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2016年5月

2016年5月31日 (火)

爪を研ぐ

気がつけば…一週間も更新していなかった。

書くことは色々あったのだが、「どうでもいい」という気持であった。


還暦退職のみんなと遊び呆けた。

「ヤブ山!再就職なんかしないで、このままずっと遊んで暮らそう」
という意見が大半であった。

でも彼らのように遊んでいる経済事情ではない。
それにしても面倒だ。
再就職先で使い物になるかどうかも分からぬ。


この二月間を…充電期間という輩もいるが…『放電』の日々であった。

充電する奴らの気がしれぬ。
よほど今まですることがなかった輩だろう。


頑張った人にはエネルギーが溜まっているので、放電しないと弾けてしまうのだ。


酒をよく呑んだ。

さすがに朝は呑まなかったが、昼も夜も、平日も休日も…頑張った。


全てのエネルギーは放出した。

あとは…毎晩飲むだけである。

おしまい。


2016年5月23日 (月)

70.yard par3

この空間はボクが開墾した。
左側の木をどう切ろうかと思案しているが、まだpar3のまま置いている。


001

 
 
ゴルフは20年以上前にやめた。
金もないし、気持よく飛ばなくなった。

家の前には芝生を張り、パターの練習やアプローチも頑張ったが、
『自分にセンスはない』と勝手に悟ってしまった。


この空間はかつては畑であったが、母が独り暮らしになった頃に草ボーボーになった。
ボクが小さい頃には貴重な畑であったのだが、見るも無残な荒れ地になり変わっていた。

数年前に帰った頃、ここを蘇らそうと思い立って、『開墾畑~人力』というカテゴリーを造った。
何度も気が萎えたが、草刈り機を振り回して今日の状態まで戻した。


002


これは夏に植え替える深ネギの苗である。
もう少し伸びたら、畑を深く掘って植え替え…いろいろ手を掛けると…根元が真っ白な白ネギになる。

あの鬼嫁が褒めてくれる白ネギである。

「これは苗床である。ぜったいに とるな!!」
り言い聞かせている。

でもあてにはならぬ。
ワケギと細ネギの違いが分からぬやつと話をしたくもない。
大事にじっと育てるのだ。

さて、開墾畑にはサトイモも植えている。
なかなか芽を出してくれない。
ところが、ちょっと出た芽は…とても小さい。

003


 
 
 
サトイモは水を欲しがる。
田んぼに植えたらいいぐらいだ。

deru deru megaderu

という小学校時代のローマ字の呪文?を唱えながら水をかけている。

あとは…この夏に向けたエダマメだ。

004


 
 
 

エダマメは、大豆の早生である。
放置すれば大豆になるのだが、酒呑みは待ってはいられない。


「おおきくなあれ おいしくなあれ…」
と楽しみにしている。


開墾畑は気を抜いたらすぐに草が茂る。
笹の根も地下で生きているようだ。


サンドウエッジかAwで軽く打てばいい距離を…ずっと草を刈り続けた。
ようやくこの時期でもお見せできるようになった。
ホントに…継続は力なり…である。


草刈りは大変だが、刈った後の達成感と爽快感は優れものである。

とにかく美しい。

 
 
 

2016年5月20日 (金)

天罰との闘い

ムカデの腫れもだいぶ落ち着いてきた。

正義の味方は、ゴジラやガメラのように傷ついた体をじっと休ませるのだ。
隠れて酒を飲んではいけない。
正々堂々と呑みながら、じっと復活まで臥薪嘗胆するのだ。


ようやく腫れもおさまって来たので、畑仕事に出た。
ホントは田んぼをやりたいのだが、中途半端な状態なので仕方がない。

その後、気になっていた家の周りの木を切った。


すっきりしたので、昼にビールを呑んでしまった。
鬼嫁がいない隙を狙って呑んだのだが、丁度買い物から帰ってきてしまった。

隠せないのでそのまま悠然?と呑んでいたら、こう言われた。

「あなたは ばちが あたる トイウコトオ マダ サトッテイナイ ノデスカ? ヒョットシテ ニンチショウ ニ ナッタノデスカ? ワタシハ シリマセンヨ ジブンノ コトデスヨ!」
と、他国語で叫んでいた。

その意味がよく分からなかったので、残りをグイグイ呑んだ。

言語学は単位を取ったが、こんな言語には出会ったことがない。


ついでに人類学も履修したが、こんな女がいることも学ばなかった。


タイトルと符合しないが、仕方がない。 
 
 
 
 
 


2016年5月19日 (木)

天罰 か 身代わりか?

