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カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の記事

2017年7月 8日 (土)

ふぅ

公私ともに忙しかったのだが、生きている。

この間行ったばかりの福岡・大分の大災害が気の毒だ。

ボクはボクで、家の周りや田畑が草ボーボーになっているのに茫然とした。
見て見ぬふりをしていたのだが、今日、昼間に目の当たりにして途方に暮れた。

先月までこまめに草刈りをしていたのだが、この2~3週間で元の木阿弥になった。


理論と実践はここに集約される。

草が伸びる前に刈れば…いい。
でも、誰がいつ刈るのか?


昼まで周南で仕事をして、草ボーボーと対決することにした。

しかし、明日は河川のクリーンアップ作戦後に、金毘羅社の清掃作業がある。
そのために参道の草刈りをしなければならぬ。

腕組みをして道を眺めていたら、裏山のkさんの軽トラが上がってきた。
およそひと月ぶりである。
助手席に乗っていた『チェル』も喜んで顔をペロペロなめてくれた。


その後、夕方まで参道の草と、家に続く道の脇草を刈った。

我が家の草刈りは三日かかるのだが、参道は別である。

つまり、あと三日頑張らないと、家の周りや田んぼがきれいにならない。
雨は、そんなボクの都合や仕事のスケジュールは聞こうとしない。


でも、晩酌をして、「冷たい雨」と「亜麻色の髪の乙女」のギター編曲を試してみたら元気が出た。

ドラムのNには反対されるかもしれないが、たぶん今風なので、さくらばばさんの後押しで押し切るつもりだ。


仕事を辞めて趣味と実益に勤しめばいいのだろうが、中途半端に生きるのがボクの人生なので、こんな感じでしぶとく生きていく。

2017年6月24日 (土)

いろいろあったけど…

長いこと書いてなかった。

田植えをして、日曜日から同級生で二泊三日の旅行に行った。
帰ってきて田んぼの水回りに行ったら滑って…足のじん帯を損傷。
足が痛いのを我慢して東京に出張に行ったら…最終便が欠航になって止むなく東京泊。
…そして今日、一便で岩国に帰ってきてバンドの練習。

疲れました。

とりあえずおしまい!

2017年6月15日 (木)

あれもこれも

懸案の田植えが終わった。
揚水ポンプのおかげで助かった。

全てが人力で出来ない。
世の中の純粋?な人たちに言いたい。

すべてを じぶんだけで やってごらんなさい

いいですか

じぶん ひとりだけで やるんですよ

たしかめておきますよ

いいですか

なにもかも じぶんひとりで やってごらんなさい


どうも最近はおかしい。

ボクがおかしいのか 世の中がおかしいのか?

文化、芸術がなぜ生まれたか…バカずらした輩の顔をみるたびに情けなくなる。


日本にはこれほどバカが多かったかな?


歳のせいだとは思いたくはないが、バカばっかりだな。

2017年4月 9日 (日)

春!

昼過ぎまで仕事。

社の世話人会までに3時間あったので、家の前の草を刈った。

家の裏山の桜が美しい。


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畑のジャガイモが土を割って芽を出した。


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竹や雑木のストレスがなくなった山桜が満開である。

その奥の桜はいつも一週間遅れで咲く。


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ベランダで休んでいると、次々と桜の花びらが落ちてくる。

クロガネモチの葉もバサバサ…ヤブツバキの花はボタボタと降ってくる。

これが春。

2017年2月14日 (火)

