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2015年12月

2015年12月31日 (木)

仕上げ

昨日は、金毘羅社の初詣の準備。


いつもの世話人が10人ばかり集まって、幟や照明の設営をした。

これで元旦を待つばかりである。

家に戻って、しめ飾りの仕上げをした。


玄関に飾ってみた。

まあまあ…の出来である。

来年はM1翁に習ったとおり、しっかり藁を打ってきれいに仕上げよう。

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神棚の大根締めも作ってみたが、どうも太くするところがうまくいかない。

これも藁の打ちようが足らないので、うまく膨らませられないようだ。

来年は工夫してみよう。

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鬼嫁がこしらえた鏡餅を床の間に飾った。


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これで新年が迎えられる。


昼から母の見舞いに行って、4時過ぎから呑んだくれて寝てしまった。

2015年12月29日 (火)

ジェダイに教えを請う

仕事が休みになった。


しめ縄飾りを仕上げようと倉庫に行く。

ここ数年、作り続けているのだが、どうも房の縄のくくり方がいい加減だったので、ネットや実物の写真を見ながら真面目に結わえてみた。


簡単そうだが非常に複雑な結わえ方である。


ようやくできた!

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備忘録代わりに残しておこう。

たぶん来年はこの写真を見ながら結わえることになる。

外に出て仕上げのことを考えていたら、M1翁が金毘羅社のしめ飾りを持って来られた。

いつもはM1翁がこしらえているのだが、ことしは忌がかかっているので、弟さんの作を持参されたのだ。

「おはようございます!」

「弟の分を持ってきた。いつものように本殿に飾っておいてくれ」

「ちょうどよかった!どうしても綺麗に仕上がらないので、いつか教えを請いに行こうと思っていたのです」

「何がうまくいかんのか?」

実は………、「きれいにならないので…」

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M1翁は、還暦になって帰って来た御仁だ。


そこで、問うてみた。


「M1翁は、60の還暦に帰ってきて、ここまで成長されたのですか?」


「そうだだよ…全然知らなかった。定年退職してから戻って、長老に習ったんじゃ」


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あとはこういう画面ばかりである。


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これもあるのか。


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「なるほど…」

「分かったか?」」

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ボクは、藁の打ち方が足らなかったようだ。


おっと、ボクは ジェダイに なるのだった。


M1翁は、母とたぶん一つ上かしただろう。


ボクの父は、ボクが40前に死んだ。


M1翁とこうして話をすることが不思議な気がした。

父とは違うおじさんと、知恵比べをした。

ボクは、あと5年後には死ぬ。


だから、来年は、しっかりした藁を打つのだ。


あと5年早く帰っていたら、もう少し違う人生があったのだが…これが現実だ。

もう少し、あのとき、藁を強く打っておけばよかったのに…と、思うようなことはしたくはない。


  
 
 
 
 


 
 
 

 
 
 

2015年12月28日 (月)

備忘録「房を局面に仕上げる」ために

昨日、しめ縄飾りの房を作ったが、藁を外に折り曲げる時に、藁が折れるのが気になっていた。


水のかけようが少ないのだろうと思っていたが、さっき倉庫で眺めているうちに…あることに気がついた。


いくら水を含ませても、藁の繊維にことを考えれば、180度に折ったら破壊されるに決まっている。

そこで思いついた。

外に折り曲げる時に、曲線形のものを充てながら、ゆっくり曲げていけば…折れずに済むのではないか?

来年は、これを試してみよう。


たぶん、これできれいに折り曲げられるに違いない。


大きな房をつくるとき、初めの頃は折れるが、次第に大きな曲線になって行った。

最後の頃にはきれいな曲線が出ていた。

それと同じ原理だろう。

そうなると…たぶん…折れない。


来年、生きているかどうかは分からないが…試してみよう。

 
 
 
 

2015年12月27日 (日)

