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2015年11月

2015年11月29日 (日)

3歩進んで…4歩押し返される

この一週間、仕事に追われて、二日も湯田温泉に泊まった。


おまけに寒気もやって来たので、体調を崩してこのまま春を迎えてやろうかというほど自暴自棄になった。

とうとう昨日は風邪を引いて、一日中沈殿することになった。


さすがに二日も沈殿してはいられないので、思い切って腰に鋸と鉈を携えて…裏山のシゴをすることにした。

去年の冬に開墾した裏山である。


しかし、案の定、セイダカアワダチソウや竹、雑木が一気に伸びて…手をつけたくない状況であった。

ずっと見ないように大人の対応をしていたのだが、12月が近くなると…手が抜けない。


一年後、二年後に手を抜くと…元の木阿弥…になるのだ。


力を振るって竹や雑木を切った。

急斜面なのでチェーンソーは使えない。

しかも刈った雑木や竹は下に落とすしかないので、あとの始末が大変である。

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家の裏の縁側に座って眺めた。


まだ残りはだいぶある。


写真だと大したことはなさそうだが、これからが大変である。

ボクのように短気な人間にとっては絶望的な状況なのだ。


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おまけに久しぶりの山仕事だったので、モチベーションが一気に下がってしまった。


「でも、母屋にかかる雑木を切ったのだから…良しとするか」

と割り切る。


そもそも、クロガネモチの大木を残しているのだから、母屋の安全とは関係はない。

ボクの気持ちだけかもしれない。

いくら切っても いくら倒しても すぐに ヤブになる。


だって お前が死んだら すぐに ヤブになるだろう。

…そんな声を聞きながら、裏山に這い上がった。


 
 
  


2015年11月25日 (水)

責任者は誰だ!

昨夜は湯田温泉泊まった。


仕事なのだが面倒くさい。

家以外では眠れぬ。
安眠できない。

さっき、夜空を見上げながら、昨日のH2Aロケットや自分の過去を懺悔しながら、罵った。

「お前が責任者だろうが!」

「はい…」

そういう会話を思い出しながら、
「あの木をどうやって切ろうか…」
と考えた。

4年前に実家に帰って以来の懸案である。

誰も心配してくれない。


ボクとしては、自分が死んだあとに、これがどうなるかを考えあぐねているだけである。

世の中の人にはまるで関係ないことだ。

でも、みんながそれを解決すれば、少し違ってくるはずなのだが、

それは…「他人事」なのだ。


みんな 最前線に立っているはずなのに なぜか 「自分は先頭ではない」
…と思ってしまう。

あとずさり…もでききないはずなのだが、自分ではないとすり替えてしまう。

自分で全てを負うことは しないほうがいい。

自分が全てを負っている…とも思うな。

…そう、分かっているくせに 聞くな!

2015年11月21日 (土)

久しぶりの山歩き『飯ヶ岳』(山口市徳地町)

このところ海外出張や県内も泊まりばかりで、自分の立ち位置が分からなくなってきていた。


昨夜、晩酌をしながら、鬼嫁に、
「明日はどこかに登るか?」
と聞いたら、
「行ってあげてもいいわよ」
とのたもうた。

ホントはこの連休に孫の一歳の誕生餅を携えて、東京方面に向かいたかったのだが、連休の真ん中に行事が入ったので、蟄居の身になっていた。

ずっと山に行っていなかったし、田んぼは先日の大雨でぬかるんでいるので、山歩きを考えた。


でも、鬼嫁の出発は…9時である。

展望がよくて、足元も良い…山はない。

ホントは小五郎山に登りたかったのだが、時間が押してきたので、ヤブ山突撃隊の原点である…『飯ヶ岳』にした。


寂地山のほうが近いのだが、登る時間を考えると躊躇する。

飯ヶ岳は、ヤブ山突撃隊の原点に近い山である。

滑林道は長いが、今の乗用車でもどうにか登山口まで上がれた。

雑木が伸びて、滑松やブナの幼木が育たなくなって、一斉に下刈りが行なわれていた。


ボクはいつも反時計回りに上がる。

絶対にこのルートの方がいい。


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久しぶりに滑の山を満喫した。

駐車場には2台の車しかなかった。


鬼嫁の息が荒いので力を抜きながら登った。

支尾根は植生がだいぶ戻っていた。

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トラバース道はかなり荒れていたが、山口市内でブナに出会えるのはこのエリアだけである。

