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2016年1月

2016年1月31日 (日)

かかり木の処理

正月に裏山に上がった時、二本の大木が倒れていた。

しかも、かかり木である。

かかり木とは、木が横たわらないで、他の木にもたれかかっている状態である。


やっと普通の季節になったので、腰に鋸と鉈をぶらさげて裏山に上がった。


さて、これをどうするか。

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ぐちゃぐちゃである。

見なかったことにしたかった。

4~5年放置しておけば、かなり朽ちるはずだ。
でも、今やっておかなければ再び山は荒れる。

午前中、チェーンソーやノコギリで始末した。
枯れた木には、鉈の刃が立たない。
生木であればスパッと切れるが、枯れ枝には歯が立たない。
無理をすると刃こぼれになるので、シコシコとノコで切りながら棚状に始末をした。


家に戻るとすぐにビールである。
全身が汗にまみれている。
呑まないとやってられない。


昼からが勝負であった。

こっちのかかり木は手強い。
幹が途中で裂けて、それが他の木にもたれかかって…どこから切るか暫く考えた。

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一本の木にもたれかかって、その木が無理やり押し曲げられている。

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急斜面であるし、どちらに落ちてくるか分からないので、高所ノコギリを取りに戻って、遠くから切ることにした。

これが辛かった。
力が入らないので、10秒引いては、20秒休んだ。
20分ぐらい頑張ったら、ようやく切断に成功した。

案の定、斜面の下の方にドサリ!と落ちた。

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ところが、幹全体が落ちてこない。

他にもたくさん他の木に掛かっていた。

あれを切り、これを切り、ようやくチェーンソーが使える状態になってきた。


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どうしてここまでこだわるかというと、この奥に山桜の巨木があるのだ。

まだ周囲は雑木に囲まれているが、立派な巨木である。

倒した丸太や枝葉の処理に2時間を要した。

ようやく山桜が見えてきた。
今年中に、周囲の雑木を切ろうと思う。

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下の方を見ると、瀬戸内海が見える。

あと二月で退職だから、とにかくケガだけはしないように…慎重に慎重に処理をした、

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この裏山も10年ですっかり雑木林になった。

かつては竹に浸食されて、見るも無残な状態だったが、ここまで雰囲気が変った。

巨木の森プロジェクトは…あてのない悪あがきだが、山に入って、ひとりでゴソゴソしていると神経が研ぎ澄まされる。


「何のために こんなバカなことを やってるの?」

と自問自答しながら、おじさんの意地を張り通すのだ。

 
 
 

2016年1月28日 (木)

危ないなぁ…

朝はかなり明るくなってきたが、夕方が危なくなってきた。


よく見えない上に、距離感や体の反応が怪しい。


あと二月で退職を迎えるというのに、ここで事故でも起こしたら全てがパーである。


つまらぬ考えは頭に浮かぶのに、目の前のことがよく分からないのだ。


悲しい。とても悲しい。


ついこの間まで、全方位にレーダーとバリアーを張っていたのに、今では丸腰で目隠しをしているような状態である。

オートセンシング付きの車に替えようかと思う。まじめにね。

 
 

2016年1月27日 (水)

LINE

帰りの車中のラジオで、今どきのLINEのメッセージの最新事情をやっていた。


誰かが、「○○について参加しますか?」と問いかけると、
一番初めに誰かが、「了解」と反応すると、後の人は同じ言葉で返すそうだ。


なにやら難しい解説がされていたが、要は、
「その雰囲気を読んで、同じ言葉で反応する」
というのが、今どきのSNS事情らしい。


ボクはLINEはやらないので、そのあたりの事情はよく分からないが、なんとなく心当たりがあった。


職場にはLANで、色々な情報が流れてくるのだが、その中に『回覧板』というものがある。

それは、特定のグループ(いつでも選択ができる)で、会議の案内とか、情報を共有できるのだが、そのグループの誰がどういう回答するかが分かるようになっている。


例えば、会議の招集の案内があると、
誰かが、「出席します」と書いたとしよう。


先程のLINEであれば、次々と…「出席します」とか「欠席します」とかが書き込まれるのだろう。

ところが、おじさんたちの書き込みは…

「出席」

「OK」

「行けない」

「1時間で終わるなら行くけど?」

「何か重要な会議なの?」

…などと、自分勝手である。空気は関係ない。

この回覧版には、公開可・不可の承認欄がある。


でもおじさんたちは、そんなことは無視して好き勝手に書きこんでいる。

ボクたちの常識としては、


「この歳でLINEをやっているヤツは…怪しい」なのだ。
 
 
 


2016年1月26日 (火)

はっきりせい!