バレンタイン…

忘れていたが、今日はバレンタインデーであった。

職場に出てみると、いちばん若い子が、
「これが いちばん いいということで…」
と、ラップに包まれた縦に立つプレゼント?を持ってきてくれた。

「?????」

「へへへ…これでしょ?」
と屈託がない。

「ロング缶にしましたよ!」
「おおお!!」
…ということで、チョコレートではなくて…ビールのロング缶をいただいたのでありました。

さて、家に帰った。

「こんなものを 貰いました」
と鬼嫁に告げると、

「そこにも ありますよ!」
と冷たい視線が右斜め下に注がれた。


息子からの宅急便であった。
あのバカ息子が気が効くわけがないので、優しい嫁さんの仕業である。


どうみても酒類の包みであった。
ちょっと恥ずかしい。
この後に来る鬼嫁の宣告が目に見えてきた。


相手の出方が分からないので、とりあえず、
「いまどきは ビールが 流行りなのであはるまいか?」
と控えめに問うてみた。


答えが怖かったので、着替えをするために寝室に逃げ込もうとしたが、背中の方から大きな声が聞こえた。


「アナタハ ジブンガ ドウ ヒトサマカラ オモワレテイルノカ ワカッテイルノデスカ?
 
 サケ サエ アレバ ゴキゲンダト ミンナニ オモワレテイルノデスヨ!

 ワタシハ ソノ ツマナノデスヨ!

 アナタハ ソレデ イイノデスカ!

 ワタシハ ホントニ ホントニ ハズカシクテナリマセン!!!!」


…翻訳できるような言語ではなかったが、たぶん…こういうことを叫んだろうと思います。


2017年2月 7日 (火)

齢を重ねる

この土日も仕事なので、思い切って今日は休みにした。

鬼嫁は朝寝坊ができると喜んでいたが、じいさんは休みの朝は早いのだ。
仕事の日よりも早く起きる。
これが男である。

鬼嫁は必死でウソ寝をしていたが、30分後に起きてきた。
「今日は休みではありませんでしたか?」
「ええから…はよう飯にしてくれ」

8時から家の裏山の根掘りをした。
山仕事は体の動きをとめると寒くなるが、山の中は温かい。

1時間頑張っていると、養蜂をやっているM3翁が上がってきた。
「今日はお休みですな…御精が出ますのう」

上から目線で申し訳ないが、山に座ったまま雑談…。

「ここを…今…きれいにしても、1年放ったらガッシャングロ(荒廃地)ですが、だからといって放ってはおけませんし…」
「そうですのんた!荒れるのを放っておけんのですいね!」

M3翁も80を迎える頃だ。

毎日、我が家の裏山のふもとまでハチの世話をしに上がってこられる。

「そういえば…今日はKさんが上がってこんのう」
と、隣山の仕事師の動向を心配する。

4時前にひととおり終えたので、母の見舞いに行った。
いまだに会話ができる。
でも1時間の間に、5回ぐらい同じことを話さなければならないので次第に腰が引けてくる。

「じゃあ~またね!」


 

2017年2月 5日 (日)

まとめて日記

この土日も仕事だった。

明日も休めないのだが、現役時代と比べて精神状態が違う。
今の仕事が楽なことはないのだが、現役時代のようなピリピリしたものがなくなった。
これでいいのだ。
いつまでも最前線で戦えない。
現役時代に最高のパフォーマンスを出せばいいのだ。

夕方、家に戻った。
少し時間があったので、タマネギの追肥とべと病の消毒をした。
露地栽培は病気のと戦いである。
去年のべと病のすさまじさに辟易した。
無農薬でできるものと、そうでないものがある。
ボクは米はほとんど無農薬でやっているが、たとえば葉物野菜は無農薬では作れない。
哀しいがこれが現実である。

暗くなる前からウィスキーのお湯割りを所望した。
体が温かくなる。
鬼嫁はバカにする。
「もうすぐ死にますよ」
と言いながら湯を沸かす。

今は、カーリングの日本選手権をテレビで観ている。
ボクは、北海道銀行の選手が好きだ。
残念ながら昨日負けた。
かつて一世を風靡した小笠原、船山が好きだ。
そして、陸上から転校した小野寺選手が最高に好きである。

LS北見が優勝するのだろうが、セカンドのおねえちゃんのファンになった。
「化粧はばっちりだけど…可愛いのう」
と呟いたら、鬼嫁が、
「性格は…分からんよ」
とほざいた。

「自分のことを棚に置いて…なにを言うか!」
と一喝したかったが、
「でも…可愛いから…そんなことはないと思うよ。いい子だと思うよ…」
と呟き続けている。


10代のときのような、体の底から湧いてくる淡い気持ちが…つくづく懐かしい。

2017年1月19日 (木)

