2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

カテゴリー「介護」の記事

2014年9月30日 (火)

痛いの…痛いの…飛んで行け!

病院に行く時間がないので、薬とコルセットで乗り切るしかない。

ところが、薬が今日で切れる。


まずいなぁ…診察に出かける時間がない。

空き時間に病院に電話をした。

「とりあえず一週間ほど現状を維持したいので、薬を出して下さい。10分後に取りに行くのでお願いします」


「次は診察を受けて下さい」
ということで、痛み止めを貰えることになった。

動けなかったらこういう展開にはならないが、薬とコルセットの組み合わせでなんとか仕事をこなせるので、一週間ほど乗り切りたいのだ。


モーレツ社員の時代は過ぎた昔だが、今でも現役世代の間はみんな頑張るのです。


2014年9月29日 (月)

腰痛用矯正器具に関する考察

ぎっくり腰の逆鱗に触れるような痛みは少し遠ざかって行った。


それでも神経を逆なでする…飛び上がるような痛みに襲われることがある。

それに備えて、コルセットを硬く巻いている。


ところが、初めのうちはそれを解いた時に、だらん…と腹が下がってくるのが可笑しかったが、今日は…違った。


へそから上のプルンとした腹が下がってこないのである。

へそから下は締まった腹なのに、へそから上の腹が…「プルン」と出たままなのだ。


「おかしい…わしの腹…腹部はこんな醜い姿をしていない。コルセットがわしの邪魔をしているのではあるまいか?」
と鬼嫁に問うたら、
「ハハハハハ…そんなもんよ!!!」
と高笑いをした。


鬼嫁はボクの人間としての尊厳を傷つけた。
いや、ボクの逆鱗に触れた。


「ばかたれ!!! わしはこんな醜い腹はしておらぬ。
今宵からコルセットははずして寝る!
胃下垂なら効果があろうが、これでは胃上垂ではないか!」

「そんなもいんね…」

「バカか! お前は!」


ちょうど三度目の産休を迎えた長女は、今頃、へそから下がパンパンに出ているはずだ。

腹帯の助けを借りて何とかバランスを保っているに違いない。


そんな長女のことを思いながら、自分の腹を眺めて考えていたのだが、ノー天気な鬼嫁は、鬼の首でも取ったかのようなセリフを吐いた。

こうなると、どう諭されても今宵はコルセットを外して寝る。

…ホントは、タイトルを『はちべえ症候群あらわる!』にしたかったのだが、色んな事を鬼嫁にチクられそうな気がしたので自重しました。おやすみなさい。

 

2014年9月25日 (木)

矯正人間が考えること

ボクは現在、サイボーグである。


腰に矯正器具をまとい、鎮痛剤を投与されている。

今朝は、鎮痛剤の効果が切れる時間帯に起き上ったのだが、やはり痛みが残っていた。

しかも、いい加減な看護師…鬼嫁…によると、

「うつぶせに寝ている時間が長かったから、
 ゼッタイに体には悪いはずよ。
 真上を向いて寝んにゃ~いけんよ!」
という状態だったらしい。


ボクとしては、薬が切れることによる痛みではないかと思っているが、積年の恨みを晴らそうとする鬼神にとっては、そういう結論が望むところのようだ。

そこまで観察しているのなら、うつぶせになった御主人をそっと上を向くように動かしてあげれば済むことだが、恨みを晴らす時は…そのくらい冷酷になって、相手が痛みに襲われれているのを眺めるのがスカッとするのかもしれない。


昼間は、薬が投与される間隔が6時間おきになるので、すこぶる調子がいい。

おかげで、職場の連中はその憂き目に合ったようだ。

腰もゆっくりであればかなり曲げる事ができるようになった。


でも、あの「ビリっ!」とくる痛みが怖くて、どうしても動きが緩慢になる。

…これでは、昔のロボットと同じではないか!


もっと俊敏に、滑らかに動きたい!


でも、心のどこかに トラウマのような 自制力を植え付けられてしまったようだ。

「えい! やぁ!!」

という動きが欲しい。


その気合も戻ってほしい。

…このように、コルセットと薬に完全ガードされたおじさんは、密かに本来の自分を取り戻そうと必死なのである。

2014年9月24日 (水)