今朝も5時に起きて、朝飯を食べ、鬼嫁の弁当を持って、6時に家を出た。


車は少ない。
雪も少ない。
高速道路は…びっけさんちとtobonokoさんの区間が通行止めであった。

そのままスイスイと職場まで走ったので拍子抜けだった。

明日から普段通りの時間にする!!!!

たぶん山口県内で積雪が多いのは、平家ヶ岳トンネル付近だろう。

寒気と冷気がここに集まる。

雪が多くて寒い。


そこで思い出した。


長野山もかつての賑わいはない。

「それ どこ?」
と言われるだけである。

今になっては惜しいが、あの山域は車道なしで残しておくべきだった。

高度成長期にはそれなりの皮算用があったのだろうが、山ブームになった今では訪れる人は少ない。

あのブナ林を手つかずで残しておいたら、麓から登る人が絶えなかっただろうに。

どちらから登っても 滝があり 森があり 最高の自然である。

人生の最後は、ここの自然を探してみたいと思う。


2016年1月25日 (月)

雪中行軍

5時にアラームが鳴った。
雪が多ければ6時には家を出るつもりだ。

鬼嫁は朝ご飯とお弁当の支度をしていた。

新聞を取りに外に出てみると、一面銀世界だった。
うっすら白くなることは時々あるが、今朝は1㎝の積雪である。
最近は、瀬戸内海沿岸で積雪が見られることはめったにない。

nexco西日本からのメールを見ると、「県内全区間通行止め」である。
実家から通い始めて5年目になるが、山陽自動車道が全線にわたって通行止めになるのは初めての経験である。


いつもより30分前の6時に家を出たが、時間帯もあって車は少ない。
しかし海岸通りの国道は圧雪状態だった。

どの車もノロノロ運転。
鉄道を越える高架橋も完全凍結状態だ。
車外温度はマイナス3度。
寒いはずである。


山陽自動車道のICまで来たが、依然として通行止めである。
そのまま国道2号を時速35~40㎞でノロノロ走る。


そのうちハタと気がついた。

スリップしている車がいない。
それに渋滞のもとになる長距離トラックも数えるほどしかいない。


つまり、このくらいの積雪になると、さすがにノーマルタイヤで走るバカも少なくなるのだろう。

そして、高速道路が九州も全面通行止め、山陽・中国自動車道も広島から西側がすべて通行止めだから、一般道で走ってくるトラックはいないのだ。

おかげでノロノロ運転ではあるが、渋滞もなく泰山どのの家付近までやってきた。
鬼門は椿峠である。

ここが越えられるかどうか心配だったが、防府方面からの車は流れているし、渋滞もなかったので、さらにノロノロと峠を越えた。


防府に入って山口に向かう国道262号との交差点に着いた。

ここで7時30分。1時間半を要した。
これならば職場には遅刻をせずに着きそうだ。


ここから山口に向かうが、勝坂峠が待ち受けている。
それほど急な峠ではないのだが、温暖な瀬戸内から内陸部へ向かう峠なので、スリップ事故の多い峠である。


最後の登りの手前で、車が次々とセンターライン側へ車線変更を始めた。
ボクもその流れに入って登っていくと、一台のセダンが斜めになって停まっていた。


みんなジロジロと横目で見ながら通り過ぎていく。


白いBMWだった。

案の定、ノーマルタイヤである。
完全に圧雪状態になっているのに、よく走らせようという気になったものだ。


車は高級車でも、タイヤがノーマルタイヤではこの坂は上がれない。

通り過ぎるドライバー全員が、
「バーカ!」
と言ったはずである。


峠のトンネルを抜けるとさらに雪は深くなってきたが、路面はスキーのジャンプ台の滑走路のように圧雪されている。


どの車もさらに速度を落として、ノロノロと…しかし事故も渋滞もなく、始業10分前に職場に着いた。


約70キロの行程で2時間20分かかった。
平均速度は…30㌔か。


道中、見かけたバカは…あのBMWだけだった。


でもよく考えてみると、こんな日にわざわざ車で通勤するボクもバカの仲間である。


昼過ぎには高速道路の通行止めは解除された。

帰る頃には雪はすっかり溶けてスイスイであった。


明朝の路面が気がかりである。


死なない程度にノロノロと走ろう。

2016年1月24日 (日)