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僅かに残った紅葉を眺めながら、縦走路に出た。

山頂には単独行の二名だけだった。


一人は315号から、もう一人は滑から上がって来た人懐っこい人だった。

さっさとラーメンをこしらえて、黙々と食べた。


やっぱり莇と弟見山の稜線上のブナ林が美しい。


弟見谷の美しさを思い出した。

もう一度、弟見谷のトチの大木に会いたいと思った。

やっぱり西中国山地が最高である。

特に、今回の滑山の笹の勢いがよかった。

でも明日は仕事。

これがなければもっと違った山行が出来たはずだ。


これから長い…仕事ばかりの世界がはじまる。


なんど暮してもこの時期が厭だ。


 
 
  
 
 

2015年11月16日 (月)

東方見聞録(つづき)

昨夜の最後の言葉は…事件とテロだった。


個人的な怒りやストレスから吐いた言葉だが、心理学的には大きな要素を占めるやっかいな代物である。


人間の心は何かのきっかけで、一気に弾けてしまう性向がある。

そこには崇高な宗教や哲学の様なものは存在しない。

何かに一直線に向いてしまうと、全てがそこに集中して制御を失う。

実は、その前に曖昧な葛藤があるのだが、その試練を待ちうけるところに感情と理性の闘いが残されている。


それを守るのが家族や人間の『絆』という説もあるが、これは違う。

たぶん違う。

棲む世界が違う。

その眼も違う。


パワーで破壊するものにはパワーで抑え込む。

国家でないものに躊躇はいらない。

悪は 悪なので 懲らしめなければならぬ。

 
 
今や日本ほど精神的に自由闊達な国は世界に類がない。


だから これにつけこんで 優しく媚を売ってくる輩は 毅然として拒否せねばならぬ。

拒否する 我慢する 耐える … こぶしを握り締めて。

  


2015年11月15日 (日)

東方見聞録

やっと家に帰って来た。


東京からフィリピン経由で香港、そして上海経由で日本に帰って来た。

香港は初めて訪れたのだが、マンションやアパート群が空に向かって立っていた。

ダウンタウンも同じように空に向かっているのだが、近代ビル風?の高層マンションと比べると危なかしい。

それでも倒れないのだから…いいのである、許されるのある。

ダウンタウンのホテルに泊まったのだが、いろいろ観察するには興味深かった。

香港の人たちは、ほとんど全ての人が高層マンションに住んでいる。

車はいらない。

一戸建てではないので庭の草を抜く必要もない。

だから毎日がお祭りのように、人が集まるところに行く。

お金はここで使う。

日本では一戸建ての家に住んで、あくせくそのローンの返済のために働く。

中国や台湾・韓国の人にとってみれば、信じられない世界だろう。

空に向かって伸びているアパートを眺めていると、まるで刑務所のように見えてきた。

国民すべてがアパートに押し込められている。

何が楽しみなのか想像してみたが分からなかった。


上海の空はどんよりしていた。

聞いていた通りの空だった。

みんな空を見上げたりはしないのだろう。

見たくもないのだろう。

興味もないに違いない。

そう思いながら日本に帰って来たとき、最後の入国審査で中年男につき飛ばされた。

ボクは最前列に立っていた。


目の前には二つの関門があったのだが、列を分けるパーテションがなかったので、空いた方に行こうとしたら…いきなり突き飛ばされた。


「なにするの!」


「こっちはボクだろ!ボクはこっちに並んでいたよ!」


列の先頭はボクである。

当然、ボクに選択権があると思っていたら…、
「ボクは左の方に並んでいた」
と主張するのだ。


「区分がないでしょ?」
と、言いかけたら同時に両方が空いたので、左右に別れて審査を受けた。

せっかく日本に帰ってきたのに、実にいやな思いをしてしまった。

前の審査が長引いていたら、ボクは殴りかかっていたかもしれない。


ホントは…水平と垂直の文化のことを書きたかったのだが、このことを思い出してつまらぬ見聞録になってしまった。


…世の中、事件やテロが頻発するはずである。


2015年11月10日 (火)