大谷川から十方山への遡及は水だらけであった。
登山靴の中も…当然ぐちゃぐちゃである。

したがって家に帰ると倉庫の中にとりあえず放置した。
翌日は雨だったので継続放置。

火曜日になると天気が回復したので家の前の階段に干した。

昼まで畑の草を抜いた。
とても疲れた。
喉も乾いた。
したがってビールを呑んだ。
大変美味であった。


それを見た鬼嫁が、
「あんた!バチが当たるよ!平日には呑まない!…と言ったでしょうが!!!」
とえらく怒った。

ボクは冷静に答弁した。
「5月になってそう宣言した記憶はあるが、6月からの再就職まで残り少ない。昼に呑むのは今しかないのだ」

「もう~!知らんよ!」


鬼嫁ランチを食して少し昼寝をした。
鬼嫁も『ゴーゴー』と寝息?をたてている。

ボクは昼からの仕事の前に登山靴を掃除しようと思い立った。

干していた登山靴を裏返して、手を入れて靴底をゴシゴシあらう。
立派な山屋である。

異変は、片方の靴に手を入れた時である。

指の根元に…『ギューーー!』という痛みが走った。
目が覚めた。

あわてて手を引き抜くと、靴底に黒い紐のようなものが見えた。


ムカデ!である。


見る間に左手の親指付近が腫れてきた。
あわてて靴を石に打ちつけたら…大きなムカデが出てきた。
逃げるムカデを追いかけて、思い切り踏んづけて潰した。


なんだか左手が痒くなってきた。
手は腫れてきたし、肘付近まで痒い。


登山靴を片づけていると、左手がモリモリ?と腫れてきた。
家に戻るなり、鬼嫁に病院に行くことを告げた。


…その車中の会話である。

「痛い!できるだけ飛ばせ!」
「病院の午後は2時半からよ!」

「死ぬかもしれん」
「………」

「まだか?」
「………」

「まだか?」
「ここが開いているわ」


医者は、接眼カメラで傷口や腫れ具合をカメラにおさめた。
「かなりひどいようですが、ホントにムカデでししたか?」
「間違いありません!!!!!」


薬局で薬をもらった。
その帰りの車中である。


「バチが当たったのよ!平日には呑まない…と言ったでしょ!バチが当たったのよ!」

ボクはムカデの毒のために意識が薄れかけていたが、こう告知した。


「おまえが 噛まれるよりは ボクガ カマレタノダ  ボクハ オマエノ ミガワリトナッテ アノヨヘ イクノダ!」

「ふん!」

…まさに鬼であった。


どうしてここまで冷徹になれるのだろうか?

★追補
噛まれたのが17日昼。
その日に病院で薬を数種類もらったが、翌日になると…左手はまさにグローブ状態。
さすがに再び病院を尋ねました。
昨夜は某所で飲み会。
仲居さんに氷を所望し、左手を冷やしながら呑んでいたら…氷袋をズボンにひっくり返してしまった。
まるで…おもらし…であった。
その後、乾かぬまま帰宅した。
ボクは枝葉まで説明をしたが、鬼嫁は軽蔑のまなざしであった。
「私しゃ~ 何があっても 知らんからね!!」