鬼嫁の追撃

ぎっくり腰は、『魔女の一撃』…と言われている。

そのことは、あとで書こう。


さて、昨日、突然のぎっくり腰に襲われた私である。

悪夢に何度もうなされたようだが、無事、目が覚めた。

やはり痛みが残っているので、体を横にして足をおろして静かにベッドから立ち上がった。


症状的には昨日と変わりがない。
前屈みになると猛烈に痛みが襲ってくるので、体を動かすときは動作が緩慢になる。


車に乗り込むときも慎重に体勢を整える必要があった。
運転に支障はない。


職場に着いてから朝一番の仕事をこなしたが、まともな礼ができないので、
「実は…かくかく云々…」
と言い訳をする羽目になった。

朝一番の仕事を終えて整形外科病院へ直行した。
平日の昼前なら大したことはあるまいとタカをくくっていたが、待合室は年寄でごった返していた。

1時間以上待たされて、ようやくボクの番になった。

昨日の状況を説明していると、医師はすぐに、
「とりあえずレントゲンを撮ってからお話ししましょう」
と告げた。


レントゲン室で前後左右の写真を撮って、しばらくして診察室に呼ばれた。

医師が写真を眺めながら、
「骨の間隔は少し狭いところがありますが、まあまあでしょう。それよりも骨の角が数か所変形していますが、これは今回のものではないようです。色々な症状が考えられますが、軟骨が神経等を圧迫していると思われます。
注射という手段もありますが、とりあえず飲み薬を1週間分出しておきますので、矯正用のコルセットと併せて様子を見ましょう」
という診断を受けた。


赤外線を10分ほど照射されて、看護師にコルセットを装着してもらった。

「あれ?大きすぎたようですね」
と言いながら、別のコルセットを持ってきた。

「Lサイズだったのですか?」
「いえ…LLです」

「LL…?」
「Lにしましょうね」


これが鬼嫁であったら足蹴にしていただろう。
ボクの腹回りを見て、勝手に 大サイズの LLを装着したのである。

巻いてみて大きすぎたことに気がついたらしい。
確かに還暦前のおっさんで、腹もだらんとしているが、これでもメタボ検査の腹囲で引っかかったことはない。

目の前の看護師が急に不細工に見えてきた。
「ぎっくり腰になったそのへんの腹の出たおっさん」
と思っているのだろう。


プライドが傷ついたおっさんは、一週間分の飲み薬と湿布を手に職場に復帰した。

職場に戻ると、入れ代わり立ち代わり職場の連中がやってきた。

「ヤブ山さん…ぎっくり腰なんですって!?」
「どのくらい動けないんですか?」
…などとみんな喜んでいるフシが見え見えである。


「こうしてしゃべれるし、歩くことだってできる。
できんのは…靴下を穿くことと、礼をすることぐらいじゃ!
早うあの仕事の結論を持ってこい!」


「な~んだ、ずいぶん元気そうだな…」
という声が部屋の外から聞こえてきた。


…部下は、これから一週間…特注の仕事が待ち受けているのでボクの動向を探りに来たのだ。


そんな部下を尻目に、
「明日から ガンガン やるからな!」
と言い残して定時に退社した。

一時間後、家に着いた。

普通の家なら、玄関で…三つ指ついた…お出迎えがあるはずだ。


ところが、鬼嫁は台所にこもったままであった。

こうなると、ボクは語りかけることなしに弁当箱を鞄から出す。

「どうなん?」

「医者に行った」

「それで どうなん?」

「大事らしい…」

「ちゃんと歩いちょるじゃん!」

「背骨が変形して あと三か月で 骨がボロボロになる…らしい」


「ふ~ん、あと三箇月なのね…何が食べたい?」

「毎日…3合の酒と…優しい嫁と……」

「早う 風呂に 入りんさい!」

「わしは 三箇月の 命ぞ!」

「分かったから! 風呂に 入りんさい!」


…そう言われて、椅子から立ち上がろうとしたら…前屈みになって…、


「おう おう おう…」
とヨタヨタ歩いてしまった。

当然、鬼嫁から優しい言葉がかけられるのかと期待していたら、


「あんたね! わたしが 腰が痛い時に そんな恰好をしていたら…(ごくりと息をのんで)、

お前! 遊ぶな!

子供でも あやして おけ!

…と、言うたんよ!」


「…たぶん…励ましの言葉」 だと思うよ。

「あんたね! これが 3回もあったんよ! 覚えちょらんじゃろうがね!!!」


「腰が痛くなった…もう寝る…」


…では、これから5分後に就寝します。


2014年9月23日 (火)