しめ縄飾りの房の作り方

金曜日は東京出張。

「なんでクリスマスの日に東京に行かなければならないのか?」
と文句を言った。


鬼嫁とクリスマスを過ごそうという気はないが、嫌いな東京なので無理して日帰りした。

岩国発着なので、空港から自宅までの所要時間は1時間ちょっと。

昨日は年賀状を印刷して、宛名を書いてコメントを書いた。

これで現役最後の年賀状である。

来年は半分にするつもりだ。


さて、今日はしめ飾りをつくる。

tobinokoさんのような秘密部屋がないので、倉庫に…昔のキャンプマットを敷いて、いざ開始である。

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下の写真は藁をシゴをしたあとである。

根元を切って、大まかに鞘を外したところだ。

藁の節(鞘)ごとにハサミで切って根元を揃える。


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ここで手を抜くかどうかの岐路がある。


上の写真は、丁寧に節のところで切ったものだ。

下の写真は、何も考えずに切っただけのもの。


きれいに仕上げるには、鞘を徹底的に排除する必要がある。


ここから房作りに入る。

房の芯には、縄が抜けないように、その先に小枝を入れる。


それを抜けないようにきつく縛って、藁の中心に挟み込む。

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あとは、この右側…つまり差し込んだ右側を結束する。


当たり前のことだが、左側をくくってしまうと…すぐに抜ける。


挟み込んだ縄が中心になるように包みこんで、あとはグルグル回しながら藁を外へ外へと折り返す作業を続ける。


このときの仕事ぶりが丁寧かどうかで、完成品の出来具合が決まる。


ボクは雑な性格なので、すぐに厭きてしまう。


だから仕上がりは雑である。


分かってはいるが、面倒くさくてやってられないのだ。


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房をぐるぐる回しながら、中の藁を丁寧に外側に折り曲げる。


縄ができるだけ中心になるように曲げるのがコツだ。

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これで房の原形はできた。


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あとは、全部ができたあと長さを揃えれて切ればよい。


あとは仕上げの時に、リボンをどこに巻くかで…『フレアスカート』か『タイトスカート』になるかが決まる。


今はタイトに縛っているが、仕上がりはもっとフアフアとしたフレア風にする予定だ。


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予め作っておいた、輪飾りと袴を仮セットしてみた。

あとは御用納めの29日か30日に仕上げよう。

ウラジロ、ユズリハ、ダイダイ…と、南天や稲穂を飾ってみよう。

今日の作業場の様子。

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母のCDラジカセを持ち出して、チューリップのヒットメドレーを聞きながら黙々と作業をした。


今年も、正しいお百姓さんの正月を迎えるのだ。


千円も出せば立派なお飾りが買える時代であるが、こういうものはきちんと自分でコシラエネバならぬ。


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明日は御用納めだ。


さっさと帰って残りの仕上げと、神棚と荒神様用の「大根締め」を作ろう。


今年は、中に藁を挟んで、真ん中を太くするつもりだ。

…自分の仕事に納得できるようになった頃、それを待っていたかのように…人生が終わるのだろう。


だからもっと丁寧に仕上げをしておこう。

 
 


 
 
 
 
 

2015年12月23日 (水)

フォースの覚醒

還暦になってもフォースを感じていないので、とうとう映画を観に行った。


ところが、「映画は、そのうちテレビで放映されるから…」
と映画館に足を運ぼうとしない鬼嫁が、

「行きます!」
と言ってついてきた。

10時過ぎの一番早い上映時間に合わせて行ったのだが、下松のmovixシネマは大変なにぎわいであった。

今日で三日目。初めての祝日なのだが、この映画館にこれだけ人がいたのは初めてである。

仕方なくチケット売り場に並んだ。

ボクが、
「シニアの夫婦割でお願します」
と言って二枚のチケットをもらった。


鬼嫁が支払いを済ませて、
「身分証明書はいらないの?」
とボクに聞いてきた。

「ここは申告制」
と答えると、

「ふ~ん、そうなの…」
と寂しそうにつぶやいた。

ボクと同じカルチャーショックを受けたのだろう。

シニアの夫婦割は、どちらかが60歳以上であればOKなのだが、
鬼嫁は、それを知らないので、自分も60歳以上と判別されたことに不満を持ったに違いない。


来年には還暦だし、見た目もそんなものなのだが、まだ年齢と容姿に密かな自負心を持っているようだ。


そんな鬼嫁の心が読めたので、
「ボクにも 特定の分野ではフォースが 備わって来たのかも?」
とニヤリとした。

…映画が終わった。


二人とも口もきかずにレストランで食事をして帰った。


ボクは鬼嫁を降ろして母の見舞いに行く。

鬼嫁は自分の車に乗り換えてさっさと買い物に出かけた。

フォースが覚醒しない夫婦は…こんな祝日を過ごすのだ。


 
 
 

2015年12月21日 (月)

さようなら…ドロンちゃん!