ボクは全てにおいて無実であり、いけにえであり、事故の当事者なのだ。
なにも悪いこともしていない。
世の中の全ての罪を一身に受けているのだろう。


★再追補
書きたくはないが、今晩までパソコンを打てなかった。
噛まれた翌日になると、左手はグローブのように腫れあがった。
晩酌を控え目にしたからかもしれない。
こうなるのなら、もっと呑めばよかったと心の奥で思った。
でもあまりに腫れ方がひどいので再び病院を尋ねた。
ボクは医師に問うた。
「ホルモン剤が合わないのでしょうか?こんなになりました!」
医者はボクの左手のグローブを眺めながら答えた。
「副腎質ホルモン剤ではこういう症状になりません…かなりひどいですがもう少し様子を見ましょう」

その夜、記事にあるように左手にグローブを抱えて呑みに行った。

そして今晩、グローブはようやく軍手ぐらいになって来た。

色は変わらないが、急にしぼんできた。
死ぬ直前かもしれない。
…遺書になるかもしれぬ。ボクは世の人たちの身代わりになるのかもしれない。

 

2016年5月16日 (月)

十方山(広島県:大谷川から論所へ:ヤブ山突撃隊)

ボクの退職を記念しての突撃である。

最近はずっとY代表とぼっちさんと一緒なので、(二人には不本意?であろうが)、ヤブ山突撃隊は5人で構成されている。

今回、Y代表が計画してくれたのは、「十方山を大谷川から這い上がろう」という還暦を過ぎた爺さんにはやや無謀に近い突撃であった。
おまけに右足首のねん挫が完治していないので、みんなが「大丈夫?」と心配?してくれた。

そこで、全身の筋肉を?バイオギアで締め付けて、右足首にサポーター、そして腰椎ベルトも装着することにした。
まるでサイボーグである。


地理院の電子地図を何度も見ながら、『西中国山地』や『西中国山地の沢』、山歩きさんのHPを参考にしながら稜線の登山道まで這い上がるルートを頭に叩き込む。

さて当日。ぼっちさんを拾って吉和を目指した。
ほどなくT隊長とIクマ対策特殊部隊長が現れ、Y代表も合流した。


瀬戸滝登山口を過ぎて、「そろそろ大谷川だけど…」とY代表が周囲を見ていると、路肩で沢登りのグループが準備していた。

「ここが大谷川ですか?」
「そうです」
…ということで準備開始。


沢グループは男女2人ずつの4人パーティーで、どうやら女性二人を男二人がアシストする様子であった。

グループが先に沢に入って行ったが、ボクたちは、
「わしらは こういうスタイルだからね」
と巻き道にとりかかった。


大谷川(おおたにごう)の沢は大きく、きれいであった。

踏み跡は所々消えているので、何度も沢に降りたり高巻き道を探しながら遡及した。

イシノ小屋跡の初めの分岐まで1時間。
明確な分岐(谷の出合)であり、出合地点にちょっとした平坦地はあるが、西中国山地に記されているイシノ小屋の痕跡はなかった。

H28515_004
 
 

それにしても素晴らしい渓流である。
やがて『くぐり岩』が見えてきた。

H28515_006


沢の真ん中に鎮座しているので、くぐって抜けた。
このところ雨が多いので水量も豊富だ。
濡れた岩が多く、我々の登山靴では滑りやすかった。
でも雰囲気がいい。
T隊長とIクマ対策特殊部隊長の後ろ姿がカッコ良かった。


H28515_009


途中、こんな可愛いケルンもあった。


H28515_012


ボクたちが休んでいると沢グループが特に声もかけずに追い越していった。
彼らは休憩を取らないのだろうか。
ボクたちは何度も休憩を取りながら、周囲の景色を見渡しては、
「ええのう…やっぱり西中国山地じゃのう」
と自然を満喫するのでありました。


H28515_014


 
 


やがて滝が見えてきた。
本流には小滝があり、左の懸崖の上から迫力のある滝がしぶきをあげていた。


H28515_025

暫く眺めた後、本流を滝を超えようとしたら、ホールドがなく滑りやすい岩だった。
高巻きルートを探してみたが、どうやら困難である。

ぼっちさんが、「出しますか!」とザックからロープやシリング、カラビナ一式を取りだした。
彼とY代表は沢登りもするので、沢コースの時はいつも準備してくれている。
ヘルメットを装着したぼっちさんに、「頑張ってね」とボクたちは高みの見物。
空身でスイスイと登って、安全確保の後、ロープを降ろしてくれた。


