カテゴリー「旅行・地域」の記事

2017年3月10日 (金)

外国で日本の異文化を知る

はちべえどのの指摘のとおり外国へ行ったのだが、自国の異文化を知る羽目になった。

ツアー旅行なので、ほぼ2/3が退職組の夫婦連れ。
残りが学生の卒業旅行やOL達のグループであった。

夫婦連れはほぼ同世代か少し上のようだ。

飛行機で移動中は同じようなものだったが、観光地を巡り始めたあたりで、
「あれれ?」
と思い始めた。


旦那がやけに優しいのである。
細君の写真をカシャカシャ撮るのである。

はじめのうちは記念のために撮っているのだろうと思っていたが、次第に「あれ?」と思うようになった。

細君を被写体にしてご満悦なのである。
それがほとんどの夫婦がそうなのだ。
気持ちが悪いほど仲が良さそうなのだ。
でも気持ちが悪い。


おまけにガイドや添乗員が、
「ここは写真スポットです!ご一緒の写真をお撮りしますから!!」
といざなうのだ。


ボクたちは、それを促されても何の意思疎通をしないで、お互いが即座に、
「いいです…」
と拒否。

「ホントに いいんですか?」
とガイドたちは残念そうであった。


ボクは映されるのは嫌いだし、鬼嫁も写真にはおさまろうという気はないようだ。
だから一緒に写っている写真はない。


ところが、そんなツーショットに飽き足らないご主人たちは、奥さまを被写体にして動画モードでずっとカメラマンを貫いている。


「奥さんの写真を撮ってどうするんだろう?」
「知りません!みんな優しいご主人なのよ」

二人揃って写真を取ろうとしない二人を観て、きっとガイドたちはボクたちを離婚旅行に来た夫婦だと思ったに違いない。

さて、ツアー旅行にはお決まりのお土産品での買い物時間がある。

自分が欲しいものにしか興味がないボクには地獄の時間である。
これには鬼嫁はつきあっていた。


ボクはブランド店や貴金属店などに立ち寄るたびに、すぐに外に出て周辺を散歩した。


このあたりから…鬼嫁がしゃべり始めた。

「あの少し年上のご夫婦がいたでしょ? ○○のバッグを買っていましたよ。
優しそうなご主人の二人も、奥さまが買うまでずっとそばにいましたよ。
派手目な奥さんがいたでしょ? ずっと提げていたバッグは△△ブランドだったけど、そのお店に入って行かれましたよ」


「欲しかったら 買えば?」
「そういうことを言っているのではありません!」

「はぁ?」
「そういう夫婦が多いという事実を言っているのです!」

「お金があれば買ったら?」
「そういうことを言っているのではありません!
私はそんなブランド品が欲しいのではありません!」


「このツアーはセレブが多いのかのう?」
「知りません!」


ここまでくると、会話が全然成立していないことはボクでも分かる。

鬼嫁は見たこともないきれいな服を着ているし、他所の奥方と比べてもそれほど遜色はないように見える。
きっとこの日のためにどこかで買ったに違いない。

でも、外国のブランド店で爆買できないことは、いまの生活から悟っているはずだ。


そこで問うてみた。

「欲しかったら買えば?」
「べつに欲しくはありません!」


ここで突っ込みを入れたら話がこじれるので、無視することにした。

そのうち鬼嫁が呟いた。
「みんな 優しい ご主人なのね!」


もう少し考えてみた。

鬼嫁は買い物をしたいわけではなくて、旦那が、
「おまえ これなんか どうだい?」
ということを求めているのではあるまいか?と。


そこで心にもないことを言ってみた。
「見てみる?」
「べつに欲しいとは思っていないから…」


裕福ではないボクと結婚したことに落胆するような歳ではないし、それは分かっているはずだ。

でもここでの反応はどうもおかしい。
セレブに対抗する気はないくせに、なぜかおかしい。
なんでか?


どうやら鬼嫁は、日本の正しい?夫婦を目の当たりにして、
「我が夫は とてつもない冷淡なヤツ!」
と悟ったらしい。


と同時に、
「これが 我が夫である!」
と再認識したようであった。


鬼嫁の心は読めないが、たぶんそんなところだろう。


『釣った魚にえさはいらぬ』
というが、
『押し掛け女房に…えさはいらぬ』
と、むかし我が子どもたちにそんなことを吹聴したら、鬼嫁が血相を変えてきて怒ったことを思い出した。


それにしても、世のご主人はどうしてあれだけ細君に優しくするのだろうか?
…外国に行ってそれを思い知らされた。


「しょせん女房でしょうが! どうでもいいでしょうがぁ!!!」
と言いたい。


長くなったが、これがいちばん感じたこと。

(ロミオとジュリエットの舞台…ベランダ)