ブログを書かなかった。
飲んだくれていたからだ。


金曜日は忘年会で仕方がない状況だったが、土日は頑張ったのに…。

土曜日は二日酔いのまま、ヨロヨロト起きてベランダの残りビスを…150個以上打った。


厭きっぽいボクにとっては破格の仕事である。


…もういい、忘れた。


日曜日は野焼きをして高校駅伝を観戦したのだが、まさかの失速で撃沈である。

あとで原因は聞いた。

元気が出ないので、そのまま不貞寝をした。


さて、月曜日の今日である。


いろいろなよくないことがあったので、全てを粛清せんとして…『ドロンちゃん』を虚空に飛ばせんとした。


思い起こすに…たぶん一月以上つきあっていない。

きっと怒っているだろう。

浮気をした覚えはないが、触った時になんだか拒否するような仕草があった。

この時点で、ドロンちゃんの母親を思い出した。

彼女は苦労人で、仕事をしすぎて体を壊してしまった。

それを治癒しようと、ボクは精密機械用のハンダゴテを購入し、彼女の手術に専心した。

二度までは耐えてくれたが、三度目あたりから精気が亡くなって、とうとう息絶えてしまった。


その娘が今の…ドロンちゃんである。

母親は端正な姿をしていたが、気性が少し荒かった。

そのことを言い含めて、その娘を買い受けた。

今宵、ドロンちゃん2世を虚空に飛ばしてみた。

初めは飛び立とうとしたので、ちょっと嬉しかった。

「がんばれ!」と声をかけた。


ところが…2・3・4・5・6・7…回もするうちに、うんともすんとも言わなくなった。

母親と同じ症状である。

たちが悪いのかもしれない。

そのうち…バッテリーを取り出す時…基盤からコードが外れてしまった。

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母親と同じ症状である。


ボクはこれに悩まされた。

さようなら…ドロンちゃん!

仏壇に供えて…灯明を捧げました。


おしまい。

 
 
 

2015年12月17日 (木)

雪かぁ

今朝は冷えたが、瀬戸内はそれほどでもなかった。


ところが、山口市内に抜けるトンネルを過ぎたら、あっという間に…『冷気温注意』の表示が出た。


瀬戸内の気候と西中国山地が一気に変わる地点である。

いつも2~3度下がる。

今日もトンネルを抜けたら、東鳳辧山が真っ白になっていた。
700mちょっとの山であるが、その姿は神々しかった。


高速道路も、「徳地~戸河内IC」間は、冬用タイヤ規制になっていた。


たぶん、tobinokoさんやびっけさんの集落は雪に埋もれるのだろう。


道路カメラで匹見をみると、20㎝以上の積雪だ。

この時期は、いつもこのカメラの状況を見ていた頃を思い出した。


はちべえどのが指摘するように、匹見を探索したい気持ちは山々であるが、

…することが多すぎる。

今宵も夜空を見上げる。

 
 
 
 

2015年12月16日 (水)

