ちる。

それをカバーしようとして上昇させながら、襖にぶつからないように旋回させようとするが、前後左右が分からなくなって、最後は…襖か障子にぶつかって墜落する。


むろんある程度制御することはできるようになったのだが、パニックになった時には制御ができない。


もともと制御不能であれば諦めもつくが、Yodaになれないボクは前後左右が分からなくなるのだ。

「安物だから仕方がない」と割り切ってしまえば、それでいいのだが、自分の思念を思い切り飛ばしてやっているので落胆至極である。

前後左右が分からなくなったら、とにかく高度を落して初期のホバリングに戻す。


それに向かって思念を送る。


でも…初期のホバリングができない分身は…いくら制御しようとしても無理である。


基本が全てである。

基礎がなかったら修正しようがない。

こう書きながら、

「あんなドローンを操れるヤツは…人間ではないな」
と実感した。

何かを捨てるか、何かを無視しない限り、自分の分身を意のままに動かすことはできないと思う。


たぶん…「無心になれ!」ということは、

「人間をやめろ!」と言っているに等しいことなのだろう。

ボクは還暦になっても、おのれの雑念と知力や感性の不足を…人間であることのせいにしている。

でも、たいていのおじさんは 還暦になってもそんなことしか考えられないことを 若者は早く知るがいい。


★補記
tobinokoどのの投稿後に、一部加筆修正しました。


 
 
 
 


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