2019年2月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28    

カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の記事

2019年2月 9日 (土)

これで決まりかなぁ

次の入院が還暦バンドの発表会の直前に決まった。ところがかなり流動的らしく、少しズレるだけで参加できそうなので、念のために今日のバンドの練習に急遽参加した。
みんなボクの身体を心配してくれるのだが、今は痛み止めを数種類服用しているだけで所謂治療はしていない。
いよいよ手術を迎えるのだが、依然として際どいものになるという。ここまで治療が長引いたのは手術の影響を出来るだけ小さくするために、可能な限りの治療を行ったことによるのだが、それがどこまで効果を生んでいるかは、
「最終的には開けてみないとわからない」という。
年末には不自由は覚悟するように告げられていたのだが、昨日、主治医が最終検査結果を見ながら、
「残せる可能性がゼロではなくなったので、やれるだけはやってみます」
と言われた。
命が確保されるだけでも有り難く思わなくてはいけないのだろうが、人間としてどこまで不自由を甘受するかは余命がいくらかという究極の選択も出てくる。
これこそ主治医との信頼関係が大事だろう。
ボクは今回最終的には手術を選択したが、途中、何度か手術を回避することも考えた。
その選択が吉と出るか、それとも後悔を招くことになるのだろうか?
結果はすぐには分からない。

2019年2月 4日 (月)

恵方巻きとハンバーガーと海鮮丼を斬る!

恵方巻きの大量廃棄が報じられている。
その量数百万トン、10数億円と騒がれている。
節分に恵方巻きを食べる習慣はなかったことは過去何度も書いている。
いつ頃か忘れたが、はじめて鬼嫁が節分に出した時に驚き、叱ったことがある。
ただし、
「そうは言ってもみんなは食べているのですからね」
と懇願(正確には言い返された)ので、
「おまえが作ったのであれば許してやろう」
ということで食べている。
さすがの鬼嫁も遠慮して、今では「細巻」にして、それをカットして出してくるようになった。
これでよろしい。

ボクはもともと巻き寿司は大好きである。
入院しているときだって、助六寿司(巻き寿司といなりずしのセット)は何度となく食べた。
鬼嫁も看護師も「また助六ですか」と呆れるほどだった。
しかし、だからといって節分の日に丸かじりはしない。
巻き寿司はそんなゲサクな料理ではない。

日本を代表するお寿司の一つの形態であり、それを冒涜することは許されない。
ところが、近年、恵方巻きと称して、口に入らないほど太くしている。
年を追うごとに太くなっているようだ。
しかも切らずに丸かじりをするそうな。
ここまでくるとバカをとおりすぎる。

このことはボクの大嫌いなハンバーガーも同じような傾向にある。
二重三重にわけの分からぬものを重ね、それを両手でつぶしながら銜え込むシーンをよく見かける。
まさに愚の骨頂である。
まったくもって食文化のかけらもない下品な食べ物である。
あんなものを食べる人の気がしれない。
一方、サンドイッチはまだ口に入るサイズを維持している。
いつまでもこの品性を保ってもらいたい。
食は文化である。ハンバーガーには文化がない。

番外編として厚めの刺身をあげておく。
海鮮丼などで茶碗から派手にはみ出しているのを競っている人々がいる。
「まあ大きな刺身がど~んと入って…」
とレポーターが褒めていることがある。
「アホか!」 
あんなかたまりがうまいわけがない。
刺身は程度に薄く切った方が絶対においしい。
食べてみれば分かる。
あんな調理は日本にはなかったはずだ。恵方巻きの巨大化と同じである。

日本は「大きければいい」という文化から脱却したはずなのだが…。
恵方巻きがあほう巻きに聞こえる。

2019年2月 1日 (金)

みんなのサロン

ボクの容体について噂が広まったのかどうか知らないが、職場を覗きに来る知人友人が多い。
「ガリガリになっているのかと思ったけど…ホントに悪いところがあるの?」
と言われることが多い。
ボクがありのままを語るので余計な気を遣わずに済むらしく、案外人気のスポット?になったりしているのかもしれない。

それに世間話をしている間は不定愁訴のことは気にならない。
昨日は、ヤブ山突撃隊のT隊長が、
「精を付けなさい」
と高級和牛を差し入れに来てくれた。
モンベルのダウンジャケットを着て元気溌剌だった。
早く回復してもう一度西中国山地を歩き回りたいものだ。
T隊長 ありがとうございます。

ここの職場は街中だが人目につきにくい場所にあるので気楽に訪問できる。
でも、これからどんな手術をしてどういう具合になるのか、更にはいつまで命が持つのか分からないので、今年のキリのいい時に辞めることにした。すでに手を打って退路も断った。
そのことを告げるとみんな残念がるのだが、還暦過ぎてなお片道2時間近い通勤は…もういいだろう。あの鬼嫁ですら許してくれたのだから。

一緒に仕事をしたことのある先輩の訃報を聞いた。
健康上の理由で春先に退職されていたのだが、急性肺炎で急逝されたという。
やっぱり還暦は鬼門のようだ。

みんなのサロンはいつまで開いておくかな。

2019年1月31日 (木)

不定愁訴

数週間前ぐらいから原因不明のイライラ感のような症状に陥っている。
どこかが痛いのではなくて、体の中がむず痒いような感覚になって、じっとしていられなくなるのだ。
とにかく体を動かしておかないと気がおかしくなりそうなので、仕事中であれば部屋の中をウロウロ歩き回り、車の運転中はパーキングに停めてそこら辺を歩き回らないといけないのだ。
夜中に目が覚めたときは、リビングに行ってラジオ体操をしながら収まるのを待つこともある。