無駄と必要悪

昨夜は山口泊。

たぶん電車に乗れないだろうと予め宿を予約していた。

どうも最近、ホテルで熟睡できない。
老人性の症候が現れているのだろう。


仕事の付き合いとはいえ、もうそろそろ面倒くさくなってきた。
あと三月ちょっとなのだが、フェイドアウトは意外に長い。


さて、再び『無駄なことはするな』というご下問があった。

どういう意味で言われたのか知らないが、

「無駄なことは誰もしない。ただし、クッションは必要である」
というのがボクの持論である。

山を歩いたり、ぼんやりしたり、酒を飲んだり、騒いだり…ある意味では、全てが無駄である。

遊びである。

何の役にも立たない。

…と、言われる。


これに抗弁することは難しい。

数学的に突っ込めば、全てが無駄である。

まあ、これが理論の世界なのだが、現実には、人間がいつも同じことをしていたら壊れてしまう。

アホらしくて狂うだろう。

そのために人間には、音楽やスポーツのような…『無駄』が必要なのだ。

これを心理学的・社会心理学的には、『必要悪』と勝手に称していい加減な解説を加えている。


そんなことはどうでもいい。

だいぶ前に、ファジー理論なるものがでてきた。

人間のあいまいさをIC回路に応用しようとする挑戦であった。

今ではそんな言葉も廃れたが、たとえば自動運転のような世界では、曖昧さを組み込みながら、最も大事なところで効果が出るような設定の開発合戦になっている。


必要悪は…そんな無駄と同一と思われがちだが、根本的に違う。

無駄は、人類が生きる上で空気のように必要なもの。

必要悪とは、善を正当化するために生まれた言葉なのだ。


補遺しておくが、悪は…悪。


必要悪とは、悪を正当化せんとする輩の逃げ口上をいう。

自分の行為を正当化するための造語である。

だから正義は大変なのだ。
 
 
 
 
 


2015年12月14日 (月)

旧家じゃないんだけど

暗くなった家に戻ってみると、いつもと様子が違っていた。


鬼嫁に聞いたら、今日、庭木の剪定をしたそうだ。

庭師にお願いするような庭ではないのだが、ボクの手に負えなくなっているので、毎年、シルバー人材センターに頼んでやってもらっているのが今日だったらしい。

そもそも我が家には庭のようなものはなかった。


ボクの記憶にあるのは、モミジとツツジぐらいである。

昔の農家は、かど…と言って広いスペースがあった。

ここでモミを干したり、大豆を選別したりするために広い庭…ではなくてスペースがあった。


ボクが就職のために戻って来た頃に、母が色々な木々を植えて今日の庭になっている。

ホントは、庭…いや『かど』に何も無くて、海が見えたらいちばんなのだが、今ではすっかり木々が伸びてきた。

所詮は分家なのだが、今では、N1翁に言わせると、…「貴重なジゲ」にあたるそうだ。


小学校の高学年ころから耕運機を使い、中学生になるとテスト週間でも田植えや稲刈りをした。


当時はそれが恥ずかしくて恥ずかしくて仕方がなかった。


どうしてこんな農家に生まれたのか、悲しかった。

街の中で生まれたかった。

今の時代になると、田畑を持っていると…『資産家』と言われる。

ところが固定資産税を払うばかりで、およそ旧家と呼ばれるような暮らしではない。

全部売ってしまえば楽になるが、先祖代々の土地を安易に処分できない。

まぁ…その気もないが、子どもたちにとっては厄介な代物である。


ボクができることと言えば、固定資産税を払うための基金を残してやるぐらいだろう。

子供たちに財産を残してやる気はない。

借金も残さない。


…ただ、ヤブ山家のこの雰囲気だけを、そっと残しておいてほしい。

  繁栄や興隆などいらぬ

 
新興住宅地の奥にあるジゲのおじさんは、こうやって…まるで無駄な…自己満足と使命感で生活している。

2015年12月13日 (日)

