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2015年12月14日 (月)

旧家じゃないんだけど

暗くなった家に戻ってみると、いつもと様子が違っていた。


鬼嫁に聞いたら、今日、庭木の剪定をしたそうだ。

庭師にお願いするような庭ではないのだが、ボクの手に負えなくなっているので、毎年、シルバー人材センターに頼んでやってもらっているのが今日だったらしい。

そもそも我が家には庭のようなものはなかった。


ボクの記憶にあるのは、モミジとツツジぐらいである。

昔の農家は、かど…と言って広いスペースがあった。

ここでモミを干したり、大豆を選別したりするために広い庭…ではなくてスペースがあった。


ボクが就職のために戻って来た頃に、母が色々な木々を植えて今日の庭になっている。

ホントは、庭…いや『かど』に何も無くて、海が見えたらいちばんなのだが、今ではすっかり木々が伸びてきた。

所詮は分家なのだが、今では、N1翁に言わせると、…「貴重なジゲ」にあたるそうだ。


小学校の高学年ころから耕運機を使い、中学生になるとテスト週間でも田植えや稲刈りをした。


当時はそれが恥ずかしくて恥ずかしくて仕方がなかった。


どうしてこんな農家に生まれたのか、悲しかった。

街の中で生まれたかった。

今の時代になると、田畑を持っていると…『資産家』と言われる。

ところが固定資産税を払うばかりで、およそ旧家と呼ばれるような暮らしではない。

全部売ってしまえば楽になるが、先祖代々の土地を安易に処分できない。

まぁ…その気もないが、子どもたちにとっては厄介な代物である。


ボクができることと言えば、固定資産税を払うための基金を残してやるぐらいだろう。

子供たちに財産を残してやる気はない。

借金も残さない。


…ただ、ヤブ山家のこの雰囲気だけを、そっと残しておいてほしい。

  繁栄や興隆などいらぬ

 
新興住宅地の奥にあるジゲのおじさんは、こうやって…まるで無駄な…自己満足と使命感で生活している。

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