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阿保らしくなったので…おしまい。


2017年3月 9日 (木)

鬼嫁に引かれて…○○○○参り

どうしても行きたいと言うので行ってきた。


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さっきから焼酎の湯割りをがぶ飲みしながらアップした。

おしまい。


 

2017年1月29日 (日)

雪に魅かれて善光寺参り

昨日、長野から帰ってきた。

いちばん寒い時に一番寒いところに行った。

長野は路肩に雪が積み上がり、日中も冷蔵庫の中に居るような…寒い寒いところだった。
仕事が終わったので、翌日、駅前から善光寺まで歩いて参拝に行った。

バスで150円ほどだが、1.8㌔なので頑張って歩くことにした。
標識もしっかりあるので、御利益を考慮すれば歩くに越したことはない。

30分弱で山門が見えてきた。

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路肩の雪がいかに多いかお分かりいただけるだろう。

つるつる滑って大変だった。

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こんな雪は久しぶりである。

でも善光寺にはお参りしておかないといけないので、そろそろと参道を進んだ。

「おや?」
と思って撮影したのが、この看板だ。
大きかったので、何が書いてあるのかとしげしげと眺めた。

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そうか…ポケモンもお参りをしているのだ。

お賽銭に気持ちを込めて…お祈りをした。

土曜日は山口に移動するだけなので、帰路、沿線からの写真を撮った。

これが、日本の車窓百選に選ばれた長野の姿である。


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夕方、光駅で鬼嫁の車に乗り込んだ。
何やら事件があったらしい。
「ふ~ん…」
と話を聞きながら家路についた。


さて、今日の午前中、ワンチャンスと思って田んぼの荒起こしをした。

下の田んぼがずっとジルかったのだが、少し乾いていたので、一気にトラクターを入れた。

午前中で2枚が終了。

午後は降ったり止んだりしたが、今は大雨。


「今年も稲作をやるぞ!」
という気合が入った。

やっぱり山口は温かいなぁ…。

北国には住めない。


 

2016年11月20日 (日)

全治2週間かな?

一週間もブログを書いていなかった。

還暦を過ぎたじじい5人で九州旅行に行ってきた。
MHがドライバーで、車を調達するのはHである。

車代は出さないがあとはきちんと割り勘である。
MHは酒が飲めないので、「食べるときはいつも大盛り」で全てをチャラにするというルールがある。

旅行は波乱万丈であった。
こうして生きて帰ってきたが、最終日に事件があった。

朝から酒を呑み、昼も酒を呑み…最後にどこかの滝を見に行ったとき、事件が起きた。


滝の下り口で、ボクの右の足首がまた捻挫して滑落したのである。
数メートル落ちたらしく、酔った3人と素面のMHが心配してくれた。
ボクは泥だらけのズボンを寝巻用にもってきたスウェットに着替えて家に戻った。


鬼嫁には、「Hが後ろから押したので滑った」
と伝えて、そのまま爆睡した。

翌日は仕事だったが、朝、左胸が痛くて目が覚めた。
咳をしようとしたら、左胸に猛烈な痛みが走った。


以前、山で肋骨を折ったときと同じ症状である。
肋骨や胸骨が痛んでいるのだろうが、呼吸はできるし、心臓も動いているのでそのまま仕事に行った。
その夜は懇親会で酒を呑んで、山口に泊まった。


ホテルの朝は大変であった。
体を特定の方向に傾けると、飛び上るような痛みが走る。
咳をしても同じである。


この時点で、土曜日の周南山の会の忘年会?をドタキャンしようと思った。


が、結局、出席して2次会まで顔を出して、カラオケまで歌ってしまった。


今朝はまだ咳をしても飛び上っていたが、晩酌をしたら少し良くなってきた。
肋骨骨折は全治2週間だったが、今回も、たぶん胸骨のひび割れだろう。

まだ痛みはひかないが、この調子ならあと一週間で治るだろう。


やっぱり、山を歩くときは右足首にサポーターを巻いておこう。

全然、踏ん張れない。

周南山の会の皆様にはお世話になりました。
もう少し元気を出せればよかったのですが…すみません。

2016年9月 8日 (木)

東北新幹線にモスラ?

仕事で東北新幹線に乗った。
盛岡市まで2時間ばかりの旅であったが、面白いことに気づいた。

車両は17両編成なのだが、前7両が山形行きの『こまち』、後の10両が青森行きの『はやぶさ』なのだ。
いずれの車列も前後に運転席があるので、これらを連結するためには運転車両同士をくっつけなければならない。
そこでお互いの鼻先のカバーを外して繋いであるのだ。

下車する盛岡駅で切り離されるので、同行のおっさんと二人でその作業を観察することにした。
わるいことに先頭車両だったので、切り離し車両に行ったときには、すでに連結は解除されていた。

「さて、これからどうやってカバーを取り付けるのかな?」
と、二人のおっさんが腕組みをして眺めていた。

すると…なんということでしょう!