ウッドデッキをとりあえず修理する

昨夜は財津和夫~チューリップのコンサートであった。

途中、鬼嫁と食事をして帰った。

今日は日曜日なので、鬼嫁はたぶん7:30までは起きてこないはずだ。

昨夜は遅くなったのに、ボクは7時前にはぱっちりあいてしまう。

ウッドデッキにはシートをかけているのだが、今日中にはどうにかしておかないと、仕事があるので来週まで手がつけられない。

木材の寸法と必要数は計算していたので、あとは、朝飯を済ませてから買いに行こうと思うが、鬼嫁は…トド状態であった。

蹴っても寝がえりを打つだけで起き上らない。

ボクは調教師ではないので、おだてて起こす技術はない。

…30分新聞を読んでいたら、トドが起きてきた。

「ナンデ コネぇ~ニ ハヨウカラ オキルンカネ シロシイネェ!!」
とトド語で吠えた。

ボクは食事さえできればいいので、人間らしく新聞の続きを読んだ。


さて、30分後、デッキをどうにかせねばならない。

鬼嫁は、人間の姿に変わって、

「今日中に どうにかせんと 知らんからね!」
と、いつもの投げやり言葉になってプレッシャーをかけてきた。

開始前の状況はこうである。

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ボクはスピードはあるが、緻密さはない。

すぐにやっつけることは得意である。ひとの3倍早くやることができる。


ところが。緻密にはできない。名工にはなれない。

ドリルが焼けついて…2本ダメになった。


昼にヤケビールを飲んで再開したら、とうとう最後のドリルも折れてしまった。

鬼嫁に、

「ドリルが折れたので…買って来て下さい」
と優しく頼んだら、


「あんた!エエコロニ シイヨ コノママ オイチョッタラ キキャア センヨ!!」
と、途中からトド言葉になって怒り始めた。

結局。鬼嫁の運転でホームセンターに行って、ドリルを3本買った。

CDラジカセで、チューリップのCDを聴きながら…2時間頑張った。


どうにか、当面の部分を修理し終えた。

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コースレッドをあと150本?ぐらい打ち込む必要があるが、当面このままでいいだろう。

この土日は…疲れた。


やることが多すぎる。


 
 

チューリップ

土曜日の続きである。


鬼嫁が正装していたのは、『財津和夫』のコンサートに出かけるためである。


パンツで夫婦喧嘩をするヤブ山家であるが、一月以上前から、防府市で開催される『財津和夫~チューリップを歌う』コンサートの予約をしていた。


ボクが鬼嫁にチケットを買っておくように言っておいたのだが、どうやら自分の分も買ったらしい。


ボクの運転で防府へ行く車中、今夏の同窓会でのチューリップのCDをかけた。

「僕らのアレンジとどう違うか…ちょっと興味がある」

「あんたね!比べられるレベルではないわよ」

鬼嫁はボクたちのレベルを知らない。

開演30分前に着いて、長い列に並んだ。

全席指定席なので、並ぶ必要はないのだが、入場整理の都合でそうせざるを得ないという。

話もしないでずっと入場を待った。

コンサートは素晴らしかった。

チューリップの姫野もゲスト出演して、チューリップ三昧で満喫した。

鬼嫁は、

「売れる前のアリスのコンサート以来だわ!」

とノリノリであった。


ボクはみんなが総立ちになっても、ひとり客席に座ったまま音だけを聴いた。

財津は、声はかすれてきたが、相変わらず音程は正しく、うまかった。


姫野は、甘ったるい声が、ようやくおじさんの声になってよかった。

財津は67歳、姫野は64歳。


観客はやっぱり団塊世代が中心で、ボクたちの様な夫婦連れも多かった。

チューリップのコンサートは、高校3年生でバンドをやる前だった。

ドラムのNと行ったのだが、売れる前のチューリップ、青い三角定規、つのだひろ…がトリだったような気がする。


今回は鬼嫁と一緒だ。

財津の語りや歌声を聴きながら、自分の青春を想い出しながら、60年の人生をそっと振り返った。


 
 
  

きのこは裏切らない

仕事は10、家では20ぐらいすることがある。


はちべえどのからヤブ山突撃隊へのエールが送られてきたが、それは未だ叶わない。


鬼嫁から、

「ウッドデッキがフワフワして危ないから、直して下さいな」
という、軽くて重いお告げがあった。


「孫が落ちたら大変なことになる…と思いあそばせ…」
と上から目線の宣告である。


5万円で当面はしのげると思ったが、最後のボーナスをもらったばかりで出費が惜しい。
自分でやるしかないのである。

垂木がすっかり腐食して、ボロボロに近い。

雨ざらしなので鉄骨にすればいいのだが、先立つものがない。
表面は…『ウリン』というアイアンウッドなのだが、その下は米松なので10年で腐食する。


とりあえずビスを抜いて表面をはがすことにした。

ここで時間切れである。

そのことは次のブログに書く。

山に上がって、きのこを見に行った。

「おおおおお!!」


立派なナメコである。

2年目か3年目か忘れたが、山桜が朽ち果てる寸前の発生である。


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ひとつ上の段に上がる。


「おおおおお!」

と声を上げた。


この春に続いての…クリタケである。

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その前には、先代のクヌギは終わって、クリに植菌したシイタケが生えていた。


