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2018年12月

2018年12月30日 (日)

年越し準備

地元の金毘羅社では初日の出の接待が恒例行事である。
秋の例祭後に表参道の取付きが一部崩落していた。
今日は元旦の準備の日である。
ボクは忌みがかかっているので神社には立ち入れない。
世話人の皆さんには準備の終了後に参道の手直し普請をお願いしていた。
これまでは下のTさんと息子の三人で作業をしてきたが、今回は大人数である。
ものの2時間できれいに復旧した。
有難い。
5日には新年会があるので、ボクの会長職交代についてお願いするつもりだ。事情を話せば理解が得られるだろう。ここは下のTさんに引き受けてもらうことになるだろう。今後も世話人の一人として協力していこう。
作業終了後、土嚢袋がズレないように打ち込む鋼鉄の丸棒を買いに行ったら、還暦バンドのベース担当のMさんにばったり出会った。
ボクが抜けることになってみんな苦労しているようだ。
申し訳ない。
年が明けたら、練習時のサウンドチェックに行くことになった。

2018年12月28日 (金)

sound of silence

数か月後には出来なくなるであろうことがほぼ確定したので、影響を及ぼす範囲の人たちにボクの身の振り方を伝えた。
慰留されたり、落胆されたりしたが、一晩考え抜いた末の結論である。

これに伴って、3月のアラ還フェスティバルのステージにも立てなくなった。
病院からの帰りの車中、アリスの「ジョニーの子守唄」や斉藤和義の「ずっと好きだった」をかけた。
還暦バンドのステージ用に譜面も用意し、ずっと練習してきた曲である。
ボクも鬼嫁も一言も言葉を交わさず黙ったままだった。

今日はそんなボクを心配したのか、同級生のMHと楽友Hが遊びに来てくれた。
ありがとう。

2018年12月27日 (木)

一時帰宅

三週間ばかり自宅待機。
残すもの、諦めるもの、変えなければいけないもの…などを整理する時間になるんだろうな。

2018年12月25日 (火)

回診

ここは大学病院であるから定期的に毎週一回回診がある。
たぶん院長か学部長だろうと思う。
この日はナースステーションはもちろんのこと医師や研修医はピリピリしている。
そのうち、
「ただ今から回診が行われますので、テレビを消してお待ち下さい」
今では慣れたが、初めて聞いた時は独り笑いをしてしまった。
主治医が患者の前で説明をすると、院長様?は優しいほほ笑みを浮かべながら、
「頑張りましょうね」
とのたまうのである。
ボクは天邪鬼ではあるが、こういう社会で生きてきたジジイである。
ベッドに正座して院長をお迎えし、しっかりとこうべを垂れながら、
「お世話になっています。頑張ります」
と応じるのである。

鬼嫁は二重人格と言うが、大人の礼儀である。

2018年12月24日 (月)

bottom

今宵はクリスマスイブ。
しかし当方は最悪の状況である。
五日間にわたる抗がん剤投与を終えたばかりで吐き気と倦怠感にさいなまれているし、スペシウム光線の照射により皮膚は赤くただれて凄いことになっている。
「これが通常の状態なの?」
と尋ねてみたら、看護師が気の毒そうな顔をして、
「ええ‥頑張って下さいね」
と励ましてくれた。

明日は血液検査。
この結果次第で年末年始を含めた今後一ヶ月の解放につながるんだが‥。
でも生ける屍状態だからなぁ。
おまけに採血担当はno1の順番が回ってくるみたいだしなぁ…。
ホントに今がbottomだろうな。

2018年12月19日 (水)

会話の達人

点滴用の カテーテルを挿入されているので、自分で洗髪ができない。
その日のボクの当番の看護師さんに頼めばやってくれる。
その日の当番が男性看護師でも一緒である。
牢名主であるボクの経験では、
「男性看護師に洗髪を頼むおっさんやジジイはいない」
今日は鬼嫁は各種の手続きのため公共機関周りでやって来ない。
回診時に洗髪を頼んだら、たまたま「NO2」の美人看護師だった。偶然とはおそろしいものだ。
そんな彼女が洗髪しながら、
「午前中だったら若い子が来ていたんですけど」
といたずらっぽく言った。
さあ、ここでボクは何と返事したか?