この症状は以前からあったのだが、ごくまれに二日酔いの午後あたりに体がうずうずして落ち着かなくなる程度だった。
ところが、今では毎日のように症状が出てくるので困っている。
ただこの症状はずっと続くのではなくて、いつの間にか…数十分後?には消えてしまうのだが、猛烈に気持ちが悪いので困っている。
主治医との面会は一週間先なので、それまでは我慢するしかない。

そこで、これは最近のことだから…薬の副作用ではないかという推論を立ててみた。
鬼嫁は早速、薬の説明書を片っ端から読み始めた。
現在6~7種類の薬を処方されているが、降圧剤は昔から飲んでいるので、最近病院で処方されたどれかのはずである。
現在の薬の中心は、痛み止めなのだが、その副作用に対して二種類の薬が出されている。
ところが、その薬にも副作用があるらしく、その中に発熱、筋肉痛、不安感などと書いてある薬があったので、「痛み止めの副作用のための薬」だからという素人判断で数日やめてみたが、効果が現われなかった。

このブログを書いているときも途中で症状が現れたので、そのあたりをぐるぐる歩き回って、収まってから続きを書いている有様だ。

「沈着冷静」が売りのボクであったのだが…。


2018年12月28日 (金)

sound of silence

数か月後には出来なくなるであろうことがほぼ確定したので、影響を及ぼす範囲の人たちにボクの身の振り方を伝えた。
慰留されたり、落胆されたりしたが、一晩考え抜いた末の結論である。

これに伴って、3月のアラ還フェスティバルのステージにも立てなくなった。
病院からの帰りの車中、アリスの「ジョニーの子守唄」や斉藤和義の「ずっと好きだった」をかけた。
還暦バンドのステージ用に譜面も用意し、ずっと練習してきた曲である。
ボクも鬼嫁も一言も言葉を交わさず黙ったままだった。

今日はそんなボクを心配したのか、同級生のMHと楽友Hが遊びに来てくれた。
ありがとう。

2018年12月27日 (木)

一時帰宅

三週間ばかり自宅待機。
残すもの、諦めるもの、変えなければいけないもの…などを整理する時間になるんだろうな。

2018年12月25日 (火)

回診

ここは大学病院であるから定期的に毎週一回回診がある。
たぶん院長か学部長だろうと思う。
この日はナースステーションはもちろんのこと医師や研修医はピリピリしている。
そのうち、
「ただ今から回診が行われますので、テレビを消してお待ち下さい」
今では慣れたが、初めて聞いた時は独り笑いをしてしまった。
主治医が患者の前で説明をすると、院長様?は優しいほほ笑みを浮かべながら、
「頑張りましょうね」
とのたまうのである。
ボクは天邪鬼ではあるが、こういう社会で生きてきたジジイである。
ベッドに正座して院長をお迎えし、しっかりとこうべを垂れながら、
「お世話になっています。頑張ります」
と応じるのである。

鬼嫁は二重人格と言うが、大人の礼儀である。

2018年12月24日 (月)

bottom

今宵はクリスマスイブ。
しかし当方は最悪の状況である。
五日間にわたる抗がん剤投与を終えたばかりで吐き気と倦怠感にさいなまれているし、スペシウム光線の照射により皮膚は赤くただれて凄いことになっている。
「これが通常の状態なの?」
と尋ねてみたら、看護師が気の毒そうな顔をして、
「ええ‥頑張って下さいね」
と励ましてくれた。

明日は血液検査。
この結果次第で年末年始を含めた今後一ヶ月の解放につながるんだが‥。
でも生ける屍状態だからなぁ。
おまけに採血担当はno1の順番が回ってくるみたいだしなぁ…。
ホントに今がbottomだろうな。

2018年12月19日 (水)

会話の達人

点滴用の カテーテルを挿入されているので、自分で洗髪ができない。
その日のボクの当番の看護師さんに頼めばやってくれる。
その日の当番が男性看護師でも一緒である。
牢名主であるボクの経験では、
「男性看護師に洗髪を頼むおっさんやジジイはいない」
今日は鬼嫁は各種の手続きのため公共機関周りでやって来ない。
回診時に洗髪を頼んだら、たまたま「NO2」の美人看護師だった。偶然とはおそろしいものだ。
そんな彼女が洗髪しながら、
「午前中だったら若い子が来ていたんですけど」
といたずらっぽく言った。
さあ、ここでボクは何と返事したか?

「あなたより若い人がいるの?」
「あなたが最高!」
というのは最低。

ボクはこう言いました。
「看護師さんは採血が上手いかどうかが決め手ですよー」
…no1看護師は院内に二人いる下手のひとりなのです。
洗髪していたno2の彼女は一瞬手を止めて、
「そっかー」とつぶやいておりました。

2018年12月17日 (月)

夢の続き

主治医からお悔やみの言葉をいただきながら、静脈カテーテルを挿入された。
白血球数が改善されたので再び抗がん剤を投与するという。
放射線治療と並行になるので身体が再び悲鳴をあげるのだろう。
なかなか結末が見えて来ない。
イライラはしないが、死刑囚の精神状態に近いんじゃないかな。

より以前の記事一覧