凍結

寒波到来である。

瀬戸内沿岸の我が家であるが、雪はちらつくものの積雪まではいかない。

でも気温が低くて、外に出て何かしようという気になれない。


近所の子供たちも誰ひとり外で遊んでいない。

一日中、家の中でゴロゴロしていた。

10年前には、どんなに寒かろうと、この実家に帰っては竹を切っていたのだが。

もうそんな気力もわかなくなった。

寒さに弱い爺さんである。

情けないが体がいうことをきかない。

明日は午後からどうしても外せない仕事がある。

早く出ようか、ゆっくり出ようか…昼酌から晩酌へバトンタッチしながら迷っている。


tobinokoさんは50cmの雪に埋もれたはずだ。

びっけさんも35cm下に潜っているだろう。

さて明日はどうしよう…。

めったに通行止めにならない山陽自動車道も…雪のため通行止めが続いている。


頑張るかな。 
 
 
 

2016年1月23日 (土)

ジェダイになっていないYodaがどうするか

ボクはジェダイになっていない。

たぶん、なれない資質なのだろう。


ところが、他のジェダイが死んでしまったので、ボクが次代のジェダイを育てなければならなくなった。

どう考えても無理な話である。

でも、死んだジェダイ達がそれをやれという。


資質も能力もないので途方に暮れて、家の外に出た。


強風におののきながら倉庫の陰に身を寄せていると、突然、風が止んだ。


「ここかな?」と思って、表に飛び出したら…いきなり強風にあおられた。


「お前がやるのだ!」
という声が後ろで響く。

ジェダイでもないのだから、どうしようもない。

後ろで掛け声だけが聞こえる。

「力を貸してくれ!」
と叫ぶが、強風にかき消される。

弟子の姿は見える。

どう見ても修行が足らない。

ボクはジェダイではないけれど、敵から彼を守って、彼に闘う…術を教えなければならない。

このブログも危ない。
そのうち閉鎖しなければならぬかのもしれない。

Yodaになっていたらよかったが、還暦になってもなれなかったのだから…登場人物にしてほしくなかった。


 


2016年1月19日 (火)

無理心中

今朝はいつもよりも30分前に家を出た。

つまり5時に起床するということである。


鬼嫁は5時少し前に目覚しをセットしていたようだ。

いつものように3回目に留めて、のそのそ起き出した。

トドは体温調節が難しい上に、学習能力に劣るところがある。

ボクはこの時点で目覚めているのだが、ここで起きると…トドの野生本能を目覚めさすことになるので、約15分間は寝ているふりをしなけれなならない。


思い起こせば、30年以上一緒に暮らしているのだが、こういう気配りが必要なのだ。

優しい夫がいてこそ…鬼嫁が生きていけるのである。


さて、今日は、こんな鬼嫁と心中することを書こうと思っているのではない。


世の中には、誰でもいいから心中しようとする人がいる。

誰でもいいのだ。


今日は、めったにない高速道路の冬用タイヤ規制であった。

通勤車両は、「今日は危ない」と思って、かなりの低速で走っていたが、得体のしれない運送会社のトラックやライトバンが…ガンガン飛ばしていった。

そんなやつらはそいつらだけで走ればいいのに、ボクたちの中に割り込んでくる。

思わずつぶやいた…。


「おまえとは 心中したくない!!」


そんな場面が仕事場に行くまでに何回かあった。


自殺願望があるのなら、自分だけの世界に行け!

「やばい!」と思ったら、きっぱりやめろ!

スキーバスの事故と今朝の連中を思い浮かべる。


「あんなやつらと 心中したくない」

…これが本音。

 
 
 
 

2016年1月18日 (月)

山口から帰ってくる頃、下松付近から猛烈な風が吹いた。


暴風雪警報が出ているのもうなずける。


電車もかなり運休が出ているようだ。


今宵は、酒を自粛して嵐に備える。

それにしても、最近、風が強すぎる。


雨量もそうだが、風がひどい。


2016年1月14日 (木)

星に悪態をつく

雲の切れ間に、東の空にオリオンの三つ星が輝いていた。


「どうして そんなに 冷たい光を 出し続けるのか?」
と問うてみた。


返事はない。

「怪しい輝きを放っているだけである」
という天の声が届いただけであった。

ばかばかしくなって西の空を眺めたら、下弦の頼りない月が浮かんでいた。

「お前は 近くで 大きく見えるだけだろう?」
と迫ったが、返事はなかった。


星座は神話を生むが、月は物語しかない。

面白くないヤツだ。

夢も希望も捨てて、永遠に光っておけといわれたら、ずっと…あんな光を放つのだろうか?

