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2016年2月 1日 (月)

コミュニティ論

今宵、例の食品廃棄物の横流し問題で、ある消費者問題研究の権威がうんちくを述べていた。


どうやら…廃棄物処理を委託した本家の確認作業が十分でないという主張であった。


事実、あるメーカーは廃棄する食品を二人で全てチェックしながら、廃棄物を袋から出して処理業者に引き渡すという映像が流れた。


「これが本来あるべき姿です」
と解説していた。

それをみて唸ってしまった。


「ならば…あなたは自分の廃棄物(つまり…あれです)を責任を持ってチェックしているか?」
と問いたい。


みんな…イヤなことは金で済ませたいのだ。

自分で肥(こえ)をかえることが厭だから、お金を払って処理を任せているのだ。
それが大勢になってきたから、行政で税金を使って処理するようになってきたのだ。


みんなでお金を出し合って、何かを頼むようになると、少しでも安いところに頼むのが必然である。

そこで…ズルい連中が闊歩するようになる。

お金で済ませるとうことは、「後は任せるわね」という構造だから、人は見て見ぬふりをするのである。

この時点で、人は自分の責任を放棄…転嫁している。

ズルい人間は周囲にいたはずだ。

誰にも記憶があるだろう。

どうしようもないが、そうである。

楽をしていいことをしよう…という人間が…残念ながら存在している。

色んなところに入り込んでいて、駆除することは困難だ。


さて、人間のイヤな部分にお金を払ってしまうと、何かがあったら、その人のせいにしようという…人間の弱い気持ちがある。

…コミュニティは、こんな人の弱さの中で成り立っている。

それを忘れて、他人に目くじらを立てても仕方がない。

それこそ、そういう輩の思うつぼだ。


自分がどれだけ楽をして、汚いものから目をそむけてきたかを、まず反省してから考えるべきだ。


そうすれば…自分の原罪におののく…だろう。

そういう人が一人でも多く残っていることを望む。


もう ボクには そんな気力がないから。


 

  

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