明日から怒涛の4日間

明日から上京、一泊二日の仕事を済ませてから香港。


深夜に着いて、翌朝から仕事。


深夜に終わって…帰国。


…余裕があれば、ブログを書きますけど。


 
 


2015年11月 9日 (月)

日本酒考

NHKで日本酒の特集をやっていたのを晩酌しながら思ったことである。


いま、日本中で日本酒が改良されている。

どれも素晴らしい出来である。

ボクの世代でも日本酒と言えば…酔うためにワンカップをがぶ飲みした。

所が今や…洗練されて『冷(ひや)』で味わう時代になった。


さて、先日の部落の直会のときである。

ビール腹が膨れてきたので、鬼嫁に、

「酒を持ってこい!」
と告げた。


何があるのか分からなかったが、鬼嫁が、
「これしかないけど…ええかね?」
と聞いてきたので、


ろくに見もせずに、
「ええから…それでええから…はよう持ってこい!」
と告げた。


鬼嫁は…燗をつけてきた。

しかも魔法瓶である。

それを注いでいると、いい香りがした。


びっけさんではないが、日本酒は燗をするのがうまい。

芳醇な香りと味がする。


ワインは温めて呑まないが、日本酒はどちらでもいける。


中国の紹興酒はその典型であるが、日本酒には遥かに及ばない。


話は戻る。

鬼嫁が燗をつけた日本酒は、ある銘柄の『吟醸酒』であった。

本来はひやで呑むのだが…これがうまかった。

注ぐ相手も、次々に、
「これは…なんという酒でありますか?」
と問うてきた。

酒は、燗に限る。

びっけさんが正しい。


 
 
 
 

2015年11月 8日 (日)

歳を感じる

昨日は仕事。

なんだか体が重いので、天気も悪いし…、今日は一日中家でゴロゴロしていた。


昼前、隣山のKさんから電話があった。


「K社の参道に枯木が倒れているので、根元から切ってもいいかね?」

「分かりました。昼から上がりますから…」


なるほど…上がってみると大木が道をふさいでいた。


座り込んで待っていると、Kさんのkトラが上がって来た。

「切りましょう…全部切りましょう」

Kさんとボクのチェーンソーがうなりを上げる。

これを片づけるのに…2時間。

半分枯れていたが、残りの枝葉は生きていたので始末に時間がかかった。

Kさんには愛犬『ちょる』がいる。

ボクとはすっかり仲良しだ。

でも、『ちょる』はチェーンソーが怖いので、Kさんがエンジンをかけた途端、ボクの所まで逃げてきて主人の方を見ながら座り込んだ。


ボクのチェンソーでは刃渡りが短いので、大木の根元はKさんにお願いしたのだが、『ちょる』はご主人様のチェーンソーの音が聞こえると…20m離れる訓練が行き届いているのだ。

『ちょる』の頭と喉元をさすりながらKさんの仕事ぶりを眺めた。


それが終わると枝葉を片づけて、ついでに展望を妨げていた松の木を二本切ることにした。

これはボクの役回りだ。


今日は気温も上がって汗だくになる。

重い根元はKさんのユンボで運ぶ。


『ちょる』は、ご主人様のユンボに飛び乗って、嬉しそうだ。


ボクの方に得意げな顔を向ける。

手を振ってやったら、「ワン!ワン!」と誇らしげに吠えた。


二人のじいさんと一匹の犬が山で仕事をする。


…誰も知らないが、これが里山を守る仕事。

 
 
 

2015年11月 5日 (木)

あと一歩

仕事で競技会に行った。


その優劣を決めるときの差は、いずれも僅差であった。
この差は何か?
素人目では分からない。


どこかに何かがあるのだろう。

ボクには分からぬ。

分からぬが、そこには何かがあるということだけは…分かった。


それが実力なのか、運なのか、偶然なのか…分からない。


2015年11月 4日 (水)

鬼嫁の憂鬱

今日、帰宅したら…久しぶりに鬼嫁が腕組みをして立っていた。

久しぶりの雄姿である。


しかも、「あとで話があるから…」
と、至極勿体をつけてきたので、風呂の中で近時の自分の言動を即座に検証してみた。


結論は…「絶対に…問題はない!」であった。

晩酌を始めた頃、鬼嫁が口を開いた。


「あのね…酔う前に…言うちょくけど…dcejnfjvjjded c hwhxbdcbvr ec ejcne3ij r rn 33f rnv o…」
という話であった。