そんなことを考えていたら、雲が邪魔をしに来た。

オリオンを擁護しに来たみたいだ。


天の邪鬼のボクは月の味方でもしてやろうかと、もう一度西の空を見た。

ところが、冷たい光をしたまま、静かに消えようとしていた。

「人間に一番近いところにいるのに どうして 何も語らないのか?」
と、最後通牒の気持ちで敢えて問うてみた。


…返事はなかった。


晩酌に酔ったおじさんがこれだけ悪態をついているのだから、捨て台詞でも吐いて隠れるのだろうと思った。


…人間を超越したかのような星に 悪態をつく。


地上には そんなバカな人間がたくさんいるので 星は 相手にしたくないのだろう。

 

2016年1月13日 (水)

面倒くさいなぁ…

一月のこの頃は、新年の互礼会が多い。


「もう許して…」
という心境であるが、これも仕事である。


頑張らねばならぬが、心と体が同じように、
「もう許して…」
と訴えるので、少し早めに帰った。

全てが笑って許して貰えれればいいのだが、ついきあいはそうもいかぬ。


 
 
 

2016年1月12日 (火)

乾杯

久しぶりにギターを弾いて歌でも歌おうかという気になった。


懐かしの歌謡曲集のようなものがあって、ぺらぺらとめくっていたら…『乾杯』があった。


長淵剛の作詞作曲である。
傲慢で気に入らないヤツの一人なのだが、コードと歌詞を読んでいるうちに涙が出てきた。


試しに弾きながら歌ってみた。

若い連中の結婚式で聞いたような気がするが、今晩、「これは名曲である」と気がついた。

涙なしには歌えなかった。

ボクの結婚式では…『君といつまでも』を歌わされた記憶がある。


その後は、『てんとう虫のサンバ』とか、『赤いスイートピー』が多かったと思うが、『乾杯』は絶品であったのだ。


今宵は、涙を流しながら歌った。

そうか…いい曲だんたんだ。


作者は嫌いだが、いい曲である。

なるほど…。

 
 
 

2016年1月11日 (月)

再起動

ここ数日、ブログを書いていなかった。

木曜日か金曜日は、湯田に泊まった。

ヘロヘロではないが、そこに至るまでにヘロヘロになっていたので疲れた。


やっと三連休を迎えた。

初日は、金毘羅社の役員による新年会である。

みなさんに御挨拶をして…呑んだ。


家に帰って寝ていたら、悪友から、「女房と子供が旅に出たので、とことん呑もうぜ!」
という連絡があった。


まだフラフラしていたが、MHに迎えに来てもらって…また飲んだ。

呑んで、呑んで、呑まれないで呑んでいたら…誰も帰ってこないはずのTの家に…の長女が戻って来た。


「おじさんらぁ~なにしよるんかね!」

「はぁ~嫁に行ったんじゃないんかぁ?」

「博多に嫁に行ったんじゃないんかぁ?」


「おじさんらぁ~! いま 何時と思うちょるんかね? お母さんがおらんと思うて 好きに呑んじょるんかね!!!」

「おい! いつから あねえに ひどう なったんか? ええ子じゃったのに! あれじゃ 嫁には行けんぞ!」


「帰ってくるはずじゃなかったんじゃが… おい なんで帰って来たんか?」


「お父さん! 12時前には帰ってくる! というて今朝出るときに言うたじゃろうがね!」

「mksxmdfdcrど4j43rちぇい…」


「おとうさん!!!!!」


「わし…帰る」

「わしも…」

という話をした…ような気がする。

思い返せば、部落の新年会のスタートが12時であった。


鬼嫁によると、ボクが帰って来たのは…2時過ぎだったらしい。


呑んだ時間が2時間であればいいが、14時間みたいだ。


したがって、日曜日は…一日中寝ていた。


ゴロゴロしながら、始末の悪い二日酔いと闘った。

そして、ようやく今日を迎えた。


元気はつらつである。


酒は止めた。


酒さえ飲まなければ、人生は楽なのだ。

この歳になってやっと気付いた。


元気満々なので、朝から盛大にどんど焼きをした。


でも、その前に、しめ飾りの解体作業だ。

金毘羅社に奉納されたM2翁の弟さんがこしらえたしめ飾りの…それぞれの編んだ本数まで数えて、写真をとる。

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それから…どんど焼きだ。


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その後、倉庫のシャッターを開けて、トラクターを引っ張り出す。