鬼嫁劇場

家に帰るなり、鬼嫁が腕組みをして言った。


「負けたんよ!」

まだ戦いもはじまらぬうちの宣告である。
何の試合かも分からないままボクは戦場に立たされた。

即座に理解できたのは、
相手が強烈なサーブを打ってきた場面で、ボクがどういうリターンを返すかという
ことだけである。

こういうときは、素直なリターンが当座をしのげる。
これはボクが会得したスキルである。
80%の確率でいちおう相手のコートに返すことができる。

「どうしたの?」
と返事をしながら次のコースを読む。

そのとき、自分の弱いコースの守りに入ってはいけない。
相手(鬼嫁)の思うつぼである。

でも相手もこのことは百も承知なのでワナを仕掛けてくる。

ところが、こっちも相手の出方は十分承知しているので…軽いスライスでやや右に軽く振るのだ。

ようやく、ここで鬼嫁がブレイクを宣言した。


「ジョコビッチが負けたんよ!」

「誰に?」

ようやく劇場の幕が上がった。

あとは全豪オープンの現在の状況やこれからの戦況について、鬼嫁の解説を聞いた。


中学生時代にはバレーのセッターだったくせに、今ではテニスの4大大会の解説者である。
そのうちボクを置いて観戦に行くやもしれぬ。


女は熱くて冷たい。
女はそもそもそんな生物である。
男に変化すれば…トランプになる。


ボクは 男に生まれて ホントに よかった!…と思います。


2017年1月18日 (水)

センチメンタル

通勤車中のナビでテレビをかけているとき、貧困の子どもたちに晩御飯を提供している特集をやっていた。

今の時代でも貧困にあえぐ子どもたちは多いが、ボクが小さい時も食べるために一族がかたまって生活していた記憶がある。

引揚者が暮らしていた二階や離れなど、昭和30年代には貧困の痕跡があちこちに残っていた。
テレビを見ながらそれを思い出した。


先日書いたヒューマンヒストリー風の男の話もそうである。
彼が5月の連休に連れ添って来る叔母もボクのかすかな記憶に残るひとりだ。


夜、我が家の外に出てそれを思い出した。


食べていくことが精一杯の時、人はどんな生き方をしていたのだろうか。
ボクも小さい時、貧しかったことを覚えている。

だから自分の子供たちだけにはそんな思いだけはさせたくなかった。
三度の食事をさせて、人並みの支度をさせてやろうと頑張った。


5月に逢う伯々母と、かつてのヤブ山家について聞いてみようと思っている。
 
 
 

2017年1月17日 (火)

あ~あ…

大雪の翌日は哀しい。
事故る人がいる。
必ずいる。
絶対いる。


家を出て10分もしないうちに光駅から下松駅に向かう湾岸道路は大渋滞。
光駅を通過するのに30分以上かかった。
いつもの3倍の時間である。


それからが長かった。
瀬戸内海を眺めながらトロトロ運転で1時間。


下松に入った時点で帰ろうかと思ったぐらいだ。

案の定、下松と光の高架線で自損事故?のようだった。
レッカー車に前半分が潰れた車が乗っていた。

ここは高架道路なので、ここで事故をすると上下が通行止めで、周囲は大渋滞になる。
今は時間に追われていないので、こんなバカがいることを承知で定時に出るようになった。
その現実に出くわしても、「やっぱりね」としか思わなくなった。

これが退職ジジイの心の広さかといえばウソになるが、退職してゆっくり車を走らせていると、相変わらずバカが多いのに少し心が痛んだ。


亡父がボクが教員になってくれることを期待していたことは薄々分かっていたが、ボク自信のこんな薄情な性格がボク自身をそれから遠ざけた。


ボクは人を諭すパワーがない。
根気がない。
やる気がない。
話す元気もないのだ。


この歳になって、色々な人に出会う。

この人は…○○。
この人は…○○。
…と、適任の仕事が頭に浮かぶ。


でも、ボクの適任が何だったか…未だによく分からないのだ。

…話がずれた。

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