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2019年1月

2019年1月31日 (木)

不定愁訴

数週間前ぐらいから原因不明のイライラ感のような症状に陥っている。
どこかが痛いのではなくて、体の中がむず痒いような感覚になって、じっとしていられなくなるのだ。
とにかく体を動かしておかないと気がおかしくなりそうなので、仕事中であれば部屋の中をウロウロ歩き回り、車の運転中はパーキングに停めてそこら辺を歩き回らないといけないのだ。
夜中に目が覚めたときは、リビングに行ってラジオ体操をしながら収まるのを待つこともある。

この症状は以前からあったのだが、ごくまれに二日酔いの午後あたりに体がうずうずして落ち着かなくなる程度だった。
ところが、今では毎日のように症状が出てくるので困っている。
ただこの症状はずっと続くのではなくて、いつの間にか…数十分後?には消えてしまうのだが、猛烈に気持ちが悪いので困っている。
主治医との面会は一週間先なので、それまでは我慢するしかない。

そこで、これは最近のことだから…薬の副作用ではないかという推論を立ててみた。
鬼嫁は早速、薬の説明書を片っ端から読み始めた。
現在6~7種類の薬を処方されているが、降圧剤は昔から飲んでいるので、最近病院で処方されたどれかのはずである。
現在の薬の中心は、痛み止めなのだが、その副作用に対して二種類の薬が出されている。
ところが、その薬にも副作用があるらしく、その中に発熱、筋肉痛、不安感などと書いてある薬があったので、「痛み止めの副作用のための薬」だからという素人判断で数日やめてみたが、効果が現われなかった。

このブログを書いているときも途中で症状が現れたので、そのあたりをぐるぐる歩き回って、収まってから続きを書いている有様だ。

「沈着冷静」が売りのボクであったのだが…。


2019年1月29日 (火)

死刑囚のボヤキ〜おまけ

どうも最近、当たり前なことが必要以上に糾弾されているような気がしてならない。
厚生労働省の統計問題だって、企業からは嫌がられ、都庁からは不満を突きつけられ、省内からは軽んじられた挙げ句の対応だったに違いない。
モチベーションの上がらない仕事は面白くない。定期的に異動になるのであれば数年頑張ればいいのだが、世の中そんなに甘くはない。
多分悪意はないだろう。
そんなものだと思うが、詳しい調査をしたり、国会で丁々発止の議論をしているそうだ。
「ゴメンナサイ」でおしまいなんだがなぁ。
ホントにヒマな人がいるものだ。

死刑囚のボヤキⅡ

亡き母の49日の法要が終わった。
墓は家の裏にあるので、法要は自宅だけで済ますことができる。
ボクと妹の一家に加えて、一昨年亡くなった兄の家族たちもかけつけてくれたので、我が家は久しぶりに大賑わいとなった。

静けさを取り戻した我が家で春に向けた準備を開始した。
ひとつは確定申告だ。
特に今回は医療費控除が半端じゃないので、大赤字の農業所得とあわせて申告書の作成にとりかかった。
とりあえず農業関係の費目ごとの整理からスタートする。

こういう作業はすぐに飽きるのでギターに手を伸ばす。
最近は毎日弾いているので、ラグタイムは全盛期の半分ぐらいのレベルにまで戻ったような気がする。

手術後はギター演奏しかできなくなるので、多重録音できるICレコーダーで色々なアレンジ演奏を楽しんでみたい。
昔、カセットレコーダーのコードを抜き差しして録音をしたことがあるが、今では8トラックで多重録音ができるICレコーダーがあるようだ。

ホントは手術前に声を録音しておく予定だったのだが、ボイスレコーダーを探しているうちに音楽用のいいヤツを見つけたのですっかり気が変わってしまった。
スマホにボイスメモという機能があるので、声の録音であればそれだけで十分事足りるはずだ。

多重録音できるのであれば、22才の別れ、あの素晴らしい愛をもう一度…のようなギターアレンジもできるし、サイモン&ガーファンクルのミセスロビンソンやサウンドオブサイレンスも楽しめる。
8トラックあるのでバンジョーも入れてカントリーだって可能だ。

ボーカルのことはさっさと諦めて、楽しそうなことに目を向けていこう。
そうでもしないと落ち込むに違いないから…。
既定路線をひいて迷わないようにしておこう。

さて明日のPET検査で当面の検査は終わる。

2019年1月25日 (金)

死刑囚のボヤキ

先日、最後の審判を受ける覚悟で病院へ行った。

まずは採血。
採血室は一度に6~7人ぐらい採血可能だ。
次から次へと呼び込まれていく。
ほどなくしてボクの番が来た。
番号表示に従って該当スペースに行ってみると、どうみてもホヤホヤの新人のおねえさんが立っていた。
試験管も6本ある。イヤな予感がした。
「少し苦労しますよ」と言いながら右腕を見せた。
新人看護師さんはあちこち触ったりパチパチ叩いたりしたが、恥ずかしそうに、
「左手も見せてもらってよろしいですか?」
と告げてきた。
同じように触ったりしていたが、急にきりっとした顔になって、
「ちょっとちくりとしますけど…」
と言いながらブスリと刺してきた。
おねえさんが何も言わないので、ダメなのかなと思っていると、優しい声で、
「ちゃんとお採りできていますので、もう少しお待ちください」
と告げてきた。きっと立派な看護師になるだろう。