ボクが、昨日の直会で、お接待の準備をする人と話をしたことについてのことだった。


「今日ね…○○さんから、『時間があれば…お茶でも呑みに来ない?』と言われたの」


「ふ~ん」

「それでね…nxc drijvfivdhcbiqsjhc eugⓑんj根kセkhj…ということなの」

「そういうことなら…元のままでいいよ」

「そうなんでしょ? 分かった!」


まあ…そういう部落の風習ややり方というものがあって、ボクはそれに疑問を抱いて話をしたのだが、会長からそんなこと言われたので、どうしようかと…悩んでおられたそうだ。


ボクは、理屈が分かれば気が済む性格なので、


「そういうことなら…よく分かりました…今まで通りで…やって下さい…と、伝えておいて」
と鬼嫁に告げた。

ここまでくると、鬼嫁は豹変して、

「そうじゃろうがね…ええころなことは 言わんことよ!」
と攻めてきた。

ボクは、心が寛大なので、

「すまんが…他意はないということを…きちんと伝えておけ」

と優しく告げて、パソコンに向かうことができたのでありました。


…おしまい。

2015年11月 3日 (火)

秋の例祭

終わった。


地元の氏神様の秋の例祭である。

還暦前から総代を務めているのだが、ことしの参拝者は多かった。


150人分のお接待とクジを用意していたのだが、打ち止め寸前状態になった。

「ひょっとして はちべえどのが 湯野観音岳のご一行を引連れてきたのか」
と思うほどであった。


そのために、地下のことがすること。

我が家は参道入り口…登山口にあたるので、一年を通じて草刈りは欠かせない。

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上の写真と下の写真は直会後の写真である。

「来年も…やるんど!」
と、長老連中から気合を入れられた。

「還暦にはなりましたけど、年金がもらえないので、もうしばらく何かの現役なのですが…」

「せわ~ない!わしらがおるから…やりゃ~ええんじゃ!」


倉庫周辺の写真。

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昼の3時から直会。

少しづつ代替わりをしているが、主役は長老たちだ。

色々な話を聞いて帰った。


これが我が家のバックグラウンド。


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去年伐採したところに雑木や草が生えてきたので、2歩下がって綺麗にしなければならない。


その後、3歩進むために奥へと入る。

部落の作業に参加するには勇気がいるが、責任者は…もっと、もっと…大変なのです。


ところが、総代のお嫁さんである『鬼嫁』によると、

「あんたね! お接待の準備が どれだけ 大変なんか 分かっちょるんかね!!!」

と、もっと大変そうであった。

…地下の直会は面白かった。

随分呑みすぎて、さっきから鬼嫁に叱られっぱなしである。

それにしても天気は最高、参拝者は過去最高であった。

素直に嬉しかった。

 
 


 
 
 

2015年11月 1日 (日)

準備

明後日は部落の金毘羅社の秋祭りだ。

それに向けて世話人で準備をする。

社の中を掃除して、幟を4基据える。

バン線で締め付けるのだが、今年からK翁が世話人を外れたので、阿吽の呼吸の役割分担がいまいちうまくいかない。


それでも1時間で、すっかり準備が整った。

どうやら力仕事は、下のTさん、2級上のM6兄とボクの3人のようだ。
地下の若い士は…この3人なのだ。


家に降りて、周囲の草刈りと剪定作業をした。

まあこんなものだろう。


昼下がりになって、母の見舞いに行った。

稲刈り頃から行っていなかった。

今年は8俵とれたこと、H翁が亡くなったことを話した。

すぐに忘れるので、何度も何度も同じ話をした。

1時間ほどで帰ろうとしたら、「もう帰るんかね…」と寂しそうに言う。

「また来るからね」
と後ろを見ずに後にした。

社の祭りを含めて、あと何度こういう日を迎えるのだろうか。

柿の木を切った後遺症がひどい。
肩と首と腕がガチガチになった。


でも、酔った体で綺麗になった家を眺めると心がなごむ。

体が動く間は、今のことを続ける。

 
 
 
 


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