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ここで時間切れ。


家に降りてみると、鬼嫁は…久しぶりの正装で待っていた。


 
 
 

2015年12月11日 (金)

パンツで喧嘩する

ずっと忙しかったが、いちおう冬になったので、二週間前ぐらいから下着類を替えた。


どうやら歳をとると寒さがこたえるので、早めに冬支度をしなければならない。

そういうことで冬用の下着をはいていたのだが、どうも調子が悪い。

どう悪いと言えば…キツイのだ。

はちべえどのほどではないが、腹が出てきたので、パンツがきつくなった。

どんなパンツをはいていても、いきなり健康診断が始まるわけではないから何の心配もいらない。

もう、とっくにそんな不安もなくなってきたのだが、体を締め付けるパンツはいけない!

それを昨晩、遅くなって帰った時に鬼嫁に告げた。

「あんな! パンツは! はけん!」
と宣言した。


それから二日後…今日である。

ボクは、叫んだ翌日には忘れる。
ましてや、その翌日になると証拠はきれいさっぱりなくなってしまう。

鬼嫁の反撃がはじまった。

「ないよ!」

…いきなりこれである。


仕事に疲れて帰って来た夫に、いきなり、これを浴びせかけてくるのだ。

当然、ボクは二日前に話したことは忘れているから、

「はぁ???????」
ということになる。


ボクは、「何が ないのか  ない…とは何か?」
を深く考えながら、弁当箱を渡しながら、人生のすべてを粛清し、他人の仕業に仕立てることができぬかとあらゆる回路をつなげて反論をした。


「あれが 心地いい」

「ふ~ん…あれは どこで買ったの?」

「…しらん」

…この話は、微妙なニュアンスがあるので、今日はやめる。


が、ボクにはやましいところはないし、鬼嫁は鬼だから、顛末は見えているだろうが、実直に働くおじさんの悲哀を書こうと思う。

…ふぅ…。当面の難局が過ぎた。

 
 
 
 
  

2015年12月 8日 (火)

いつ混ぜるか、混じるか

ずっとややこしい仕事が続いていたので、

「今日はこれで止める!あれとこれが足らないのは、みんな分かっているだろうから、今日はリセットする!」
と宣言して帰った。

晩酌をしながらテレビを観ていたら、老舗の漬けものづくりをやっていた。


そのときに、最後の仕上げで数種類の具を混ぜる工程があった。

それは初めから全てを混ぜるのではなく、それぞれ下ごしらえをしておいて、最後の絶妙の時期に混ぜるという手法だった。


ボクは料理はやらないが、煮ものにしろ、そういう手順を踏むことは知っていたので、

「仕事もそうだな…」
と苦笑してしまった。

でも、混ぜる時期が難しい。

早くても遅くてもダメだ。


しかも、全てにおいて、その条件が異なる。


先月、インターンシップか若手社員の前で話をした。

このブログでもよく書くことだが、

「知識を 智恵に変えなさい」


去年は一人の女の子が、その意味を問うてきたが、今年は沈黙が流れた。

それはそれでいい。


ボクは、その時の雰囲気を楽しんでいる。


今年はだれも質問しなかったが、その面構えに興味を覚えた若者が数人いた。


日本はまだ捨てたものではない。

 


 
 
 
 

2015年12月 6日 (日)