次はCT検査。
予め造影剤の注入口を確保するため腕に採血針を刺される。
待合室で行われるのだが、ここの担当は茶髪系のイケイケおねえさんだった。
愛想はいいのだが、どうも針の挿入がスムースではなかった。
3人に一人ぐらいの確率で腕を変えているようなのだ。
イヤな予感を抱えたままボクの番になった。
「採血したばかりなので右腕でもいいですか?」
と言いながら腕を差し出す。
いけいけねえちゃんは、
「そうですねぇ…」
といいながら少し迷いながら、
「少しちくっとしますよ」
と言いながらすっと刺してきた。
ところが、すぐに刺すような痛みが走った!
「あいたたた…」
と口に出したら、おねえちゃんは素早く引き抜きながら、
「ごめんなさいね。痛かったわね…左手にしましょうか」
「ここはさっき採血したところです」
と言いながら左腕を見せた。
「いいところが見当たりませんね」
と言うので、
「点滴はここら辺によく刺してましたけど」
「ああここですね」
二回目でようやく成功した。
付き添っていた鬼嫁は一部始終を目撃してやっとボクの苦労を悟ったようだ。イケイケねえちゃんに聞こえないように小声で、
「へたくそに当たるといつもあんな風になるのね…かわいそう!」
と告げた。

さて二度あることは三度あるのだ。
次は本日最大の難関である○○○検査だった。
思い出したくないので詳しくは書かない。
が、しかし、大変な目にあった。
途中で検査器具に不都合が発生して修理が始まったりと莫大な時間を要した。
外の待合室で待っていた鬼嫁によると、
「患者は次から次へと出入りするのに、あなただけ出て来ないでしょ。なにかあったのかと思ってホントに心配したわ」
と不安に駆られたという。

ボクはすっかりフラフラになって最後の問診を迎えた。
主治医は全ての検査結果を説明しながら、
「では来週に○○検査を受けていただいて、最終的なお話をこの週の都合の良い日にしましょう」
と言った。
てっきり今回で今後の方針が決まると思っていたので完全に拍子抜けした。

帰路の車中、
「また二週間延びるのか…」
と言いながら還暦バンドの予定曲をかけた。
もう一ヶ月延期すればバンドの発表会に出られる計算になるのだが、さすがにそんな勝手なことをしたら取り返しがつかなくなるだろう。自然体で天命を待つしかない。

それにしても昨年の6月から始まったこの騒動。
いつになったらケリがつくのだろうか。
刑を執行するのであればさっさとしてほしいな。
さすがに疲れてきた。

2019年1月18日 (金)

暗すぎて字が読めない!

最近、ギターのラグタイムの練習を再開したのだが、部屋の照明から少しでも離れてしまうと楽譜が見えないことに気がついた。

そういえば、亡くなった母がよく「部屋の照明が暗い」と愚痴をこぼしていた。

先だっての入院時に本を数冊持ち込んだが、夜になると全く読めなくなった。
昼間は読めるのに、夜になるとダメなのだ。
派手なCMの「ハ○キルーペ」ではなくJA共販の安い拡大鏡にしたからではなかった。
単に暗かっただけなのだ。

昼間はそれほど気にならないので、見えるかどうかは、字の大きさよりも照度が大事なようだ。
1万円もするハ○キルーペのかけ心地は知らないが、拡大鏡は長時間かけ続けることは難しい。
すぐに目が疲れる。
天眼鏡で十分こと足りる。

くれぐれもCMに騙されないように。


2019年1月 5日 (土)

新年会

金毘羅社の世話人による新年会。
皆さんに現状と見通しを伝えた。
ボクより若いのは4人しかいない。
3月4月で役員会と総会がある。
役員人事が話し合われるので、数人の重鎮には詳しく病状を話して、会長職を続けることは困難なことを伝えた。慰留されたが頭を下げ続けた。
最後の締めで、みんながボクの早期回復を祈念してくれた時にはちょっとウルっときた。
みなさんありがとう。

2019年1月 2日 (水)

新たなステージ

新年を迎えてようやく喉の痛みはピークを越えたようだ。
この二週間、ツバを飲み込むだけでも飛び上がるほどの痛みに襲われていた。
そのため、一日に三回強力な痛み止めを服用し、24時間持続する別の緩和薬を胸に貼り付けて何とか激痛を凌いできた。
それでも痛みは完全に消し去ることは出来ないので、ずっと悩まされていた。
その痛みがようやくヤマを越えたのだ。
そしてこれが鎮静化する頃にはいよいよ最終段階を迎える。
さてどうなることやら…。

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