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2017年5月31日 (水)

久住山珍行記

鬼嫁が、
「ミヤマキリシマ の 花が咲いているのが 見てみたい!」
とおっしゃるので、初めてこの時期に久住に行った。

現役時代には、繁忙期であり、我が家の田植え時期と重なっているので、絶対に無理だったが、再就職なので思いきって出かけた。

日曜日、久住山の吉部地区の大船山林道から登山スタート。

朝7時だというのに、民間駐車場の管理人さんが300円を集めていた。車もすでに10台以上停まっていた。

今回は、吉部~坊がつる~大船山~北大船山~大戸越え~平治岳~北尾根経由で吉部に戻るという周回コースを設定した。

ミヤマキリシマの鑑賞とともに、きちんと山頂を踏んでいない大船山と平治岳を登っておこうというものだ。

鬼嫁の体力と平治岳の北尾根の道に不安はあったが、7時間あれば大丈夫だろうと思って、朝7時にスタートした。

坊がつるまで気持ち良いアプローチが続き、色とりどりのテント場を抜けて段原まで一気に上がった。

三俣山にも所々群落が見えたが、大船山一帯はやっと咲き始めたようだ。段原にリュックをデポして山頂までピストン。
天気は快晴で、素晴らしい展望が広がっていた。
久住は何度も来ているが、ほとんどガスがかかっていたので、大船山からの展望がこれほど素晴らしいとは思わなかった。


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北大船山経由で大戸越えのルートは思った以上に明瞭で、平治岳の南斜面のミヤマキリシマは満開まじかの美しさだった。


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大戸越えから平治岳の登りにかかった頃になると、鬼嫁の足取りがやや重くなってきた。
山頂で一休みして、いよいよ北尾根の道を下り始めた。


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登山道はすぐに荒れはじめて、急こう配の中をズルズルと下る羽目になった。
今まで多かった登山者がぱったりと途絶え、途中、一組の学生グループとすれ違っただけだ。

森も灌木だらけで全く面白くない。
しかも足場が悪く、ガレ場も多い。
途中、木の少ない平地に出たが、すぐに深い谷に入った。

ここで進路を阻まれた。
一帯は崖で、唯一踏み跡が残っていた箇所は大岩が崩れ落ちて、古いお助けロープが下がっていたが、崩落が激しく下まで届いていない。しかもほぼ垂直。

学生たちとすれ違っているので、どこかに巻き道があるはずだと周囲を探ってみたが、それらしきものは見つからない。

仕方がないので、もう一度平地のところまで登り返したら、偶然、男2人、女3人のグループが下りてきた。

彼らは大分市内の愛好家で、
「このルートは初めて下るが、途中、はしごがあるという報告を読んだことがある。ここまでトラバース道はなかった…」
と言うので、一緒に現場まで戻った。

よく見ると、お助けロープの上につぶれたはしごがあった。
大岩が落ちた時に崩れながら押し潰されたのだろう。

男三人で踏み跡やルート探しをしたが、やっぱりボクが下りかけたルートしかないようだ。
滑落は防げそうだが、鬼嫁が怖がって立ち尽くした所だ。

山慣れた男が、
「ちょっと下りてみます」
と言って木を掴みながらゆっくり降りはじめた。

「ああ…ここは少し足が届かないけど…大丈夫みたいですよ」
と下の方から声がした。

その人の指示を受けながら女三人もそろりそろりと下りることができた。
鬼嫁に、
「あのおばちゃんたちが降りたのだから…行こうか。それとも平治岳まで戻る?」
鬼嫁は絶望的な顔をしてため息をついた。

ボクが先に下りて、下から確保点を指示する。割とスムースに降りてきたが、やっぱり足が届かないところで固まってしまった。

「40~50㎝だから、腹這い姿勢のまま…ずり落ちてこい」
ボクは両手でしっかりとした枝を掴んで、ズルズルと滑ってきた重い鬼嫁を受け止めた。

鬼嫁は礼も言わずに、
「あ~怖かった!」
と深呼吸をしていた。

見守っていた男二人に礼を言って、7人で長い下りに辟易しながらようやく林道に降り立った。

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林道脇には大きな立て看板があった。
「地震による登山道崩落のため立ち入り禁止」
とある。

男3人は、
「山頂にも立てておかないとなぁ…」
としみじみ語った。

そこから吉部の駐車場までが意外に長かった。
大分のグループに改めて礼を言って車に行こうとしたら、一人の軽装の中年男がウロウロしている。

変な奴だなと思いながら、通り過ぎようとしたら、
「チョジャバル チョジャバル…」
と語りかけてくる。

韓国人か中国人のようだ。
一枚の紙切れを見せながら、相変わらず、
「チョジャバル チョジャバル」
と必死で語りかけてくる。

ハングル文字であった。
7人で話しあったところ、
「ここは長者原なのか?と聞いているのだろう。たぶん団体登山ではぐれてしまって、坊がつるから雨が池方面に行くところで間違えてこちらに降りてしまったのだろう」
という結論に至った。

「Do you want goto Choujyabaru?」
怪しい片言英語で話しかけてみたが、おじさんは、
「チョジャバル チョジャバル」
としか言わない。
こちらの英語がダメなのか、おじさんが全く英語が分からないのだろうか?