鬼嫁の逆襲Ⅳ

夕方、風呂に入ろうとした。

鬼嫁が、
「ちゃんと腰をつけて温めんといけんよ!いつものようにカラスの行水じゃダメ!!」
と言う。


パンツを脱ぐのに苦労した。
ここで鬼嫁の助けを求めたらボクの負けである。

腰は回るので、少しずらしながらフリフリ振るとズリ下がったので、足の先に引っ掛けて洗濯かごに放り込んだ。

風呂場とトイレは、母のために手すりを設置していたのだが、これが役に立った。
まさか還暦前にお世話になるとは思っていなかった。


湯船に浸かると、いつもは「10」ぐらいであがるのだが、今日は…「30」まで数えた。

体を洗うのに苦労したが、頑張った。

ボクは、『ウルバリン』ぐらいの再生能力があるので、一晩寝たら治ると信じている。


でもリビングに戻って座るときに、体勢を考えながら座ろうとしたら、

「あんた!痛かろうがね! ぶち!痛かろうがね! あんたは…そんな私を 笑うちょったんよ!!!」
と上から目線で言った。


かなり腰にこたえたが、無視してゆっくり座った。

「横にならんと…いつまでたっても治らんよ!」

…普通は優しい嫁の言葉であるが、鬼嫁の真意は別にある。


「ぎっくり腰の痛さが 分かったかね!」
という意図が腰に刺さる。

『マザーテレサ』という、慈善の女性がいたが、鬼嫁は別格である。

慈悲の心はどこかへ飛んでいる。

目の前の夫をどうやって…青春の恨みを返すか…しか興味がないようだ。


「おまえ…わしが こねえになって 喜んじょるんじゃないか?」
と尋ねたら、


「バカじゃね!」
と言ったまま横を向いた。

ボクは明朝、息をして起きられるかどうかわからない。

最後になるかもしれないが、


「おやすみなさい…」


 

やってしまいました…

約2週間後に稲刈りの予定である。

今年も下の田んぼの1/4がぬかるんでいるので、コンバインで刈れない範囲がかなりある。

そこで、溝を掘って少しでも地盤を硬くしようと、土手側を掘ることにした。

田靴をはいて、ぬかるんで重い土をかわす作業を続けた。
20分も続かない。
何度も休みながら、あと数mで終わる頃。

「えい!」
とスコップをさしこんだとき、体中に電流が走った。


前屈みの姿勢のまま…息ができなくなった。


猛烈な痛みの中で呼吸ができない。

「死ぬのかな…」
と体を硬直させたまま手をついた。


…ほんの数秒だったのかもしれないが、呼吸ができるようになった。

でも田んぼの中に手をついたまま動けない。


「大声を出せば、団地の人が気づいてくれるかな…」
と考えていると、なんとか体が動くようになった。

そのまま土手を四つん這いでソロソロと這い上がった。


ぎっくり腰に襲われたことは分かった。

そっと立ちあがろうとしたら…腰に激痛が走った。

あわてて横向きになって、足を土手の下方向に伸ばして、どうにか立ちあがることができた。


立ってしまえば歩行に支障はなかった。

ヨタトタと母屋に戻り、

「お~い! ぎっくり腰になった!」


鬼嫁がベランダに出てきた。


そしていきなり、こう言った。


「歩けるんだから 大したことはないわ! 私の苦労が分かったでしょ!」


「やかましい!! お前が付けていたコルセットを持ってこい!」

鬼嫁はこれまで数度ぎっくり腰を経験している。

そのときボクは、いかにも演技をしているような仕草を笑っていた。

そのときのお返しなのか、生来のマゾヒストなのか…鬼嫁はちっとも心配する様子がない。

それどころか、鬼嫁が探してきたコルセットが小さすぎて、なかなかマジックテープが止められない様子を見て、
「そんな腹をして…息を吸い込んで引っ込めなさいよ!」
と笑っているのだ。


足蹴にしてやろうと思ったが、ベランダから立ちあがろうとすると激しい痛みで体が起こせない。


横になって、柱をつかんでなんとか立ちあがることができた。


それから症状を点検した。

痛みは特にない。

立てたら歩けるし、横になったらなんともない。

胡坐をかくこともできるので、車の運転は大丈夫だ。


でも、人に出会った時に礼ができない。

明日から仕事が忙しくなるのだが、いちいちお断りをいいながら頭だけでぺこりとするしかない。

2週間後の稲刈りをどうするか?

こうなると息子と鬼嫁にやらすしかなさそうだ。


…とうことで、早めの晩酌をしながら思案している。

現場写真


001


 
 
 
 

2014年7月10日 (木)

一山越えたか?