H28515_029

3人は、
「ぼっちさん!ありがとうございました!」
「Y代表!ありがとうございました!」
と頭を垂れて乗り越えることができたのでありました。


写真で見ると高度感がないが、見るからに危険な岩であった。
上からの写真はつぎのとおり。


H28515_031


 

ゴルジュっぽい所が多いので、高巻きできずに沢を歩くようになった。
やがて次の滝が現れた。


H28515_034


 


 
これも手強かったが、写真の右側の溝をロープなしで這い上がることができた。

このあたりで、「もう引き返せないね。今日の沢の状況だと下りは危険すぎる」と話し合った。
次の分岐に着いた。
「ここが最後の左谷だろうね」

「西中国山地に書いてあった…『三本の杉』が見当たらないなぁ…」
「だいぶ様子が変ったのかなぁ…」
と会話を交わす。


H28515_037


 
 
休んでいると沢グループが再び追いついてきた。
少し声をかけたが、そのまま休まずに上がって行った。

「ホントに休まないね。まるで剣岳の『点の記』みたいだね。どっちが国土地理院かな?」
「装備は違うけど、まぁ~事故もなく早く上がった方だろうね…」
…などとほざいたのでありました。


この分岐から先には滝はないと思っていたが、しばらく上がってみると数メートルの「滑滝」があった。
沢グループはロープを出して確保の準備をしていた。
我々は巻き道のめぼしがついたので、さっさと高巻きで超えた。


H28515_040


 
 
ここから源流域になったが、まだまだ勾配がある。
H28515_043


いよいよ笹ヤブである。


H28515_044


 

10歩歩いては立ったまま休む。
何度も何度もこれを繰り返した。
途中で現在地を確認してみるとかなり西寄りになっていた。
鞍部の『論所』を予定していたのだが、三角点の方にかなり寄っている。

でもササ藪の中で急に方向は変えられないし、すぐ上には稜線が見える。

ところが、地図どおり稜線上はなだらかでいくらもがいても縦走路に飛び出さない。
とうとうボクは気力体力が落ちてきた。
4人が漕いでいる笹の動きを必死で追っていると、
「お~い!着いたぞ!」
という声が聞こえた。

泥と煤に汚れた5人が縦走路にへたり込んでいると、20人以上のグループが山頂方面から下って来た。
「こっちは内黒峠ですよね?」
と聞かれたので、
「はい、そうですが」

「那須からですか?」
「いえ…こっちからです」
と目の前のササ藪を指差した。


H28515_046

 
 
 
山頂方向に歩き出すと、すぐに三角点の広場に出た。
ガスと風が冷たかった。


H28515_047


 
 


 
あわててヤッケを着こんでそのまま瀬戸滝への登山道を下る。
ボクの足は悲鳴を上げていたが、どうやら他の4人もこたえているようだ。

「もうダメ!膝が笑う…」
「沢グループはちゃんと上がれたかのう?」

「おっさん二人はどうでもいいけど、女性軍、特に若い方のお姉ちゃんは最後のヤブは辛かったろうに…無事に上がったかのう?」
「ここで待ってみる?」

「この登山道の下りで追い越されたら…笑い者だぞ!」
と弱音ははきながらも、余計な?プライドを保ちながら瀬戸滝登山口に降り立った。


久しぶりの突撃はホントに堪えた。
なんとか右足首は持ちこたえてくれたが、気力・体力・筋力は確実に低下していた。

もう少し鍛え直さないとみんなに後れを取ってしまいそうだ。

6月から再就職なので、心を入れ替えて精進します。


参考までにトラック図をどうぞ。
登り5時間。下り2時間程度でした。


H28515


 
 


 
いい所です。
最後のヤブ漕ぎはいつものとおりですが、それまでの渓谷は素晴らしいですよ。

おしまい!