後ろの山を指して、
「Choujyabaru is over there!」
と語りかけ、
「That is my car. Come on! I bring you to チョジャバル!」
と、車を指さして伝えた。

「アリガトゴザマス」
と立派な日本語の返事が返ってきた。

それから長者原まで10分もかからなかったが、韓国人のおっさんは、結局、
「チョジャバル」と「アリガトゴザマス」
しか言えなかった。

途中、スマホが通じるようになったので、おじさんのメモから添乗員に電話をした。
おじさんはすごい勢いで何やら怒鳴っていたが、電話が切れたようだ。

そうこうしているうちに長者原の駐車場に着いた。
ハングル語表示のバスが遠めに見えた。
「Bus!  Bus!」
とおじさんに告げた。

おじさんは身を乗り出しながらバスを見つけた途端、涙目になって、リュックから財布を取り出していた。
「No no!」
と言って、おじさんをバスの運転手に引き渡した。


これにて一件落着…のはずであった。

日本の運転手さんに顛末を話しながら、
「ひょっとして…本隊はまだなのですか?」
「そうなんです。ここに降りてくるはずなんですが…」
「ガイドはついているんでしょ?」

「それが添乗員だけで、ここは初めてと言っていたし、下見もしていないようなんです」
「ここに降りるのなら、雨ケ池経由になりますが…まだですか」
「あいつ(添乗員)は、この間も違う山でコースを間違えたからな…」

…という恐ろしい会話になった。

とりあえず、騒動に巻き込まれたくなかったので、『チョジャバルおじさん』と握手をして別れた。

再び泊まった宿の温泉で汗を流した。
長湯の鬼嫁を待っている間に、フロントのおじさんに顛末を話した。

聞くところによると、久住山系には韓国人ツアーが爆発的に増えているそうだ。
しかも軽装でしばしば遭難騒ぎが起こっているらしい。


そうこうするうちに、ボクのスマホに着信。
さっきかけた韓国人ツアーの添乗員からの返信である。
無事に合流したという電話だろうと思った。


「もしもし?」
「モシモシ ニホンジンノカタデスカ?」

「そうです。さっき、はぐれた人を長者原に送っておきました。長者原に着きましたか?」
「エ~ト…ココガ ドコナノカ ワカリマセン…」


…思った通り、最悪の展開になってきた。


「トチュウデ 雨 トユウ カンジガアル フルイ カンバンガアリマシタ」

そういえば、吉部ルートの途中に『暮雨の滝』があった。

「いまいる所はどんな所ですか?」
「チュウシャジョウ ノ ヨウデス」

「駐車場ですか? 舗装されていますか?」
「ホソウ? キガ タクサンアリマス」

どうやら…吉部登山口の駐車場に違いない。
やっぱり、本隊も吉部に降りたようだ。

「それで、どうしますか?」
「サッキ ウンテンシュニ バスオ マワスヨウニ イイマシタ」

「では 大丈夫なんですね?」
「タブン ダイジョウブデス。カレハ ドウシマシタカ?」

「長者原でバスに乗せました!」
「ノッタノデスネ  ワカリマシタ!」

…という会話だった。


フロントのおじさんの話では、「雨」が付く地名は、この一帯では、「雨ケ池」と「暮雨の滝」しかないそうだ。
「長者原に戻ってこないということは、「暮雨の滝」経由で吉部に降りたのでしょう」

どこに降りたかわからなければ、バスの運転手さんはどうしようもないはずだが、さっきボクが吉部登山口の話をしておいたので、「ピン!」と来たのだろう。

フロントのおじさんによると、最近の韓国からのツアーは、ガイドも雇わず、軽装で、登山経験の少ない添乗員だけで案内するため、色々なトラブルが発生しているそうだ。

それにしても、『チョジャバルおじさん』は、「アリガトゴザマス」が言えたのに、
通訳兼添乗員は、あれだけ日本語がしゃべることができるくせに、
「アリガトウ ゴザイマス」
は知らなかったようだ。


山口への帰路、九重山の遭難ニュースが流れないか心配だった。

でも、数日たった今でも遭難ニュースはない。

ついでに、添乗員やツアー会社からも何の連絡もない。


おしまい。

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コメント

韓国人の山行スタイルがよくわかるドタバタ騒ぎでしたね。
韓国の山では地図なしは普通。自分が磁石を首にぶら下げていたら、
羅針盤をもっていると目を丸くしていた。智異山を縦走したとき雨になり
登山用雨具を着ている人はほとんどいなかった。何百円かの白くて
薄いビニール製。登山路は整備され、案内板も親切な韓国では登山には
親しみやすいが、安易に入山しがちです。でも無事のようでよかった。
そのうえ、何事もケンチャナヨ精神ですからね。
ちなみに僕は10日から慶北清道の仙義山~龍角山を縦走します。

▼周満どの
韓国のことはよくご存じですから、私が申し上げるまでもありませんが、
…ひどかったですね。
まあ入山料がない日本の山なので、観光と一緒なのでしょうか。
慶北清道は中部でしょうか?
ミサイルの標的にならないことをお祈りします。
…韓国の山はハゲ山ばかりですが、岩や石は日本の山と似ていますね。

やぶ山様
 ミサイルに打たれることもなく無事韓国から帰還しました。
慶尚北道の清道郡は釜山から列車で大邱の方に向かって
約1時間のところです。
 闘牛とどじょう鍋が有名だそうで、初日は尼寺である雲門寺に
参拝後、町に帰ってからどじょう鍋(チュオタン)を食べました。
すりつぶしてあるので違和感はありません。山椒とヤンニョムで
味付けして食べます。あっさりとしておいしかったですよ。
 二日目は登山。登山口で挨拶した地元の方から、最近登山客はなく
道はないようだとの忠告を受けました。ガイド本では沢登りでしたが、
道はなく、草やつる類、いばらなどで行けそうもありません。尾根に
上がったら藪もなく主稜線に上がり、仙義山から龍角山を縦走しました。主稜線に出ると案内標識やリボンがありましたが、流石に誰一人
とも会わなかったです。山イチゴが多く自生している山で味見しながらの縦走でした。

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