ふ~ぅ…当面の仕事の山を越えた。

でも稜線に這い上がっただけなので、これからアップダウンのある縦走路を進まなければならない。


さて、先週の日曜日に母を見舞ったときのこと。

田んぼの状況を話す中で、先般修理したポンプ代のことに触れた。


「ポンプ屋が○○万円かかるというから、どうしたもんかとTさんと相談して結局修理したんよ」

母の返事はこうだった。
「まあ~そんなにするんかね。●●万円も払うたんかね」
…見事な割り算であった。


「お母さん…÷2が計算できるんかね?」
「そのくらい分かるいね」
…一瞬、認知症が治ったのかと思った。

でも2分もしないうちに、

「田植えはしたかね?」
「6月の初めにしたよ」
「田んぼの水はあるかね?」
「ポンプを修理したから大丈夫」
「ポンプが動かんようになったんかね?」
「……高かったけど」
「なんぼしたんかね?」
「○○万円」
…という按配である。

あとは同じ話をグルグル繰り返す。


やはりメモリが壊れている。
瞬間的には、相手を認知し、会話も交わし、計算もできるのに…。

この話を聞いて鬼嫁が話を始めた。


「この間、書類の手続きをするときに、住所氏名を書いてもらったの」

「どのくらい書けた?」

「氏名はきちんと…でも現住所欄になって…」

「ほう…」

「『ここは どこかいね?』と聞かれたから、『どこでしょうか?』と問い返したら…」

「H市○○△○丁目までスラスラ書けたんよ」

「それから?」

「そこで筆が停まって…番地は…なんじゃったかいね?…でおしまい」

「そこまで書けたか…ワシなら酔うたらダメかもしれん…」

「あんた そねえなっても わたしゃ 知らんよ!」

…と、まるで母の扱いと同じような雰囲気になった。


ボクが正しい大和男子なら蹴りあげて跪かせるところだが、今言ったことは明日には忘れてしまうので、
「ふ~ん」
と誤魔化しておいた。


今のボクは、目の前の出来事しか対処できない。


視野が情けないほど狭まって、上から俯瞰する余裕もない。

「これではいかん!」
と心の片隅で思うが、「えい!ヤア!」
で片づけてしまう。


それが危険を招くことは想像できるが、疲れて考えたくないときは、どうしてもそっちに流される。

山での事故や遭難も、そんな所で発生している。


何処でもかしこでも石橋を叩きたくはないが、事件事故が起こるときには、必ず、
「まあ いいか」
が存在している。


お経を唱えたり、学究に勤しめば越えられる壁なら歓迎するが、これが人間の『業』である。

楽がしたい、気を緩めたい。


その反対は、自分を追い詰めて、それで自分を安全地帯に逃げ込んでいるだけだ。


困難に出会ったら、それにおののき、助けを探し、後ろを見て…そして前を見る。


そのとき どういう表情をして どういう言葉をつぶやくか…が、その人の魅力だと思う。

2014年5月16日 (金)

記憶の絆

先週、地元の社の春の礼祭があったことは書いた。

その翌日、母を見舞った。


鬼嫁によると、
「ときどき記憶が混濁して、よく分からないことを言われるの」
らしい。


母はボクを瞬時に判別できるのだが、田んぼや畑の話をしていると昔のことが出てくる。
こうなると、ボクか妹しか分からないことが多くなる。


だから二人は困ってくると、ボクに色々な情報を入れてくる。

「あんたが 行け!」
というシグナルである。

それを踏まえながら母を見舞う。

「ナガマチは じるいじゃろう?
 堤の栓はちゃんと抜けるかね?
 ハミはおらんかね?
 水はちゃんと足りちょるかね?」
と心配ばかりする。


…そんなことを話したことを思いながら、夜空を見上げる。


部落の人たちも母のことを心配しながら、恐る恐る様子を聞いてきた。


母のことはきちんと説明しながら、

「そのうち ボクが発症しますから…」
と言うと、

「お前がちゃんとやらんにゃ~いけんぞ!」
とハッパをかけられる。

そんなことを思い出しながら、夜空を眺めていた。

自分が認知できなくなって、昔のことばかり言い始めたら大変だろうなと、しみじみ思った。

2級上のM5兄に、このことは話しておいたが、

「ヤブ山ちゃん 頑張れよ!」
と激励された。

たぶん、ボクが認知症になったら、昔の話を蒸し返して大変なことになるだろう。

誰が諭しても聞かないで、自分の言葉だけを発しているような気がする。

自戒を込めて慎みたいが、きっと好き放題を言って…家族に迷惑をかけるだろう。

このブログで予めわびを入れておいても、その時の連中には何の役にも立たないが、

「本意ではない!」

…ということだけは書いておきたい。


人間には、物理的なシャットダウンという最終手段がある。

逆に、内部的なシャットダウンは、どうあがいてもできない…ように造られている。


自らの意志で命を絶てるが、己の意思だけでは何もできないように造られている。

これが悔しくてならない。

だから 生きて それを 蔑みたいのだ。

たとえタイムマシンができても、昔のことを変える気はない。

訪ねて行って、

「どうして そのときに そう考えたのか?」

「何を見たのか?」

…を聞いてみたい。


『業の由縁 第2章』は、こんなものにしたい。


 
 

