カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の記事

2020年1月12日 (日)

修繕

ヤブヤマの息子でございます。

いつもヤブヤマ一家を見守って頂きありがとうございます。

一昨年夏の西日本豪雨により実家は山の崖崩れなど被害を受けました。

父の病気発覚と災害のタイミングが重なりましたが、父は闘病中も土嚢を置いたり、ブルーシートで斜面を覆ったりと復旧に取り組んでいました。

毎年のようにゲリラ豪雨や台風がやってきてその都度修繕してきましたが、年明け早々の今週の暴風によりブルーシートがついに剥がされた為、修繕してきました。

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これは実家と高校のグランドの繋がる斜面です。

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これは家の裏です。

ブルーシートは一年位で劣化して破れてしまいます。

今年の梅雨までに総入れ替えしなければ・・

父が家の復旧が道半ばで去ってしまうことになり、やることは沢山ですが少しずつ以前のように近づいていけたらと思っています。

2019年11月28日 (木)

田んぼ

皆様、こんばんは。

ヤブ山の息子でございます。

さて10月11日に死去した父の通夜は翌日に自宅で、葬儀は翌々日に行いました。

そのような状況においても農作物はすくすくと成長しております。

我が実家の田んぼも父が亡くなった頃、稲刈りの時期を迎えました。

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田起こし、田植えは術後退院した父と筆談しながら終えました。

稲刈りまでは何とか生きて、新米を父に見せたかったですが、直前のところで叶いませんでした。

10月11日前後は秋晴れが続いており、稲刈りにはベストなタイミングでした。

忌引きで何日か休めそうですし、稲刈りをするならこのタイミングだと思い、葬儀の翌日から稲刈りの準備にかかりました。


P_20191016_124236翌日はとりあえず農機具の動作確認。コンバイン、乾燥機、籾摺り機と電源を入れ方が分かるまで2時間掛かった機械もありました。また倉庫の中も父の闘病中、手入れ出来ず汚れていたので掃除しました。私含めた父の子供3人と私の妻と父の孫3人、皆で頑張りました。

次の日とさらにもう一日で実際に稲刈り→乾燥→籾摺りをしました。幸いにもご近所の方にご指導頂きながら何とか全て刈り取り、精米する事が出来ました。

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天候と機械の調子に恵まれ無事に今年も新米を食べることが出来ています。

父と植えた最後のお米です。

来年以降どうするかは未定ですが、出来るだけ父が守ってきたものを引き継いでいきたいと思っています。

2019年11月25日 (月)

幻の最後の記事

ヤブヤマの息子でございます。

昨日、ようやく皆様方へご報告できたわけですが、作業中、管理画面で一件、アップされていない記事を発見しました。

日付が2019年8月7日ですので、ここまでで公開されていた中で最も新しい記事となります。あえてアップしていなかった事も考えられますが、文章からみて、この頃体調が非常に悪く、途中まで作ったところで疲れて保留したままとなっていた可能性の方が高いと思われます。途中で終わっていますが、御覧頂いていた皆様へ父が最後に遺したものなので、今回、公開致します。

途中で終わっていますが原文ママです。

タイトルは「病人の1日」です。

2019年8月7日 17:39:33

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少年の一日は短く、一年は長い。

老人の一日は長く、一年は短い。

こう言われているが、病人にとってはどうか?

ほぼ一年経ったので整理してみた。

今は自宅療養の身だが、入院中を含めても、「一日は短い」と思う。

次に 「一年は長い」みたいだ。

ということは少年時代と同じ心理状態になるのだが、少年の一日が短いのは、新鮮なことや新しいことに触れるから

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途中までしかありませんが、本人なりに死期を悟っていたのかと思います。


2019年8月 3日 (土)

酷暑

ブログを書く体力ぐらいはあるのだが、全く気力がない。

体の方は最悪で、先日は生まれて初めて救急車に乗った。

入院はしていないのだが、時折思いもよらない事態が生じる。

 

