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2017年3月31日 (金)

書くかぁ…

いろいろ仕事や家のことで少し忙しかった。
書こうと思えば書けたのだが、みなさんと一緒で…たぶん書く気がしないのだ。

でも気を取り直して書いておこう。


まず籠池劇場と国会の話。

ボクの感覚からいえば、政治家にはつきものの構図のこと。
官僚たちは政治がらみの話には敏感で、これを処理するときには最大限の注意を払う。
ダメなものはだめだし、できるものはできる。
それをやっただけだろう。

だから、土地処分の問題や、夫人付きの職員の手紙やメールをいくら攻めても無駄である。
だって、彼らはそんな悪事を働こうとは思っていない。
その上層部を攻めても無駄である。
完全犯罪が成立している(つまりきちんとした手続きを踏んでいる)し、『悪魔の証明』状態になっているから、これ以上なにをやっても無駄である。
これを攻める人たちは、大人ではないと思う。
いくら裁判になっても証拠がでない。
状況証拠もない。
だれがどうしようとしたかも分からない。
詮索するだけ無駄な事件だと思う。

その2.
裁判官の話である。


ある原発の再稼働の判決について、原告側やマスコミが、
「再稼働を容認!」
と騒いでいた。

これはおかしな話だ。

だいいち、裁判官には国に重要な決定を任されてはいない。
かれらに国を左右する権限も能力もない。

せいぜい…訴えに対しての裁決を下せるだけの職種である。
その職の人間に対して、「原発の是非を決定権はない」のだ。
そのことを肝に銘じるべきだ。
決定権は国民にだけ与えられている。
それを忘れてはならない。


その3.
政治家と有権者のこと。

立候補するには、三つのかばんが必要になる。
金と地盤と候補者本人がいる。

このためには何かを犠牲にしなければならない。
支援者や自分の理想を捨てる必要がある。
それがイヤならならなければいい。
やりたいひとはやったらいい。
それでもやりたいなら、それを公言すればいい。


普通の大人ならば、「大人の事情」は分かっている。
その事情を暴くのがマスコミの使命のようであるから、それを前もって公言した方がいい。

世の中に、「善人」は存在しえないのだから、それを堂々と公言すればいい。

ボクは、小池都知事が嫌いだ。

彼女はマキャべリストで、ポピュリズムをまとって人々を騙している。
石原元知事は責任を取らされる状況に攻め込まれているが、いわば天然ぼけに近い。
彼に悪気はないが、彼女には企みがある。
それがぷんぷん匂ってくるから、反吐が出るほど嫌いである。

人間には纏わりつく匂いがある。
それは振り払っても振り払っても拭いきれない。
自分の中身を変えない限りつきまとう悪霊のようなものだ。


人のために頑張る人は…そんなに胸を張って言葉を吐かない。

…他人の悪口はみっともないので、もうやめる。


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