 
 
 


2014年2月16日 (日)

8MBで生きる

今日も仕事だった。
高速道路を下りる時点で、2時を過ぎていたので、家を素通りして母の見舞いに行った。
このところ、2週間に一回のペースである。


症状は落ち着いているのだが、シャントの具合はよくないし、話をしても10秒前を忘れている。

それでもボクのことは分かるので、見舞う甲斐はあるのだが、1時間の間に同じ会話を10回するようになった。


メモリーは標題のように、昔の初代のパソコンの8MB相当だろう。
ハードデスクはない。
メモリと混在している。


孫とひ孫の区別はつかない。
孫を自分の子と思っている。


ボクを…「○男」と呼んでいるから…子どもではなくて、「○男」なのだろう。


昨日、行事の合間にベテランの内科医と暫く話をする機会があった。

これまでの状況を話したら、「大変ですね」と言われた。


急性期病院から慢性期病院へ移したことを話したら、
「それは正解です。急性期の病院ではそんな対応はできません」
とはっきり答えてくれた。

やせ細ってきたが、認知症の症状が次第に重苦しくなってきた母を眺めながら、
『胃ろう』の決断を迫られたときを想像した。


生前、話した時に母は拒絶したが、
それを意思表示できなくなったときに、ボクが決めなければならない。

半年前、母に、「頑張って長生きしなければいけんよ!」と言ったら、
「少しでも長生きせんにゃあね」と言った。

でも、それはかつての母ではないと感じた。
自然反射的に言ったようだ。


母のためにも、決断してやらなければならない日は近い。

…ボクが決めないと、みんな困るだろう。

きちんと考える。

2014年1月24日 (金)

やっぱり認知症かなぁ?

先日、映画館で認知症を発症していることを悟った。

その日は『メンズデー』で男性は千円で鑑賞できる日だった。

会員ポイントが貯まっていたので、機械で『千円券』に交換し、チケット売り場に行った。

「これ使えますか?」

「使えますけど…今日は男性の方は千円でご覧いただけますが?」

「だから これが使えるの? ダメなの?」


…ボクは、ポイントと引き換えた『千円券』が、特別割引の日に使えるかどうかを聞いているのだ。


「いぇ…使えないことはないですけど…」

「じゃあ 使いますから」

「…はぃ…それでは…千円いただきます」

「はぁ? 千円いるの?」

「はぃ…千円でご覧いただけますので…」

「???????」

「???????」

…二人の頭の中の様子である。

「!!!… この券は 千円で見ることができる券なの?」

「はぃ…そうですが…」


…千円相当の券ではなくて、通常1,600円のところを…1,000円で観ることができるという券だったのだ。

ボクは、千円で鑑賞できる日だから、『千円券』を渡せば入場券がもらえると思い込んでいたのだ。


窓口のおねえさんは、

「券を使わなくても千円なのに…どうしてこのおじさんはわざわざ券を使おうとするのかしら?」
と困っていたのである。


そこへもってきて、ボクが威圧的に「使えるの?使えないの?どっち!」と問い詰めたので、

「使えないことはないですけど…」

というヘンテコな返事をしてしまったのだ。

「なんだ そうだったの!」

「はぃ…説明が悪くて済みません」

「はい 千円!」

「ありがとうございます。すみませんでした」

「そりゃ~ぁ こっちのセリフ!!」


閉館した山口市の映画館のポイントは、券を買うごとにスタンプを押してもらって、それが10個になると、1回はタダで観ることができた。


実家に戻ってから隣市の映画館の会員になったのだが、ヤケにポイントをくれると喜んでいたのだが、これも来月で廃止されるので、それを使い切ろうと企んだのだが、ものの見事に赤っ恥をかいてしまった。


そういえば、1年半ぐらい前にも同じことを窓口で話したことを思い出した。

あの時は、1,600円の日だったので、よく理解していなかったが…そういうことなのだ。


家に戻ってから、鬼嫁に『千円券』を見せながら、いきさつを話した。

鬼嫁は笑い転げながら、『千円券』を見て…一言。


「千円で鑑賞できます…か。こりゃ~間違えるかもね。
 600円の割引券と書いてあったら間違わないけど…。
 でも アンタみたいに 2回も間違える人はいないと思うわ!」

…おしまい。


より以前の記事一覧