それはさておき、田んぼの稲は元気に育っている。

代かきから田植えまで全部息子にやらせた。

不陸やロータリーが通っていない所が多いし、田植えに至っては植え残しがものすごい。見て見ぬ振りをすることにも慣れた。

田んぼのそばにビーチパラソルにチェアーを置いて、落書き帳に指示事項を書いては息子に見せた。

まるでバレーボールかバスケのヘッドコーチのようだった。

水回りはすっかり鬼嫁の仕事になってしまった。

 

今は二週間毎に病院で点滴を受けている。

これが劇的に効いてくれたらいいのだが…。

「効くと信じないと効かないわよ!」

と鬼嫁からキツく言われている。

さあ…どうなるかな。

2019年5月31日 (金)

再起動?

いよいよ6月になる。

二週間後には仕事を辞めることにしているので、それに向けた地ならしをした。

しかし車の運転は依然として鬼嫁に行く任せている。もう大丈夫だと思うが、鬼嫁のお許しが出ないので助手席に踏ん反り返っている。

職場の連中はボクが元気そうなのに驚いていたが、ボクはボクでかなり無理して虚勢を張っていたので、帰宅後は随分と疲れが出た。気管の加湿と吸入も四時間以上空けると苦しい。


でも早く無職の身となってせいせいしたい。もういい。


2019年5月16日 (木)

アップデート

アップデートできたのはパソコンとスマホだけ。

散歩は20分も持たずに戻ってくる有様である。たぶん1キロちょっとぐらいだろう。2日続けたが猛烈に疲れる。

家の周囲は息子が雑に刈ってはくれているのだが、雑草の勢いは無慈悲である。

まだ草刈機を使える状態ではないので、ヤブは見えないフリをしている。

田植えも息子にやらすしかないが仕事の都合がつけばいいのだが。

バンドのギターの練習を始めたが、二カ月で素人の手になってしまった。

押さえる指先のタコが消滅して柔らかくなってしまったので痛いし、音が切れるし、左右の指は動かないので絶望的である。

こんな有様だからバンジョーまで手がまわっていない

筋トレを入れていきたいのだが、身体の中から力が湧いてこない。

本当にこの二カ月のブランクは大きい。

 

2019年5月14日 (火)

想定外

二か月間の体力・気力の低下が著しく、帰りの車の運転も鬼嫁にしてもらった。

スタスタ歩けないし、目の焦点が合わない。

どうやって以前の自分に戻るかな?

2019年5月13日 (月)

主の帰還

本来であれば先月中には退院しているはずだったが、長年の放蕩による病巣の治療に手間取りとうとつここまで長引いてしまった。

おかげで心身ともにパワーは半減して、スタスタ歩くことも怪しいレベルにまで落ちた。

目の焦点だって怪しい。

車の運転は鬼嫁に任せるかな?

こんなはずじゃなかったのだが、これが現実世界か。

今日は月曜日の朝だったな。

 

2019年5月 8日 (水)

奮起

もうこのままあの世にトンズラしたいぐらいだが、鬼嫁が毎日やってくるので、少しは元気な素振りもしなくちゃならぬ。

ようやくなが〜いトンネルの先が見えてきたみたいだが、スタミナ、パワーともに半減。

ましてや気力は口ほどにもない。自分として

たぶん自分としてここまで落ちたことがないので、ここから這い上がれるものかどうかもわからない。

もうできないことも多い。

わずかな力と可能性を頼りに先を探る。

 

2019年5月 1日 (水)

底辺近く

入院二カ月。

術後の散歩後に肺炎が発覚して静養。

直りかけたら気管孔の炎症が治まらず、気力、体力は底まで落ちた。

こんな身体ははじめただ。

ヤブ屋敷になっているらしい。

連休明けから息子にどう教えていくかな?

還暦過ぎて大病院したらたった二カ月で廃人になるな。

 

 

 

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