「あなたより若い人がいるの?」
「あなたが最高!」
というのは最低。

ボクはこう言いました。
「看護師さんは採血が上手いかどうかが決め手ですよー」
…no1看護師は院内に二人いる下手のひとりなのです。
洗髪していたno2の彼女は一瞬手を止めて、
「そっかー」とつぶやいておりました。

2018年12月17日 (月)

夢の続き

主治医からお悔やみの言葉をいただきながら、静脈カテーテルを挿入された。
白血球数が改善されたので再び抗がん剤を投与するという。
放射線治療と並行になるので身体が再び悲鳴をあげるのだろう。
なかなか結末が見えて来ない。
イライラはしないが、死刑囚の精神状態に近いんじゃないかな。

2018年12月16日 (日)

夢の中

63年生きてきて大抵のことは経験したつもりだったが、自分が片足を棺桶に突っ込んだまま母の葬儀の喪主を勤めるとは想像だにしていなかった。
通夜や葬儀そのものはそれなりにこなしたつもりだが、通夜の挨拶の時にこみ上げてくる嗚咽に襲われた。それまで涙が出ていなかったのに突然こみ上げてきた。
たしか母と延命治療について話したことを披露している時だった。
自分の今の状況とオーバーラップして胸がいっぱいになってしまった。
翌日の葬儀の際は割愛したが、母の認知症が軽度なうちに胃ろうや気管切開等について話をしておいたのだ。
それにしてもものすごい二泊三日だった。
先程病院に戻ってきたがさすがに疲れた。

2018年12月13日 (木)

東へ西へ

昨日、母の入院先から容体悪化の連絡。
とりあえず車をぶっ飛ばして病院へ。
少し落ち着いていたので妹に夜の看病を任せて、再び自分の病院に戻った。
翌日は鬼嫁の番にしていたのだが、今朝早くなくなった。
放射線治療を朝一番に繰り上げてもらって、直ちに実家に帰る。
妹と鬼嫁が手配した葬儀社が母を連れて帰っていた。
明日以降の段取りを打ち合わせて、先程戻ってきた。
事情を話したら、明日朝一番で放射線治療を済ませて二泊三日となる外泊許可が出た。
家も病院もみんながボクの治療を最優先に考えている。
それにしてもこの世の不幸を一手に引き受けているような気がしてならない。

2018年12月11日 (火)

後半戦スタート

ウルトラマンのスペシウム光線を浴びてきたのだが、今日からはさらに集中照射になった。
これで効果が芳しくなかったらフランケンシュタインにされてしまうみたいだ。
照射にさらされている皮膚は赤黒くなってただれてきた。
モノを呑み込む時は飛び上がるほど痛いので強烈な痛み止めを処方されている。
喉も渇いて声はかすれてきた。
全て想定内だそうだが、真偽の程は分からない。
こんなことを書いたら悲惨に思われるが、スウェットに着替えてリハビリ室でトレーニングをしていると療法師に間違われるぐらい元気である。
げっそり抜けた髪の毛もかなり生えてきた。
見舞客からも「ホントにどこが悪いの?」と不思議な顔をされる。
こうなったら…ポックリいきたいな。

2018年12月 7日 (金)

みんなガンバレ!

昨日はCT 、今日はMRI検査。
どうやら今後の方針を話し合うための状況分析を行っているようだ。
おそらく月曜日に話し合うことになるだろう。
そんなことを想像していたら、母の入院先から電話がかかってきた。
ボクがここに来る前にのぞいた時にかなり病状が進んでいたし、その後の妹や鬼嫁からの報告も芳しくなかったのでドキドキしながら話を聞いた。案の定…かなり深刻な内容だった。
妹と鬼嫁に任せきりになっているのだが、妹自身も持病を抱えているし、鬼嫁は実父の隔日の通院に加えて新たにボクの見舞いが加わって大忙しである。
正真正銘のヤブ山一族最大のピンチである。


2018年12月 2日 (日)

小春日和

外には青空が広がっている。
風もなさそうだし、山歩きには絶好の日和だろう。
二つの拷問のせいで、白血球が減少して抵抗力が落ちているので外出許可を出してもらえない。
それ以外にもう一つ肝心な不具合があるのだが、黙っておけば傍目にはわからないので、囚人服をスウェットに着替えて施設内を見舞客のような顔をして歩き回っている。
でもそんな勝手な言動も今週一杯か。
決断のときがじわじわと迫ってきている。

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