風邪にも負けず

また土曜日に風邪で沈殿した。


鬼嫁によると、
「酒を飲んで寝ると…毛布や布団をけ散らかすから、風邪をひくのは…ごもっとも!」
らしい。


先週も土曜日に風邪をひいて寝込んでいたが、今週も同じであった。

せっかくの休みなのに朝から鼻水がでて何もできなかった。


今日の日曜日になって、ようやく足腰がしゃんとしてきた。


玉ねぎの肥しをやりたいのだが、細かい作業をする気が出ない。

家の裏に上がって、先週、根ゴリをしたササや雑木を野焼きすることにした。


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今日は夕方、金毘羅社の役員会の日だ。

初日の出の段取りを話し合う日であった。


午前中に、その資料を作成しながら、裏山の火の加減を身に上がる。


今回は、亡き父と同じ年のN1翁が参加するという。

車で迎えに行かなければならないので、鬼嫁と早めに自治会館に出てコピーする。


コピー機の調子が悪い。

どうにか印刷し終わった頃に、N1翁を迎えに行った。

N1翁は足腰が弱って来たが、頭はまだしっかりしている。

冗談も言うし、ボクの突っ込みにも機転のきいた返事が返ってくる。


30分会議をして散会。


N1翁を送りながら、

「おじさん! もう親父の歳を超えたよ!」

「おおぅ…そうかいのう…わしの分まで 生きてくれ…」

「そういう 余裕はありません…」


「まぁ…そう言わんと…生きてくれぇ…」

「はい はい! 頑張りますから…おいさんもね!」


「お ぉ ぉ…」


「おいさん! シャンと生きんといけんよ!」


「おぉ…頼むでよ…」


家の前まで送って、玄関に入るまで5分以上かかった。


まるで死んだ親父を見送るようである。

冗談がいつまでも通じることを望む。

 
 
 
 
 


2015年12月 4日 (金)

やっぱり 認知症かぁ

仕事の話。


ある問題に対して、どう対応していくかという答えを決める会議があった。

現場の人も交えて意見交換をした。

初めの頃は話にうなづけることが多かったが、最後のまとめの頃になって、どうも理解不能に陥った。

「そのペーパーを見せてくれないか」
と頼んで読んでみた。

たくさんの漢字や横文字、グラフや彩色も施してあった。


きれいである。

整然としている。

配置も段落の改行も理想的であった。


…しかし、それを読んでみると、何が書いてあるのか、ましてや…何が言いたいのか理解できなかった。


顔を上げて、みんなの顔を観た。

みんな 難しそうな顔をして 書類を読んでいた。

ボクの頭は単純なので、

見るか 聞いたときに すぐに理解できなければ 全てが終わる。


そこで、そばの責任者に問うた。

「これは 何が書いてあるのか?」

「例の課題に対する 対処法です…」


「これがマジの答えか?」

「たぶん…そう…です」


「おい!ホントにマジか?…と聞いてもええか?」


「…はい…」


ここで絶望的なった。


そこで こう言った。


「おい! わしは 認知症になった。

 今日、会議の資料を読んだが、全然、何が書いてあるか分からんのじゃ。


 わしには 書いてあることが 例の答えとは とうてい思えん。


 あれが 最近の みんなの 答えなのか?」


たぶん、部下の連中は、ボクのリクエストにこたえて、一生懸命に色んな答えを返しているのだろう。

しかし、文字がいっぱいあるだけで、

「それがなんなんだ…?」

の世界であった。


もう、ボクのレベルでは、今の世の中に分け入ってくのは時代遅れなのかもしれない。


認知症が進む前に、もう少し世の中のために貢献したかった。

「あれで いいのか?」

と、酒を飲みながら反省…いや、心配するのだ。 


 
 
 
 
 
 
  

2015年12月 2日 (水)

雨かぁ…

まあ…仕事はいろいろとあるのだが、元気は出さねばなるまい。


ところが、この時期の雨は寂しい。

心の奥まで暗くなりそうだ。


こんな時には誰かが元気を出すと、潮目が変わるのだが、どうもそんな気配もない。

ならば自分が元気を出そうとおのれを鼓舞してみるが、まるでダメである。


ブログを書こうと思えば書ける環境にはあったのだが、どうもその気になれぬ。


tobinokoさんあたりで、ガッと盛り上げていただきたいものだ。

…すみません。


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