鼻先の内側から「ウィーン」と、鼻先を覆うカバーが出てきたのでありました。

「おお!モスラの幼虫が鼻をくっ付けあって走っておったのか!」と、
おじさんふたりは腕組みをしたまま、
「さすが日本の技術である!」
と感心したのでありました。

モスラの幼虫がどうやって糸を吐いていたか知っている人にはボクの感嘆符の意味がお分かりいただけるでしょう。

おじさん、いや…じいさん二人は盛岡の地で非常に感激したのでありました。
おしまい!

2016年5月11日 (水)

兵馬俑

鬼嫁のリクエストで福岡まで行った。


九州国立博物館で開催されている「始皇帝~兵馬俑」の鑑賞である。


往復5時間。鑑賞1時間。


とにかく疲れた。


 

2015年11月16日 (月)

東方見聞録(つづき)

昨夜の最後の言葉は…事件とテロだった。


個人的な怒りやストレスから吐いた言葉だが、心理学的には大きな要素を占めるやっかいな代物である。


人間の心は何かのきっかけで、一気に弾けてしまう性向がある。

そこには崇高な宗教や哲学の様なものは存在しない。

何かに一直線に向いてしまうと、全てがそこに集中して制御を失う。

実は、その前に曖昧な葛藤があるのだが、その試練を待ちうけるところに感情と理性の闘いが残されている。


それを守るのが家族や人間の『絆』という説もあるが、これは違う。

たぶん違う。

棲む世界が違う。

その眼も違う。


パワーで破壊するものにはパワーで抑え込む。

国家でないものに躊躇はいらない。

悪は 悪なので 懲らしめなければならぬ。

 
 
今や日本ほど精神的に自由闊達な国は世界に類がない。


だから これにつけこんで 優しく媚を売ってくる輩は 毅然として拒否せねばならぬ。

拒否する 我慢する 耐える … こぶしを握り締めて。

  


2015年11月15日 (日)

東方見聞録

やっと家に帰って来た。


東京からフィリピン経由で香港、そして上海経由で日本に帰って来た。

香港は初めて訪れたのだが、マンションやアパート群が空に向かって立っていた。

ダウンタウンも同じように空に向かっているのだが、近代ビル風?の高層マンションと比べると危なかしい。

それでも倒れないのだから…いいのである、許されるのある。

ダウンタウンのホテルに泊まったのだが、いろいろ観察するには興味深かった。

香港の人たちは、ほとんど全ての人が高層マンションに住んでいる。

車はいらない。

一戸建てではないので庭の草を抜く必要もない。

だから毎日がお祭りのように、人が集まるところに行く。

お金はここで使う。

日本では一戸建ての家に住んで、あくせくそのローンの返済のために働く。

中国や台湾・韓国の人にとってみれば、信じられない世界だろう。

空に向かって伸びているアパートを眺めていると、まるで刑務所のように見えてきた。

国民すべてがアパートに押し込められている。

何が楽しみなのか想像してみたが分からなかった。


上海の空はどんよりしていた。

聞いていた通りの空だった。

みんな空を見上げたりはしないのだろう。

見たくもないのだろう。

興味もないに違いない。

そう思いながら日本に帰って来たとき、最後の入国審査で中年男につき飛ばされた。

ボクは最前列に立っていた。


目の前には二つの関門があったのだが、列を分けるパーテションがなかったので、空いた方に行こうとしたら…いきなり突き飛ばされた。


「なにするの!」


「こっちはボクだろ!ボクはこっちに並んでいたよ!」


列の先頭はボクである。

当然、ボクに選択権があると思っていたら…、
「ボクは左の方に並んでいた」
と主張するのだ。


「区分がないでしょ?」
と、言いかけたら同時に両方が空いたので、左右に別れて審査を受けた。

せっかく日本に帰ってきたのに、実にいやな思いをしてしまった。

前の審査が長引いていたら、ボクは殴りかかっていたかもしれない。


ホントは…水平と垂直の文化のことを書きたかったのだが、このことを思い出してつまらぬ見聞録になってしまった。


…世の中、事件やテロが頻発するはずである。


2014年9月 9日 (火)

真夏の国

昨日から台湾入りした。

30度を超えて、湿度も90度近くらしい。
日本の夏は変だったが、ここで思い知らされた。

明日は帰国できる。
VOX apache は届いているかな?