2016年5月15日 (日)

十方山(広島県:大谷川から論所を目指して:速報版)

何とか帰還できた。

足首も腰もヘロヘロ状態である。

ヤブ山突撃隊(5人になっている。今やY代表とぼっちさんは欠かせない存在である)で突撃した。


立岩ダムの大谷川から沢沿いに頑張った。

一か所だけ、ぼっちさんからロープを出してもらって乗り越えた。

今日は死にそうなので写真を数枚乗せておく。


H28515_009


 
 
 
 
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要は、立岩ダムから大谷川沿いに這い上がった。


参った、参った、心身ともに疲れはてた。

 
 
 

2016年5月14日 (土)

今日も頑張った

下の田んぼの畦板を換えた。

ホントはその前に家の裏の土手を刈った。
鬼嫁が洗濯物を干す前に刈ったのだ。
ナイロンカッターで刈るので、それが洗濯物かからないようにするという…大変思慮深い行為である。


波板を換えている途中、家に戻って冷たいものを呑んでいる時に、鬼嫁に問うた。

「わしが 洗濯物を慮って 朝一番に裏の土手を刈ったのが分かるか?」

鬼嫁の返事はこうであった。

「分かりましたよ!明日、遊びに行くから頑張ったんでしょ!」
…まことにつれない返事であった。

まさに鬼である。
他人の努力を評価しようとしない…ケダモノだろう。


ボクは静かにガリガリ君をかじって、残りの仕事に精を出した。

そして、ボクは疲れるたびに裏山を眺めながら…「あした 天気になりますように!」
と、真摯な気持ちで手を合わせたのでありました。


おしまい。


2016年5月13日 (金)

腰が痛い

今日は一日中、田んぼで畔の波板の取替えをした。


もぐら(ウグゴ)が掘った穴がひどくて水漏れを起こしていたのだ。


畔道は穴だらけでフワフワする。


古い波板をはがして穴をふさぐ。


何とか張り終えたが、腰が痛くてたまらぬ。

日曜日は突撃なので、明日は静養しよう。


2016年5月11日 (水)

兵馬俑

鬼嫁のリクエストで福岡まで行った。


九州国立博物館で開催されている「始皇帝~兵馬俑」の鑑賞である。


往復5時間。鑑賞1時間。


とにかく疲れた。


 

2016年5月10日 (火)

沈殿しながら思ったこと

雨続きである。
この時期の雨はいやだ。
冷たいし、輝かないし、重たい。
イヤだ、イヤだ。


ところが、カエル達は4月の初めごろから『ゲロゴロ』鳴いている。
水たまりはできないのに、気の早いやつらが子づくりに励むのだろうか。


さて、今日は5月の中旬だ。
我が家の代かきは2週間後である。


でも、この雨と雰囲気で一気に蛙たちが鳴き出した。


「まだ早いんだけど…」
とつぶやいても、田んぼは『ゲロゲロこーる』がこだましている。

「ちょっと違いますよ」
と小声で注げながら母屋に帰った。


 
 

2016年5月 9日 (月)