じるい…田んぼなので、乾いたこの連休しかチャンスはない。

酒をやめたボクには楽なものである。


半日で残りの田んぼを仕上げた。


あとは、家の裏の野焼きをした。


これでようやく綺麗になった。

「ひさしぶりに…一日ぶりの晩酌をした」
…と、鬼嫁に言ったら、


「あんた!昨夜…ごそごそ起きてきて…酒をくれ!…というたよ!」


「しらん…」


「いらんのかね?…と聞いたら…怒ったんよ!」


「いらん!と言うた?」


「はよう出せ! 熱燗にせえ!…とね」


ボクの人生からすると、


酒が好きな人に記憶力がいい人はいない。


酒飲みの亭主の嫁は、記憶力がよくて、癇癪持ちが多い。


たぶん、定理に近いと思うが、熱燗に勝るものはない。

2016年1月 6日 (水)

ブルース

ブルースのなにがいいかというと難しい。

ジャズもそうである。

遊んでいるようで、滅茶苦茶なようでいて、それで何故かまとまっているのがいい。

ボクの思考パターンに合っている。

誰かがきちんとベースを刻み、誰かがきちんとリズムを刻む。

それに乗っかって自由に遊ぶ。

ブルースは黒人の讃美歌と言われるが、グループのなせる業である。


ボクはギターでしか分からないが、そういう流れがあるのだろう。

今宵は、そのブルースを聞きながら車中の時間が過ぎた。

仕事でも音楽でも…みんなが力を合わせてやることに違いはない。

そこに少しでも雑音が入ると全体が壊れる。

それが失敗ならば許される。

それはみんなも即座に理解できる。

でも、それが許されない雑音ならば、みんなの指が止まる。

指揮者はそれを排除しなければならない。

私情があってもそれを拒否せなばならぬ。


それができないのなら指揮者を返上すべきである。

公衆に披露するものは、それほどまでに、各人の粋を集めた静粛なものでなければならない。

遊びは子供時代に済ませることだ。

大人同士の関係で、言い訳は通用しない。

できないもの、わからないもの、理不尽なのものは、さっさと切る。

助けてあげたいものは どんなことをしても 助ける

でも 偽物や嫌いなものは しらない

これがボクの身上である。

ブルースは そんな音楽だ。

 
 
 


2016年1月 5日 (火)

落ちました

昨日は遅くなったので、細々と晩酌をしたがなかなか寝付けなくて、ずっと起きていたような気がするが、気が付いたら朝だった。


今日は適当に仕事をして、いつもの時間に家に戻ったのだが、どうも全てがおかしい。

いつものように晩酌をしたが、気持よく酔えないのだ。

外に出て考えてみたが、なにも浮かんでこないので、家に戻ろうとした時…はたと気がついた。

そう…ボクは…血の池地獄に落ちたのだった。


しかも、落ちる前には、現生の悪事の数々を目の前に見せられて…絶望の中、血の池に沈んでいったのである。

認知症の初期症状は、夢と現実の区別がつかなくなるそうだ。

母が、まだらボケ状態のとき、そんなことを口にしていた。


どうやら、ボクにも現実とあの世の世界が混在してきているようだ。

しかも、現実が現生の悪事である。

だから…あらん限りの悪事をはたらいて、血の池地獄に沈んで行ったのだろう。


今宵の夢は…ハッピーであってほしい。

途中で目が覚めるぐらい、幸せでありたい。

天国を見てみたい。

天使にも挨拶がしたい。

…おやすみなさい。

2016年1月 3日 (日)

謹賀新年

いつから書いていないかよく分からないが、新年になった。


元旦は部落の金毘羅社の初詣。

危うく寝過ごすところだった。

Gantan01


 
 
 


数十人の人たちが上がって来た。


いいことがありますように。

Gantan02


 
 
 
 
息子夫婦が帰っていたので、ずっと呑んだくれていた。


さすがに今日は、裏山に上がってみた。


この時期は落葉して明るい。


さて、明日から仕事である。

 
 
 

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