ホテルのWifi はサクサク動く。
仕事なので写真はない。

2012年4月23日 (月)

中国事情


ボクの海外渡航歴は少ない。
15年ぐらい前、仕事で10日ぐらいヨーロッパに研修視察した。
10年ぐらい前、プライベートで韓国の慶尚南道近辺の山登りに行った。
最近では、仕事で台湾を2度訪問した。


今回、初めて中国本土へ渡った。
今回訪問した山東省は、北京がある河北省の南に隣接し、そのうち済南市の人口は約560万人だから大阪市の倍の人間が住んでいる大都会だ。

青島から済南市までの平野部は、見渡す限り延々と農地が広がり、ところどころに農家の住居が数十軒集まっている程度だ。平屋か二階建ての切り妻家屋で、かなり古かった。

都市部に入ると、いきなりアパートやマンション群が屹立する。どの都市もあちこちで新アパートの建設中だった。
足場はようやく木製になったが、ついこの間までは竹の足場が主流だったと聞いた。

どうやら、どのアパートも新素材?のブロックを積み上げる方式のようで、頑丈な鉄骨は見えなかった。
おそらく耐震の面で言えば、日本の数割程度しかないのではなかろうか。
帰途の新幹線内で、前列に座っていた日本のビジネス客が、「あんな造りだったらちょっと大きな地震が来たら一発じゃないか」と話していたのも頷ける。

公共の建物は、これでもか!というぐらいデカくて、威厳に満ちているものばかりだ。
人民政府の庁舎に隣接して、国営のホテルが建設されているケースが多く、超豪華を通り越した立派な建物が多かった。
でもそれに輪をかけて立派なのは、党委員会の建物であった。

そして問題は、やはり環境である。
空気が乾燥しているので、なかなか樹木や草木が自生できないようだ。
都市部はきっちり植栽していて、散水車があちこち水をまいていた。
でも、同じような樹種が規則的に植えられているので、確かに緑はあるのだが、何ともいえない不思議な違和感がある。


驚いたのは車の運転である。
クラクションの音がすさまじい。
前後左右にクラクションの音が飛び交っている。

ボクたちの運転手も、絶えずクラクションを鳴らしながら、車線変更をしたり、強引に左折していたが、ちょっとした映画のカーチェイスよりも十分迫力があった。

運転の様子を見たら、いつも片方の手の平をクラクションの上に置いていた。
こっちが鳴らすと、相手も鳴らし返してくる。

だからお互いにプープー鳴らしながら、絶えずチキンレース的に強引に割り込む戦いをしているのだ。
ゼッタイに日本人がレンタカーを借りて運転することはできないだろう。


この話には余談がある。
福岡空港についてからタクシーに乗ったのだが、ものすごく静かなのに気がついた。
はじめは車の遮音性がいいのかと思ったが、どうやら原因はそれではなかった。

そう…日本ではめったにクラクションを鳴らさなくなったのだ。
クラクションは経済の活力と比例するのかもしれないが、日本は静かである。


中国でも自然が豊かなところもあるそうだが、日本の自然とは比較にならないと思う。日本ではいろいろな木や草や花が自然に生えている。

中国はせっせと植栽している。


空気は乾燥して、とにかく埃っぽい。
食べ物はどれもこれも口に合うが、冷たいビールがほとんどない。
ワインも常温だ。

ホスト役が「がんペイ!」というまで、口をつけられないので、ビールがぬるくなることを心配しなくてもよいが、好きなように飲めないので参った。

「がんペイ!」と言われたら、全部飲み干さなければいけないし、相手に飲み干したことを見せてグラスを置いたら、給仕の人が直ちに注いでくれるのだ。
そのことは嬉しいが、自分のペースで飲めないのが辛い。

博多駅で、連れと冷たい缶ビールで日本式の乾杯をしたが、ホントに冷たくておいしかった。
ウダウダ話しながら、ぐびぐび飲むのがいい。

最後に中国人のこと。
ずっと案内してくれた人たちとはすっかり打ち解けることができた。

「初めはどんな日本人かと思ってたでしょ?」とか、
「こっちも中国人って、ずいぶん警戒していたんだけど…」
「農家の子供たちでも大学に行ったりできるの?」
「ワタシノ リョウシンモ ノウミンデス。ワタシノタメニ ハタライテダイガクニ イカセテクレマシタ」
「日本の親と同じだね」
と、はっきりモノも言えたし、別れ際にはお互いに涙ぐんでしまった。

中国も人の国だ。
これが国家権力や政府関係になると、お互いかたくなになってしまうが、やはり人はヒトである。


「ニホンジンハ ヤサシイ 」
と言われ続けたい。

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