何をやっても時間が足らぬ

退職したのでいくらでも時間がある…はずである。
十分あるはずだ。


ギターのラグタイムを完璧に反復練習して以前の状態に戻し、家の周囲の雑木を倒伏・剪定し、倉庫を完全にカスタマイズする予定であった。


鬼嫁にすれば、
「あなたの 性格からして 絶対に無理…だと思っておりました!」
らしい。


もう40日経ってしまった。
あと20日で再出勤が始まる。


どれも不全状態である。
完全なものはない。


二ヶ月がこれほど短いものとは思いもよらなかった。
何もできない。
準備体操をしたら…おしまいである。

草刈りだけはみんなに褒めてもらえそうだが、それ以外はダメだ。


とはいえ、昨日は金毘羅社の春の例祭を無事終えることができた。
直会は…いわんをよや!である。

Y代表から…「5月中に突撃しましょう」というメールがあった。
「足の調子はどうですか?」
と書いてあったので、「大丈夫!」と返信しておいたが、自信がない。


昼からスポーツ店に出かけて…『足首用のサポーター』を購入した。
若いおねえさんによると、
「これを巻いておけば…ねん挫は防げると思いますよ」
らしい。


家に帰って、サポーターを巻く練習をしていると、鬼嫁の宣告があった。

「こねえぇに高いものを……どこに行くのかね?!」

「ヤブ山…」


たぶんT隊長もIクマ特殊部隊長も都合がつくだろうから…ぼっちさんは 参加しましょうね。


(追伸)
読み返してみたらブログを二日書いていなかった。
昨日は、地元の社の例祭、その後直会で呑みつぶれてしまった。
一昨日はよく分からない。準備はあったが、雨も降っていたので忘れた。
今日の曜日も定かではない。
色々心情を書こうと思うが、晩酌だけで撃沈してしまう。
それにしても、むかし弾きこなしていたラグタイムがグチャグチャである。
どうにか譜面を取り出して記憶がよみがえってきたが、左右の指が他人になっていた。
ボクの頭と指と声をとりしきる…指揮者がいない。

2016年5月 6日 (金)

時間のLHWEについて

いちごを食べまくった孫が帰って行った。

ちょうど収穫時期を迎えていたので、孫は大喜びだったが、爺には気に食わない。


もっと負荷をかけて気合を入れてやろうと思っていたのだが、すぐに諦める。
それは小生とわが子である父親に似ているのだが、それを超えさせようと思ったバカ爺になってしまった。


それはさておき、この一月の間で、あるラグタイムを完全マスターしようと計画していた。

ところが、どうにもいかない。
孫の諦めと一緒である。
できないと悟ったら、すぐにグズって投げ出してしまう。
…鬼嫁の苛立ちとほぼ同一レベルである。


原因は分かっている。
ボクは力が強いので、全てを同じ力で押さえたり、弾いてしまうので、リズムや演奏の支障が生じてしまうのだ。


分かっているのに…できない。
これが才能というのかもしれないが、それ以前のバカなのかもしれない。

悲しいなぁ…。


2016年5月 4日 (水)

百姓三昧

雨は上がったが、依然として風が強い。


べど病にやられた晩生のタマネギに農薬をまいた。
タマネギにははじめての農薬散布である。
ちょっと遅すぎた。
もう少しで収穫なのだが、どうやら雲行きは悪そうだ。


隣のジャガイモは強風で少し倒れかかっている。
ちらほらと花も咲きかけていた。
最後の肥料をやって土寄せをした。


それからは草刈り三昧だ。
日曜日に社の春祭りがあるので、参道を再度刈った。


それから70ヤードPAR3の復元だ。


新しい草刈り機は燃費が良すぎる。
まだ5月だというのに、人間の方が先にガス欠となる。


なんども家に戻って休んだ。

お茶とジュースとビール…のハイブリッドにしたが、すぐに気力が失せる。

昼にもビールを補充してハイブリッドの配分を変えてみたが、ますます燃費が悪くなった。

明日は孫が帰ってくるので、イチゴの具合をチェックして…おしまいにした。

疲れた。


 
 


2016年5月 3日 (火)

気がつけば5月

草刈り、晩酌、兄家族の帰省と大変であった。
そもそもボクは次男であるので、どこに飛んで行ってもいいのだが、兄家族が帰ってくるので鬼嫁には大変らしい。


兄はそんなことは分かっている。

ボクもそれが分かっているので、会話は短い。


今回は下の姪も一緒に帰って来たので、酔いついでに田舎と都会の暮らしについて教えてやった。

「おじちゃんは…何を考えているの?」
と至極真面目な質問が来た。


「おじちゃんはね…この山を…生きているうちに…巨木の森に…戻すのだよ」
と真面目に応えた。

「どうやるの?」

「頑張るだけ…。あの木を残して、あの木を切ろうと…毎晩、考えているのだ」

「ふ~ん」

「ははは…ワカリマスカ?」

「トトロの 森 みたいね」

「ソウデス! ソウヤロウト オモッテ イルノデスヨ オジサンハ!」

「スキニ イキテ…いい感じ!」

「ソウナノデス! えかろう?!」


…という、ヤブ山おじさんと姪っ子の会話でありました。


 
 
 

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